備忘録(byエル)
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田中誠司舞踏公演「ケのなかのハレ」のこと

空が暗くなった。洗濯物を取り込んだ瞬間の雷鳴。南からの風がカーテンを床と並行に巻きあげ、大粒の雨が慌てて閉めた窓ガラスに叩きつけられる。

セーフ!

床に投げ入れられた洗濯物の山が「オバハンのお天気的第六感」の正しさの証のように見える。

 

夜には田中誠司さんの舞踏公演「ケのなかのハレ」が予定されている7月25日。

ガラスの汚れを洗い流す勢いで窓に吹き付ける風雨は、なんか舞踏らしくてええやん。

と、真っ暗になっていく昼過ぎの空を見ながら、証の洗濯物を畳む。

 

公演で照明をさせてもらうことになっていた。

舞踏公演の照明は生まれて初めて。

生まれてから、随分生きてきた者にとって「生まれて初めて」の意味は大きい。

ものすごく「初めて!」なのだ。

踊る人に光を当てる。闇に存在させる。影を作る。

ものすごい「初めて!」にすでに興奮している雨の午後だ。

 

公演は夜8時から始まる。

4月から試験的に「公開稽古」を行ってきた田中誠司さんが、覚悟の「公演」に場を変えてきた。

その挑戦も楽しみ。試行錯誤の稽古会での経験がどう身体に刻まれているのか?

自分の照明も含め、スリリングな気分で公演開始の時間を待つ。

 

お客さんの前に現れた田中誠司は、白塗りをしていない。

黒のタンクトップに黒のパンツ。

「クーラーの温度大丈夫ですか?寒くない?」と確認したかと思ったら、

「これ、中に入れた方がええかな?」と、タンクトップをパンツにインするかどうかを確認する。

これにはほぼ満場一致でインがいいと。

うん?

これってとっても日常的な空気感。

そうか「ケの中のハレ」

踊りが特別な空間の中から生まれるのではなく、何気ない日常の隙間に空いた「ある亀裂」から生まれる。誠司さんはそんな風に踊りたいんや。

って感じる。

 

舞台のある場所に誠司さんが立つ。

日常の空気が少しずつ変化していくのが分かる。

踊りの始まりに、舞台奥、踊り手の後ろにある照明を少しづつ灯けようと思った。

 

公演は、田中誠司の持ち味が色濃く出た!っていう感じのものだった。

試行錯誤、これまでの自分にない身体と出遭うための「公開稽古会」を経て、自分特有の踊りを深めている。そんな気がするものだった。

 

見てくれる人と正面から向き合い、向き合った狭間にあるものに踊らされようとする踊り。

空間の際にあるエッジを危なっかしくフラジャイルに歩き続けるような踊り。

繊細で遠慮深くともすれば消えてなくなりそうな踊り。

土着性から生まれる腰の据わった太い踊りではない、現代の都会の片隅にひょいと生まれたような踊り。

やがてそれは底知れない霊性を宿して、この世にないものへと変わっていく。

その身体に、光をどう当てるのか?

影をどう作るのか?

ってワクワクしていたのだが、気づけば、思考回路吹っ飛んでしまって、見たまま、聞いたまま(音響に混ざって、踊り手の身体の音、遠くには雷が鳴っている)、私の身体が反応し、やりたいように、見たいように、光を調整している自分がいた。

踊り手の身体はどんな瞬間も研ぎ澄まされていて美しいので、すっかり魅せられて光を当てていく。

自分が踊っている時のような、一点に通じていく細い線の流れの中で遊んでいた。

そんな気がする。

ふと気づけば公演は終わって、なんか呆然と座っている自分に気づいた。

 

いやぁ楽しかった~。

 

冷静に振り返ると、手数が多い!

動かない光の中で踊り手と観客だけの時間を作ることも必要だった!

反省することしきり。

 

公演後、みんなで感想を言い合ったのだが、田中誠司独自の魅力があったというような感想の中、課題についても語られていた。

「手と顔だけではくトルソとして踊ることが必要」

「お能では手と顔は秘するものと言われている」

などなど、鋭い指摘もあり、なかなか深い感想会になった。

 

照明をしていて、誠司さんの背中に光を当てる時間が無かったことが、なんや物足りなかったりした。

 

踊りも、お客さんも、とても素敵で、

「初めての」照明担当が、この場でよかったって、嬉しくなる時間でした!

memo 走り書き(6月に)

6月の朝

窓からの風は零列な水だ

私は水の流れの中にいる

孤独になれ!

