主食はバナナです -9ページ目

主食はバナナです

副食はリンゴです

ボウリング・フォー・コロンバイン マイケル・ムーア アポなしBOX [DVD]/マイケル・ムーア

¥7,140
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マイケルムーアの「銃」を題材にしたドキュメンタリー映画です。
コロンバイン高校銃乱射事件の話も出てきます。
この事件を題材にした映画といえば、
ガス・ヴァン・サントの「エレファント」もありますよね。
カンヌの最優秀賞パルムドールをとった作品です。

エレファント デラックス版 [DVD]/ジョン・ロビンソン,アレックス・フロスト,エリック・デューレン

¥3,990
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エレファントを観たときは涙が止まらなかったです。
それに対してボウリング・フォー・コロンバインを観た感想は・・・とても複雑です。

コロンバイン事件の監視カメラ、戦争の犠牲者、人が射殺される瞬間などなど、
目を覆いたくなるような映像が結構多いです。

そして、マスコミが国民の不安を煽るようなニュースをたくさん報道し、
そのことで誰かが得をしている、という構造を厳しく批判します。
また同様にマスコミが黒人や他の国に対する悪いイメージを故意に作り出している、とも指摘します。

情報の操作に対して、僕らは驚くほど無力ですね。
何が正しいのか、何が正しくないのか、知る術がほとんどありません。
「マスコミの情報操作」を指摘しているのもまた映画という意図的に編集された映像なのです。
映像にされている時点で、それは絶対に本当の現実から乖離している。
いや、そもそも「本当の現実」って何なんだろう。
そんなことを考えていたら、世界がぐるぐる回りだしたような気分になって、頭がくらくらしてきた。



今日、新幹線で愛知から東京へ戻ったんだよね。

愛知に帰るたびに東京では思い出さないことまで思い出すのは、
奇抜な色の実家だとか、
家の中の品々だとか、
日本一すごしやすいと言われる市の空気だとか、
そういうものに思い出が宿ってるからなんだよね、きっと。
空気の1パーセントくらいは思い出分子なんだよ、きっと。

だから故郷の空気をペットボトルに詰めてもってきたら、
吸うたびに何かを思い出せるんじゃないかしらん。
でも俺のことを憎む誰かが、こっそり中身をシンナーに入れ替えたらどうしよう。
それでも俺の罪になるんだろうか。

そんな風に考えてたら、隣の席にウサギがやってきました。
ウサギはばしっとスーツを着こなして高そうなカバンを持っていて、
しばらくするとipadを取り出して仕事をし始めました。
恐らく静岡に住んでいて東京に出張するのか、
東京に住んでいて静岡に出張に行った帰りなのでしょう。

勇気を出してウサギに話しかけてみました。
するとウサギはこう答えました。

「昔のウサギはパーティーに遅れちゃうって言いながら、
 汗だくになって走って穴に飛び込んでいたらしいけど、
 もうそんな時代じゃないですよ。
 僕はスケジュール管理は全てiphoneアプリで行っています。
 走ることもほとんどありません。
 長距離なら新幹線。中距離ならタクシー。近距距離ならキックボードです。」

僕はうんうんと頷きながらウサギの話を聞いていました。

しばらくすると僕とウサギの間の席にライオンがやってきました。
ライオンはリクライニングシートの倒し方がすぐには分からなかったみたいなので、
僕が教えてあげました。

「ありがとよ」

ライオンの声はマツコデラックスみたいでした。

しばらくすると車内販売が始まりました。
車内販売のお姉さんにライオンが話しかけました。

「ウサギ十匹下さい」

隣にいたウサギがぶるっと震えました。
僕はコーヒーを買いました。

しばらくして僕は十一匹分の食事を終えたライオンに話しかけました。
するとライオンはこう答えました。

「近頃の若いやつは、って言うおっさんがたくさんいるだろ。
 そういう出だしで話し始めた言葉は一切聞かなくていいんだぞ。
 『これから言う内容には意味がないんだけど、』って話し始めてるのと一緒だからな。」

