備忘録(byエル) -27ページ目

電気ジプシースペシャル&草間弥生展

電気ジプシースペシャルのライブに、大阪心斎橋まで行く


昨年、高の原で遊ぼうプロジェクトのライブ「あらびあんないと」で、演奏してくれたのは、実は、このメンバーだったのです。

私はすっかり彼らの音楽に嵌っていて、12月には京都五条のライブハウスに出かけ、そして、今回は大阪心斎橋に。

瀬戸信行氏から、インフォメーションメールを貰ったのが木曜の夜。
ライブは金曜の夜。
メール遅いわぁ~。今度ライブあったら声かけてねって友だちからも言われてたのに・・・

結局、仕事帰りの夫を誘って、心斎橋のライブハウスまで。

ゲストはベリーダンスのminoriさん。彼女もまた、高の原で踊ってくれたダンサーです。
youtube見つけたので、貼り付けておきますね。聴いてみてくださーい

http://www.youtube.com/watch?v=9BsffqwLBjw&feature=related

ワイン飲みながら、金曜の夜、大好きな音楽を聴く。ええ時間でした~。


って、実はこの日ライブの前に、一人で草間弥生展に行ってきたのです。
草間さんはやはり人気があり、現代美術とは思えぬ人の入りでした。
友人の妹から
「いつもしょうもないこと書いてる」と言われている私の日記ですが、また、主観的な感想文でーす。もしよければ読んでね。


廊下のように細長く奥行だけを感じる部屋の、入り口近くに立っていた。

両側の壁にはモノトーンで描かれた絵画が何十枚も奥に向かって一列に規則正しく貼られていた。絵には、眼や横顔や口人間のパーツや、ハイヒール、花、家などが細かく「点描の、ひとつの点」のように描かれていて、それらが大きな波動をつくっていたり空白を描くための陰影のように見えたりしている。

ある絵は「春の日の娘」のように風の中ハイヒールの足音を弾ませいていたり、ある絵は「人嫌いの青年」のように、無数の視線に怯えるものの波動を伝えていたり・・・それでも、それらの絵は「額縁」も「タイトル」持たなかったので(タイトルは配布されるパンフレットには書かれていたのだが、フロアーの絵には無機質な番号が表示されているだけだ)、「一枚の絵」というものから開放されており、出口に向かって伸びる太い線のように、隣の絵との境界を越えて、ある方向へと「そこに立つ者」を誘っていた。

部屋の真ん中にはハート形をした黒いゴム風船のようなオブジェが3つ置かれていて、部屋全体がなんだか人間の肉体を流れる管のようなぬるい感覚を帯びている。

そうか、産道だ。この闇の感じは産道に違いない。

モノトーンの絵の並ぶその空間は、歩く者を、産道を潜った母の血の記憶へと運んでいくような気がする。側面の壁の絵が誘導する「向こう」へと続く視線の先に、前面の壁に飾られている「生活する町」のような絵画。そして、隣に次の部屋へと続く空間に赤い線が、現実への暗示のように縦に伸びている。
思わず、生まれたくない!と「私の心」が叫んでいる気がした。
産まれたくはない。色の溢れる世界へ出て行きたくはない。暗い産道に留まっていたい・・それは、私の心が叫ぶ声だったのか、草間弥生さんの声だったか、良く分からないまま、そんの声を聞いた気がしている。
それでも、出口を目指して歩くしかないような展示の場を、歩いていくしかないのだが・・・

次の部屋からは「色」が溢れる絵画が並んでいる。それでも、それらはやはり赤血球のヘモグロビンかなにかの細胞のように、画家の血から、この身の内側へ、この身体を走る血管の中へ流れ込んでくるような、艶かしいエロティックな感覚で、そこに「立つわたし」は、やはり生身の人間の生理のようなものから逃れられないでいる。

つまり、外への出口を見失っているのだ。

画家の身体の中を、血管を流れながらさまよい続ける「点描の点のひとつ」になったような息苦しいような匂いに包まれてしまっている。

途中、水玉のチューリップの部屋があり、そこで観客はそのオブジェをバックに微笑む自分をデジカメに収めたりしているのだが、つまり草間弥生さんが描いた造形や色の世界を楽しんでいるのだが、彼女の血の幻想を飲み込んでしまった私は(もちろんとても主観的に・・・)楽しむ余裕もなく、「外」を求めて、出口にどんどん歩を進める。

結局、最後まで彼女の身体の中を揺らめき続けるような感覚だった私が「外」を感じたのは、美術館を出て、冬の土佐堀川を渡る風を受けて、「さむっ!」と言葉を発した瞬間だった。

その夜の電気ジプシースペシャルで、全て浄化されて現実のオバハンの私に戻って夜遅く、家にたどり着いたのでした~

態変・・・

大阪に冬の雨降る昨日のこと、夫のオカンの通院に付き添った帰り道、なんばの高島屋で昼食をとる。

母が肉が食べたいというので(普段は食事療法していて肉は食べてないらしい)東洋亭でランチ。東洋亭の前は、北山の本店ほどではないけれど、行列ができていて、しばし待合椅子に座ることになる。

すると、何故だか母が隣のご婦人といきなりのオバハントークを繰り広げ始めた。ひとり暮らしらしいその人は日々の寂しさを語り、母が友だちだと思っていた人からのひどい仕打ちを語り・・・なんだか、生活上の深い悩みを、初対面の人と向かい合っているとは思えぬあからさまな心情を、惜しげもなく吐露し始めている。

なんやろ?このレストランの行列待ちに繰り広げられるあっけらかんとした人生論のやり取りは?・・・お見事!としか言いようのない超越かもしれん・・・?

