夕食の準備をしている連れ合いが、急いでニンニクを買ってきてくれる?と言う。イタリアンだと言っていたのだが、ニンニクがあるのを確認してなかったのだろうか。なかったの?それでイタリアンて決めたの?あると思っていたのよ、いつもあるから。
スーパーには必ずあるだろうが、もしかすると直ぐ近くのセブンイレブンにあるかもしれないと思い、坂を下るとセブンイレブンの方へ曲がり、車が少ないバス通りを渡った。バス停の隣から歩道に登ろうとして、私は珍しいものを見つけた。先ずニンニク、その後ゆっくり見てみようとコンビニに入った。なんとなく、ビニール袋を一枚余分に買った。
コンビニを出て、バス停の標識につかまりながら車道を見ると、黒いハイヒールが、正確には黒いハイヒールのヒールと靴底だけが傷ついた動物の剥製のように立っている。ヒールが黒いので多分黒いハイヒールだったのだろう。
ここで降りてコンビニへ行こうとして右足をおろした時、コンクリートの段差にぶつけ、ヒールと靴底が取れたのだろう。多分、ひとりだったのだろう。いや、男と二人だったが、諍いがあり、彼女はタクシーを止め、飛び出してコンクリートの段差に靴をぶつけた。そのまま裸足で歩いて帰ったか、少し先の交差点でタクシーをつかまえた、それが分かり易い。ひとりだったのなら、外れた靴底を拾い、自宅へそのまま帰ったのではないだろうか。私はそのハイヒールの靴底をコンビニの買い物袋に入れた。
コンビニの買い物袋に入ったハイヒールの靴底を見て、連れ合いは、何処を歩いたかわからない汚い靴をどうするの?バカじゃないの!!と言った。でもね、コンビニのところからどのように帰ったか、ひとりだったのかどうかと考えると、なんか秘密を探っているようで、ああじゃないか、こうじゃないか、どうだったのだろうって気になってね。
翌日から、訪問販売の仕事の合間にタクシー会社を回り始めた。黒い高いハイヒールの女性を乗せませんでしたか?ハイヒールを片足だけもって裸足の女性を乗せませんでしたか?どなたか思い出したら、申し訳ございませんがお電話をここにお願いできますでしょうか。携帯の番号を名刺に書いて残してきた。
しかし二週間しても電話はなかった。ハイヒールの靴底は我が家の靴箱の下の段の隅にそのままだった。
しかし、ある不燃ゴミを出す日、ゴミを出しに行くと、コンビニの隣の文具店のお姉さんが黒いハイヒールが入った袋を電信柱の影に置いているではないか。彼女が帰って行くと、私は彼女が置いたゴミ袋を無我夢中で拾い、両手で隠しながら急いで戻った。
並べてみると、同じハイヒールではないか。片方はヒールと靴底だけ、もう一方はワニかなにかの本革だと思われるピカピカの刺々しい輝きをしている。そして、靴底が取れた革がアンクルベルトをぶらさげたままいっしょに入っていた。
靴底がどこから来たかはわかった。わからないのは、どうして取れたのか、どうしてそのまま残していったのか、である。
私はみずほ銀行の隣の革細工屋に持って行った。私のカメラの革ケースを持っていった時は、中に薄い金属が入っているので無理ですねと言った眼鏡の細身の男は、修理ですね、前回きちんと直したのになぁとつぶやいた。そして、こうつずけたのだ、あなた、旦那さん?前回も注意したけれど、酔うとこんな高さのヒールは高さが分からなくなってあちこちに引っ掛けますよって、それに苛立ってコンクリートなんか蹴飛ばすと壊れますよって。あなたが悪いんでは?いや、旦那さんがちゃんとめんどうみてあげないと、そのうち足を挫くか倒れて怪我をしますよ。
革細工屋さんの一気にまくし立てる話に、私はつい、すいません、めんどうをおかけします、と言ってしまった。そこからは、こういう靴はパーティか同窓会、結婚式に履いて行くもので、ホルモン焼き屋に履いて行くものではないとあなたからきちんと話した方がいいですよ。前回、ホルモン焼き屋で飲み過ぎて、電信柱を蹴飛ばしてとかおっしゃっていましたからね。まぁ、うちは助かりますが、靴が可哀想ですよ。ほら、終わり、一万二千円です。すみません、いらない箱がありましたらいただけないでしょうか。要らないのはないけれど、五百円になります。
帰り道の百均のお店でリボンを買い、箱を縛るとプレゼントのようになり、私までウキウキしてきた。
私はそのリボンのついた箱を文房具屋の事務所入り口に置いた。上に、もう乱暴にしないでくださいねと書いて。
家に帰る前にホルモン焼き屋に寄った。レバーとミノとビールを頼むと若い大将は、威勢よく昔の映画のように注文を復唱し、イタリアのアイスクリーム屋のようになめらかに一品一品テーブルに置いた。これがホルモン焼き屋にあのハイヒールで来る理由か!!一目瞭然というのはこれだとつぶやいてしまいそうだった。そこへ、若いかわいらしい女性が、てっちゃん、手伝いに来たよーと入ってきた。おう!いいのかい?バイト代も出せないし、お父さんはホルモン焼き屋の野郎!!と言っているんだろう。いつかはわかるって、これまでもそうだったから。だけど、俺はまだ決めたわけじゃないよ。あなたももうすぐ決心するわよ、こんな働く奥さん、今見つけるのたいへんなんだから。じゃ、ありがと!!そのお客さんにビールね。
ヒールが電信柱にぶつけられた理由もほぼわかった。
問題は、靴の修理代とホルモン焼き屋の料金を連れ合いにどのように説明するか、だ。私は、ホルモン焼き屋を出ると、革靴のヒールで電信柱を蹴飛ばした。何度もなんども。ホルモン焼き屋の大将とその未来の恋人、お客さんが見ているが気にしてはおられない。逃げ道は私の革靴の修理代の領収書しかない。あの靴職人なら、二万数千円の領収書を書いてくれるはずだ、それしか期待できないのだから。
私のリーガルの靴底はとても頑丈だった。





