以前ブログに書いたように、今の教室には入りたくないと宣言していたので、結局中学2年は秋からずっと不登校のままでした。


中学3年に進級する前の春休み、

思い切って娘に聞きました。



今の教室ではなくなるから3年になったら学校行ってみる??


うん!行こうと思ってる!



泣けるほど嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。

もちろん娘の表情は晴れ晴れしていました。


新しい文房具を買い込み、新しい教科書に名前を書き、親子でワクワクしたあの感覚はたまらなく嬉しかったです。


もちろん嫌だったクラスにそのまま行くのは無理なので、中学3年からはコースを変更させてもらい、数名は知っている子がいるという環境でスタートしました。


新しい担任の先生は娘の去年関わったことのある先生だったようでした。今までの経緯もわかっていてくれました。


でも数ヶ月何もせずに家に居た影響はそれなりに出てきました。


まず早起きがしんどい。


電車通学がしんどい。


授業がちんぷんかんぷん。



娘には

勉強はいつでもやり直せるから、とりあえず今は登校できるだけで良いよ!


登校も無理せず少しずつでもいいよ。


それぞれの教科の先生もそれはわかっているから授業の指名もしないから安心して良いよ!


まずは学校生活を楽しむことだけ考えていいからね。


と言い続けていました。

その声がけが間違っていたのかな。


遅刻、欠席、早退が少しずつ増えてきました。



やっぱりしんどい。


やっぱり無理かも知れない。


学校が楽しめない。


もう無理…



娘の気持ちはわかっていました。

もう無理だろうとわかっていました。


でも自分の精一杯の力を振り絞って4月いっぱいは登校しました。


そして5月の連休明けから、また不登校生活がはじまりました。



まだ完全に回復していなかったんだろうか…

登校を焦らせてしまったんだろうか…

もうこの子に学校という世界は難しいのかも知れない…



学校って当たり前に行く場所だと思っていましたし、親と居るより断然友だちと過ごした方が楽しいに決まってると思っていました。


実際、娘も楽しい学校生活を夢見て中学受験を必死に頑張ってきました。


まさか自分が不登校になるなんて想像もしていなかったでしょう。



こんなことなら中学受験なんてしなければ良かった。


あんなに頑張ったのに…


みんなと同じ中学に進学すれば良かった。



娘が泣きながら私に伝えた言葉でした。











私は子どもが幼稚園の年中くらいから自宅近くでパートをしています。


娘が幼稚園の頃は園バスを見送った後から、園バスのお迎え時間までの4時間半くらいを週に3回程度。


小学校に上がってからもだいたい同じペースで仕事をしていて、高学年になる頃に9時から17時まで仕事を増やし、今も同じペースで仕事をしています。


時間の調整はあるものの、10年位ずっと同じ会社で週3回の勤務です。


上司にはかなりイライラすることも多いのですが、一緒に仕事をする仲間は基本的に良い人たちなので、きっと居心地が良いんだと思います。


身バレを防ぐために詳細な仕事内容は避けますが、仕事で関わる方たちは皆さん良くも悪くも私を頼ってくれますのでやり甲斐もあります。


娘が不登校になっている今、私にとっては家のことから頭を切り離す事ができるありがたい場所であることは間違いないです。


仲間と和気あいあいと仕事をし、仕事で嫌なことがあったらみんなで愚痴を言い合い、笑ったり怒ったりお菓子を食べたりと、幸せな環境なんだろうなと思っています。


自宅で毎日娘と居たら、もっともっとメンタルが崩壊していると思うので、娘にとっても私にとってもこの距離感がベストのような気がします。


私の本当の居場所はどこだろうと考えたとき、もちろん我が家も居場所ですが、職場も大切な居場所であることは間違いありません。


不登校の子どもを持つ親は仕事を辞めない方が良いと何かで読みました。親は親の楽しみも持った方が良いとも書いてありました。


私の最大の楽しみはお友だちとのランチやお茶会や飲み会だったのですが、娘が不登校になってから誰とも会いたいと思えなくなりました。


コロナ禍ということもあり、みんな自粛モードの期間も長かったですし、誘われても断りやすくもなったのはありがたい事でした。


誰と会ってもやっぱり多少は子どもの話題になるし、何か聞かれたときに嘘をつきたくないなと思うので会わない方が気が楽なんだと思います。


というよりこれも私のプライドなんだろうなと思います。他の子のように元気に学校に行けていないという後ろめたさが今もやっぱり払拭できていないんです。


不登校の親は孤独感との戦いかも知れません。少なくとも私は孤独です。