そういえば、日曜日、「劇団態変」の舞台を観た時、隣で観劇していた女性から話しかけられた。一人で映画や舞台を観ていると、隣の人から感想を求められたり、裏話的なものを教えられたり、そんなことがよくある。

「ゴドーを待ちながら」という演目だったのだが、その女性はベケットの原作とどう違うのか?なんて、聞いてきたのだ。さぁ?そんなこと言われても・・・それは演出家に聞いてもらわな、わかれへんわ・・・


「劇団態変」というのは、「主宰・金満里の『身体障害者の障害じたいを表現力に転じ、未踏の美を創り出すことができる』という着想に基づき、身障者自身が演出し、演じる劇団として1983年より大阪を拠点に活動を続けている。」という劇団。

もう、10年以上も前、大阪扇町の劇場で、舞踏のような身体表現を観たのが私にとっては最初で最後だった。

舞踏にも、前衛芸術にも関心の薄かった私には、観劇から受けたものを整理
する言葉を持てず、イメージの強度を記憶に残したまま、その後劇団から届く公演案内にも反応できないままになっていた。

今回、伊丹まで公演を観にいったのは、「ゴドーを待ちながら」がどう描かれるのかに興味があったのと、昨年辺りから舞踏に興味を持ち始るなかで、「未踏の美」の意味がわかる気がして、過去に受けたイメージの強度を言葉に置き換えることができる感じがしたから・・・かな?

舞台には一本の木が寂し気に立っているだけで、他になんの装置もない。

そこに、「一世一代福森慶之介」という役者が靴の紐を結んでいる場面から始まるのだが、多分原作を知らなかったら「靴の紐を結ぶ」動作であると確認できないような描き方だ。つまり、ひとつひとつの動作と場面が、言語的な意味を持たず、ただ一本の木と、微妙なズレを持つ刹那の役者の動きが作り上げるもの、見る側に「意味」を介することなく伝わってくる「塊」、無意識という層のようなところへ投げかけられる高次元な陰影・・・のようなものをかなり意識的に作り上げられているのだ。

役者は「身体に障害をもった人」なので、立つことも帽子を頭にのせることも、歩くことも、ひとつひとつに微妙な震えとか時の間が生じている。時の流れがスムーズにいかない感覚は、「時空が確かに存在している」ことを気づかせるので、観る側は無意識な不思議を感じているのだ。

それは、多分、無意識な感覚を開かされているとも言えるのだろう。

まっすぐに立たない人の背のラインと、枯れた一本の木の持つ美しいコントラスト・・・

役者から伝わってくるのは、深い「いのち」に抵触している苦悩と諦念。人の持つ生活上の苦悩とは別の、宗教的な、とでもいうような深い苦悩。
おそらく、生きる全ての場面で「命の意味」のようなものを問い続けた人間にしか持つことのできないもの。

それは「演技」では表せない人としての世界観であり、たぶん演出家は、役者たちの「存在の踏みしめ方」の深みをそのまま舞台に置くことに成功しているのだと。そんな気がした。

そんなことを考えていたら、いつの間にか前のご婦人は席に付かれたようで、行列の先頭に付いた夫の母が、「次やなぁ。」と微笑んだ。
ビルの窓の外、朝からの雨もやんだようで、中庭の木の雨粒が薄く射す午後の日に光って見えた。

網谷義郎さんのこと

渡邊守章氏の演劇論の講義を受けに(これがなかなか面白い)京都造形美術大学に行ったとき、チラシを発見。

「―人間をデッサンしつづけたー網谷義郎」さんの個展の案内だった。
美術に関する知識が全くない私には、聞いたことのない画家の名前。なのに、そのデザインに、不思議と心掴まれる。

個展に行かなくっちゃ。って、開催場所を確認すると、神戸の岩屋にある「BBプラザ美術館」ってこれまた耳慣れない美術館で、しかも、三宮の近く・・・って遠いやん!

でも、まぁ。後何年生きることになるのか、「今」見たいものは「今」見る!っていう心情で生活している最近の私なので、神戸くらいなら、行ってやろう!

