主食はバナナです -12ページ目

主食はバナナです

副食はリンゴです

哲学の現在―生きること考えること (岩波新書)/中村 雄二郎

¥756
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この本はですねぇ,良いですよ.

難しい哲学用語などは出てきません.
平易な言葉で頭の中をこねくりまわされますよ.

「哲学の現在」と聞くと哲学史をなぞっていって,
現在どの地点にいるかを説明する,という印象を受けますが,
もっと違う意味が込められています.
どんな意味かって?
1000円くれたら教えてやるよ

つまり哲学の紹介ではなく,「哲学する」本です.
予備知識はいらず気軽に本の世界に入っていけます.
しかし,迷い込んだら最後,出てこれなくなりますよ,俺みたいに.
物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)/朝永 振一郎

¥840
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物理学の歴史を数式をあまり用いず説明していく本です.

ただ・・・知ってる話が多くて上巻で飽きた.
それにもう熱力学の話とか一生聞きたくないし(笑)

とりあえずケプラーがすげぇと思った.
でも科学者というとガリレオやニュートンとかの方が有名ですねぇ,
ケプラーももっと有名になればいいのに.
ケプラーのために知名度をあげる運動しようかな.
とりあえず自分の子供の名前をケプラーにしてみるか.
最近,哲学関連の本を読んでます.
レビューを書いてない本が少したまってきました.
読んだ本は全てレビューを書くと決めているんですが・・・.

レビューを書いていないのは,
本から受けた衝撃が強すぎて,
うまく書けそうにないからなのです.

衝撃的な本や映画や体験に出会ったことは,
今まで何度もあります.
時には自分の全く知らない世界を見せつけられて,
価値観が揺さぶられ崩壊したこともあります.
しかし,価値観が崩壊していく様子を観察している自分の足元は,
しっかりとしていたわけです.

しかし,最近は自分の足元自体が揺さぶられ崩壊して,
奈落の底に落ちていくような気分を味わっています.

しっかり立てない.しっかり喋れない.

ストⅡでボコられた時のように,
頭がピヨピヨして何もできない状態です.

---

学問でもスポーツでも人生でもいいのですが,
何かの目標に向かって進んでいく姿を,
山登りに例えることってありますよね.
自分の決めた山の頂に向かって着実に歩んでいく,という比喩です.

僕の持ってる感覚はこれとは少し違うな,と思います.

僕のイメージは千尋の谷から突き落とされる子供のライオンに近いです.
突然理不尽な強い力で揺さぶられ,落っこちてしまう.
しかし,何とか這い上がる.
ゴールは見晴らしのいい山頂などではなく,
さっきまで自分がいた普通の場所.
しかし,自分の中で何かが変わっていて,世界が前とは違って見える.
しばらくすると,今度はいきなり横に吹っ飛ばされる.
それでも何とか元の場所へ帰ってくる.
すると,少し自分が変化している.
その繰り返しです.

誰も特別な場所になど立てやしないし,
自分以外の特別な存在になどはなれない.

帰ってくるべきは,というか唯一帰れるのは,
今いる普通の場所や自分という存在だけですね.

遠くの他人の成功談に興奮して,自分を遠くの他人へ重ねたくなる.
でも,必ず自己に立ち返る.

社会や歴史を観察し分析し何事かを考える.
でも,必ず自己に立ち返る.

全く動かないように努力する力ではなく,
必ず自己に立ち返る復元力が・・・復元力こそが・・・?

問われているのだと書こうと思ったけど,
何か納得できずモヤモヤした気持ちになったから,
ここで強制終了!
これ下書きだと思ってください(笑)
ブログを読み返してみたら,
なんだか似たようなエントリーばっかだなぁと思いました.
そこで,今回は違った感じで書こうと思いました.
いつもは何となく書く内容を決めてから書いてました.
考えがある程度まとまってから書いたということは,
書くに値しないと思った考えは捨て去っていたので,
今回はそれをあえて捨て去らないように書きます.
具体的には,
「何を書くか事前に決めない」
「一度書いた内容はなるべく消さない」
というルールで書いていきたいと思います.
まあ,眠くなるまでの暇つぶしですわ.

とりあえず酒を飲み始めます(笑).
上の文章のピリオドを打った直後に実際にビールを開けました(笑).