僕はうんうんと頷きました。
そして、もっと世の中の真理を教えて下さいとお願いしました。
するとライオンはこう答えました。

「読書百遍意自ずから通ず、って言葉があるじゃろ。
 百回読めばどんな本でも意味が理解できるって意味じゃ。
 でも、あれは嘘なんじゃよ。
 例えばわしが今ここで「ポロロッカ語」という適当な言語を生み出したとするじゃろ。
 そのポロロッカ語で本を書いたとする。
 おぬし、その本を理解できるかえ?
 おぬしはポロロッカ語を本当に理解できるのかえ?
 百回読んだら本当に・・・」

僕は「理解できます」という内容をポロロッカ語で言いました。
ライオンは愛しさと切なさと心強さが混ざったような複雑な表情をしました。

そうこうするうちに東京へ着きました。
東京は相変わらずビルがたくさん並んでいました。
銀座あたりでかっこいいビルを見つけたので、
そっと掴んでポケットに入れて持ち帰りました。
研究室の机にかざるか、夕食のおかずにしようと思います。

さぁ一週間が始まりますね。
頑張っていきましょう!
中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)/村上 春樹

¥600
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実家に帰る新幹線に乗る前に衝動買いした本。
たまには小説を読んでみようと思って軽そうなやつを選びました。
村上春樹の短編集です。

村上春樹にはまり、
「やれやれ」と言ってみたくなったり、
ウイスキーを飲んでみたり、
ジャズを聴いてみたり、
パスタを茹でたり、
行きずりの女の子とベッドインしたり、
恋人が理由も無く失踪したりするのは、
誰もが一度は通る道だと思っています。

僕も一時期はまりました。
ちなみにその後に村上龍にはまりました。
今でもどちらかというと龍のほうが好きだったりします。

まあなんでもいいや。
とにかく久しぶりに村上春樹を読んだのですが、
なんかしらんけど小説の世界に入りきれませんでした。
あと性描写を読んでも何も感じなくなった(笑)
むしろ違和感を覚えてしまう。
なんでだろう?ななななんでだろう~?

はぁ。最近あんまり小説を読む気がしないなあ~。
やっぱり哲学関連の本をもうちょい読んでいこうかな。。。
足の裏に影はあるか? ないか? 哲学随想/入不二基義

¥1,890
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オススメしていただいた入不二さんの本を読んでみました。
とてもよかったです♪

かたくるしい哲学書ではなくエッセイ集です。
日常生活でみかけるような身近な事柄について哲学をしていきます。

例えば「地平線は越えられるか」「二つのものさしはどちらが本物か」
「数の順序は変えられるか」「足の裏に影はあるか」などなど。
さらにはオリンピックやプロレスについても深く考察していきます。

様々な事柄に関して、
僕らが思考停止してしまうような地点からしばらく先まで連れていってくれます。

だからといって真理に到達するわけではない。
どこかで思考の限界が訪れる。
でも、だからといって意味がないわけではなくて、
振り返ってみれば前よりも少しだけ世界が豊かに見えます。
親父の会社が今月で完全に潰れるらしい。

いわゆる失業状態になるのだけど、
二人の息子のうち兄は既に働いていて、
弟(俺)は来年から働き出す。
家のローンも車のローンも今年で終わり。

だから、すぐに職を探すのではなく、
しばらくやりたいことをやるのだ、と言っていた。

具体的には、資格の勉強をしたり、
好きな本を読んだり、
趣味をきわめてみたり、
あ、英会話も勉強してみたかったし、
パソコンのスキルも身につけたいし、
ゆくゆくはこういう風に仕事をして、
最終的には独立したいとかも考えていて、
うんぬんかんぬん。
要するに55歳になる親父が将来の夢を語っていた。

「人はいくつになっても夢をみることができる」
なんて一行で書いてしまったら薄っぺらく感じるかもしれないが、
血の繋がった親父が実際に目の前で楽しそうに語った夢は、
辞書にのっている「薄っぺらい」という単語の対義語を定義通りに具現化した感じだった。