水の中から水のような声が聞こえるから

ひとり

水の流れに身を投げ出している

 

うめの匂いは水に似合う

和歌山のうめを和歌山の人から貰って塩に漬けた

部屋に流れる零列に

うめの匂いが溶け込んでくる

 

うめの匂いの水の中

死んだオカンの気配が部屋を横切る

うめの匂いが膨らむにつれ

気配はどんどん濃厚になって

もうすぐ実像を結びそうな勢いだ。

 

6月が誕生日だったオカンは82歳の3月に死んだ

 

梅干を漬けていたのはオカンではなかった

祖母だ

申年に漬けた梅干を食べると呆けることなくコロッと死ねる

嘘の夢を見た祖母だ

申年に10キロも

うめを漬けたり干したり漬けたりした

食べたのか食べなかったのか

脳から血を流し夢と現実を彷徨いながら7年も寝たまま死んだ

それは祖母だ

30年前には珍しくオカンは寝たきりの祖母を家におかず病院に入れた

何度も病院を梯子して、祖母は5度も転院して寝たまま死んだ

オカンは仕事を辞めず

稼いだ金で着物を買い海外旅行を楽しんだ

30年前オカンは知人から親不孝と烙印を押された

遠くで暮らす娘はぼんやりそんな話を聞いていた

梅干を漬けることなく

嘘の夢を見ることなかった

オカンの孤独は水の孤独

 

 

夕方

うめの水はますます香りを強め

オカンの気配はますます色濃く部屋に揺蕩う

 

梅干を漬けていたのはオカンではない

父だ

祖母が死んだころに定年を迎えた父だ

ソーシャルダンスや歌舞伎見物に忙しいオカンのために

家事の一切を手掛けた父だ

―単身赴任で家のことを全部オカアちゃんに押し付けたんやらこれからは大事にしいやー

娘の無責任な声を真に受けて

炊事洗濯に専念し

梅もラッキョウも味噌も漬物も

つけてつけて四季を過ごしたのは父だ

 

火でも掴める父の手の皮は常人の三倍ごっつい

精神もごっつい

戦地に赴いた20歳を

おかげさんで中国大陸を北から南まで旅した

とバックパッカーでアジアを巡る若者のように語る

貨物列車が襲撃され重なり逢って身を伏せた兵士

父の上にいた者下にいた者みな死んだ

生き残ったのは僕が幸運の持ち主だから

 

不気味なごっつさで父は戦後を生き抜き

定年後の6月にごっつい手で梅を漬け続けた

 

オカンはごっつい夫を愛していたのだろうか

 

戦争に持っていかれた若い日の破天荒な時間を

奪い返すかのように

昼も夜も友人たちと過ごす時間ばかりが増えていった

オカンは水の孤独の中にいた

 

祖母が漬けた父も漬けたその時

うめは6月の水に香り立っていたのだろうか

 

和歌山のうめを漬けたのは水曜日

水の中に香り立つ

うめの匂いとオカンの気配に

締め付けられているこの夕方は金曜日

 

オカンが握っていた水の孤独を

私は私の孤独で守り抜くことができるのだろうか

零列な水の6月は

孤独になれ!

とうめのにおいのなか

 

memo 走り書き

私が生まれた日にはもう

二つのキノコが地から空へと膨れ立ち

空から黒い雨が焼土を一層黒く染めていた

戦火を逃げきれた者たちだけが

その軌跡を捉えきれないまま

不条理を

どうしようもない不条理を

なんとなく受け止めながら

相も変わらない飢えを凌いで

暴力と諦めと慰めの中で少しの良心と真心にしがみつくように肩を寄せ合うことを「復興」と呼んだ

 

戦火を逃げきれた者から生れ落ちた私は

何もかもが終わってしまった後の沈黙を食べて育った

 

私が怯えたのは不条理な戦火の影に だったか

逃げ伸びた人にも食べさせられ続けた沈黙の絶対性に だったのか

 

 

私が若者になった日には

ビルがどんどん立ち並んで、GNPとやらが膨らみ始めていた

水俣病 イタイイタイ病 川崎喘息 言葉だけで知るものたちと

煙突から吹き上る黒煙に隠されて星など全く見えなくなった大阪の夜空

玄関から一歩出れば舗装された道路

縁台に腰かけて寝間着姿でのご近所との夕涼みなんかもなくなって

無くしたものに気づかない者たちだけが

その軌跡に飲み込まれながら

不埒にも

どうしようもない破壊の流れに

不埒にもなんとなく飲み込まれながら

相変わらずの物欲に取りつかれて

三種の神器の電化製品が狭苦しい長屋に並んでいくことを「希望」と名を付けた

 