今飲んでいるのは麦とホップです.
ホップってなんだろうね.
ステップとジャンプの前にあるやつ?
どこへ飛ぼうとしてるんですかね.
酒を飲んで飛ぶといったら意識ですね.
そうかんがえると,飲みすぎて意識を飛ばさないよう,
警告してくれているんですかね.
それとも推奨?
どっちでもいいや(笑)

そういえば,(笑)とかwを多用しすぎている気がする.
しかもwを付けるときは大体,別に俺は笑っていない(笑)
↑の文章を書いたときも別に笑ってないし(笑)
↑の文章を書いたときはちょっと笑った.
あぁ!酒うまいけど!テンションのやり場にこまるぜ!

ちなみにエントリーのタイトルを「自分」にした.
深い意味は特にないですが.
頑張って推敲して書いた文章は創作物ですよね.
自分とはいえない.
自分とは独立した物体のような存在ですから.
しかし,この文章は考えたことを本当にそのまま書いているので,
まぁ創作物のようにタイトルを付けるよりは,
自分というタイトルにしようと思ってさ.そうなのさ.
気が向いたら同じようなエントリーをまたいつか書くかも.
自分Ⅱみたいな.
でも自分Ⅱって何かおかしいな.

・・・ネタ尽きた(笑)

あ,俺はキーボードの配列を変えています.
普通の配列はqwerty配列といいます.
なぜならキーボードの左上にqwertyと並んでいるからです.
(携帯から見てるから分からない?
 近くのヤマダ電機で今すぐキーボードを買いなさい!)
キーボードの配列って不思議だと思いませんか?
でたらめな風に並んでいるじゃないですが.
この謎を解く鍵は上段にあります.
「typewriter」というスペルを打とうとすると,
全ての文字が上段に揃っています!
(携帯から見てるから分からない?
 近くのヤマダ電機で今すぐキーボードを二つ買いなさい!
つまりこの配列はタイプライターからの流れを引き継いでいるのです.
どういうことかというと,タイプライターの営業マンが商品を売り込むときに,
すぐさま「typewriter」という文字を打てるようにしたかららしい.
じゃあなぜ文字の配列がくちゃくちゃなのかといえばは理由があります.
昔の映画などでタイプライターを見れば分かりますが,
あれってボタンを押す度にガチャガチャ機械的に動いて紙に文字を打つんですよね.
今のキーボードは電気信号なので応答が良いのですが,
タイプライターはガチャガチャ動くもんだから,
早くボタンを押されすぎては困る.
というわけでわざと打ちづらい配列にした.
俗説だった気もするけどね.
それに対して俺の配列はdvorak配列という名前です.
ドヴォルザークと同じ名前ですね.
まあ興味があったらグーグル先生に聞いてください.

珍しく機械っぽい話になりましたね.
僕は一応機械系の大学院にいるのですが,
クルマもパソコンもスマートフォンもあまり興味がなく,
その代わり哲学とか思想の本を読み漁っているという,
あまりスマートじゃない生き方をしているのです.
まあ哲学とか思想とかの本をよく読むようになったのは最近ですけどね.

ビールがあと半分!
三時には寝たい@2時40分なう

・・・ネタが無いから思いつくまで,時間稼ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい言いいい言いいい言いいい言いいい言いいい言いいい言い言いいい言いいいいいいいいいいいいいいいいいいい言い言いいい言いいい言いいい言いいい言いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

お,思いついた.

けど小難しい話をし始めると論理が破綻しそうなので,
(最近酒に弱くなった)
やっぱり族っぽい,いや俗っぽい話をしよう.

最近研究室でフェチの話になった.
足フェチとかが多いですね.
胸とかはみんなあんまり興味ないんですね.
(いやあってもフェチとは呼ばないだけか・・・)
ちなみに俺は声ですね.
響きが明るい声が好きですね.
声量はなくてもいいんで,
響きのポジションが高い人がいいですね.
自分が声にコンプレックスを持っているのが関係あるのかもしれませんね.
まあ体形にもコンプレックスあるけど.
僕が付き合った人の多くが「背が高い色白が好み」と言ってました.
「背が低い色黒」が好きな人ってあんまりいないか,いないよね.
なんで色白がモテるんだろう.
色黒がモテる世界が来ればいいのに.
抱かれたい男No.1,松崎しげる,みたいな(笑)

ちなみに芸能人なら最近は蒼井優が好きです.
「花とアリス」を見て惚れました.
まあ俺はミーハーなので好きな女優にそんなにこだわりはないですが.