---

酔っ払ったついでに、勢いで昔の話を聞いてみた。
自分の親父に関して、
「名もない大学を出て、個人塾をひらいて、今は小さな板金工場で働いている」
ぐらいの情報しか知らなかったのだけれど、
実は「大学を出てすぐに家業をついで(実質的な)社長になっていた」
という事実を知って驚いた。

そして、長い人生において、
どんなことを考えて、
どんな哲学を持っていて、
どんなことを最優先にしてきて、
どんなことに怒りを感じて、
どんな状況に陥って、
どんなことを選択してきたのかを、
一つ一つ丁寧に語ってくれた。

ついでに、
どんな女がタイプで、
どんな風に恋に落ちて、
どんな時期にどんな風に派手に遊びまくったかを教えてくれた。
(すこぶる真面目な僕の中に遊び人の血が混ざっているとしたら、このせいだ)

今の僕ぐらいの年齢から様々な経験をくぐり抜けて55歳になった親父が、
今の僕ぐらいの年齢である僕の目の前に座って一緒に焼酎を飲んでいる。
そして僕も様々な経験をくぐり抜けて55歳くらいになったら、
今の僕ぐらいの年齢の息子と一緒に焼酎を飲んで、自分の過去を語るんだろうか。

誰が始めたんだ、このバトンリレーは。
でも、しっかりとバトンを渡された気がした。
いきなりだけど追記:

このエントリーは、ひどく酔っ払った状態で書いたため、
後から見たら酷い文章だったし、誤字もあるのだけど、
あえてまったく推敲してない状態のまま投稿します(笑)


好きだ、 [DVD]/宮崎あおい,西島秀俊,永作博美

¥4,935
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僕はあんまりラブストーリーが好きではないのですが,
なぜこの映画を借りたのかというと,
一昨日,蒼井優をどうしても見たい衝動に駆られたときに,
同時に宮崎あおいをとにかく見たい衝動にも駆られていたのです(笑)

酒を飲みながら観はじめたこの映画なのですが・・・
予想以上に良かった!
前半だけ!(笑)
酔っ払った状態でレビュー書くぜ!



前半は宮崎あおいと瑛太が17歳の高校生役を演じます.
両想いだけど口には出さないみたいな関係です.
その後,17年後に飛びます.
大人になって再会した二人がなんやかんやある,っちゅーストーリーです.




とりあえず会話が少ない.
セリフが最低限です.
セリフ以上に沈黙が語ります.
この映画を観て感じたのですが,青春時代というのは言葉が少ないと思うのです.
確かに元気がいい時期だし,おしゃべりではあると思います.
しかし,本当に大切なことに関しては,語るための語彙が少ない.
そのせいで沈黙を多く経験する.
しかし沈黙は,気まずくもあり,心地よくもある.
忘れかけていた感覚を思い出すことができました.
しかし大人になれば,語ることがうまくなる.
もしくは語らないことが似つかわしくなる.
この映画もそうでした.だから前半のみならよかったのに・・・
何かを詳しく語ることは,
その対象について詳しく理解できると同時に,
言葉を超えた部分の理解を捨てていくことになります.
その捨てられてしまう部分こそが前半のエッセンスだと思うのですが...



セリフが少ない分,絵画を見ているような気分になりました.
そして,この映画は絵がとってもきれいなんです.
確かに宮崎あおいが制服を着ているだけでも絵になるのですがw,
単なる人物画ではなく,背景や文脈と融合した絵として,とても綺麗でした.
文脈と融合する,これは映画の特徴だと思います.
普通の絵画は時間をもたない.
しかし,映画は一枚一枚が時間をもたない絵でありながら,
その時間をもたない絵のみで時間を作っていく.
だから絵に時簡に起因する文脈を含ませることができる.
そこが,絵画に比べて映画が卑怯である点になり,
かつ魅力になるのだと思います.



