佐伯一麦の「ノルゲ」を読んだ! | とんとん・にっき

佐伯一麦の「ノルゲ」を読んだ!

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佐伯一麦の作品を読んだのは「鉄塔家族」が初めてで、548ページもの長編でした。この「ノルゲ」も488ページの長編です。実はこの「ノルゲ」を購入したのは発売とほぼ同時の2007年7月頃、今から1年半も前のことです。約100ページほどを読んで、なぜかそのまま読まれずに置かれました。今年に入ってから、なにがなんでも読んでやろうと思い立ち、1月いっぱいで読み終えました。


佐伯一麦のプロフィールは以下の通り。 1959年宮城県仙台市生まれの小説家。宮城県仙台第一高等学校中退後、上京。 電気工など様々な職業を経て、現在は作家活動に専念。私小説を生きる作家として知られている。1984年「木を接ぐ」で海燕新人文学賞受賞。1990年「ショート・サーキット」で野間文芸新人賞受賞。1991年「ア・ルース・ボーイ」で三島由紀夫賞受賞。1996年「遠き山に日は落ちて」で木山捷平文学賞受賞。 2004年「鉄塔家族」で大佛次郎賞受賞。その他の著書に「雛の棲家」「一輪」「草の輝き」「石の肺 アスベスト禍を追う」などがある。なお「ノルゲ」は第60回野間文芸賞を受賞しています。


僕は、知人に薦められて読んだ「鉄塔家族」が、佐伯一麦との最初の出会いでした。上に「私小説を生きる作家」とある通り、「鉄塔家族」は小説家の斎木鮮とその妻の草木染め作家・菜穂が主人公です。斎木鮮は言うまでもなく佐伯一麦本人であり、鉄塔がシンボルとなっている町に住む人たち多くを主人公とした長編作品です。斎木は離婚した前妻や子供たちとのしがらみを抱えています。それが「ノルゲ」へとつながっています。題名の「ノルゲ」とは、ノルウェーの自国語読み「ノルウェー」のことです。


主人公の「おれ」は中年の小説家です。ノルウェーの美術大学に留学することになった染色家の妻に付き添う形でノルウェーへやってきます。精神科の医師に妻の留学のことを話すと即座に「出来たらついていった方がいい。この病気には、一人でいることが一番よくない」と言われます。しかし洗面台の鏡を覗き込みながら「おまえは何をしにここにいるのだろう?」というつぶやきが漏れたりします。「おれはどうみても留学生の夫という身分が妥当なところだ」という自嘲気味な言葉が何度も出て来ます。


「わたし」でも「ぼく」でもなく、やや違和感のあるこの「おれ」というのがこの作品の特徴的なところです。生活に恵まれて、教養あるエリート作家たちとは違うんだぞという、この「おれ」という表現。それは主人公の過去に遡ります。中退同然で高校を終えて、電気工になって働くが、子供まで設けた最初の結婚に失敗し、現在の妻に出会ってなんとか平穏を取り戻しつつある生活です。ノルウェーにきたのは優雅な海外留学というのではない、どちらかというとお金に余裕のない生活です。あてがわれたアパートメントは外壁が剥落したボロアパートで、部屋には生活に必要なものはなにもない。寝具一式や鍋などは妻の学友から借り受ける生活です。



ノルウェーで「おれ」は、リルケが若きマルテに託して記した「マルテの手記」に導かれながら、「僕はまずここで見ることから学んでゆくつもりだ」と考えます。滞在を経るに従い、次第に現地の生活に溶け込んでいきます。どこへ行くのにも使う「路面電車(トリッケン)」。決して隣の人に話しかけたりしないノルウェー人。素朴な善意と感情が伝わってくる西欧の東北に位置するこの国の人々は、日本の東北地方に住む人とも通じるところがありはしまいかと、「おれ」は自答したりします。妻の主任教授・エディット、同級生・メリエッタ、同じアパートに住むリーヴ、心に傷を負った少年・エスペンたち、様々な人たちとの交流。そして言葉との出会い。


なんとか生活に平穏を取り戻しつつあるとはいえ、時折過去の幾つかの病が飛び出してきます。自殺未遂や前妻との諍い、工事中の事故や仲間との喧嘩、そしてアスベストが原因の喘息、等々。それらが「おれ」を苦しめ、ついにはその病が姿を表し現実のものとなります。原因不明の激しい頭痛が「おれ」を襲います。「ヴィーゲラン公園前」の停留所で路面電車を待っている間、開けることができない右目の目蓋の痛みを堪えながら、「滞在もあとわずかな今となって、こんな羽目に陥るとは・・・」と「おれ」は途方に暮れます。主治医の広瀬は「群発頭痛」だといいます。


「おれ」はノルウェーでの野鳥のさえずりに興味を持ち始めます。「シンプルな英語で書かれているから、読みやすいと思うわ」と、隣人のリーヴが教えてくれた現代ノルウェーの小説家・ヴェーソースの小説「The Birds」を熟読します。「知恵遅れだが清純な心の男と彼を世話する姉を描いて、現実と象徴の区別がほとんど不可能な領域に住む主人公の感情表現に成功している作品である」と、著者案内の記述にあります。英訳からの重訳を「おれ」自身の訳として作品に差し挟みます。ノルウェーの四季がテーマとなっているテキスタイル作家・モサイドの大作「マイ シーズンズ」を見て、「四季」を詩篇の形に表現したりもします。そして、異国の街で四つの季節を経巡り、鬱をずいぶん克服したのではないかと「おれ」は実感します。


日本では一度も編み機を使ったことがない妻が、卒業制作で日本製の編み機に初めて触れます。そして「人生は、経糸と緯糸の織りなすタペストリー、って歌の歌詞にもあるように、しばしば織物に喩えられるでしょ。でも、『織り』と『編み』とはちがうって。『織り』は経と緯の日本の糸で構成させるのに対して、『編み』は一本の糸だけで平面を生み出す。一度進んだら後戻りできない。『織り』と、もう一度ほどいて再構成することもできる『編み』。『織りの人生』というものがあるならば、『編みの人生』というものもあるんじゃないかしらって」と、妻は口にします。


卒業制作展も終わり、ノルウエーでの一年間の体験、友人に借りたものを返却し、帰国の準備が始まります。かつての自殺未遂、本当に自殺を図ったのかどうか、自分でも謎のままです。妻に対してずっと負い目を感じていたが、そんなことは誰にもわからないことです。「さあ、お前のストライキも終わりだ」と、「おれ」は自分に言います。おりしもワールドカップサッカーの真っ最中、外でひときわ高い叫び声と歓声が聞こえます。「ノルウェー万歳」という大連呼が外で、建物のなかで起こっています。「もしかすると、ノルウェーがブラジルに勝ったのかもしれない」。


「私小説を生きる作家」佐伯一麦、この私小説作品「ノルゲ」で第60回野間文芸賞を受賞します。「世界と人間個人のかかわりを描くのが私小説」という選考委員の津島祐子は「私小説というものの定義をよく外国人にも聞かれるが、定義は難しくて答えられない。けれども佐伯さんの『ノルゲ』が最上の見本との意見もあり、私も心から同意した」と評価しています。佐伯一麦は、同じ宮城県出身の自然主義作家、真山青果に触れて、「人間というものを徹底的に解剖を加えて、それを表現するという自然主義精神は自分にも深く入り込んでいる。私の表現を探求していきたい」と語ったという。



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