織田信長のブログ -24ページ目

「桶狭間の合戦まで」 第六部

初回から ←クリック

前回へ戻る ←クリック




「桶狭間の合戦まで」 第六部



「すまぬ。少し、興奮しすぎた。余とした事が、…、…。おぬしにはこんな取り乱したくはなかった。すまなかった」

 余は、そう言って信盛の肩に手を当てた。

 信盛の緊張が少し解けた。信盛はこぼれ切れなかった涙を目にいっぱい残したまま、ゆっくりと、手をついて、もう、随分と老いて見えた体を起こした。それほどの歳でもあるまいに、相当な苦労をしておるのじゃろう、そう思った。

「失礼をいたしました。…、…。では、明日、また、軍議で。…、…。おやすみなさい」

 そう言って、後ろ手で扉を閉めて、来た時とはまるで別人のように、ひっそりと出ていった。

 

 余は一人だけの軍議を開いた。

 その前に余は厠に行った。

 一呼吸入れたかったのだ。

 一つ間を欲しかったのだ。

 先の興奮したままの、昂りようでは攻めるだけの作戦しか作れないと思い、一拍とることにした。

 厠への行きと、戻りの間に誰にもすれ違わず、顔を合わせず、何事も起らず、殺気もひと気も感じなかった。厠へは尿意だけを持ち込み、尿意だけを捨てて、戻れた。頭の中を一度、空にすることが出来、すっきりと、清清しい思いさえした。こういった時は、やる気があるというのか、やれそうな気がするというのか、何事においても冷静、且つ、前向きになれる。いい軍議がもてそうな気がした。落着いた、中身のある、大人の軍議が楽しめそうな気がした。戦場の最前線で暴れ回るのは武勇として誇らしく、楽しいものだが、それ以前の、軍議を持つことから戦を楽しむ事が最近、分かってきた。戦が益々、更に、より一層楽しくなってきた。

 部屋に戻った。

 床は奇麗に磨かれている。

今、雇っている女中はよい仕事をしているようだ。事によると、くの一かもしれぬ。今、この瞬間も、天井裏か床下、壁、に耳をつけたり、障子に目を付けたりしているやもしれぬ。

良い策が浮かんでも、迂闊に口に出したりしてはならぬ。

どこに敵がいるかもしれぬ。見方が敵かもしれぬ。仲間が敵になることもあり得る。

やはり、軍議は一人にかぎる。



つづき ←クリック