主食はバナナです -10ページ目

主食はバナナです

副食はリンゴです

拝金/堀江 貴文

¥1,470
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最近,哲学書ばかり読んでいてだんだん浮世離れしそうなので,
毛色の違う本を読んでみました.

研究室の後輩に借りたホリエモンの小説です.

世の中にはすごい人たちがいるもんですね.
若き実業家のようなティラノサウルスばりの肉食系と違って,
僕は穏やかな草食系にすら怯えている小動物系男子なので,
ただただ「すごい世界もあるもんだ」と感じながら読んでいました.

この小説の大きなテーマとなっているのが「欲望」です.
なので欲望に関することを少しばかり書いてみましょう.

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僕が好きで何度も引用している言葉のうちの一つに,

「金欲はメタ欲望」

というものがあります.

食欲や性欲を普通の欲望とするなら,
金欲は「欲望を満たす可能性への欲望」であり少し性質が違います.

食欲や性欲は人間が進化の過程で身につけた生物レベルのストッパーがかかります.
つまり,いくら美味しいものでも一日に無限に食べることはできませんし,
一晩に100人の女と寝ることはできません.
(たぶんだけどねw)

しかし,人間が作り出したお金に関する欲望は,
欲望の内容が抽象化されているし,生物レベルのストッパーが存在しません.
つまり暴走しやすい.
ストッパーになり得るのは本人の理性です.

理性や品性の無き金儲けはきっと身を滅ぼすことになるのでしょう.

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食欲,性欲,睡眠欲は人間の三大欲求といわれます.
これらの欲求は要は,

「種を存続させるための欲望」

であるわけですね.

ここでちょっと原始時代の人々の生活を想像してみましょう.
彼らは「種を存続させたい」という欲求があります.
だから自分の生命を持続させるためにちゃんと食べてちゃんと寝ようとします.
また子供を作ろうと頑張ります.

しかし,それだけでは容易に生き延びれません.
なぜなら彼らの置かれている自然環境が非常に厳しいからです.
災害に襲われたり,稲が不作だったり,いつもいるはずの動物がいなくなったり・・・
すると「種を存続させたい」という欲求がある彼らに,
「環境に関する知識を増やしたい」という衝動が生まれます.
分からないこと知らないことを少しでもなくすことで,
より安全で発達した暮らしを求めようとするのです.
その過程で道具が生まれたりもして,
より快適で「生きやすい」生活が実現していきます.

つまり,食欲をはじめとする三大欲求と同じように,
知識欲も人間の根源的欲求であり非常に強いものなのだ.

と立花隆の本に書いてありました.

「性欲と知識欲が同じぐらい強い」といったら世の中の中学生男子にキレられそうですが(笑)

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お金の話を露骨にするのって何だかいやらしい感じがしますよね.
就職活動でも志望理由に「給料がいいから」と書いたら落とされる気がします.
そのくせ年収ランキングみたいなものはみんな見てたりする.
隠れてエロ本を読む中学生男子みたいなものです.
だったらこの本のように「お金が大好きだ」と堂々と語るほうが清清しいですよね.
ただし理性というストッパーは忘れずに...

欲望は生きる原動力.
これは真実だと思います.
この本の最後には「欲にまみれて欲を突き抜けた人だけが見える世界がある」といったことが書いてある.
僕の生きる原動力は何だろう.
どうせだったら性欲や金欲ではなく,
知識欲にまみれて,突き抜けて,新たな世界を見たいものです.
深海/Mr.Children

¥3,059
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エントリーが書評ばかりで,
「音楽」というカテゴリーが寂しそうなので,
たまには音楽について書いてみます(笑)

久しぶりにMr.childrenの「深海」というアルバムを聞きました.
このアルバムを知っている人を対象にしてエントリーを書きますので,
知らない人は読まなくてもいいです(笑)

とりあえず各曲についてレビューしていきます.
(先に断っておきますが,ところどころwikipediaを参照してます)

【Dive】

まず波が打ち寄せる音から始まり,
続いてダイブする音が聞こえてきます.
「深海」への旅が「Dive」から始まるわけですね.