私が怯えたのは物欲に掴まれて生きる自分の不埒さに だったのか

持つものになれず落ちこぼれていくだろう自分の明日の姿に だったのか

 

 

私が子を産んだ日には

GNPはとうとう世界一とか

敗戦国なんてものの意地なのか

敵国の繁栄を象徴するビルを札束に代えて変えて買えた栄華が新聞紙面に踊り出て

洋服の値段が貴女の価値なのよ

なんてテレビでは双子のオジサンがもっともらしく

不本意にも

高い車高い服高い時計高い宝石

不本意に高価なものばかりが幅を利かせて

山奥に飛び交う蛍より海鳴りより夏を告げる不如帰の声なんかより

不本意に幅を利かせるものに取りつかれることを「繁栄」または「バブル」と名付けた

 

私が怯えたのはバッグも指輪もないクローゼットの空っぽの闇に だったのか

高い車高い服高い時計高い宝石への執着のない私の不本意な孤立に だったのか

 

 

私に老いの影が迫るころ

二度も大きく地を揺らし活断層がバウンド

海が街も人も一息で飲み込んだ

不確かに

後に残ったものは

土に転がる右を無くした左だけの上靴と バットのないボール テレビのないリモコン 壁のない家 窓のないカーテン

死体は被害者という名で数としてカウントされ続け

残った物が被災地という土地で干からび続けた

原発が爆発

三度目のキノコが空へと昇った

不確かに

科学化学建築学原子核工学医学心理学地学気象学

不確かに確実に吹っ飛ばして

海は陸を飲み込み

被災地と被害者を産んだ

 

私が怯えたのは復讐のように立ち現れた自然の威力というものに だったのか

確かな不確かさを食べて食べてやせ細っていくフラジャイルな精神というものに だったのか

 

私が高齢者と名付けられたころ

疫病がひとを襲い

疫病が時代と社会をかじり始めて

不穏にも山崩れの前兆の微かな地鳴りの音が

不穏にも時代と社会の内部からかすかにかすかに聞こえて初めて

不穏が不穏を誘い

疫病の中から

ひとがひとであることを探し始めていた

 

ひとからひとへ 巣食い続けるものが、

大陸も国境も民族も部族も宗教も階級も階層も

格差を全部越境していくのに

人はそれでも

大陸と国境と民族と部族と宗教と階級と階層に

しがみつき、

しがみつくものからは不穏な臭気があふれ出しそれは

疫病どころではない臭気で

不穏に不穏で不穏な臭気をまき散らしている

 

私が怯えたのは促されるようにワクチンを打ったその甲斐もなく疫病に首根っこを掴まれてしまうことに だったのか

ひとであることを自覚できず大陸と国家と民族と部族と宗教と階級と階層にしがみつき不穏な臭気を拡散させることに だったのか 

 

 

不条理で不埒で不本意で不確かで不穏で

不条理な不埒な不本意な不確かな不穏な

空気に巻き込まれながら

時代と社会の隅っこで

地を這うゲジゲジのように

蠢く影法師のように

私の小さなおぼつかない命は

 

わずかの食料と 大量生産される服と 画一化された棲家と

そんなものに満たされたり足りずにいたりする

 

誰かが笑ったとか微笑ったとか嗤ったとか嘲笑ったとか

誰かに褒められたとか貶されたとか

小さなわずかな袖すり合う何かで

満たされたり足らずにいたりする

 

私が怯えたのは

今夜のごはんと仕事の作業効率を考えることに脳細胞のほとんどを使う

平凡なダサいうだつの上がらぬ日々を送り続けることに なのか

 

時代と社会が私の満ち足りのその凡庸な日々すら破壊することもあるということ

私の、私たちの、ありきたりの満ち足りが続くフツウの日々すら

破壊されるのかもしれないということ

逃げ切ることもできず

気づけば巻き込まれ

また再びの不条理 不埒 不本意 不確か 不穏の中

永劫回帰

メビウスの輪

私が怯えるのは繰り返されかもしれないそんな日々を送り続けることに なのだろうか

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