内と外からあなたらしく生きる -21ページ目

なにものにもなれるという究極の自由 〜インプロビゼーションの世界〜

組織の中で人材開発の仕事をしていた7年前、
あるプロジェクトで、初めてインプロに出逢った。
未熟だった私は、その本質が全くわかっていなかった。

数年後、そのインプロバイザーの方の
即興演劇を見に行った。
衝撃を受けた。な、なんだこれは!
これこそコミュニケーションの神髄ではないか!



それは、自分に内在するいくつもの
「人格」(キャラ)に出逢っていく、
「自分は何者にもなれる」ことを知っていく旅。
そして、相手のあるがままと一体化していく愛。


●やりたい放題、
自分勝手に振る舞うことでもなく、

●与えられた「配役」を、
受け身的にこなすことでもなく、

●すでに世の中にある、
「何か」「誰か」を真似ることでもなく、

●無理矢理に、
面白おかしくすることでもなく、

●わざと、人と違う
斬新な自分を顕示することでもない。

人生そのものだ。

人間の大きさとは、
自分をどれだけ認めたかということなんだ。
どれだけ素直に表現したかということなんだ。


インプロでは、
その人の人間性すべてが見えてしまう。
隠せない。偽れない。取り繕えない。


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◆カッコ悪くても、失敗しても、傷ついても、
汚くても、限界でも、隠したくても、ぜんぶの
自分を偽りなく愛していくプロセスであり、

◆自分のシナリオと違っても、予想外でも、
あり得なくても、難しく見えても、目の前の相手と
新たなストーリーを創っていこうとすること。
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その先には、今の思考の範囲を超越した、
未知なる世界が待っている。
なにかが起こるときというのは、そういうときだ。

ひとりで創りだせる世界は、あまりにも小さい。
各人が偽りのない自分を自由に表現したとき、
予想もつかない何かが起こる。

「えぇぇぇ?そうくる?そうきちゃう?」
そんな、のけぞるような驚きのモーメントが、
たまらなくエキサイティングであり、ゾクゾク快感だ。

現在、インプロバイザー修行中。
やみつきになりそう。
さあ、次は何キャラを開発しよう。

(続)陰と陽の両輪をまわす 〜植木等からケモノ的ニューハーフへ〜

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みなさま、こんにちわ。
本日は、前回の続きです。

「陰と陽の両輪を回す」について
「意識的(自覚的)に生きているか」
をテーマにさらにお話しますね。
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「なにか、もっと新しい自分になりたい」
「こんな感じの自分は、もうやめたい」
「人生に何度も起こる、このパターンから脱したい」

人間の人生の岐路では、たびたび、
こんな衝動や感覚が、やってくるときがある。

でも、身体がGOサインをださないとき、
そして、心がGOサインをださないとき、
今のタイミングで、無理やり行動する必要はない。

コーチングやカウンセリングをしていると、
「あれやってみたら」「これやってみたら」
と変化のための行動を促す場面もあるのだけれど、
こればかりをやりすぎるのは、ちょっと違う。

(プロセス思考心理学的には、
2次プロセス側のサポート)

「表面的な行動」と「内面的な行動」
というのがあると思う。

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■表面的な行動というのは、今まで
やりたいと思っていたけどやれていないこと、
自分に禁止していたこと、最も自分がしたくないこと、
などを実際にしてみるということ。

■内面的な行動というのは、心の中で
意識的(自覚的)的であるかということ。

「この環境のせいで上手くいかない!」
「なんでこの人はいつもこうなの!」
と突き動かされるままに自動反応する
(出来事や人など、自分の外界に
支配されている状態)のではなく、

「この出来事やこの人に、わたしはいつも
イラッとするなぁ。わたしが昔傷ついたあの経験
に結びついてるのかも。でも、まだ笑うことはできない
から、もう少し、自分にイラッとすることを許そう」
と、自分が選択している状態。
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もし、実際の行動が起こせないとしても、
意識的(自覚的)にその人が内面を見つめる
努力をしていて、逃げずに向き合っているのなら、