しばらくするとチェロの優雅な音色が聞こえてきます.
すると深海は単なる美しい世界なのか.
いや,違う.
チェロの音色だけでなく,様々な騒音が聞こえ始め,
不穏な空気が漂います.

様々な要素を包含したこのアルバムの世界観を示唆したインストゥルメンタルだといえます.


【シーラカンス】

amazonのレビューで見たのですが,当時,桜井さんが,
「あってもなくても,現代社会にはあまり意味のない物の例としてシーラカンスをキーワードとした」
と語っていたらしい.

桜井さんはシーラカンスという言葉で何を表現しようとしたのでしょうか.

人に「君は滅びた」と言われ,
「僕の心の中」に「住んでいたような気」がしたり,
「ときには僕は僕の愛する人の中に君を探したり」,
「君を見つけだせたりする」ようなもの...何でしょうね.

シーラカンスを単なる漠然としたイメージのようなものとして捉えたくありません.
なぜなら「左脳の片隅で君を待ってる」という歌詞があります.

右脳は芸術や創造性や直感に関係し,
左脳は言語や論理に関係する,と一般的には言われています.

つまりシーラカンスは何となく感じられるけど正体がよく分からん,といった性質のものではなく,
理屈で考えることができ,これだと明確に言えるような何かでなくてはいけません.

シーラカンスの正体はこのアルバムの主題と密接に関係するはずです.
なのでこの問題はとりあえず保留にして,最後に再び考えましょう.


【手紙】

「過ぎ去りしあなたへ」の想いを歌った曲です.
これは明らかに次曲に登場する男が書いている手紙でしょう.
というわけで,この別れてしまったカップルが歩んだ経緯が次曲で説明されます.


【ありふれた Love Story ~男女問題はいつも面倒だ~】

タイトルにあるように「ありふれた」恋愛が始まり,そして終わっていく様子を歌っています.
このストーリーを客観的に見ている僕らは,
「あー,何だかよくありそうな普通の話だな.大して面白くもない」と思ってしまいます.
しかし,当事者にとってはそうはいきません.
例え他人から見て面白くなくても,
「ありふれている」どころかたった一つしかなく,しかも絶対に取り替えられない「かけがえのない」自分の人生においては,
一つ一つの恋愛が重大すぎる意味を持ちます.

客観的にカップルを見ているこの曲のコミカルさと対比されることで,
前曲において語っている当事者の悲愴さが際立ちます.


【Mirror】

「禄でもなくポップなんてものでもなく」という歌詞がありますが,
ずっと「ロックでもなくポップなんてものでもなく」だと思っていました(笑)
「禄」と「ロック」の言葉遊びだったのですね・・・たぶんだけど.

この曲を例のカップルにあてはめてみますと,
男じゃなくて女の方が歌っているように思えてきました.

「街中を駆け回っているビジネスマン」である男より,
「生まれた町から都会へ出たばかり」の素朴そうな女の方が,
フォークギター鳴らして甘い歌をうたったり,
他の恋人達を羨みながらそっと相手を待ったりしている姿が似合います.

「人前で泣いたことのない強気なあなた」というイメージも,
ばりばり働くビジネスマンである彼に合ってる気がします.

「夢に架かる虹の橋」や「愛を包むオーロラのカーテン」といった優しい表現も,
女の子ならではなのかもしれません.

まああくまで想像ですがね.

ちなみにMirrorというタイトルは,
曲の最後の「鏡となり傍に立ちあなたを映し続けよう」に対応していますが,
こじつけて他の解釈もしてみましょう.

前曲に出てきた例のカップルは本当は,
「舗道に沿って幸せそうに歩き出した恋人達」という歌詞で描写された,
道行くカップルなのではないか.
そして,この曲を歌う女の子は全く別のカップルなのだ.

つまり,女が男の鏡の役目をしているだけでなく,
例のカップルを鏡に映した幻影がこの曲で中心となっているカップルなのだというように,
「Mirror」に二重の意味を見出せます.

すごく磨かれて綺麗な鏡に映る像というのは,
美しく,輝いていて,しかし同時に儚い.
存在が確かである実体とは違い,鏡に映った像はすぐにでも消えてしまうのです.