ネタギレーション・・・

ちょっとトイレ行ってくる.

トイレから帰ったなう.

さてさて.
さてさてさて.
さてさてさてさて.
さてさてさてさてさて.
ネタがない.

一人酒ってみんなあんまりしないのかな?
俺めっちゃするんだけどなぁ.

一人で酒を飲んで,しかもテレビもネットも見ないとしたら,
みんな何を考えるんですかね.

僕はもっぱら昔のことを考えますね.
将来のことを考えたり,
哲学的な思索とかはほとんどしない.
酔った時に限って昔のことを考える.

あんな楽しいことあったなぁとか,
あんな過ちを犯したなぁとか,
あの人にいつか会いたいなぁとか,
そんな感じ?

でもあと1時間で死ぬってなったら,
未来の意味とか哲学的な思索とかは意味を失って,
今までせっせと集めてきた思い出だけが意味を持ち得ると思います.
思い出の集積が自分という存在である,とも言えるんだろか.

さてさて,いつのまにやら三時を過ぎてしまっているので,
そろそろ寝ます.
みなさん,よい朝を.
ある授業中に先生が以下の内容を述べた.

1.来週の平日に抜き打ちテストを行う
2.何曜日にテストを行うかは,当日にならなければ分からない


これを聞いて,ある頭の良い生徒が以下のように推論した.

抜き打ちテストが金曜日に行われることはないだろう.
なぜなら,抜き打ちテストが金曜日に行われるとしたら,
木曜日が終わった時点で,
「今日まで抜き打ちテストが行われなかったのだから,
 抜き打ちテストはきっと明日行われるだろう」
と予想することができる.
これは2の規則に反している.
よって,金曜日に抜き打ちテストを行うことは不可能である.
つまり,月曜日から木曜日のいずれかの日に抜き打ちテストが行われるだろう.
しかし,同様に考えれば,木曜日に抜き打ちテストを行うことも不可能である.
順々に考えていけば,月曜日に抜き打ちテストを行うことも不可能となるため,
抜き打ちテストを行うことはそもそもできない.
よって,抜き打ちテストのために勉強をする必要はない.

しかし,次の週の月曜日に学校へ行くと,
先生が「それでは今から抜き打ちテストを行う」と言い出した.
驚いた頭の良い生徒は自分の推論を主張した.
「~というわけで,今日抜き打ちテストを行うことは無理なのです」
先生が答える.
「君は今日テストが行われると分かっていなかったんだろう?
 だったら何も矛盾していないじゃないか」
セブンス・コンチネント [DVD]/ビルギット・ドル,ミヒャエル・ハネケ

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この映画を観たのは二回目です.

この映画はやばい.
とにかくやばい.
すげーやばい.
半端なくやばい.
死ぬほどやばい.
やばいぐらいやばい.


興味を持った方がいれば,ぜひ観てみてください.
ただし,ストーリーやレビューなどを先に読まないように.
先入観が全く無い状態で観て下さい.

大半の人は「意味が分からない」「気持ち悪い」「不快になった」と言う気がします.

もし「この映画はやばかった」と思った人がいたら飲みに行きましょう.
ぜひ語り合いましょう.
仲良くなれる気がします.


いつかこの映画のレビューをちゃんと書いてみたい.
映画全体のレビューだけじゃなくて,
一つ一つのシーンについてレビューしてみたい.
そのくらい計算された映画だと思うし,そのくらいの価値がある映画だと思う.


俺が尊敬する,大学時代にお世話になった作曲家の先生(ドイツ在住)が,
同じハネケ監督作品の「ファニーゲーム」の冒頭を,
(ちなみにものすごくインパクトがある冒頭),
詳細に分析したと言ってた.


