織田信長のブログ -13ページ目

「信長一人称」

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「桶狭間の合戦まで」 第十七部



 床から抜け出した。丑の下刻である。

 早馬から続々と入ってくる情報で、余は眠る事が出来なかった。

 余はあまり眠る気もなかったので、ちょうど良かったとも思えた。勝負事は少しくらい気だるいくらいがうまくいく。下手に健全だと、余計な力が肩に入ってしまっている感じがする。それよりも、頭だけに力を注げる方が先を読むのに苦労を少なく進める。結論を出すのに寄り道をしなくて済む。いらぬ散策をせずに済む。閃きを得るには多くの知識を集約し、そこから絞り込む必要があるが、本当に大事なその場面では、知識の集約をしている暇がない。知識を放出しなければならないその時に、余計な事を考えない為にも、少しの気だるさが必要だ。だから、あえて睡眠不足を求め、眠らないことにしていた。

「敵陣・松平元康が我勢の二つの砦に火を放ちました」

 早馬で駆け付けた伝達係が余の耳元に報告を入れた。

 元康をくい止めることが出来ないだろうか、と考えていた矢先のことであった。

 元康が大高城に兵糧を行うのはある程度予想が出来ていた事だし、それをくい止める事は出来ないだろうし、であれば、それを利用して、こちらはその弱い部分を見せておいて、そちらに気を引かせて、今川義元本陣に隙を作らせる。そこまでは良いとして、その後、元康がまだ動き続けると、厄介だ。元康が大高城から攻撃を始めるとすると、尾張は元康と今川に挟まれる形になってしまう。それは避けたい。

 なんとか、元康を静止させておける術はないものかと考えあぐねていた。

 しかし、策は浮かばなかった。間に合わなかった。

 元康は動いてしまった。

 だが、これを「人間万事塞翁が馬」と捉えよう。元康は、余が動き出すよう誘引してくれた、と考えよう。

 余は軍議を行う大広間へ向かった。

 敢えて、城内に響くように、足音をたて、大股で、早足で、怒りを表現した。

 余の出陣の決意が固い事を、もう止められぬぞ、という事を皆に見せつけ、己が己の中で確認する為にも、己を追込むためにも、わざと、そのように歩いて見せた。

 強く、力を込めて、音がたつように、扉を開き、大広間に入った。

「誰でも良い」 

 余は怒鳴り散らした。

「武具を準備せぇ」

 岩室、長谷川、山口、佐脇、加藤。五人が揃った。皆、既に鎧を着けている。察しが早い。準備がいい。いつでも、余の為に死ぬ覚悟が出来ていると見えた。こういう奴はむしろ、生き延びられるだろう。箆棒に死ぬだけが武士ではない。きっとこ奴等は、いい仕事をしてくれるに違いない。こ奴ら五人いれば充分だ。こ奴ら五人の方がうまくいくかもしれん。籠城だ、降伏だのと抜かす老人どもは置いてゆく。足手まといだ。腰ぬけや老いぼれは、…、…、いや、それまでにうんざりするほど辛酸をかいくぐってきたのであろう、余の為に、織田家の為に、尾張の為に。だから、今日くらいは、…、…、もう、良い。ゆっくりと休んでいてくれ。



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