でもさっきは職場が大切な居場所と書きましたが、でもそれでも孤独感が強いのです。


この孤独感は今まで味わったことのない強烈な孤独感です。その孤独感もそろそろ慣れて来たかなと思ってはいますが、慣れたくない孤独感です。


日々ネガティブな暗いブログですみません。




娘にとっての本当の居場所



それはジャニーズ愛を語り合える仲間だと思います。


不登校になってから、娘はTwitterで知り合ったジャニーズ仲間と直接会うようになりました。


正直、私世代の親は皆 Twitterで知り合う人と子どもが直接会うなんて危険だと思うでしょうし、それを許す親を軽蔑するかも知れません。


もし娘が不登校にならなかったら私も許していないかも知れません。


でも娘が一番イキイキとしてオシャレをして外に出られるのは、その仲間たちのお陰なのです。


娘の話では娘よりも1つ上や3つ上のお姉さん達や同い年の子です。個々でも会うし、複数でも会うこともあります。


一緒にコンサートに行ったり、映画を観たり、ご飯やお茶をしたり、近場の観光地に遊びに行ったりします。

夜中まで電話で話したりもしています。


某有名女子校に通う高校生、公立高校に通う高校生、首都圏ではなく地方に居る子も居るようです。


とにかくその仲間との共通の話題は楽しそうなんです。

きっと学校に行けない孤独感から娘を救ってくれたのは、その子達なんだろうなと思っています。


Twitterで知り合った人とは言え、娘が自らの手で知り合えた仲間です。 親が結びつけた訳でもなく、近所でもなく、同じ学校でもない仲間と自らの手で知り合えました。



娘は自分が不登校であることは話していないみたいです。 理由は相手が聞いていて辛くなるような話をしたくないからと言っていました。



確かに不登校というものへの偏見もあるでしょうし、普通の女子中学生として会えた方が気が楽なんだろうなと思います。



この仲間が居てくれるから、娘は笑顔で居られるのだと思います。


感謝しかありません。


学校にも行かず、勉強もせず、何を呑気に遊び歩いているんだ?と思う方もいるでしょう。


私も少なからずそんな思いもあります。

でも娘からこの居場所を奪うなんて絶対にできません。


きっと親には言えない悩みまで言い合えるほどの相手ではないかも知れません。

でも良いんです。自ら前に進んだだけで100点満点です。



前にも書いたように、娘は学校の別室登校も嫌で、フリースクールも嫌で、カウンセリングも拒みました。



同世代の仲間と繋がれる手段がTwitterでも、Instagramでも良いんです。そのツールがあったからこそ出会えた仲間なので。




夫は私に言いました。


こんなに元気なのに、まだ学校に行けないの?


って…


わかるよ、わかるよパパ。

でもお願いだから本人には言わないで…


まだまだ心のエネルギーが満タンにならないんだと思う…

満タンになったら、この子は必ず自ら動き出すから、今はまだ何も言わないでおこうよ。



夫にはこうやって諭せるのに、私は自分自身の心はなかなか諭せない時もあるけど、少なくとも、娘の本当の居場所は奪わないようにしよう。

それだけは絶対に何があっても私たち親が奪ってはいけないと心に誓いました。



不登校生の自宅での学習に関して、以前スクールカウンセラーから


心が回復しないと勉強しようという気持ちにならない。


親は焦らないでください。


一番焦っているのは学校に行っていない本人なので。



と言われました。

でも、娘が勉強をストップしてかれこれ2ヶ月くらい経過したある日、このままではダメになっちゃうと焦っていた私は漢検を提案してみました。

※これは中学2年の1月下旬頃の話です


小学校の頃から漢字はそこそこ得意だったので、娘に少しでも自信を取り戻して欲しいという思いもあっての提案でした。


娘と相談しまずは3級を目指すことにしました。


早速 本屋さんで漢検3級の練習本を購入し、娘のペースで少しずつスタートしました。


パソコンのキーボードは問題なく使える子だったので、漢検CBTで受検することにしました。


会場での受検とは異なり、日程も時間帯もかなりあります。


これは住んでいる場所にもよるかも知れませんが、平日も週末も行っているので、キーボードが使える人にはCBTは便利な受検方法でした。



数検や英検はまだチャレンジしたくないという事だったので、まずは漢検のみではありますが、無事に3級合格でき娘もほっとした様子でした。


調子に乗った私は、やはり親としての欲が出てきて、



次は何か別なものにもチャレンジしてみようよ!


何もしないで毎日を過ごすなんてもったいない!


過ぎてしまった時間は戻って来ないんだよ!今を悔いのないように過ごそうよ!!


学校に行かないならせめて何かやらないと!



