今日は誕生日です.
僕の敬愛する村上龍が芥川賞をとった年齢になりました.
芥川賞をとることは多分できませんが,これからも頑張ろうと思います.
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さてさて,誕生日になる瞬間をどう迎えたかといいますと,
最近読んでいるニーチェの解説本の「永遠回帰」について考えていたら,
いつのまにか日付が変わっていました.
永遠回帰とは,簡単にいうと,
自分が死んでも生まれ変わったり天国へ行ったりせず,
今回と全く同じ人生が永遠に繰り返される,という概念らしい.
もし僕が死んだらどうなるかというと・・・
再び愛知県の小さな町で珍しい苗字を授かって生まれる.
なぜか色黒で,華奢で,力を入れるとプルプルする癖を持ったまま成長する.
次の人生でもミュージシャンにはなれない.
才能やセンスがないのに歌を好きになり,
青春時代の大半を歌うことに費やし,
そのせいで苦悩や挫折を味わう.
2010年の9月になれば残暑が続く.
学生最後の年には読書の幅を広げ,
ニーチェの永遠回帰という概念に出会う.
宮崎あおいは何度も可愛い姿で生まれる.
イチローは何度もスターになる.
大量殺人犯は何度も人を殺める.
生まれてすぐ死んでしまった赤ちゃんは悲惨な運命を何度も繰り返す.
僕は僕を何度も生きる.
そして何度も死ぬ.
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もし,この永遠回帰が事実だとしたら,
あるがままの自分の人生を「肯定」しなければいけない.
この先,どんなにつらいことがあっても,
どんなに不運な事態に見舞われても,
そのせいでどんなに惨めな人生を送ることになっても,
どんな死に方が待っていても,
それでもなお人生にYESといえるのか.
永遠に自分の人生を肯定することになるのか,
それとも,永遠に自分の人生を否定することになるのか.
どうなるかはまだ分かりません.
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毎年,誕生日日記をmixiに書いていたのですが,
今年はブログに書いています.
mixiで誕生日日記を書くと,
大勢のマイミクから(オートマティカリーに)お祝いコメントが届きます.
しかし,今年はない.
少し寂しい(笑)
でも,他人からの祝福をあまり期待できないことが,
「自分の誕生日を自分自身が心から祝福できるか」と考える良いきっかけになりました.
極論を承知でいえば,
人からどう思われるかなんて大した問題じゃなく,
自分自身が自分を祝福し肯定できるかどうかが大切だと思います.
エゴイズムではなく,力強い「生の肯定」です.
色んな過ちを犯したし,凡庸な人生でしたが,
今までの23年間にYESと言いましょうかね.
孤独な「誕生日オメデトウ」
そして,永遠のオメデトウ