田中泯さんに惚れてまう~の巻
15年前、犬童一心監督の映画「メゾン・ド・ヒミコ」で主人公の父親(余命わずかのゲイ)を演じた田中泯に一目惚れ。
不思議な色気。
研ぎ澄まされ鍛え上げられた身体は、ゲイの人のとはまた違う、命そのものも色気を発散してるし、そんなにうまくない演技なのだけれど、存在感が半端ない。
黙って座っている横顔、迫力すごすぎる!
この人だれ?
何する人?
で、調べるうちに、
田中泯という人は、土方巽の元で舞踏を踊っていた人であること。とても名のある(とりわけ海外では)ダンサーであること。
土方さんへの思いの強さから自分の踊りを「舞踏」とは絶対言わないこと。
山梨の里山でお弟子さんたちと畑を耕しながら土と身体を同化するように踊りを作り上げているのだということ。
なんかが、ネットの情報として頭に入ってきた。
それから間もなく、「田中泯場おどり」が須磨寺であると聞き、奈良から往復4,5時間かけて生の泯さんに逢いに行ったのだが、
その時はまだ、自分が「踊り」をやることになろうとは???
須磨寺の泯さんは、梢を渡る風の音、夕暮れの空を棲家へと急ぐカラスの声、取り囲むように立っている観客の息遣い。それらを音響に、沈みゆく陽の光を照明に、境内の庭土の舞台の上を、地を這う虫のように、寺に潜む魔物のように、土ぼこりを上げながら転げまわっ・・・。
ああ、私が映画の泯さんに感じた色気の正体は、この土にまみれた、人であってないような、境界のエッジを綱渡りのように進んでいる、その身体から伝わって来る色気だったんや。
そら惚れるわ。
その泯さんの踊りに15年後の京都の、出来たばかりの小劇場「ARTS SEED KTOTO」で出逢うことができた。
公演を、どう言葉に置けばいいんやろ?
身体は、一瞬の隙もなく、観客に開かれ続けている。たったの一瞬も、自分だけのために踊る刹那が無い身体。
その動作のすべてが。観客との間合いの中に溶け込んでいるのが分かる。
例えば、泯さんが膝に置いた手を長くそのまま留めていた時、私の手が自然に静かに自分の膝から離れ始めたのだが、その速度で泯さんの手が膝から離れて行くというような奇跡の瞬間があったのだが、それは泯さんが人生をかけて、見る者との間合いで起こる踊りを追及されていることの、見事な体現なのだろう。
深海の泥から生れ出たばかりの命。殺生することによってしか繋いでいけない命の狂おしい清らかさ。
怯え、恥ずかしがり、それでも立つ、たった一つの命。
「私の皮膚の細かい動きを見てほしい」
「見る人と踊る人の間で生まれるダンスを踊っている」
「踊っていると、空っぽの身体に色々な人の命が入り込んできて、顔の皮膚を動かしてきたりする。その顔の動きを身体に流し込んで踊るんです」
踊り終わったばかりの泯さんは、マイクをもって現れて、見終わったばかりの観客の質問に、とても丁寧に言葉を返していく。
肩をぴんと張ることもなく、日常のままそこに座り、静かに丁寧に答えていく泯さん。
謙虚すぎる。
惚れてまうわ~。
と新たな恋心に包まれて一人帰路につく。
ただ、音に溢れていた舞台を、少し残念に思ったりもする。
音が響く舞台で、泯さんが靴を舞台にこすりつける音まで響く。
泯さん、もうちょっと静かに、あなたの身体と共動していく私の底に流れる時間を、受け止めてみたかったよ。
田辺聖子さん、読んでみようっと
作家の田辺聖子さんが亡くなったと、新聞記事。
91歳だったとか。
恋愛小説。大阪のおかしみ。古典に挑む。
様々知識として頭には入っている。
もう遥かの時の向こう側なのだが、20歳の時足繁く通っていた「大阪文学学校」では富岡多恵子さんと並んで、文校出身の作家!と後進のために講義をして下さっていたのも覚えている。
ところが、何故だか、というか、20歳のくそ生意気で尖りまくっていた私は、田辺聖子さんの小説もエッセイも読んだことがない。富岡多恵子さんの方は、新刊が出るのを待って読んでいたように思う。
笑いと無常の同居。それは今66歳の私には、途轍もなく深い場所にある「ほんと」で、何気ない日々の「現実」やと痛い程分かるのだけど。
田辺聖子さんの訃報に触れたのも何かのきっかけかも?
