主食はバナナです -11ページ目

主食はバナナです

副食はリンゴです

この人を見よ (岩波文庫)/ニーチェ

¥630
Amazon.co.jp

ニーチェの自伝です.
各著作についてニーチェ自ら解説をしています.
発狂してしまう直前に書かれたみたいですね.

これからニーチェの著作を少し読んでみようかなぁと思っているので,
入り口としてまずこの本を読んでみました.

がっつり読んだわけじゃなく,パラパラと斜め読みしたので,
あんまりレビューが書けない・・・

とりあえずニーチェの生の声を聞いてみて,
雰囲気を何となく感じ取った,という程度ですね.
さっぽろテレビ塔の展望台へ来た.
札幌の夜景は美しかった.
街が碁盤の目状に整然と区画されている.
縦へ横へ順序良く道路が並び綺麗に交差している.
主張の強いビルの群れがひしめきあう東京の夜景とは雰囲気が違った.
まるで精巧なおもちゃのようだった.
いや実際におもちゃだった.
近くを走る車を一つ片手で持ち上げてビルの屋上に乗せた.
行き場を失った車がビルの屋上をぐるぐると回り始めた.
少し背の高いビルを持ち上げて逆さまに置きなおした.
観覧車の周りについている部屋を一つ一つちぎった.
次は大通りの番だ.
街灯や木を一本一本抜いていった.
噴水をどかした.
タイルを一枚一枚はがしていった.
まっさらになった道に白いペンキを塗った.
太くて真っ直ぐな白い道が彼方へと伸びていくのが見えた.
少し嬉しくなった.
今日はせっかく誕生日を満喫してたのに研究室へ突然召喚されたw


明日から男三人で旅行へ行きます.
北海道です.試される大地!

ちなみに「試される大地」とは北海道丁が展開するキャンペーンのキャッチフレーズらしい.

意味を引用すると,

“試される”は「誰かが誰かを試す」というつらい意味での“試される”ではなく、「自らに問いかける」あるいは「世に問う」というプラス志向を示す言葉であるとともに前向きな挑戦する気持ち「TRY」の意味が込められている。

・・・何を自分や世に問えばいいんだ?w
今日は誕生日です.
僕の敬愛する村上龍が芥川賞をとった年齢になりました.
芥川賞をとることは多分できませんが,これからも頑張ろうと思います.

---

さてさて,誕生日になる瞬間をどう迎えたかといいますと,
最近読んでいるニーチェの解説本の「永遠回帰」について考えていたら,
いつのまにか日付が変わっていました.

永遠回帰とは,簡単にいうと,
自分が死んでも生まれ変わったり天国へ行ったりせず,
今回と全く同じ人生が永遠に繰り返される,という概念らしい.

もし僕が死んだらどうなるかというと・・・

再び愛知県の小さな町で珍しい苗字を授かって生まれる.
なぜか色黒で,華奢で,力を入れるとプルプルする癖を持ったまま成長する.

次の人生でもミュージシャンにはなれない.
才能やセンスがないのに歌を好きになり,
青春時代の大半を歌うことに費やし,
そのせいで苦悩や挫折を味わう.

2010年の9月になれば残暑が続く.
学生最後の年には読書の幅を広げ,
ニーチェの永遠回帰という概念に出会う.

宮崎あおいは何度も可愛い姿で生まれる.
イチローは何度もスターになる.
大量殺人犯は何度も人を殺める.
生まれてすぐ死んでしまった赤ちゃんは悲惨な運命を何度も繰り返す.

僕は僕を何度も生きる.
そして何度も死ぬ.

---

もし,この永遠回帰が事実だとしたら,
あるがままの自分の人生を「肯定」しなければいけない.

この先,どんなにつらいことがあっても,
どんなに不運な事態に見舞われても,
そのせいでどんなに惨めな人生を送ることになっても,
どんな死に方が待っていても,
それでもなお人生にYESといえるのか.

永遠に自分の人生を肯定することになるのか,
それとも,永遠に自分の人生を否定することになるのか.
どうなるかはまだ分かりません.

---

毎年,誕生日日記をmixiに書いていたのですが,
今年はブログに書いています.

mixiで誕生日日記を書くと,
大勢のマイミクから(オートマティカリーに)お祝いコメントが届きます.
しかし,今年はない.
少し寂しい(笑)

でも,他人からの祝福をあまり期待できないことが,
「自分の誕生日を自分自身が心から祝福できるか」と考える良いきっかけになりました.

極論を承知でいえば,
人からどう思われるかなんて大した問題じゃなく,
自分自身が自分を祝福し肯定できるかどうかが大切だと思います.

エゴイズムではなく,力強い「生の肯定」です.


色んな過ちを犯したし,凡庸な人生でしたが,
今までの23年間にYESと言いましょうかね.

孤独な「誕生日オメデトウ」
そして,永遠のオメデトウ
これがニ-チェだ (講談社現代新書)/永井 均

¥756
Amazon.co.jp

またまた永井均の本です.

ニーチェといえば,昔ツァラトゥストラを読んで5ページくらいで挫折した記憶があります.

しかし,今回は永井さんの挑発的な前書きを読みワクワクしたので,
気合を入れて読み進めていきました.

割と理解できていた気がするのですが,
最後の方はやっぱり難しかった...

マラソンで「一緒にゴールしよう」と約束していた友人に,
最後の最後で突き放されたような気分です.

でも,全てを理解できなくても,
かなり知的好奇心を刺激されましたし,
鳥肌が立つような感動も覚えました.

ニーチェ関連の本をもっと読んでみようかな???