話がそれますが,最近「現実はパラパラ漫画か否か」ということを考えています.
動画というのはパラパラ漫画なのですね.
初めてそのことを知ったときは衝撃をうけました.
うそだろおい,みたいな.
人間が認識できるフレームレートには限界があるのです.
だから,もし現実世界が連続的なのではなく,
人間が認識できるフレームレートを超えたパラパラ漫画であることは,
理論的に可能なのだと思います.
自分がパラパラ漫画であると考えるのは恐ろしいです.
自分が認識できない空白が恐ろしい.
その空白を埋めるものが気になります.



何が言いたかったかというと,
ゴダールが「映画は一秒に24回語られる真実」だといったり,
(これもゴダールだっけ?)「2時間近くの映画を任意のタイミングでとめたときに必ず美しい絵であることがよい映画の条件だ」だといったりするのは真実であって,
ものすごくかっこいいと思うことでありまして,
現実世界だって連続的ではなく無時間の絵によって量子化されているのだから,
絵が綺麗であることは,美しい青春時代を語る上で必須なんだと思う.



やべぇ,酔いすぎて何書いてるか自分でも分からなくなってきた.
という風に書いた文章を自分が理解できてないことはありうるんだろうか・・・
本当に何を書いてるか分からなくなっても「何を書いてるか分からなくなった」という文章が書けるのか、
というどうでもいい疑問はおいといて頑張って結論に向かおう。



その前に17という数字についてふれたいです。
この映画で宮崎あおいと瑛太は17歳という設定です。
そして後半では、その17年後の34歳という設定です。
17という数字は特別ですよね。
素数だからかもしれないけど、
17は孤高で、不安定で、(文字通り)わりきれなくて、16とも18とも繋がりをもてなくて・・・
そんな印象をうけます。
まあ自分が17歳という年齢に特別な思いを持っている、という理由も考えられますが。。。


こういう映画がもっと有名になったり評価されればいいのだけどなぁ。
確かに人の好みは様々なのですが、
少なくとも日本映画に「こういう映画」という選択肢が存在する事実が、
もっと知られればいいのに。(俺が知らないだけか!?)
商業主義に吸収されてしまっているのだろうか・・・


この映画のタイトルは「好きだ、」です。
「好きだ。」ではありません。
タイトルから想像できるのは「好きだ」という言葉の重要性です。
言えなかった「好きだ」という言葉が重要なのだと錯覚します。
しかしそうではありません。
「好きだ」という言葉自体が重要なのではなく、
その後に続くのが「。」ではなく「、」であることに意味がある。
つまり「好きだ。」は閉じているけど「好きだ、」は閉じていない。
その閉じていなさが重要であり、「、」の続きを埋めていく作業こそが重要なのです。
だんだんネタばれっぽくなってきたからこの話は終了ね!


青春時代、とくに17歳という年齢は閉じた時代だと思います。
どういう意味合いで閉じているかは、僕自身の感覚なのでここでは語りません。
しかし、なんとなく誰にでも理解できるのではないでしょうか、と期待しています。
この映画の前半は閉じた世界。後半は閉じた世界の外側。
だから前半のみに魅力を感じました。
(最後近くにちょろっと出た河原のシーンには泣きそうになりましたがw)

自分自身も閉じた世界から出てしまっています。
だから前半がひたすらにまぶしかったのでしょう。
もう戻れないんだよなぁ・・・

本当はもっと書きたかったけど、
そろそろ酔っ払いすぎて頭がふらふらなので、
このレビューも閉じないままに、
百万円と苦虫女 [DVD]/蒼井優,森山未來,ピエール瀧

¥4,935
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昨晩とつぜん「何でもいいからとにかく蒼井優が見たい」という衝動に駆られまして,このDVDを借りてきました.
(本当はリリィシュシュを見てみたかったけど借りられていた・・・)

俺は人の顔を覚えるのが極端に苦手です.
特に外人さんの顔の区別がほとんどつきません.
ニコールキッドマンもナタリーポートマンもポールニューマンも区別がつきません.

