マルグリット・デュラス「苦悩」
長い時間ロビーで待たされて、開演10分前にようやくホールに入ることが出来たら、舞台はもう「デュラスの苦悩」に満たされていた。
19日、ドミニク・ブランの一人芝居「苦悩」を一人で観る。
原作はマルグリット・デュラス。演出はパトリス・シェロー。
観客がホールに入ると、すでに舞台の上、ブランの椅子腰掛けた後姿が、死の幻想に取り付かれて夫を待つ、デュラスの苦悩を映していた。
身長157cmの私は、前の席に大きな人が座ると舞台が見えなくなるので、フリーのときの座席選びは慎重にならざるを得ないのだが、舞台上の女優の後姿に、そんなことは吹っ飛んでしまって、とりあえず目の前の席に座る。
「苦悩」は、1945年4月。フランスを占領していたナチスが連合軍に追いやられ始めた時期に、ユダヤ人でレディスタンスの活動家である夫が、収監されていた収容所から屍同然の姿で生還するその前後の時期に、彼女が書き溜めたテキストを元に、何年も後に、デュラス自身の手によって小説として世に出された作品なのだ。
芝居は、原作に忠実で、台詞の恐らく全てがデュラスの言葉によってできあがっている。時系列もそのままに・・・
自身も活動家であったデュラス(5月革命の時には、ブランショなどと一緒の「作家学生行動委員会」に所属していたりする)は、収容所から帰還してくる人たちの名簿を作成し、自分達の新聞に記載する活動をする為、オルセー駅で取材を続けているのだが、夫ロベールからは連絡がない。
彼女は溝に横たわって死んでいる夫の汚れた足の裏の幻想から解放されることはなく、パンをも口に出来ない日々を送っている(パンを食べれずに死んだ夫のことが心に浮かぶのだ)
ナチスの蛮行を記録する活動より、自分の夫を待つ苦しさのほうが大きい。という発見は、彼女がレジスタンスの活動家だからこその、驚きとなるのだろうし、ド・ゴールへの非難や、「このヨーロッパで、ヨーロッパ人が起こした蛮行」に心が張り裂けそうになるのも、やはり彼女の思考が個人の領域に収まらないところにあるのを浮かばせている。
その、戦争という、どんな風にでも物語性を持たせて描くことが可能なはずの日々を、彼女はそのテキストで、苦悩する心の様を、その現象を見事にそのままの形として、提出しているのだが、この舞台は、驚くほど、その静かな、なのに激しい、なのに深く打ち沈んだ・・・・彼女の抱えていた現象を見る側に送り込んでくれたのだ。
正確な情勢分析やレジスタンスへの確信とは裏腹に、彼女は多分自分の心におこる現象をロジカルに捉えることはできないのだ。というかそんな風に生きる必要を感じないのだ。
「わたし」に対する恐ろしいほどの正直と、現象を的確に表現する力が、舞台の上のブランのつぶやくような仕草や声の色合いから伝わってくる。
原語なので(字幕はあったけど)、日本語しか分からない私には、だいぶ無理がある感じではあったのだけれど、それでも伝わってくる世界は、あまりにデュラスそのもので・・・
あっという間に2時間ほどの舞台が終わってしまい、すこし余韻に浸りたい気分で、京都駅までバスに乗る。
ゆっくり、2月の夕暮れの京都の街の明かりを見ながら、気分良く帰ったのだが、その後の待ち合わせ時間に大幅遅刻してしまった。ごめんなさい。
19日、ドミニク・ブランの一人芝居「苦悩」を一人で観る。
原作はマルグリット・デュラス。演出はパトリス・シェロー。
観客がホールに入ると、すでに舞台の上、ブランの椅子腰掛けた後姿が、死の幻想に取り付かれて夫を待つ、デュラスの苦悩を映していた。
