佐伯一麦の「山海記(せんがいき)」を読みました。読むのにけっこう時間がかかりました。紀行文とも、エッセイとも小説とも、よく分からない分類ですが、こういう事象を記述するのには、こういう書き方を選ぶ必要があったのでしょう。行動力と共に、よく選ばれた言葉で、繊細な事象を拾い上げて、それにしても文章が上手い人です。風貌も作家然としてきました。
本の帯から
海は割れ、
山は裂けて
その相貌を変える。
はざまに堆積していく
人びとの営みの記憶、
それを歴史というのではないか・・・。
東北の震災後、水辺の災害の痕跡を辿る旅を続ける彼は、締めくくりに3・11と同じ年に土砂災害に襲われた紀伊半島に向かう。
道を行き、地誌を見つめて紡ぐ、入魂の長編小説。
あの年、東北は大震災に襲われ、紀伊半島は台風12号による記録的な豪雨に見舞われた。天嶮の地、奥吉野は十津川村へと走るバスの車窓から見える土砂災害の傷跡を眺め、「谷瀬の吊り橋」を訪れる彼の胸中は、かつてこの道を進んだ天誅組の志士たち、これまで訪れた地や出会った人、クラシック好きで自死した友のことなど、さまざまな思いが去来する。そして二年後、ふたたびの吊り橋で・・・。
現代日本における私小説の名手が描く、人生後半のたしかで静謐な姿。
地誌とは:
地誌(ちし)とは、地理上の特定地域を様々な諸要素(自然・地形・気候・人口・交通・産業・歴史・文化など)を加味してその地域性を論じた書籍。郷土誌。また、その地域性について研究する学問分野を地誌学(ちしがく)という。近代以後、地誌学は特殊地理学(地域地理学)、地域文化へと発展する事になった。
書名は中国古代の地理書『山海経(せんがいきょう)』から想を得た。「山と海は日本そのものとも言えるし、災害列島である日本の象徴でもある。そこに住んでいることそのものが、危機的な日々を送っているということだという意味合いを込めた」。この小説を書くために、十津川村に6度赴いた。「春と夏と冬。それくらい行かないと、土地の空気感をつかめないから」という。
「水辺の被災地 極まった思い」(好書好日)
西秀治=朝日新聞2019年5月1日掲載
https://book.asahi.com/article/12342130
「悲惨な記憶と向き合う旅」(好書好日)
評者:諸田玲子=朝⽇新聞掲載:2019年04月13日
https://book.asahi.com/article/12288508
佐伯一麦:
1959年、宮城県仙台市に生まれ。仙台第一高校卒業。上京して雑誌記者、電気工などさまざまな職業に就きながら、1984年「木を接ぐ」で「海燕」新人文学賞を受賞する。1990年「ショート・サーキット」で野間文芸新人賞、翌年「ア・ルース・ボーイ」で三島由紀夫賞。その後、帰郷して作家活動に専念する。1997年「遠き山に日は落ちて」で木山捷平文学賞、2004年「鉄塔家族」で大佛次郎賞、2007年「ノルゲNorge」で野間文芸賞、2014年「還れぬ家」で毎日芸術賞、「渡良瀬」で伊藤整文学賞それぞれ文学賞を受賞。
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