津村記久子の「ポトスライムの舟」と、芥川賞選評を読んだ! | とんとん・にっき

津村記久子の「ポトスライムの舟」と、芥川賞選評を読んだ!

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津村記久子の「ポトスライムの舟」を読みました。最初は2009年2月2日発行の単行本で、その後文芸春秋3月号の芥川賞発表受賞作全文掲載で、共に先日の大人の休日倶楽部会員パスを使っての旅行中、車中で読みました。単行本を購入したのはたしか2月8日の日曜日でした。僕の場合、単行本を買ってから芥川賞受賞作を読むことは、今までにあまりないことでした。毎回、文芸春秋誌上で「芥川賞選評」を読んでから、受賞作を読むことが通例でした。しかし、ここ数回のことですが、まだ候補作として取り上げられていない作品を、文芸誌で読んで、それが芥川賞を受賞するという経験が何度か続きました。今回の受賞作、単行本の「ポトスライムの舟」は、ピンクの帯で「第140回芥川賞受賞作」とあるので、芥川賞の候補作になって発売が決まり、受賞が決まってから帯を付けて発売したものなのでしょう。候補作の発表の時の新聞によると、津村記久子は3回連続で芥川賞候補作になっているということでした。


さて、津村記久子とはどんな人か?僕は知らない人でした。略歴を見ると以下のようにあります。1978年大阪市生まれ。大谷大学文学部卒業。2000年より会社勤務。2005年に「津村記久生」名義で投稿した「マンイーター」(単行本化にあたり「君は永遠にそいつらより若い」に改題)で第21回太宰治賞を受賞し小説家デビュー。2008年、「カソウスキの行方」で第138回芥川賞候補。「婚礼、葬礼、その他」で第139回芥川賞候補。「ミュージック・ブレス・ユー!!」で野間文芸新人賞受賞。そして今回2009年、「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞受賞。現在も土木関係の会社で働きながら、執筆を続けているようです。


本の帯には「お金がなくても、思いっきり無理をしなくても、夢は毎日育ててゆける。契約社員ナガセ29歳、彼女の目標は、自分の年収と同じ世界一周旅行の費用をためること、総額163万円」とあります。「本当に大事なことは、きっと毎日少しづつ育っている」とあり、この辺から「ポトスライムの舟」というタイトルが付けられたのでしょう。選考委員の黒井千次は、以下のようにこの作品をまとめています。


「ポトスライムの舟」は、大学を卒業して入社した会社をモラルハラスメントが原因で辞めざるを得なかった29歳の女主人公の契約社員としての生活を、大学時代の3人の女友達それぞれの生き方、相互の交流と重ね合わせて淡々と描いた作品である。とりわけ大きな出来事が起こるわけでもないのに、澄んだ水が正面から勢いよくぶつかって来るような読後感が生まれるのは、奈良にある築50年の古い家に母親と暮らす主人公の日々が、確かな筆遣いで捉えられているからだろう。仕事先で休憩時間に見かけたポスターの世界一周クルージングに興味を覚えながら、その費用が彼女の年収と同額であることに気づくところに、皮肉と自嘲と批評がこめられている。29歳から30歳になろうとする現代女性の結婚や離婚、仕事や家族達の様相がくっきりと浮かび上がる作品となった。



「あんまりにもナガセさんがポスターばっかり見ているからさ、うつの方かと思ってさ、大丈夫かなって。最初ここきたときのことを思い出して」と、ラインリーダーの岡田さんに言われる場面があります。ナガセは「新卒で入った会社を、上司からの凄まじいモラルハラスメントが原因で退社し、その後1年間を働くことに対する恐怖で棒に振った経験」があります。ナガセは「ラインで一つのことを考え始めると、たいしたことでなくても頭の中で膨張してしまい、ほとんど呪縛のようになってくる」ということがあります。「世界一周クルージング」とそのための「貯金」をすること、「今がいちばんの働き盛り」と腕に刺青を入れたいと思うこと、「ミニロト」を買って当たったら続けるとか、「ポトス」の食べ方については岡田さんに聞いて「私なら天ぷらかな」なんて言われてしまいます。が、結局、ポトスは調べてみると食べられないことになっていて、すねたりもします。母親の頼みで、韓国アイドルのライブのチケットを予約するために繋いだインターネットで、突然「雨水タンク」を購入したりします。


なんとあの石原慎太郎が「選評」で、他の候補作を「読む者の感性に触れてくる何があるというのだろうか」と切って捨て、おおかたの予想に反して、ただ一つ津村記久子の「ポトスライムの舟」を取り上げて、「他の作品のあまりの酷さに、相対的に繰り上げての当選」としているのには驚きました。山田詠美は「行間を読ませようなどという洒落臭さはみじんもなく、書かれることが切れ良く正確に書かれている。目新しい風俗など何も描写されていないのに、今の時代を感じさせる。と、同時に普遍性もまた獲得し得た上等な仕事。『蟹工船』より、こっちでしょう」と、歯切れがよい。


川上弘美は「ポトスライムの舟」を評して「揺れていない。『このように書こう』として、ちゃんと『このように書いている』。具体的な、身近ともいえることを扱っているからそれはやりやすい、ということではなく、どんなことを書こうというときも、ごまかさず最後まで詰めて考え、書き表しているから」と述べています。宮本輝は、選考委員の中でも一番「ポトスライムの舟」を押していたのではないかと思われます。「ポトスライムの舟」は、「私たちのまわりの大方を占める、つつましく生きている女性たちの、そのときどきのささやかな円によって揺れ動く心というものが、作為的でないストーリーによってよく描けている」として、「大仕掛けではない小説だけに、機微のうねりを活写する手腕の裏には、まだ30歳の作者が内蔵する世界の豊かさを感じざるを得ない。春秋に富む才能だと思う」と、絶賛しています。


今回の候補作、僕はたまたま読んだ墨谷渉の「潰玉」や、そして山崎ナオコーラの「手」も選考委員の「選評」があって、興味深く読むことが出来ました。なんと小川洋子が「潰玉」を取り上げていたのには驚きました。山崎ナオコーラも芥川賞の候補作に選ばれる常連で、いつも安定して作品を作り続けています。宮本輝は、山崎ナオコーラは「芥川賞にこだわることはないのではないか、その方が持ち味がいかされるのではないかと感じさせる」と述べていますが、どうなんでしょう。鹿島田真希の「女の庭」も評価が高かったのですが、僕は読んでいないのでよく分かりません。たまたま読売新聞に掲載されていた「芥川賞対談」(2009.2.11)という記事で、大阪・今宮高校の同窓生ということで、津村記久子と町田康の対談を面白く読みました。「時間を売って得たお金で」という個所、お金のことを理屈っぽく考えるのは「大阪は商売人の街だから」と。


とんとん・にっき-potosu3 「ポトスライムの舟」

著者:津村記久子

発行:2009年2月2日

発行所:講談社

定価:本体1300円(税別)
お金がなくても、思いっきり無理をしなくても、夢は毎日育ててゆける。契約社員ナガセ29歳、彼女の目標は、自分の年収と同じ世界一周旅行の費用を貯めること、総額163万円。第140回芥川賞受賞作。




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