身長157cmの私は、前の席に大きな人が座ると舞台が見えなくなるので、フリーのときの座席選びは慎重にならざるを得ないのだが、舞台上の女優の後姿に、そんなことは吹っ飛んでしまって、とりあえず目の前の席に座る。
「苦悩」は、1945年4月。フランスを占領していたナチスが連合軍に追いやられ始めた時期に、ユダヤ人でレディスタンスの活動家である夫が、収監されていた収容所から屍同然の姿で生還するその前後の時期に、彼女が書き溜めたテキストを元に、何年も後に、デュラス自身の手によって小説として世に出された作品なのだ。
芝居は、原作に忠実で、台詞の恐らく全てがデュラスの言葉によってできあがっている。時系列もそのままに・・・
自身も活動家であったデュラス(5月革命の時には、ブランショなどと一緒の「作家学生行動委員会」に所属していたりする)は、収容所から帰還してくる人たちの名簿を作成し、自分達の新聞に記載する活動をする為、オルセー駅で取材を続けているのだが、夫ロベールからは連絡がない。
彼女は溝に横たわって死んでいる夫の汚れた足の裏の幻想から解放されることはなく、パンをも口に出来ない日々を送っている(パンを食べれずに死んだ夫のことが心に浮かぶのだ)
ナチスの蛮行を記録する活動より、自分の夫を待つ苦しさのほうが大きい。という発見は、彼女がレジスタンスの活動家だからこその、驚きとなるのだろうし、ド・ゴールへの非難や、「このヨーロッパで、ヨーロッパ人が起こした蛮行」に心が張り裂けそうになるのも、やはり彼女の思考が個人の領域に収まらないところにあるのを浮かばせている。
その、戦争という、どんな風にでも物語性を持たせて描くことが可能なはずの日々を、彼女はそのテキストで、苦悩する心の様を、その現象を見事にそのままの形として、提出しているのだが、この舞台は、驚くほど、その静かな、なのに激しい、なのに深く打ち沈んだ・・・・彼女の抱えていた現象を見る側に送り込んでくれたのだ。
正確な情勢分析やレジスタンスへの確信とは裏腹に、彼女は多分自分の心におこる現象をロジカルに捉えることはできないのだ。というかそんな風に生きる必要を感じないのだ。
「わたし」に対する恐ろしいほどの正直と、現象を的確に表現する力が、舞台の上のブランのつぶやくような仕草や声の色合いから伝わってくる。
原語なので(字幕はあったけど)、日本語しか分からない私には、だいぶ無理がある感じではあったのだけれど、それでも伝わってくる世界は、あまりにデュラスそのもので・・・
あっという間に2時間ほどの舞台が終わってしまい、すこし余韻に浸りたい気分で、京都駅までバスに乗る。
ゆっくり、2月の夕暮れの京都の街の明かりを見ながら、気分良く帰ったのだが、その後の待ち合わせ時間に大幅遅刻してしまった。ごめんなさい。
大阪・天六・ジプシーのように・・
ーGypsy Crossroadー
in OSAKA
日曜の夜、ジプシー音楽とクロスするミュージシャンのライブに行ってきました。
関口義人氏の著作「ジプシーを追いかけて」の発刊記念とか・・・
大阪の天神橋六丁目に「ワイルドバンチ」っていう古書店があります。
昼間静かな店内なのですが、時々夜になると、書架を壁際にずらして、センターの僅かなスペースでライブをやるのです。
古書が音をいい具合に落ち着かせてくれて・・・なかなかいい雰囲気です。
古書・・・といっても店主のナカナカのコダワリが・・・
昨日は宮武外骨・・・なんかが私の横の書架に・・・そして壁には昔の映画のポスターが・・・タイトルは『荒野のダッチワイフ』・・・もちろん哲学書なんかも。
ジプシーをワイルドバンチで・・・しかも天六の夜に・・・!
これは何が何でも行かなくては!
狭い会場は満員で、演奏者が「酸欠」を心配するほど・・・?