例のカップルも最後は別れてしまった.
その悲しい結末を迎えてしまう前の,まだ幸せで輝いていた瞬間が,
別のカップルの姿に託される形でこの曲に映し出されているのかもしれない.
あたかも鏡の中の儚い幻影のように.

こじつけ過ぎか(笑)


【Making Songs】

数曲のデモ音源を合わせた曲です.
メタ曲ですね.
次曲への繋ぎ方が鮮やかです.


【名もなき詩】

有名すぎるシングルです.
ここまでずっとアルバム曲でしたが,
このような完成度の高い曲がくるとやっぱりアルバム全体の流れがびしっとしまりますね.


【So Let's Get Truth】

「団塊の世代が生んだ愛の結晶」という言葉から,
ちょうど高度経済成長期(の終わり?)あたりに社会に出はじめた若者をイメージしました.

「隣に習えの教養を植え付けられて顔色を見て」というフレーズも,
よく批判されるような高度経済成長期における画一的な教育を彷彿させます.

先人達が築き上げたこの国.
社会の経済的な成功体験を通じて,「このように生きるべきだ」という価値観が生まれ,
(具体的にいえば一流大学を目指し一流企業を目指しバリバリ働き成功すべきだ),
完成された「社会という檻」が若者の生き方をある程度束縛します.

しかし繁栄は永久には続きません.
バラ色ではなく薄暗い未来が目の前に見えてきます.
だからダンボールで眠る老婆を見て,
「錆びた夢の残骸」を感じ取り,
「明日は我が身」とぼやきつつも,
それでも気付かぬ振りをして素通りしていきます.

「一流大学へ行き~」という旧世代の価値観が崩壊したあと,
つまりみんなが少しずつお金持ちになっていくという幻想が消えたあと,
「自分らしさを探すべきだ」という新たな価値観が支配するようになりました.

しかし今度は「自分らしさを見つけろ」という要求が個々人を苦しめるようになり,
多くの人が「自分らしさの檻の中でもがいている」状況になって,
テーマが前曲「名もなき詩」と導通します.


【臨時ニュース】

テレビのチャンネルを変える音を収めた曲です.
フランスが世界中の反対を押し切って核実験を強行したニュースが流れている,らしい.


【マシンガンをぶっ放せ】

「そして僕にコンドームをくれ」

この曲といえばこのフレーズでしょう(笑)
文脈を無視して突如あらわれます.
初めて聞いたときは「?」となりましたw

さてさて,このフレーズをどう解釈するのか・・・
いろいろ考えた結果「意味など無い」となりましたw

ただ,このフレーズにインパクトがあることが,
最後のサビ前に同じメロディーで歌われる「そして事の真相をえぐれ」という言葉の威力を高めている気もします.


【ゆりかごのある丘から】

前曲の最後からヘリコプターの音で接続されてこの曲が始まります.
この曲でも別れを悲しんでいる男が登場します.
しかし,明らかに「ありふれたLove Story」のカップルとは別です.
戦場に行っている間に彼女を取られた,という話なので.
ヘリコプターの音は戦場から帰還した音だったのですね.

この曲の世界は,きっと前曲での「核実験」という戦争に関連するキーワードを契機として生まれたパラレルワールドなのでしょう.
時代や環境が違っても,程度の差があっても,
恋愛における喜びや悲しみや苦悩は似ていて,
そこに相似形を見ることができます.

「あの約束を頼りに生き延びて戻ったのに君はもう誰かの腕の中」
という表現があります.
どこかで聞いたことあると思ったら「手紙」の中に,
「今じゃ別の誰かの胸に眠るはずだよね」とありましたよね.

「誰かの腕の中」と「誰かの胸に眠る」ではニュアンスが微妙に異なりますね.
「誰かの胸に眠る」からは自然と心変わりしていった彼女の姿が連想されますが,
「誰かの腕の中」からは,彼女を力ずくで奪われたような印象を受けます.
運命という「ぶっとい腕」に彼女を強引に連れていかれてしまった.
そんな男の嘆きが聞こえてくるような気がします.