だからキャストで映画を選ぶことはなく,
ほとんど監督やストーリーで選びます.
数少ない例外が蒼井優なのです.
「花とアリス」を見て惚れたんだよね.
「害虫」を見たときも,
みんな大好きヒマラヤほどの宮崎あおいより,
蒼井優に魅力を感じました.

他に俺のハートを射止めた女優さんはアヤカ・ウィルソンくらいです.

さてさてこの映画.
タイトルは聞いたことありました.
とてもいい映画です.
見どころもたくさんです.

主人公をはじめとして,
みんなが少しずつ人間的に成長していく様子や,
個性溢れるセリフまわしや,
映像の透明感や,
ありふれているようで心地よく期待を裏切ってくれるストーリーや,
沈黙のうまい使い方や,
何気ない日常からドラマ性を自然にすくいとっていることとか,
そんなことはどうでもよくてとにかく蒼井優が可愛かった
<子ども>のための哲学 講談社現代新書―ジュネス/永井 均

¥735
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久しぶりに人に薦めたいなと思えた本です.
誰もがすごく面白いと感じるんじゃないか,と思います.

(※個人の感想です)

---

この本は永井さんの哲学にとってスタート地点であり,
同時にゴール地点でもあると思います.
どこかに到達したという意味でゴールなのではなく,
こういう風にゴールを目指すことだけが最終地点でありうるのだ,
という性質のゴール地点です.

僕はさいきん哲学関連の本を集中して読んでいたのだけど,
この本はその一連の作業のゴール地点になると同時に,
新しいスタート地点になるのだと思います.

哲学本を漁っていたのはこの本に出会うためだったんでしょう.
もっとつよく言えば,この本にさえ出会えればよかった.
そして,この本を捨てることだけが本当に意味のあることなのだ,
ということに気付きました.

---

そもそもなぜ哲学関連の本を読み始めたのかといいますと,
哲学に興味があったからです.

それは哲学的な問いにからめとられ悩まされていたというわけではなく,
気になるけどまだ行ったことのないお店に思いつきでふらっと入ってみるような感覚です.

実際に入ってみて思ったのは,
世間では「哲学」という用語が少し間違った使い方をされているということです.

たとえばビジネス系の本などで「成功哲学」とか「○○の経営哲学」みたいな言葉をみます.
あれは哲学というより思想ですよね.

他の例を挙げるなら,ちょっと深いことや他人が理解しづらいことを言うと,
「哲学的だなぁ」という風に言ったりします.
でもそれは哲学的というより文学的なんでしょうね.

哲学はあくまで「何かを徹底的に問うたり理詰めで考える作業」それ自体であって,
完成された思想体系とは違うし,
「ちょっと深くて哲学的なことを言う」こととも違う.

---

「思想を持てば,思考の力はその分おとろえる」という言葉がありました.

自分にとって必要なのは思想ではなく思考なんだと思います.
他人が作り上げた思想は,どれだけ立派であっても,
それをありがたがって借りて自分が身に着けた時点で,
自分自身の思考を脱ぎ捨てることになります.

だから思想はいらない.
唯一必要なのは「思想はいらない」という思想なのでしょう.

この梯子を使って高いところに登ったら,
この梯子は取り外されなければいけない,みたいな表現がどこかにありました.
(ウィトゲンシュタイン?)

登るために使った梯子を再び使えるのは降りるときだけです.
だから,強固で高くて立派な梯子ほど,捨て去らなければいけません.

だからこの本も捨て去りましょう.
自分にとって大切な本の一つになりそうだからこそ,
二度と読みたくありません.

最近になってだけど,僕は読書がわりと好きで,
読書以上に楽しいことはめったにない気がしています.
(気の合う友人と酒を飲むくらいかな)

でも,本を読めば読むほど,
本当に大切なことは読書からは何も得られない,
という気になってきました.