音楽音痴な私は、ジプシーとクロスする雰囲気の音楽・・・は、今まで聴いたこともなく、出演バンドも初見のものばかり。でも、その夜の演奏は、本当に音楽が好きで仕方ないんだというメンバーばかりの演奏で、私のようなものでも、すっかり曲の流れに入り込んでしまう。
珍しいタンバリンは自分で作ってしまうという、タンバリン奏者の田島隆さんの妙技に感動。
「鞴座」の鞴(フイゴ)楽器を使った音の柔らかさに身体を解かせる。
それで最後は熊澤洋子さんのバイオリンにジプシーの風が吹くのを感じます。
とにかく、演奏者の音を楽しむ心が聴く私をも弾ませ、気づくとカラダは殆ど踊っていました(実際は立つスペースがなかったので座ったままだったのですが)。
でも、それらは、私の持っている「流浪の民」の雰囲気とは少し違う景色をもたらしていたりもする。
音楽ライターの吉本秀純さんと関口さんとのトークの中で、いくつかの本物のジプシーのCD紹介されたのですが、それはとても味わい深いもので・・・タイトルとミュージシャン名をメモしようと思ったのですが、ボールペンが見つからず・・・
ところで・・・ジプシーといえば・・・
高校の時の英語のGrammarのN先生は、ちょっと髪の毛が薄い感じだったんですが・・・例文で(英語は忘れたけど)
「毛皮商人がラクダに毛皮を積んでやってきた」
というのがあったのです。私の友人が居眠り中、いきなりN先生に当てられて、右往左往。見かねた私が訳を書いたノートをそっと差し出したのですが・・・彼女は、大きな声で
「毛はえ の 人が やってきた」
と、読み上げたのです。
N先生は、ちょっと頭をなでてから、静かに・・・
「毛皮商人はきっとジプシーなのでしょうね」と。
砂漠を越えて、毛皮を売りに来る流浪の民の悲しさが、N先生の静かな声の響きと相まって、遥かの時の向こうの記憶として今も残っています。
ジプシーについては、その後、マルケスの「百年の孤独」で外部からのムラに進入して情報と予言を与える奇異な存在として・・・ああ南米にも存在するんだ。とか、
イランでヒップホップをしているジプシーの若者たちのドキュメンタリーを見て、ああ中東にも・・・とか
ホロコーストではユダヤの人と共に虐殺された歴史もあったりとか・・・
断片的に少しだけの知識で・・・
何も知らないのに、それでもイメージだけは強烈にあり、魅力を感じていました。
祖国など持たず、流浪の民として、根無し草のように、見知らぬ土地のもの見知らぬ土地に運び、移動も宗教も精神も自由で、スキゾ的な闇を抱え、抱えたものを歌い、踊り・・・悲しく情熱的で・・・ある時は商人。ある時は錬金術師。ある時は巫女。ある時は歌手。ある時は踊り子。日本の中世の「悪党」みたいな。
迫害され、さまよい、その中で生まれた芸能を生業とし・・・
世界全体が区画整理されてしまって、土地の全てに番号が付けられ、国家や付随する法律、警察・軍隊などの暴力装置に管理されて・・・今や携帯電話での個人的な言葉のやりとりすら、『犯罪者』容疑がかかると、白日の下に暴露される・・・安全を何より大切なものとして生きるパラノ的な人生を送る身としては、そんなものから降りてしまった生き方は、逆にとても魅力的に感じるのです。
関口義人著「ジプシーを訪ねて」を読んでみると、この区画整理はジプシーの人たちにも当然押し寄せていて、「難民」キャンプで彼らの多くは暮らしていたりするみたいです。
なんだかねぇ~・・・
in OSAKA
日曜の夜、ジプシー音楽とクロスするミュージシャンのライブに行ってきました。
関口義人氏の著作「ジプシーを追いかけて」の発刊記念とか・・・
大阪の天神橋六丁目に「ワイルドバンチ」っていう古書店があります。
昼間静かな店内なのですが、時々夜になると、書架を壁際にずらして、センターの僅かなスペースでライブをやるのです。
古書が音をいい具合に落ち着かせてくれて・・・なかなかいい雰囲気です。
古書・・・といっても店主のナカナカのコダワリが・・・
昨日は宮武外骨・・・なんかが私の横の書架に・・・そして壁には昔の映画のポスターが・・・タイトルは『荒野のダッチワイフ』・・・もちろん哲学書なんかも。
ジプシーをワイルドバンチで・・・しかも天六の夜に・・・!
これは何が何でも行かなくては!
狭い会場は満員で、演奏者が「酸欠」を心配するほど・・・?