早速amazonで著作を買って読んでみようかと・・・。
ところで、先日ジュリーのコンサートというものに、生まれて初めて足を運んだ。
「わが窮状」や沖縄の基地問題などを歌う、ジュリーのコンサート会場前で、市民団体の人が「憲法9条」を守るための署名活動をするというネットの記事を読んだ友人から誘われた。
グループサウンズが出現した時中学生だった私は、ジュリーに熱狂した。といってもテレビに噛り付いて「おーぷりーず」と歌うジュリーの声に震えていただけのことなのだが。
コンサートに行く!なんて思いもよらなかった、その頃の自分をちょうどよい機会やし連れて行ってやろう。みたいな感覚で、コンサートに出向く。
そこには、当時と変わらない色っぽい声質で歌うジュリーがいた。
そうそうこの声!これに熱狂したんやな。と・・・。
同時に、そこには猫の着ぐるみに身を包み、
「まいど! おいど!」
と何の気負いもなく叫ぶ初老の男性の姿もあった。
66歳。にもかかわらず、生意気で尖った私は、ジュリーの猫の着ぐるみ姿には、どうしても馴染むことができず、戸惑った。
でも、同時に、ザ・タイガースのジュリーが、猫の着ぐるみを身に着ける年月に並走して、走馬灯のように、中学生だった自分が66歳になるまでの、わが半生が目の奥に広がり、生きることのおかしいと言うしかない「ほんと」に脱力していた。
コンサートに行く勇気もお金もなかった中学生は、今、着ぐるみのジュリーに促されて
「まいど!」の掛け声に
「おいど!」と答えている。
思えば遠くに来たもんだ。
それでも、やはり田辺聖子さんの小説は読んでみたい。
とか思う梅雨晴れ間。
わが幽体の記
遊歩道を低空飛行で駆け抜けるツバメは、ぶつかりそうな勢いで私をめがけて突進してきた。
今にも雨粒を零しそうな黒雲の下、遊歩道の真ん中で固まっている私の身体が、ツバメには見へんねんやろか?
それとも、命の気配を感じさせない幽体にでも感じられているんかも?
つまりこの身体は突進しても擦り抜けられるもののだと・・・。
生きてるよ・・・。
とツバメに伝えようとした時、ツバメはようやく命を感じ取ってくれたのか、私の鼻先で迂回し、そのまま上昇。背後の空へと消えていった。
目と鼻の先でしか燃えていることを感じさせない。
なんとも頼りない命だと、思わず吹き出してしまった。
ふと目を上げると、合歓の木の生い茂った葉の隙間から、ほわほわとした花が二つ三つ顔を出し始めていた。
ああ、もう6月やなぁ。
って納得して遊歩道を家路に辿ろうとして、もう一度合歓の木を見上げると、枝の先、昨年の秋からぶら下がっているさやえんどうのような種子が、落下せず、そのままぶら下がり続けているのが目に入った。
一つだけではない、十を超える数のサヤが、ぶら下がっている。
夏に咲いた花が散り実を付け秋を過ぎ、冬を過ぎ、春すら過ぎて、落ちることを忘れてしまったままそこにぶら下がっている。
ほわほわの新しい花の隣で、干からびたようにサヤは種を収めてぶら下がる。
これから合歓の木を飾るだろうほわほわの花たちの中で、まだ落ちることができないサヤは、その種子にどれだけ大切なものを抱えているっていうんやろ?
それとも、ただ落ちるのを忘れてしまっただけやろか?
生き抜いてきた命の力強さ・・・。
なんかじゃない。
ツバメが擦る抜けられると勘違いする、頼りない命の塊。
ふわふわの花たちの隣で「ごめん。落ちるの忘れてたわ」って笑う、干からびたサヤ。
私が踊れるとしたら、
私が書けるとしたら、
きっと、そんなもんやなぁ。