---

人生の価値は,何か有意義なことを行ったとか,人の役に立ったとか,
そういうことにあるのではない.
むしろ,起こったとおりのことが起こったことにある.
他にたくさんの可能性があったはずなのに,まさに「これ」が私の人生だったのだ.
そこには,何の意味も必然性もない.
何の理由も根拠もない.
その事実そのものが,そのまま意義であり,価値なのである.
偶然であると同時に必然でもあるこの剥き出しの事実性のうちにこそ,神性が顕現している.
そこにこそ<神>が存在する.
その奇跡に感嘆し,その<神>を讃えて,
ニーチェがなした祝福の祈りこそ「永遠回帰」の祈りなのである.
ウィトゲンシュタイン入門 (ちくま新書)/永井 均

¥756
Amazon.co.jp

永井均によるウィトゲンシュタイン入門です.

ウィトゲンシュタインってどんな人だか全くわからなかったのですが,
読んでみた感想は,
あなたが神か?


例えばウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』という本の最初の頁を開くと,
何の説明もなしに,以下の文章が書いてあるらしい.



1.   世界とは,そうであることのすべてである.
1.1  世界は,事実の全部であって,物の全てではない.
1.11 世界は,諸事実によって,そしてそれがすべての事実であることによって決定されている
1.12 なぜなら,事実の全部こそが,そうであることも,また,そうではないことのすべても,決定するからである.
1.13 論理空間の中の諸事実こそが,世界である.



こんな調子の文章が,有名なフレーズ

「語りえぬものについては,沈黙しなければならない」

までずっと続くらしい.

正直全然理解できなかったわ~
もしもソクラテスに口説かれたら―愛について・自己について (双書哲学塾)/土屋 賢二

¥1,365
Amazon.co.jp


「わたしはあなたの顔も性格も嫌いですが,あなた自身を愛しています」
と言われたら,嬉しいかどうか.

このテーマについて,御茶ノ水大学のゼミで教授と生徒達が,
侃々諤々の議論を繰り広げている様子を本にしたものです.

ゼミっていいですね.

答えのない問題について先生と生徒達が口角泡を飛ばしながら議論をするのが,

すごく羨ましいというか,

もっと正確に言えば,

女の子達と議論をするのが羨ましいというか,

何というか,

むしろ俺もお茶大生をソクラテスのように口説きたい

※ちなみにソクラテスが口説いてるのは美男子らしい(笑)
「時間」を哲学する (講談社現代新書)/中島 義道

¥735
Amazon.co.jp

中島義道さんの本です.
「時間」の不思議についてあれこれ考えます.
途中で議論についていけなくなった感は否めないですが(笑)

世界は「五分前」に存在し始めた,というトピックがありました.
「そんなバカな,私は10年前の記憶を持っている」という声が聞こえてきそうですが,
全ての人が,各々の記憶を植え付けられた状態で5分前から存在し始めたということに,
論理的不可能性はないわけですね.

これと似たようなことを考えた経験ってありませんか?
僕は結構あります.
つまり,自分が生まれる前から世界は本当に存在していたのだろうか,とか,
今すれ違った人(仮にAさん)と自分の心をすっかり入れ替えて,
記憶も完全に入れ替えたとしたら,
何の疑いもなくAさんとして生きていく自分は今までと同じ自分だといえるのだろうか,とか,
むしろ今の自分も元々は別の人生を生きていて,
23年間の記憶を植えつけられた状態でついさっき自分になったのじゃないか,とか.
よくそんな風に考えていました.

こういう疑問を持つのって普通なんだろうか?
ぜひ他に人にも聞いてみたい.

でも「私もそんな風に思っていた!」という答えが得られても,
自分以外の人はみんな本当は役者で,
「僕の一生」という僕を主人公とした演劇の中で演技をしているだけの存在なのではないか,
僕が死んだら演技をやめて素にもどるのではないか,
いやそもそも心を持ったふりをしているロボットなのではないか,
とかどんどん疑ってしまう.

まあ疑ってもしょうがないんだけどね.
最悪,他の人がみんなロボットだったとしても,
自分が満足して生きることができれば,それは間違いようのない事実だし.

(なんか自問自答が哲学的思考のステレオタイプにはまってる気が・・・まあいいか)
理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)/高橋 昌一郎

¥777
Amazon.co.jp

これは面白い!
パラドックスとかが好きな人はかなり楽しめます,
ディスカッション形式で書かれているので読みやすいですし.

投票のパラドックス,完全民主主義の不可能性,
囚人のジレンマ,シュレーディンガーの猫,などなど,
様々な領域における「理性の限界」を紹介していきます.

冒頭のライプニッツの話が(ネタとして)面白かったので引用しときます.

---

A:

近代論理学の基礎を構築した哲学者ライプニッツは,
あらゆる問題を理性的に解決できると信じていました.
いかに複雑な問題であっても,論理的に緻密に解きほぐして計算すれば,
明確に答えを得ることができると・・・
そこで彼は,自分が結婚に迷ったときも,理性的に解決しようとしました.

B:

それは,いったい,どのようにして?

A:

結婚した場合に想定されるあらゆる可能性を,
紙に書き出したわけです.
プラスとマイナスを箇条書きにしてね.
ライプニッツは,微積分法を創始したほどの数学の天才でもありますから,
それらのプラスとマイナスの組み合わせで生じる新たなプラスとマイナスについても,
さらにそれらの組み合わせで生じる新たなプラスとマイナスについても,
突き詰めて考え抜いて,
詳細に計算し尽くしたに違いありません.

B:

それで,どうなったのですか?

A:

もちらん,ライプニッツは,結婚をとりやめましたよ.