織田信長のブログ -12ページ目

「信長一人称」


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「桶狭間の合戦まで」 第十八部



 余の武具を、岩室が小姓に準備させ、それを纏わせた。なかなか手際が良い。

「小僧、着いてくるか」

「はい」

 突然の事に、驚きを隠せぬが、小僧から見れば雲の上の存在であろう余に、何を言われても、

「はい」

と言わざるをえないであろうし、常に、いつ好機が巡って来てもそれに順応できるように、この小僧は心構えを四六時中持っているのであろう。だからこその、無条件での反射で、一直線の、

「はい」

であったのであろう。

(気にいった)

「しかし」岩室が口を挟んだ。「この小僧は、馬を持っておりませぬ。馬に乗れるかどうかもわかりませぬ。初陣した事がないどころか、元服さえしておりませぬ。それに、拙者でさえ、名前も知らぬような小僧でございます」

(ほぉう。尚の事、気に入った。そんなどこのもんか分らぬ小僧の分際で、この余に、しかもこの一大事に武具をつける役目を出来るとは)

「他に出会える者が無かっただけで、…、…。時が時ですから、…、…。たまたま、この小僧が殿の武具庫のそばで居眠りをしていたのでありまして…、…」

「岩室、それは、違う。きっと違うぞ。この小僧は、おぬしらがいつでも出陣できる様にこの時間でも鎧を着けていたと同じく、この小僧も、他の小僧が床についているのを好機とみて、自分だけはいつでも、余の前に{すぐにでもお助けに上がろう}と、余の武具庫の前に待機していたのではないか…?」

 小僧はにんまりと笑顔を作り、いたずらに流し眼気味の上目使いで、どうだ、と言わんばかりに、岩室の方に目をやった。

「それは、…、…。殿、…、考えすぎではないでしょうか!? この小僧の肩を持つのであれば、その為のこじつけにも思えますが、そもそも、殿がこの小僧をかばう必要性が理解に苦しみます」

「いやいや、岩室。この小僧も、織田家の一味じゃ。仲間じゃ。余の家臣の一人じゃ。で、あれば、余が育てるのが義務であり、筋である。この小僧がこの度の戦に出られれば、何かきっかけをつかんで飛躍するやもしれぬ。切っ掛けも舞台も碌に与えぬうちから、屑だ、粕だ、と決めつけるのはよくない。この小僧は他のものと違ってやる気があったから、武具庫の前で待機していたのだ。仮にそれが偶然のものであったとしても、それはそれで、この小僧がそれだけの運気を持っていたという事にしようではないか。それまで単なる小僧に過ぎなかったこの小僧が、今日の、今、この件が、助走となり、他の者が、えっちらおっちら、と坂を這いつくばっているのに、この者だけはまるで坂を駆け下りるかの様な早さと、勇ましさと、若さで、上へ上へと上がってくるかもしれぬ。他の這いつくばっているとろこい奴らをけん引してくれるかもしれぬ。そう期待してみようではないか。身分や地位で人は変わるのである。この小僧も、明日には小僧ではなく、一端の侍になっているやもしれぬ。そちらも、うかうかしておれぬぞ」

 小僧は勝ち誇ったように、岩室ら以下、四人を目回した。そして、もう、余の武具の装着は完了していた。

 余は、いつになく口を動かしている己に気がついた。戦を前に高揚しているのであろう。こんな気分は、こんな時でしか味わえない。余でしか味わえないであろう。これくらい楽しみながらの方が、肩肘張らずに、本領が発揮できるかもしれない。自然と、無駄な考えと、行動を排除できるというものであろう。

「小僧、名は?」

「…、…。何某です」

「…、…。よう分からんが、…、つまりはまともな名前は持っておらん、という事だな」

「はい」

 けなされているのか、どうなのか分かっていない様子である。こちらも特にけなしているつもりはない。

小僧は嫌味のない笑顔だった。この明るさが気持ちよく感じた。しかし、この小僧も、死んでしまうのか、とも思えた。…、かわいそうに…。

「よし。この戦で、貴様が生きて帰ってこられたら名をつけてやろう」

「はい。ありがたき幸せ。精進いたします」

「馬にも乗れぬ者を…」と岩室。「家老を足手まといと言っておきながら、殿、この小僧とて、同じこと」

「この小僧は若いから良い、としよう」


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