まあ実際はこれからも読んでいくんだけどね.きっと.
変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)/カフカ

¥440
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カフカの「変身」を読むのは確か三回目です.
読むたびに面白さが増している気がします.

朝起きたら突然でかい虫になってしまった.
ものすごい不条理です.
しかし男は冷静に考え続けます.
どうすれば会社へ行けるか.
どうすれば家族を守れるか.

虫に変身した男を見て家族は驚きます.
しかしなんとか事態を理解し改善しようと努力する.

しかし最後は耐え切れなくなって最愛の妹ですら虫を忌み嫌ってしまう.
虫になった男はついに死んでしまう.
そして男が死んだおかげで家族は幸福へと歩んでいく.

この物語を最初読んだとき「不条理だ」「怖い」「気持ち悪い」と感じた記憶があります.
しかし今回は読んでいて「普通の話だな」と感じました.

よくよく考えてみますと生きていること自体がそもそも絶対的な不条理なわけです.
突然生まれてしまう.しかもいつかは絶対に死んでしまう.
生まれる前に自分がどこにいたのか.死んだらどこへいってしまうのか.
生きる意味はあるのか.何にもわからない.
人がある朝とつぜん虫になってしまう以上に,
生きていること自体が理不尽であり不条理なわけです.

そんな不条理さの中で僕らは最善の努力を尽くして生きている.
突然虫になったことに驚きつつも,それを最終的には納得し受け入れ,
個々人が最善の努力を尽くしていくこの物語と,本質的には何も変わりません.

名作文学を漫画化した「まんがで読破」シリーズの「変身」を読んだことがあります.
虫がものすごく気持ち悪く描かれていて,
完全に楳図かずおのホラー漫画になっていました.

違う.
この作品はホラーなんかじゃなく,むしろ喜劇だと思う.

同じような不条理さの中で,しかもその事実から目をそらしながら生きている,
僕たちの現実世界こそがホラーであり悲劇なのだ.
図書館で借りた本のレビューを垂れ流そう.

超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』 (講談社現代新書)/竹田 青嗣

¥798
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ヘーゲルといえば弁証法で有名な人,ってぐらいのイメージでした.
そのヘーゲルの「精神現象学」という本を分かりやすく解説してくれる本です.
分かりやすかったけど6割くらいで飽きちゃったw
アウフヘーベンって言葉かっこいいですよね.
日常生活でぽろっと使ってみたい.
「君と僕とでアウフヘーベンしませんか」って口説いたらどんな女もイチコロだね.
まあ嘘だけどね.


私、今、そして神 (講談社現代新書)/永井 均

¥756
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おなじみの永井さんの本です.
これは・・・難しいけどオモシロイ!
私・今・神がテーマです.
しかも,完成された哲学が順序だてて語られるのではなく,
永井さんの思索の軌跡が生々しく書かれています.
途中で「ちょっと待てよ.こう考えることもできるのか」となって話が脇へそれたり,
「この考えは面白そうだから日を改めてちゃんと考えよう」といった感じです.
世界(海外という意味ではないですよ)を相手に自分の頭のみを武器に悪戦苦闘する哲学者の姿に惚れました.

どうせ死んでしまう・・・・・・私は哲学病 (私は哲学病。)/中島 義道

¥1,260
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中島さんの本です.
「どうせいつかは死んでしまうのに,なぜ今死んではいけないのか」
ということが主なテーマになっています.
(死以外をテーマにしたエッセイもあるのですが)
死をテーマにしているだけあって,読んでいて暗い気分になりました.
中島さんの知人(生徒?)が自殺をしてしまったとき,
奥さんから涙ながらに「もう,毒をまき散らすような本は書かないで下さい!」と言われたらしい.
「生きることにたいした意味などない.どうせいつかは死んでしまう」
という言葉は確かに毒でしょう.
でも真実だと僕は思ってしまう.
はぁ・・・憂鬱になるからもう死について考えるのやめよw
本当の幸せは思考停止や忘却だと思う今日この頃です.