ちなみに曲の最後の「She loves again」というリフレインが「シーラカンス」と聞こえるようになっているらしい.
(wikipedia情報.しかし僕には完全に「シーラカンス」としか聞こえない)

戦争関連のキーワードを契機として生まれたパラレルワールドが,
今度は「She loves again」が「シーラカンス」と重なることで終わりを告げ,
再びシーラカンスが待つ深海の世界へと戻っていく.
ここでも曲の継ぎ目はヘリコプターの音です.
つまりヘリコプターの音は単に男が戦争から帰還した音であるだけではなく,
僕らが世界と世界を移動する音でもあったわけです.
そしてヘリコプターの音が次第にドラムの音へと変化していくことで次の曲への橋渡しとなる.
ここの曲間は絶妙だと思います.


【虜】

恋の汚れた部分にさえ虜になってゆく男を描いています.
「最低な君を」とか「無茶苦茶に傷つけてみたい」とか言っちゃってます.
さっきまで別れを悲しんでいた男と同一人物だと見ていいのか・・・.
僕は見ていいと思います.
深く愛せば,傷つけることもあるし,憎むこともある.
狂ったような気分にもなれば,すごくセンチメンタルになったりもする.
そんな風に矛盾した感情や行為などを,
全部ひっくるめて強い力で束ねている,
それが愛なんじゃなかろうか.
しかし,愛を語るには僕はまだ若すぎますね(笑)


【花 -Memento-Mori-】

これまた有名すぎるシングルです.

副題のラテン語は「死を想え」みたいな意味らしいです.
死を常に意識して怯えろという意味ではなく,
いつか死ぬと分かっていても力強く生きていこう,
とポジディブに捉えたいですね.

死の存在から目を背けず,
自分の人生に意味などないと知りつつ,
それでもその不条理を愛せ,
という「マシンガンをぶっ放せ」の歌詞に繋がるものがありますね.


【深海】

やっと最後の曲に辿り着きました(笑)

「深海」というアルバムの大きな流れが「深海」というこの曲へと流れ込み収束していきます.
歌詞の内容は一曲目の「シーラカンス」のようにシーラカンスへの呼びかけとなっている.

「連れてってくれないか 連れ戻してくれないか 僕を 僕も」
という悲痛な叫びで歌が終わる.
そしてボコボコという水の音が聞こえる.
さらに深く潜るようにも,海から出ようとしているようにも聞こえる.

果たしてシーラカンスとは何だったのか.
そして最後の水の音は何を意味するのか.

最後に残ったのは,この二つの謎です.


【光】

結論から述べましょう.
僕が考えるシーラカンスは【純粋な心】です.

・・・結論があまりにも凡庸すぎるwww
でも他にオモイツカナカッタ・・・暫定的な答えということで(汗)

大昔のまだ人間に汚されていない美しい海で生きたシーラカンス.
汚れていない無垢な心の比喩としてはぴったりな気がします.

桜井さんはシーラカンスを「あってもなくても,現代社会にはあまり意味のない物」といいました.
純粋な心も現代社会にはあまり必要のないものでしょう.
人は傷つけあい憎みあい騙しあって生きている.
確かに愛も存在する.
しかし,いつかは愛も終わる.
そして愛の終わりは裏切りとなってしまう.
そんな殺伐とした世の中,特に高度に発達した現代社会の中で,
賢く生きていくには,純粋な心などなくていい.
「正直者が馬鹿をみる」は真理でしょう.

しかし・・・しかし・・・
呼びかけずにはいられない.
願わずにはいられない.
祈らずにはいられない.

君は僕の中にいたはずだ.
僕の愛する人の中にもいたはずだ.
滅びてなどいないはずだ.
深い海の底で静かに生きているはずだ.

シーラカンス.
これから君は何処へ進化むんだい.
汚れた海でも生きられる魚へと進化してしまうのかい.
これから君は何処へ向かうんだい.
この世界に見切りをつけて遠くへと行ってしまうのかい.

連れてってくれ.
連れ戻してくれ.
まだ愛の苦悩を知らず,傷ついていなくて,
人を疑うことも知らなかった,あの深海のような美しく澄んだ日々へ.
僕を・・・そして僕だけではなく,「あの人」と一緒に「僕も」.