音楽音痴な私は、ジプシーとクロスする雰囲気の音楽・・・は、今まで聴いたこともなく、出演バンドも初見のものばかり。でも、その夜の演奏は、本当に音楽が好きで仕方ないんだというメンバーばかりの演奏で、私のようなものでも、すっかり曲の流れに入り込んでしまう。
珍しいタンバリンは自分で作ってしまうという、タンバリン奏者の田島隆さんの妙技に感動。
「鞴座」の鞴(フイゴ)楽器を使った音の柔らかさに身体を解かせる。
それで最後は熊澤洋子さんのバイオリンにジプシーの風が吹くのを感じます。
とにかく、演奏者の音を楽しむ心が聴く私をも弾ませ、気づくとカラダは殆ど踊っていました(実際は立つスペースがなかったので座ったままだったのですが)。
でも、それらは、私の持っている「流浪の民」の雰囲気とは少し違う景色をもたらしていたりもする。
音楽ライターの吉本秀純さんと関口さんとのトークの中で、いくつかの本物のジプシーのCD紹介されたのですが、それはとても味わい深いもので・・・タイトルとミュージシャン名をメモしようと思ったのですが、ボールペンが見つからず・・・
ところで・・・ジプシーといえば・・・
高校の時の英語のGrammarのN先生は、ちょっと髪の毛が薄い感じだったんですが・・・例文で(英語は忘れたけど)
「毛皮商人がラクダに毛皮を積んでやってきた」
というのがあったのです。私の友人が居眠り中、いきなりN先生に当てられて、右往左往。見かねた私が訳を書いたノートをそっと差し出したのですが・・・彼女は、大きな声で
「毛はえ の 人が やってきた」
と、読み上げたのです。
N先生は、ちょっと頭をなでてから、静かに・・・
「毛皮商人はきっとジプシーなのでしょうね」と。
砂漠を越えて、毛皮を売りに来る流浪の民の悲しさが、N先生の静かな声の響きと相まって、遥かの時の向こうの記憶として今も残っています。
ジプシーについては、その後、マルケスの「百年の孤独」で外部からのムラに進入して情報と予言を与える奇異な存在として・・・ああ南米にも存在するんだ。とか、
イランでヒップホップをしているジプシーの若者たちのドキュメンタリーを見て、ああ中東にも・・・とか
ホロコーストではユダヤの人と共に虐殺された歴史もあったりとか・・・
断片的に少しだけの知識で・・・
何も知らないのに、それでもイメージだけは強烈にあり、魅力を感じていました。
祖国など持たず、流浪の民として、根無し草のように、見知らぬ土地のもの見知らぬ土地に運び、移動も宗教も精神も自由で、スキゾ的な闇を抱え、抱えたものを歌い、踊り・・・悲しく情熱的で・・・ある時は商人。ある時は錬金術師。ある時は巫女。ある時は歌手。ある時は踊り子。日本の中世の「悪党」みたいな。
迫害され、さまよい、その中で生まれた芸能を生業とし・・・
世界全体が区画整理されてしまって、土地の全てに番号が付けられ、国家や付随する法律、警察・軍隊などの暴力装置に管理されて・・・今や携帯電話での個人的な言葉のやりとりすら、『犯罪者』容疑がかかると、白日の下に暴露される・・・安全を何より大切なものとして生きるパラノ的な人生を送る身としては、そんなものから降りてしまった生き方は、逆にとても魅力的に感じるのです。
関口義人著「ジプシーを訪ねて」を読んでみると、この区画整理はジプシーの人たちにも当然押し寄せていて、「難民」キャンプで彼らの多くは暮らしていたりするみたいです。
なんだかねぇ~・・・
ソーシャルネットワーク
1月の午後、晩ご飯の買い物ついでにショッピングモールにある映画館で「ソーシャル・ネットワーク」を観て来た。
「フェイスブック」の創始者、マーク・ザッカーバーグをモデルにした映画で、監督は、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のデヴィッド・フィンチャー。
ハーバード大学に通うマークが、ボストン大学に通う恋人と口論し、別れるところから物語が始まる。
現実での人との関係がうまく結べない青年が、プログラム能力の高さにアイデンティティを求める風に、アクセス数をターゲットに「ハーバード大学限定出会い系」のようなサイトを立ち上げていく。
やがて、Napsterの設立者ショーンとの出会い等の中で、世界的に広がる「フェイスブック」へと発展していくのだが、その過程でマークは友情を失い、2つの訴訟を抱えることになる。という、現在進行形の場所まで辿り着いて物語りは終わるのだ。
