「時間」を哲学する | 主食はバナナです

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「時間」を哲学する (講談社現代新書)/中島 義道

¥735
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中島義道さんの本です.
「時間」の不思議についてあれこれ考えます.
途中で議論についていけなくなった感は否めないですが(笑)

世界は「五分前」に存在し始めた,というトピックがありました.
「そんなバカな,私は10年前の記憶を持っている」という声が聞こえてきそうですが,
全ての人が,各々の記憶を植え付けられた状態で5分前から存在し始めたということに,
論理的不可能性はないわけですね.

これと似たようなことを考えた経験ってありませんか?
僕は結構あります.
つまり,自分が生まれる前から世界は本当に存在していたのだろうか,とか,
今すれ違った人(仮にAさん)と自分の心をすっかり入れ替えて,
記憶も完全に入れ替えたとしたら,
何の疑いもなくAさんとして生きていく自分は今までと同じ自分だといえるのだろうか,とか,
むしろ今の自分も元々は別の人生を生きていて,
23年間の記憶を植えつけられた状態でついさっき自分になったのじゃないか,とか.
よくそんな風に考えていました.

こういう疑問を持つのって普通なんだろうか?
ぜひ他に人にも聞いてみたい.

でも「私もそんな風に思っていた!」という答えが得られても,
自分以外の人はみんな本当は役者で,
「僕の一生」という僕を主人公とした演劇の中で演技をしているだけの存在なのではないか,
僕が死んだら演技をやめて素にもどるのではないか,
いやそもそも心を持ったふりをしているロボットなのではないか,
とかどんどん疑ってしまう.

まあ疑ってもしょうがないんだけどね.
最悪,他の人がみんなロボットだったとしても,
自分が満足して生きることができれば,それは間違いようのない事実だし.

(なんか自問自答が哲学的思考のステレオタイプにはまってる気が・・・まあいいか)