そんな悲痛な叫びでこのアルバムが締めくくられているのだと思います.

このアルバムには「喪失感」という通奏低音が鳴り響いてます.
彼女を失ったという喪失感.
人を疑うことを覚えて純粋な心を失ってしまったという喪失感.
高度経済成長を経験した日本が目標を見失ってしまったという喪失感.
これらの喪失感が深海の透明感と鮮やかに重なり合うことで何倍にも増幅されています.
広い海の底で一人ぼっちにされたような孤独感,虚無感を覚えます.

それでは果たして【救い】はないのか.
これこそが最後の謎なのです.

アルバムの最後の最後に聞こえたボコボコという音.
あの音はさらに深く潜る音なのか.
それとも海から出ようとする音なのか.

つまり,悲しみの海に突き落とされることで始まったストーリーが,
さらに深くへ潜るというような悲しみの無限連鎖へと帰着するのか.
それとも悲しみを克服して再び地上へ出るという希望に繋がるのか.

最後の審判はこのアルバムのジャケットに委ねましょう.
非常に印象的な美しいジャケットです.
澄んだ海の底にひとつの椅子が置いてあります.
そしてイスの真上には・・・光が見えています.

これ以上深く潜れない場所で,イスに座りながら深い悲しみに耐えた人間は,
最終的に・・・光を目指したのだ.
なぜ人を殺してはいけないのか? (シリーズ 道徳の系譜)/永井 均

¥1,470
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この対談はひどすぎるw

小泉さんの言いたいことが全く分からないし,
問われた質問にちゃんと答えずにはぐらかしている印象を受けました.

と思ってイライラしながら読み進めていたら,
第二章で永井さんが小泉さんのことをすげぇ批判してました(笑)
amazonのレビューでも小泉さんが酷評されまくっていますね...
ちなみに小泉さんが単独で書いた第三章は読み飛ばしてしまいましたw

---

さてさて,タイトルにあるとおり,

「なぜ人を殺してはいけないのか?」

という質問にどう答えたらいいのか,というのが本の主題です.

完全に論理的に答えることは難しそうですね.
つまり,最終的には,

「とにかく駄目なもんは駄目なんだ」
「とにかく人間が守るべき原則だからだ.理由は無くとも,そうあらねばいけないのだ」

という結論に行き着きそうです.

うーん,道徳や倫理の話を持ち出さずに,
理詰めで答えられる限界地点ってどこなんだろう.


面白い意見があったらコメントください.
ぜひとも議論しましょうw
哲学の謎 (講談社現代新書)/野矢 茂樹

¥735
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金が無いので大学の図書館で借りてきた本の第一弾.

この本は本当にわかりやすいです.
様々な哲学的なことがらについて対話形式で考察していきます.

例えば,

・目の前のコーヒーカップは本当に実在するのか
・時間は本当に時速一時間でながれているのか
・自分が見る「赤」と他人が見る「赤」は本当に同じなのか
・個々の犬しか見ることができないのに,なぜ犬一般を表す「犬」という単語を理解できるのか

などなど.
普通の人が何も考えずにひょいっと飛び越えてしまうことがらに徹底的に躓けます.

こういう本を最初に読むべきだったなぁ(笑)
遺書を書いている気分になった.
自分が少しずつ違う生き物に変わっていくのを感じている.
それでも自分を自分と呼び,呼んでくれるのは,優しい嘘なんだろうか.
色んなものに染まっていく.
染められていく.
あらゆる色を重ねれば黒になる.
それは同時に白でもある.
灰色になるしかないのか.
全てをくぐりぬけても何に達することもない.
その運動そのものが全てなのだ.
その軌跡が遺書なのだ.

さいきん様々なイメージが頭の中にすべり込んでくる.
不安定になるわけではなく楽しんでいる自分がいる.
鍵括弧をつけて現実は楽しい.
耐え抜く必要はなかった.
忘却すればよかった.
再構成することだけが力だった.