テンポの速い会話や進行。ハッキングやアイデアの横取り・・・。希薄な人間関係。心で深く結びつく代わりに、クスリを媒介にセックスで深めてしまおうとする他者との距離感。
「私」から発生するのでなく、アクセス数を伸ばすことをターゲットにしたゲームのようなプロセス。
現在26歳になるのだろうマーク青年の生活の過程が、淡々と描かれていく。
物語は現実ではない。なので、いくら淡々とリアルに沿ったように描かれていても、それは全くのリアルではない。
しかし、きっとここに描かれているものは、リアルに生きる若者たちのある側面を描いているのも事実のような気がする。
この映画が公開された同時期に、新聞紙上に現れたあるニュースがある。
チュニジアで発生した暴動。いわゆる「ジャスミン革命」だ。
発端となったのは、ムハンマド・ヴウアジジという26歳の青年の焼身自殺だ。
独裁が続き失業率が高まるチュニジアで、大学でコンピュータを専攻していた彼が金銭的な理由から進学を断念し、路上で青果を売っていた。それを無許可販売として警察に摘発され公衆の面前で罵倒されるなどのトラブルの末に、焼身自殺を図ることになる。
彼のその衝撃的な死を契機に、失業や政府の腐敗に抗議する人々が暴動を起こすのだが、その暴動を成功させ、大統領を亡命に追いやり、独裁政権を転覆する、そのツールとして利用されたのが「フェイスブック」なのだ。
デモの情報は国民の18%が登録しているというフェイスブックや、ツイッターに掲載され、次々に広まっていく。
それを知った政府が活動家を探索し弾圧を始めると、ウィキリークスがそれを暴露し、チュニジアの検閲機関への攻撃を始めていく。
サイバー空間の世界同時暴動の様相をとる。
ソーシャルネットワークの主人公マーク青年。焼身自殺を遂げ「ジャスミン革命」の発端となった青年。ともに26歳らしいのだ。
日本でも、失業率は高まっている。大卒の新規雇用率は60%くらいらしい。(正確な数字はつかめていません)就職の機会を逃した青年たちの焦燥感が胸に迫ってくる数字だ。
しかし、日本ではデモすらおきず、焦燥感は内向していく。鬱や自殺。「誰でも良かった」という殺戮。なんだかちょっとやりきれない。
先日テレビを観ていたら「正しくキレル!」というスローガンを元に、労働組合運動をしているポップな感覚の青年たちのことが報道されていた。
大阪の労働組合の青年部に所属する彼は、仲間と新しい運動をしていた。
彼らは不当に派遣切りにあったり、職場でのパワハラに苦しんでいる若者たちの権利を守るため「正しくキレル」のだ。彼らと一緒に会社側との団体交渉を進めたり、時には会社の前に宣伝カーを乗りつけマイクで訴えたりする。
興味深いのは、その様子をネットの生放送(ニコニコ生放送)で配信するのだ。
すると、たくさんの人が放送中に応援メッセージを書き込んでくる。
マイクを持っているのは2,3人なのだが、同時進行の支援者が数十人、数百人いることになる。
「世界で一番働きやすい職場」を作るためできることは何でもやる。のだそうだ。
中嶌君という中心メンバーも確か26歳だ。
もうひとり26歳の青年がいる。
彼は農業をしている。無農薬で米や野菜を作り、平飼いの鶏が産んだ卵を売っている。
彼もまた、その販売をネットを駆使して行っている。商社が国家と結びつく中で展開されている食料問題の、その枠とはまったく関係の無いところで、作る人と食べる人だけのネットワークを作っているのだ。
彼らに共通しているのは、大きな物語で動いていないということだ。
フェイスブックは学生の社交の場として、等身大ゲーム感覚で発生した。
ジャスミン革命は、たった一人の青年の生活の上での深い抗議から始まった。
労働者階級が資本家を倒すなどというスローガンではなく「正しくキレル」生活闘争がある。
資本主義の流通を阻止し、私達の農業を!なんてことではなく、おいしいものをフツウに作ってフツウに食べるネットワークを広げている。
しかし、結果として、彼らのアクションは時代をある方向に進める可能性を秘めている。
そして、彼らがツールとして手にしているのは、ネットという場所なのだ。
マルチチュードの形成・・・?
新しい流れをちょっと感じるのはこじつけだろうか?
