山あり谷あり、波乱の人生ドンブラコ!
ようやくたどり着いたあこがれの年金生活
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なぜか幽遊自虐の耐乏生活にに様変わり
そんな自虐生活の中で
気づき 考察したアレコレを
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男女別学問題で揺れている埼玉県で、別学校に学ぶ現役の高校生から知事にあてて「男女別学存続要望書」を手渡したという報道がありました。
共学化を進める県教育委員会の方針に対して、生徒たちは「多様な学びの場を守りたい」と訴えています。
この問題は単なる教育制度の話ではなく、「子どもたちの未来」にかかわる深いテーマだと私は感じます。
生徒の声に耳を…要望書の3つの訴え
共学化の流れに疑問をもった埼玉県立高校の生徒たちは、知事に「男女別学存続を求める要望書」を手渡しました。
要望の内容は、以下の3つです。
①男子校・女子校の維持
②議論への知事の積極的参加
③情報公開と行政の透明性
生徒代表は「共学化は教育だけでなく、子どもたちの将来に関わる問題だ」と強調。
女子生徒も「別学校の存在は学びの多様性につながる」と訴えました。
要望書を大野知事(右)に手渡す男子高校生
出典=毎日新聞
つまり彼らは、新しい学校を作ってほしいと言っているのではなく、「今ある男子校・女子校を残してほしいだけ」なのです。
少子化で学校の統廃合が避けられないにしても、男子校同士・女子校同士の統合という選択肢だってあるはずです。
要望書を受け取った大野知事は「教育に関わることは、県から独立した教育委員が総合的に判断する。私が議論に関与することは難しい」とした上で、「皆さんの真摯(しんし)な意見はきちんと教育委員に伝える」と約束しました。
「女性差別」から始まった共学化論
この問題は「女子が男子校に入学できないのは女性差別だ」という、ある市民(?)の苦情から始まりました。
県立男子校として歴史のある浦和高校(出典=同校公式サイト)
しかし実際には、日本の教育現場では男子校より女子校のほうが多く存在しています。
大学に限って言えば、日本には女子大学はあっても、男子大学は一つもありません。
つまり現状は、むしろ「男子のほうが選択肢が少ない」、この市民の声を借りれば「男子が差別を受けている」状況なのです。
にもかかわらず、「女子差別撤廃条約」を掲げて公立校の共学化を推し進めようとするのは、かなり不可思議な行動です。
また、「女子差別撤廃条約」違反が錦の御旗なら、私立の別学校も問題にしなければなんの解決にもならないはずですが、そんな運動は聞いたことがありません。
生徒たちが求めているのは「男女の対立」ではなく、「多様な教育の形を尊重してほしい」という、まっとうな願いです。
背後に見える‟共学ネット・さいたま”
この共学化問題の背後には、「共学ネット・さいたま」という市民団体が関わっています。
この団体は2001年から「埼玉県の公立高校の男女共学化を求めて活動している団体」ですが、受験生の父母でも、ましてや受験生本人でもない高校受験とは何のかかわりも持たない人の集まりです。
名称を見ると、いかにも一般市民の集まりのようですが、実際は共産党系の団体として知られています。
共産党はこの手の問題を見つけると、すぐさまもっともらしい名称の組織を立ち上げ「市民団体」として騒ぎ立てます。
しかし、本来の教育とは政治的な思想を押しつける場ではなく、子どもたちの個性を伸ばす場であるべきです。
生徒たちが知事に直接声を届けたのは、そうした政治的な圧力から教育を守りたいという思いからかもしれません。
行政が本当に耳を傾けるべきは、団体の主張ではなく、現場で学ぶ高校生たちの率直な声ではないでしょうか。
まとめ
今回の要望書提出は、ただの一部の意見ではありません。
現役の高校生たちが、自分たちの学びの環境を守るために立ち上がったという点に、大きな意味があります。
男女別学・共学のどちらが正しいかを決める前に、まずは「多様な選択肢をどう残すか」を考えるべきです。
教育は、社会の鏡です。
一方の価値観だけで“多様性”を語ることこそ、真の多様性を壊すことになりかねません。
私も一人の埼玉県民として、この高校生たちの行動を心から支持したいと思います。







