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さいかがいなくなって(多分、旭川にいると思われるが)、驚くニュースが流れた。全国の動物園の犀が、一晩でいなくなったのだ。5月10日の朝に気づいたというのだから、5月9日の夕食を食べ、シャワーを浴びて、テレビを観て(犀は観ていないが、動物園の飼育員たちは観ていたと思う)翌朝までの間に、日本からすべての犀がいなくなったのだ。
犀は重さが2トンから3.5トン、簡単に背負って運べるものじゃない。
10日のニュースは「消えた犀」でもちきりだった。「みなさん、あの大きい犀がすべて一晩でいなくなったのです。あの大きい犀がですよ。全国の動物園から綺麗に消えてしまったのです」
さいこは、ふーんという冷静さでニュースを観ていた。ドアをノックして帝国ホテルのドアマンのように話す犀を見てから、犀には何でも起こりうると思っている。
するとテレビニュースのアナウンサーの後ろの犀の檻を棒タワシで掃除している女性がいる。あれはさいかに違いない。一瞬後ろ姿が見えただけだったが、あの身体つきはさいかだ、さいこは確信した。
ニュースが変わって、国際ニュースになった。
「こちらはケニヤ、ナイロビのニュースセンターです。間も無く犀の国の外務大臣からの発表があります」
テーブルの真ん中のマイクの向こうにサイコローがいた。犀はみんな似ているが少しずつ違う。あの鼻の曲がり具合と眼の垂れ方はサイコローだ。
「えー、今日はお忙しいなかお集まりいただきありがとうございます。私は、犀の国の外務大臣を務めていますサイコローと申します」やはり!
「本日発表させていただくのは、犀の国の独立です。しかし、人類の国境に変化はありません。わが国民は2キロから100キロを家庭の庭にしています。国民全体ではアフリカ東南部をすべて庭にしています。その権利を護っていただくためにご協力をお願いしたく、鰐族、象族、人類の皆様の協力をお願いしたいと思い、本日の発表を行うことにしました。私たちは、英語、フランス語、中国語、スワヒリ語、ロシア語、日本語を話しますので、コミュニケーションには問題ないと思います。共存していくために友愛の心をもって互いを尊重していくことを望みます」
人類の政治家より誠実さが伝わる演説だった。
サイコローがアフリカに戻ってしまったら、さいかはどうするのだろう?全世界の動物園の犀の檻は閉鎖するしかないだろう。それとも、蛇とか鰐とかを飼育するかもしれない。
旭川に行くと、その時旭川動物園にはさいかの痕跡はあってもさいかはいないだろう。これまでも待ち合わせ場所には、足跡と大好きなキューイジュースのペットボトルとアーモンドチョコレートの箱が残っているだけだった。
いづれにしろサイコローは新しい出発をした。さいかもまた新しい出発を計画しているだろう。
さいこは部屋の掃除を始めた。痕跡を残さないように。最後にキッチンのテーブルにキューイジュースとアーモンドチョコレートを並べた。さいかが来た時のためだ。
夜になると、そのふたつは歴史的遺跡のように見えた。




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