雲の覆われた寒々しい冬の空を眺めながら、映画の感想というか26歳の奇跡というか・・・にちょっと心寄せて、久々の長い日記です。
「フェイスブック」の創始者、マーク・ザッカーバーグをモデルにした映画で、監督は、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のデヴィッド・フィンチャー。
ハーバード大学に通うマークが、ボストン大学に通う恋人と口論し、別れるところから物語が始まる。
現実での人との関係がうまく結べない青年が、プログラム能力の高さにアイデンティティを求める風に、アクセス数をターゲットに「ハーバード大学限定出会い系」のようなサイトを立ち上げていく。
やがて、Napsterの設立者ショーンとの出会い等の中で、世界的に広がる「フェイスブック」へと発展していくのだが、その過程でマークは友情を失い、2つの訴訟を抱えることになる。という、現在進行形の場所まで辿り着いて物語りは終わるのだ。
テンポの速い会話や進行。ハッキングやアイデアの横取り・・・。希薄な人間関係。心で深く結びつく代わりに、クスリを媒介にセックスで深めてしまおうとする他者との距離感。
「私」から発生するのでなく、アクセス数を伸ばすことをターゲットにしたゲームのようなプロセス。
現在26歳になるのだろうマーク青年の生活の過程が、淡々と描かれていく。
物語は現実ではない。なので、いくら淡々とリアルに沿ったように描かれていても、それは全くのリアルではない。
しかし、きっとここに描かれているものは、リアルに生きる若者たちのある側面を描いているのも事実のような気がする。
この映画が公開された同時期に、新聞紙上に現れたあるニュースがある。
チュニジアで発生した暴動。いわゆる「ジャスミン革命」だ。
発端となったのは、ムハンマド・ヴウアジジという26歳の青年の焼身自殺だ。
独裁が続き失業率が高まるチュニジアで、大学でコンピュータを専攻していた彼が金銭的な理由から進学を断念し、路上で青果を売っていた。それを無許可販売として警察に摘発され公衆の面前で罵倒されるなどのトラブルの末に、焼身自殺を図ることになる。
彼のその衝撃的な死を契機に、失業や政府の腐敗に抗議する人々が暴動を起こすのだが、その暴動を成功させ、大統領を亡命に追いやり、独裁政権を転覆する、そのツールとして利用されたのが「フェイスブック」なのだ。
デモの情報は国民の18%が登録しているというフェイスブックや、ツイッターに掲載され、次々に広まっていく。
それを知った政府が活動家を探索し弾圧を始めると、ウィキリークスがそれを暴露し、チュニジアの検閲機関への攻撃を始めていく。
サイバー空間の世界同時暴動の様相をとる。
ソーシャルネットワークの主人公マーク青年。焼身自殺を遂げ「ジャスミン革命」の発端となった青年。ともに26歳らしいのだ。
日本でも、失業率は高まっている。大卒の新規雇用率は60%くらいらしい。(正確な数字はつかめていません)就職の機会を逃した青年たちの焦燥感が胸に迫ってくる数字だ。
しかし、日本ではデモすらおきず、焦燥感は内向していく。鬱や自殺。「誰でも良かった」という殺戮。なんだかちょっとやりきれない。
先日テレビを観ていたら「正しくキレル!」というスローガンを元に、労働組合運動をしているポップな感覚の青年たちのことが報道されていた。
大阪の労働組合の青年部に所属する彼は、仲間と新しい運動をしていた。
彼らは不当に派遣切りにあったり、職場でのパワハラに苦しんでいる若者たちの権利を守るため「正しくキレル」のだ。彼らと一緒に会社側との団体交渉を進めたり、時には会社の前に宣伝カーを乗りつけマイクで訴えたりする。
興味深いのは、その様子をネットの生放送(ニコニコ生放送)で配信するのだ。
すると、たくさんの人が放送中に応援メッセージを書き込んでくる。
マイクを持っているのは2,3人なのだが、同時進行の支援者が数十人、数百人いることになる。
「世界で一番働きやすい職場」を作るためできることは何でもやる。のだそうだ。
中嶌君という中心メンバーも確か26歳だ。
もうひとり26歳の青年がいる。
彼は農業をしている。無農薬で米や野菜を作り、平飼いの鶏が産んだ卵を売っている。
彼もまた、その販売をネットを駆使して行っている。商社が国家と結びつく中で展開されている食料問題の、その枠とはまったく関係の無いところで、作る人と食べる人だけのネットワークを作っているのだ。
彼らに共通しているのは、大きな物語で動いていないということだ。
フェイスブックは学生の社交の場として、等身大ゲーム感覚で発生した。
ジャスミン革命は、たった一人の青年の生活の上での深い抗議から始まった。
労働者階級が資本家を倒すなどというスローガンではなく「正しくキレル」生活闘争がある。
資本主義の流通を阻止し、私達の農業を!なんてことではなく、おいしいものをフツウに作ってフツウに食べるネットワークを広げている。
しかし、結果として、彼らのアクションは時代をある方向に進める可能性を秘めている。
そして、彼らがツールとして手にしているのは、ネットという場所なのだ。
マルチチュードの形成・・・?
新しい流れをちょっと感じるのはこじつけだろうか?
雲の覆われた寒々しい冬の空を眺めながら、映画の感想というか26歳の奇跡というか・・・にちょっと心寄せて、久々の長い日記です。