いきなりだけど追記:
このエントリーは、ひどく酔っ払った状態で書いたため、
後から見たら酷い文章だったし、誤字もあるのだけど、
あえてまったく推敲してない状態のまま投稿します(笑)
好きだ、 [DVD]/宮崎あおい,西島秀俊,永作博美

¥4,935
Amazon.co.jp
僕はあんまりラブストーリーが好きではないのですが,
なぜこの映画を借りたのかというと,
一昨日,蒼井優をどうしても見たい衝動に駆られたときに,
同時に宮崎あおいをとにかく見たい衝動にも駆られていたのです(笑)
酒を飲みながら観はじめたこの映画なのですが・・・
予想以上に良かった!
前半だけ!(笑)
酔っ払った状態でレビュー書くぜ!
前半は宮崎あおいと瑛太が17歳の高校生役を演じます.
両想いだけど口には出さないみたいな関係です.
その後,17年後に飛びます.
大人になって再会した二人がなんやかんやある,っちゅーストーリーです.
とりあえず会話が少ない.
セリフが最低限です.
セリフ以上に沈黙が語ります.
この映画を観て感じたのですが,青春時代というのは言葉が少ないと思うのです.
確かに元気がいい時期だし,おしゃべりではあると思います.
しかし,本当に大切なことに関しては,語るための語彙が少ない.
そのせいで沈黙を多く経験する.
しかし沈黙は,気まずくもあり,心地よくもある.
忘れかけていた感覚を思い出すことができました.
しかし大人になれば,語ることがうまくなる.
もしくは語らないことが似つかわしくなる.
この映画もそうでした.だから前半のみならよかったのに・・・
何かを詳しく語ることは,
その対象について詳しく理解できると同時に,
言葉を超えた部分の理解を捨てていくことになります.
その捨てられてしまう部分こそが前半のエッセンスだと思うのですが...
セリフが少ない分,絵画を見ているような気分になりました.
そして,この映画は絵がとってもきれいなんです.
確かに宮崎あおいが制服を着ているだけでも絵になるのですがw,
単なる人物画ではなく,背景や文脈と融合した絵として,とても綺麗でした.
文脈と融合する,これは映画の特徴だと思います.
普通の絵画は時間をもたない.
しかし,映画は一枚一枚が時間をもたない絵でありながら,
その時間をもたない絵のみで時間を作っていく.
だから絵に時簡に起因する文脈を含ませることができる.
そこが,絵画に比べて映画が卑怯である点になり,
かつ魅力になるのだと思います.
話がそれますが,最近「現実はパラパラ漫画か否か」ということを考えています.
動画というのはパラパラ漫画なのですね.
初めてそのことを知ったときは衝撃をうけました.
うそだろおい,みたいな.
人間が認識できるフレームレートには限界があるのです.
だから,もし現実世界が連続的なのではなく,
人間が認識できるフレームレートを超えたパラパラ漫画であることは,
理論的に可能なのだと思います.
自分がパラパラ漫画であると考えるのは恐ろしいです.
自分が認識できない空白が恐ろしい.
その空白を埋めるものが気になります.
何が言いたかったかというと,
ゴダールが「映画は一秒に24回語られる真実」だといったり,
(これもゴダールだっけ?)「2時間近くの映画を任意のタイミングでとめたときに必ず美しい絵であることがよい映画の条件だ」だといったりするのは真実であって,
ものすごくかっこいいと思うことでありまして,
現実世界だって連続的ではなく無時間の絵によって量子化されているのだから,
絵が綺麗であることは,美しい青春時代を語る上で必須なんだと思う.
やべぇ,酔いすぎて何書いてるか自分でも分からなくなってきた.
という風に書いた文章を自分が理解できてないことはありうるんだろうか・・・
本当に何を書いてるか分からなくなっても「何を書いてるか分からなくなった」という文章が書けるのか、
というどうでもいい疑問はおいといて頑張って結論に向かおう。
その前に17という数字についてふれたいです。
この映画で宮崎あおいと瑛太は17歳という設定です。
そして後半では、その17年後の34歳という設定です。
17という数字は特別ですよね。
素数だからかもしれないけど、
17は孤高で、不安定で、(文字通り)わりきれなくて、16とも18とも繋がりをもてなくて・・・
そんな印象をうけます。
まあ自分が17歳という年齢に特別な思いを持っている、という理由も考えられますが。。。
こういう映画がもっと有名になったり評価されればいいのだけどなぁ。
確かに人の好みは様々なのですが、
少なくとも日本映画に「こういう映画」という選択肢が存在する事実が、
もっと知られればいいのに。(俺が知らないだけか!?)
商業主義に吸収されてしまっているのだろうか・・・
この映画のタイトルは「好きだ、」です。
「好きだ。」ではありません。
タイトルから想像できるのは「好きだ」という言葉の重要性です。
言えなかった「好きだ」という言葉が重要なのだと錯覚します。
しかしそうではありません。
「好きだ」という言葉自体が重要なのではなく、
その後に続くのが「。」ではなく「、」であることに意味がある。
つまり「好きだ。」は閉じているけど「好きだ、」は閉じていない。
その閉じていなさが重要であり、「、」の続きを埋めていく作業こそが重要なのです。
だんだんネタばれっぽくなってきたからこの話は終了ね!
青春時代、とくに17歳という年齢は閉じた時代だと思います。
どういう意味合いで閉じているかは、僕自身の感覚なのでここでは語りません。
しかし、なんとなく誰にでも理解できるのではないでしょうか、と期待しています。
この映画の前半は閉じた世界。後半は閉じた世界の外側。
だから前半のみに魅力を感じました。
(最後近くにちょろっと出た河原のシーンには泣きそうになりましたがw)
自分自身も閉じた世界から出てしまっています。
だから前半がひたすらにまぶしかったのでしょう。
もう戻れないんだよなぁ・・・
本当はもっと書きたかったけど、
そろそろ酔っ払いすぎて頭がふらふらなので、
このレビューも閉じないままに、