小さい頃には見えない状態でちらつきを見ることに挑戦していた.
見えないはずのちらつきが見えた.
純粋に嬉しかった.
今では見えるなかにちらつきが見える.
ちらつきは縞々模様に変化した.
秩序ができた.
干渉が起きていた.
しばらくするとなくなった.
このちらつきは...
これからも続くのだろうか.

沈黙が窓の外に降りてきた.
そして上がっていく.
同時に無が手からすり落ちていった.
気づいたら全ての音が鳴り止んだ.
道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫)/永井 均

¥620
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「あることがらについての理解が深まる」ことは読書の意義の一つだと思いますが,
「あることがらについての理解が遠ざかる」ことも読書の意義の一つでしょう.

「無知の知」という言葉を知っていること自体は大して意味がなく,
実生活において「無知を知る」経験を少しでも多く重ねることに意味がある,と実感しました.

この本を読んでニーチェの思想なんて全く理解できていないと分かりました(笑)
勉強すればするほど,何かを語ることが恥ずかしくなってきますね.
このブログも,何かを書くためではなく,何かを書けないことを理解するために書いていこう.

・・・言葉遊びですねスミマセンw



何だか本を読みながら,頭の中に一つのイメージがわいてきました.
ゴールを目指して洞窟の中を探検していたのに,
気付いたら円周上をぐるぐると回り続けている.
ゴールはない.意味もない.どこにもいけない.
いつでも立ち止まれる.立ち止まれと誘惑される.
それでもぐるぐるぐるぐる・・・
グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)/スコット フィッツジェラルド

¥861
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グレート・ギャツビーを再読しました.
前回は新潮文庫で読んだのですが,今回は村上春樹訳です.

結論からいいますと・・・前回より面白く感じた!

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【村上春樹のあとがき】

気分を高めるために,まずあとがきから読みました.
ちょっと引用してみましょう.

「賞味期限のない文学作品は数多くあるが,賞味期限のない翻訳というものはまず存在しない.
 翻訳というのは,詰まるところ言語技術の問題であり,
 技術は細部から古びていくものだからだ」

「グレートギャツビーっで読みましたけど,あれって村上さんが言うように,
 そんなにすごい作品なんですかね,と口にする人も少なからず存在する.
 僕にはそれがよくわからない.ちょっと待って下さい.
 グレートギャツビーがすごい作品じゃなくて,
 ほかの何がいったいすごい作品なんですか・・・とつい詰め寄りたくもなってくる」

こんな調子で,この作品に対する村上春樹の想いが熱っぽく語られていました.

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【野崎訳と村上訳の比較】

さてさて,二つの訳を読み比べたのですが,
村上訳の方がかなり読みやすかった.
(読むのが二回目だから,という理由もきっとありますが)

特に新潮版を読んでいて一番違和感を感じたギャツビーの口癖「親友」.
「~ですよね,親友」みたいなセリフを連呼してると,何だか不自然ですよね(笑)
ちなみに村上訳では「~ですよね,オールド・スポート」になってます.
うーん,微妙なニュアンスは結局ネイティブじゃないと分からないですね・・・
でもとりあえず読んでいて「?」になる文章は少なくなっていました.

しかし,あとがきで村上春樹が,
「今回の翻訳はきわめて個人的なレベルでなされたものだ,と考えていただいていいかもしれない」
と言っているように,この翻訳には春樹フィルターが結構かかっているのでしょう.

原文で読めるくらいの英語力が欲しい・・・

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【内容について】

たくましい肉体を持ち,金持ちで傲慢で横柄なトム.
トムの美しい妻,デイジー.
デイジーとの恋を成就することに人生を捧げたギャツビー.
そして語り手であるニック.

これらの登場人物が,詩的な文章に導かれながら,
美しく哀しい物語を構築していく.

僕はニックに注目して読みました.
個性の強い他の登場人物と比較すれば,強いインパクトを残す人物ではない.

しかし,みんなから好感をもたれ,信頼され,
バラバラになりそうなストーリーをしっかりと繋ぎとめる役割をしている.

新潮文庫のあとがきには,

「作者が,分裂しながら互いに牽引し競合し反応し合う内面の二要素を,
 それぞれ二人の分身(ニックとギャツビー)に仮託し,
 一方を語り手として設定したところにこの小説の成功の大きな要因がある」

と書いてある.

