「信長一人称」
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「人間五十年、
下天のうちにくらぶれば、
夢幻のごとくなり。
一度生を受け滅せぬ者のあるべきか」
(ふっ、こんな舞、糞喰らえ、だ! 意味がよう分からん。いや、正直に言えば、分からなくもないが、分かりたくない。そう言ったところか。ごくごく当たり前の事を言っているだけではないか! 糞っ。…、しかし、この舞、響きがいい。実にいい。動きも艶やかで、流れが美しい。能は好かぬが、舞は好む。
そう言えば、竹千代は能を好んでいた。何をするにおいても、余の真似をしたが、舞だけは例外だった。竹千代は舞を好まず、能を嗜んだ。今でも、そうであろうか?)
敦盛のおかげで、少しの余裕を生みだせた。手放しかけていた勝機をまた手繰り寄せれた気がした。
思いのほか、早くに熱田に到着した。
竹千代はそれ以上は動いていないようである。
(よしっ! これなら、いける。もう、大丈夫。この戦、勝てる)
余は馬を下りた。
岩室らも馬を下り、一息ついた。
少し遅れて、歩兵が熱田についた。僅かである。しかし、どれも凛々しき顔が揃っている。心強い。余が相撲で倒した者がいれば、容赦なく余を投げ飛ばした者もいる。
「殿という身分で家来と相撲を取るのはおやめくだされ」
という家老がいたが、
「まぁ、良いではないか」
そう言って、余は相撲を取り続けた。
余に勝った者には褒美をつかわせた。余に遠慮や負い目を感じる者は処罰を与えた。余の勝率は三割五分といったところだ。家臣の力を推し量ることが出来る良い機会であった。ここでも時間が許されるのであれば、一番、取りたいものであった。
信盛はまだこの軍のなかには来ていないようであった。信盛と同行しているであろう小僧も、当然、この軍には来ていないようであった。
「殿」岩室が言った。「せっかく熱田に来たのですから、必勝祈願をいたしましょう」
「いや、そのような事は、好まぬ」
「殿、照れぬでも良いではないですか」
「いや、照れているわけではない。余は無神論者である。故に、祈願などはしとうない」
「この期におよんでそうは言わずに、拙者らに付き合うだけでも、良いではないですか。お願いいたします」
「そうまでいうなら、どうだ、こうしよう。余が神になる。そこで、皆の者が余に勝利を願いたまえば良いではないか」
「おぁ、それはよい」
岩室は早速、皆を集め、整列させ、余を神殿に昇らせた。
「しずまれぇっ!」岩室が大声を張った。岩室の号令に従順に皆が口を閉じ、規律を正し、余に注目した。「この上段におられます信長様こそが神なるぞ。我らは神の為に戦い、神の為に勝利を勝ち得るぞ。さぁ、皆、神に祈れ」
手を合わせる者もいれば、頭を深々と垂れる者も、跪く者もいた。これといっていい気がしなかった。まぁ、これで士気が高まるだとか、一致団結出来るのであればいいのであるが、わざわざ、余が祭壇に立たされる迄もなかろうに。次からは、余の土偶か身代わりにでも、この仕事は任せることにした。
余はつまらなかったが、岩室は満足を得たようであった。
熱田でのこの出来事は、歩兵の息を整えるのを待つ為の暇つぶしだった、そう思う事にした。