俺もこの作品を詳細に分析してみたい.
納得のゆくレビューが書けそうならいつかアップロードしたいです.
デカルト (岩波新書 青版 602)/野田 又夫

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「デカルト」という本を読んだ,と仮定する.
読んだとは言っても,全ての文字に目を通したわけではなく,
読み飛ばした文章や文字も存在する.
仮にあと一文字多く文字を読み飛ばしていても,
「私はこの本を読んだ」と言えるだろう.
更にもう一文字多く文字を読み飛ばしていても,
「私はこの本を読んだ」と言えるだろう.
この作業を繰り返せば,
最初の一文字を読んだだけで「私はこの本を読んだ」と言えることになる.
これは明らかに間違っている.
なぜ間違いが生じたかと言えば,最初の仮定が間違っているからだ.
よって私は「デカルト」という本を読んでいない.
読んでいないのだからレビューを書くことは当然できない.
レビューを書けないことを証明しようとしたら,
いつのまにかレビューが書けていたという不思議.
「まじだるい」のことを巷では「まじダルビッシュ」と言うらしいね.

でもダルビッシュは全然だるくなさそうですね.
むしろ世の中の大半の人よりすげー活発に動いてますから.

だから俺は「まじだるい」のことを「まじダルシム」と言うべきだと思うんだよね.
ダルシムなら正真正銘ダルそうですからね.

そもそもダルシムのことをみんなはあまり意識していませんが,
ダルシムの生き様は現代人の心に内在化されています.


ゴムゴムの実を食べた男が人気になるのも,
親が子供の頭にげんこつを食らわせるのも,
近年のヨガブームも朝カレーブームも
ダルシムの亡霊から僕達が逃れられていない証拠でしょう.

だからダルシムのことを表面上忘れているが,
無意識レベルでダルシムに支配されているという今の状況を打破するために,
「まじダルシム」という言葉を日常的に使うことで,
繰り返し繰り返しダルシムの亡霊を現前化させ,
意識的にダルシムを乗り越えていく必要があるのではないかと思いません


やべぇ適当なこと書きすぎた.
まじダルビッシュ.
人を呪わば穴二つ,ということわざがありますよね.
人を呪うにはそれなりの覚悟が必要だという意味です.
陰陽師が人を呪殺しようとするとき,呪い返しに遭うことを覚悟し,
墓穴を自分の分も含め二つ用意させたことに由来しているらしいですね.

最近このことわざを意識する機会が増えました.
と言っても別に誰かを呪い殺そうとしているわけではないですが(笑).


今まで自分が何かを書く場は主にmixiでした.
しかし,mixiでは見知った顔が自分の発言をちら見して通り過ぎていく姿を生々しく感じてしまいます.
それに対して,ブログやツイッターでは「アイズ・ワイド・シャット」の乱交パーティーのように,
仮面を付けた不特定多数の人達と刹那的に交わるため,
気軽に色々と書けます.
実際にエントリーの更新頻度も高くなりました.

しかし,ツイッターのフォロー人数が2000人近くなり,
100人近くがブログを見て下さるようになり,
徐々に緊張感が増してきました.


何かを主張したり,批判するというのは,結構覚悟がいりますね.
自分の言葉が虚構世界の隅々まで行き渡るというのは,
逆に言えば虚構世界の隅々から呪い返しが来る可能性があります.

インターネットは人間に無限の力を与えました.
しかし,無限の力には無限の責任が伴うわけです.

自分が世界を相手にしているという事実を忘れて,
ディスプレイを相手にしている気分になると,
ついつい力と責任のバランス感覚を失ってしまいます.
爆弾のスイッチを押すときに似ていますね.


だから,最近何かを書くのが億劫に感じることもあります.
でも,やっぱり書かなきゃいけない.
人のためではなく,自分のために.
そのためには覚悟がいる.
だから今日もモグラのようにせっせと墓穴を掘ってから,
二日酔いに苦しみつつブログを書いています.

いや,こんなことしてる暇があったら,
早く学校に行くべきだな.
好きの反対は無関心だとよく言われます.

じゃあ,嫌いはどこにあるんだろうか.
好きと無関心のちょうど中間地点かなぁと予想されます.

(しかし,無関心な対象を好きになる過程で必ず嫌いを経由する,というわけではないので,
 好き・嫌い・無関心の間を必ずしも連続的に移動するわけではないと思いますが)

これが正しいとするなら,
嫌いはニュートラルな状態なわけですね.

日常生活において,人の悪口を言ったり批判しあう姿というのをよく見かけますが,
それは普通の状態なんですね.

人間関係の基本は対立であって,
周りに好きな人が溢れているという状況は「普通じゃなく幸せ」なことなのかな.
そんな風に思いました.