それは表面的な行動の何百倍も価値がある。

そのときわたしは、涙ができるほど感動する。

変容というのは、
「これは捨ててこうなろう」
という機械的なプロセスではない。


だって、「今までの自分」は自分を
守ってくれていた大切な自分だから。

**********************
◆陽(光)「もともとある今の自分の魅力」
(好き、得意、心地よい)
を100%受け入れて、これでもかと表現しつつ、

◆陰(影)「わたしらしくない」「やりたくない」
(嫌い、苦手、心地悪い)
という分野にも着手(チャレンジ)していく。

この両輪をまわしていくこと。
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光と影は、連動しているから。
どちらか一方だけの開発はいつか頭打ちになる。

「わたしはこうだからそれはしない」
と凝り固まり、外界を否定していると、
「可能性の芽」は閉じられてしまう。

逆に、「やってみたけどやっぱりわたしは
中間のこのあたりを選択しよう」と決めた人の
器の幅は、可能性に充ちていて、説得力がある。


そうしていくと、
目の前の人は自分にもなりうるし、
自分は目の前のひとにもなりうる。
そういうことに気づいてくる。

「自分はなにものにもなれる」という
柔軟性は、人生の幅を広げてくれる。



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自分の内面と深く対話した分と同じだけ、
クライアントさんの内面にも深くアクセスさせて頂ける。

現在、植木等から、ニューハーフへ移行中(笑)
内なる男性性と女性性を、偏ることなく、
嫋やかに、存分に、使っていきます。
ケモノのように、野生的に。
つくづく、仲間に感謝だなぁ。
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人が変容していくときのプロセス 〜陰と陽の両輪をまわす〜

人が、なにかに気づいていくとき、
人が、新たな自分にチャレンジしていくとき、
そんな変容していく姿は、なんて美しいんだろう。


昨日は、株式会社コミットメンツ代表取締役社長
の伯方康さん(通称:はかちゃん)と
濃密な時間を過ごさせて頂きました。

コーチングを通じてご縁を頂きましたが、
鋭い観察眼に深い内観力、
人を楽しませようとする愛に溢れ、
少年のような無邪気な笑顔が
チャーミングなはかちゃんには、
いつも「NOなものにはNOと言う」
自分に正直に生きることを教えて頂いている気がします。

「なにか、もっと新しい自分になりたい」
「こんな感じの自分は、もうやめたい」
「人生に何度も起こるこのパターンから脱したい」

そんな衝動や感覚が、やってくるときがある。
でも、身体がGOサインをださないとき、
そして、心がGOサインをださないとき、

無理に行動する必要はない。
変容というのは、「これは捨ててこうなろう」
という機械的なプロセスではない。

◆「もともとある今の自分の魅力」
(好き、得意)
を100%受け入れて、これでもかと表現しつつ、
(自分が苦手だったり嫌いだったりダメだと思ってる
部分が、実はもの凄い魅力であったりする。)

◆「わたしらしくない」「絶対やりたくない」
(嫌い、苦手)
という分野にも着手(チャレンジ)していく。
(苦手なものは、自分に許していない規律だったり、
実はやりたいけどできないと思っている
ことだったりする。)

この両輪をまわしていくことだと、思う。

やったことがないことを始めから
「わたしはこうだからそれはしない」
と凝り固まっていると、器の幅には限界がある。

逆に、「やってみたけどやっぱりわたしは
中間のこのあたりを選択しよう」と決めた人の
器の幅は、可能性に充ちていて、説得力がある。

そうしていくと、
目の前の人は自分にもなりうるし、
自分は目の前のひとにもなりうる。
そういうことに気づいてくる。


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例えば、「だらしのないのうのうと家で寝そべる夫」
(という風に自分には見えている)
にイラッとするとして、

その裏に、自分の深い意識層で、
「専業主婦で悠々自適にのうのうと生きている」
(と自分は思い込んでいる)=「弱い人間」
というセルフイメージを持っていて、
それを自分に許していないとする。

そうすると、夫に自分を投影してしまい、
結果、イラッとする、というような現象に
なるということがある。

ここに、
「あなたはわたし」「わたしはあなた」
と言われる深遠なる意味があるのだなぁと思う。
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それにしても、昨日は、
はぁ~楽しかった~。
体全体が充実感に充ち、魂が歓ぶ時間でした。
人は、人に、生かされているんだなぁ。