岩屋っていうところには「兵庫県立美術館」という大層美しい建造物もあったはず・・・ネットで調べると、「伊藤清永展」開催中とのこと。裸婦か??・・・と、こちらは22日で終了とか。
すると、ラッキーなことに、昨夜夫は新年会とか・・・
なんていう様々な背景の中、昨日神戸に出かけてきたのだ。

朝から冷たい雨が降る。

近鉄線が阪神電鉄と繋がって、奈良から三宮まで直通の電車が走る。ありがたい・・・
三宮から岩屋まで折り返して、県立美術館までの、海へと向かう雨の歩道を1人歩く。なんか雰囲気あるヤン! 

県立美術館は、まるで要塞か迷宮のような建物で、廊下がぐるぐる回っている感じで、なかなか展示室に辿りつかない。美しいし、お洒落で、張り巡らされたガラスの向こうから陽光射す午後なら、芸術作品に向かってゆっくり歩くのも一興なのだろうけれど、なんせ、冬の雨に濡れた足元が冷たくて・・・おまけにコートや雨傘や、大きなバッグや、荷物重たいし・・・。

「正当な写実の表現を追及し続けた作者の裸婦像」(フライヤーの言葉です)は、何とも美しい。ふくよかな身体の線と、透明感のある色彩。肌の触感が伝わってくる気がする。

で、面白かったのが、「オランダの裸婦」という絵。ヨーロッパに渡り裸婦像を極めた?彼の作品なのだけれど、日本の女性を描くときは、なんとも艶っぽく、しかも女性達は無意識に、または意識的にその瞳でこちらを誘っている。つまり、いつでも抱ける女の美しさ?女の私でもその肌に触れてみたい~と思わせるような描き方だったのに、オランダの裸婦は、まるで精霊のように、女の性を感じさせずひたすら美しい。透明な肌は青いほど真っ白で、この世のものとは思えない、気高く、むしろ宗教的ですらある。おんなじ女性の肉体を描くのに、この違いは?

なんでや?もしかしたら、西欧コンプレックスちゃうのん?だなんて、大阪のオバチャンは思ったりする。(伊藤先生失礼お許しを)

「室内」っていう、ツレアイとこどもを描いた絵も心に残った。画面の左半分の妻と子、テーブルとカップと本とカーテンと・・・室内にあるべき何もかもが偏って描かれている。そうして、右半分へと続くベッドの上には、猫がひとり寝そべっているだけで、壁にも装飾はなく・・・つま右半分はガランドウで、奥には深い闇が潜んでいる雰囲気すら。猫は画家自身なのだろうか?

美術的な知識も感覚もない私なので、本当に主観的に、自分の問題意識と照らして絵を捉えるしかないのだけれど、それでも画家と対面すると自分の課題が深まるというか・・・なので、楽しいのだけれど・・・

海辺の美術館から岩屋駅に戻る道は、雨がますます激しくなっていて、かすかに見える海も荒れていた。ふと、津波が来たら・・・なんて考えてしまうのは朝のニュースでハザードマップのことを繰り返し放映していたからやろか?

岩屋駅前のBBプラザという雑居ビルの中に、美術館がある。県立と違って、ビルの中に、ふっとあるような、買い物とかのついでに、ちょっと足を運べるような雰囲気でいて、百貨店の上にある美術館より、しつらえがオシャレ。カッコエエ。

そこで、チラシで心動かされた「網谷義郎」さんの個展が催されていた。
網谷さんは、1923年に神戸に生まれ、京都大学在学中に小磯良平さんと出会い、影響を受けたそうです。商社マンを経て27歳で画業に専念。58歳で逝去されています。って、私の年ヤン!

「絵の具」の意志のようなものを尊重するというようなことを(正確な言葉は忘れました)言われています。

人間の姿ばかりを描き続けて来られたそうです。
ホールに並べられた、沢山の人型は、それはまさしく人型で、その人物の生活の背景、心の景色などは、見事に削ぎ落とされています。

全てを落として、落として、最後に残った人型に、彼が「色」で命を与えていくのです。
絵の具の意志のようなものと、彼の人への深い洞察と慈しみのようなものがひとつになって、観るものの心を掴んでしまう作品になっています。
まるでマレーヴィチのような、重いそれでいてセンス良くどこかに抜けていくような開放感ある色調や、柔らかい温度感のある色合い。激しく燃える赤・・・や沈み込む闇の黒・・・

人型のようにラインを持たない曖昧な人間たちの奥底の悲しみが、ゆっくり対面するこちら側に波動のように伝わってくるのです。

何度も言うのですが、私は美術には疎いです。しかも、画家についてもなんら知識を持っていません。恥ずかしながらその名すら初めて知りました。
でも、昨日、この美術館で過ごした時間は、(ギャラリーが他に誰もいなかったので、絵の前のソファーで、2,30分絵と対峙できた幸運にも助けられたのですが)久々、心が震えるような画家との交流の時間でした。

元町の小さな洋食屋さんでクリームコロッケ食べて、パン屋さんで食パン買って、雨の神戸ツアーは終了。

網谷さんが逝去された同じ年齢に、網谷さんの絵に触れた微かな奇跡を思ったりして・・・。また阪神―近鉄線で奈良の日常へ帰ってきました。