主人公が分かりやすく設定された物語は読みやすい.
物語を読む際のピントがずれない.

それに対し,この物語は様々な視点から,様々な軸に沿って,鑑賞することができる.らしいw
「複雑で微妙な陰影をもち,重層的な意味が盛り込まれた(引用)」この作品を読むとき,
人間の複雑な心の深淵を覗き込んでいるような錯覚を覚えるのかもしれない.
道徳の系譜 (岩波文庫)/ニーチェ

¥693
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ニーチェの「道徳の系譜」です.

①「善と悪」・「よいとわるい」
②「負い目」・「良心の疚しさ」・その他
③禁欲主義的理想は何を意味するのか

という題名の三つの論文から成り立っています.

第一論文は何とか読み通せたのですが,
第二論文からいきなり分かりにくくなったのでリタイアしました.

---

第一論文ではキリスト教道徳の起源について論じながら,
キリスト教道徳(特にその背景にあるルサンチマン)を厳しく批判しています.

ルサンチマンとは,強者に対する,弱者の憤り,怨恨,憎悪,非難の感情です.

世の中には強者と弱者がいる.
強いor弱いを決定する尺度は様々です.
金,権力,体力,美貌・・・あらゆる点で人は優劣がつけられます.
どんな人が強者で,どんな人が弱者だと,客観的で絶対的な基準はありませんが,
多くの人が「自分は強い(or弱い)人間だ」と感じた経験があるのではないでしょうか.

正攻法では弱者は強者に勝てない.
ではどうするか.
強者を「道徳的」に非難することで,自分の自尊心を保とうとするのです.
「あいつは強者だが,道徳的には駄目な人間だ」という具合です.
さらにそれだけでなく,強者と自分が正反対の場所に位置することを利用し,
「強いあいつは道徳的に駄目だ.だから弱い自分は道徳的に優れているのだ」
という結論を導く.
強-弱のフィールドから道徳のフィールドへ強制的に相手を引きずりこむことで,
弱者から強者への(脳内世界での)復讐劇がはじまるのです.
このような弱者のルサンチマンを上手く利用して発展してきたのがキリスト教だ.

みたいなことを述べていた気がする(違ったらごめんなニーチェ)

---

『弱者や出来そこないどもは徹底的に没落すべきである.これがすなわち我々の人間愛の第一命題である.徹底的に没落するように援助することは,われわれの義務でもある』

というニーチェの言葉を聞いたとき「こいつ酷いことを言うなぁ」と衝撃をうけました.
しかし,これって単に弱者を馬鹿にしたり蔑んでいる発言ではないのですね.

さっきまでの文脈に沿うならば,
弱いことを道徳の話にすり替えたりして自分をごまかすな.
現実を直視した上で,
あるがままの自分を肯定しろ.
あるがままの自分を愛せ.
という主張になり,最後は「永遠回帰」へと繋がっていく.

うーん,やっぱり過激な主張に思えるのだが(笑)
みなさんは共感できますか?
カント入門 (ちくま新書)/石川 文康

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カント―わたしはなにを望みうるのか:批判哲学 (入門・哲学者シリーズ 3)/貫 成人

¥1,050
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カント関連の本を二冊読みました.

まず,ちくま新書の「カント入門」を買ったのですが,
少し読みづらくて門前払いくらいました.

もう少し読みやすいものをと思い,
図書館で入門・哲学者シリーズを借りました.
こちらはすごく読みやすく,一気に読み通せました.
様々な用語や概念を丁寧に説明してくれます.

ただいかにも教科書という印象で,
永井さんの本とかと比較すると少し刺激が無かったです.

例えるなら,ライトスタンドの中段ぐらいで野球を観戦している気分です.
それに対して永井さんの本は,
知らないスポーツをやっているグラウンドに突然放り出され,
必死にルールを覚えながらしがみついていく,みたいな緊張感がありました.

同じ哲学者に対しても様々な解釈があるみたいなので,
色んな本を読み比べながら多角的に理解していきたいですね.