もっともっとたくさん色々な事を言いました。

言いすぎてしまった事はわかっていました。

娘の表情がどんどん暗くなるのもわかっていました。


でも一度スイッチが入ったら止められませんでした。



娘は



そんな事、わかってる!

全部わかってる!!


私はママが思うように生きられない!


やらずに後悔するのも自分だし、自分の人生はママの人生じゃない!!



娘は泣いていました。


漢検頑張ったね〜

合格できてよかったね〜って言った数日後の出来事でした。


また泣かせてしまいました。

娘のための言葉だったはずなのに、また娘を傷付けてしまいました。


フォローする言葉が見つからず、出てきた言葉が



ごめんね。

本当にごめんね。



そして抱きしめた手は振り解かれました。

不登校になったのはやっぱり私が毒親だからなんだろうな…


娘が不登校であることは、親も兄弟も仲の良い友だちも知りません。


知っているのは娘の学校関係者だけでしょう。

ありがたいことに近所では娘と同じ学校に行っている人はいません。



でも娘が劣等感を感じることのないように


不登校は決して悪いことではない!!

胸を張って生きていこう!!


と伝えています。


でも私は娘が不登校であることを誰かに相談したり話さないというより、内緒にしているのです。


そう、内緒にしたいんです。

軽はずみに誰かに話せば、きっと噂になり私が望んでいない形で周囲に知れ渡ると思うからです。


それに聞いた方もまた私に気を使うだろうと分かっているので話したくありません。


何より私たち家族のプライドを守りたいんです。


でも娘には



不登校は決して悪いことではない!!

胸を張って生きていこう!!



と言っています。

わたしのプライドなんてどうでも良いはずなのに。

守りたいは自分自身のプライドなんだろうか…



不登校は決して悪いことではない!!


それは本当だろうか。

私が一番納得していないんだろうな…



娘が不登校になる前(行き渋り期)に、娘が部屋から出て来たがらないという日は数日ありましたが、現在に至るまで私の感覚的にはいつも通り我が家です。


むしろ不登校になる前より家庭内の雰囲気が良いかも知れません。


娘はジャニーズ愛を延々と語り、

パパまで巻き込んで、推しの子のテレビ情報や舞台などの情報を熱弁します。



ねーねーパパ聞いてる? ママも聞いてる?


せっかく話してるのに、聞いてくれないならもう話してあげないから〜という調子。



そしてテレビでYouTubeやライブDVDを上映し、これは◯◯くん、これは◯◯くん、パパもきちんと覚えてあげてね。 


でも我が家の数学バカの夫は、数学の勉強をしながら、え〜まだ観るの? もうジャニーズは飽きちゃったよ。



っていう感じで普通に明るいんです。



不登校のこの子が抱えている心の闇がどのくらいの闇なのかは分かりませんが、少なくとも娘の居場所を親が奪ってしまわないように家庭内は極力ポジティブなオーラにしようと努めています。



でも私の気持ちはドン底まで落ちたり、少し這い上がってみたりまた落ちたり…



家庭内が明るいのはとても良い事ですが、私にとって心の底から安心できる場所でないのは確かなんです。


私は欲張りなのでしょうか…


子どもが笑って生きているだけで良しとしようと思っても、そう思い切れない私がここに居るのも事実です。


そして夫もまた「こんなに元気なのに何で学校にいけないんだろう…」と私に問いかけてきます。


そうだよね、でもまだ完全には回復していないんだよね。きっと。



娘が学校を休みがちになった頃から、夫にはずっと



娘に刺激を与えないでほしい。


休むことに対して怒ったりしないであげてほしい。


娘には普段通りのパパとして接してほしい。


必要なことは私が言うから、何かあれば私に言ってほしい。



こんな感じのことをお願いしていたと思います。

元々夫は娘に対して多くを語りませんでしたが、母親からしたら愛が足りない言葉を時々発するので、ヒヤヒヤすることもありました。


亭主関白でもモラハラ気質でもありませんが、言葉が足りないが故、誤解を招くこともあったと思います。


娘が学校への行き渋りが始まってから、夫は私に「娘を甘やかし過ぎだ」とか「いちいち車で送り届けるなんて」とか「一体あの子はどうなっているんだ?」などと言いました。


なので、上に述べたような文言を必要なタイミングで夫に伝えていましたが、娘に何かある度に夫に何て説明しよう…また嫌な顔をするんだろうな、というストレスが更に私を苦しめました。



娘が不登校になってしまったのは、きっと私の育て方が悪かったんだろう。


解決に時間が掛かってしまっているのも、私のサポートの仕方が悪いんだろう。


夫は流石にそんな事は言いませんでしたが、私自身は常に自己嫌悪の負のループから抜け出せずにいました。


でもこの頃の夫は私に


一体あの子はいつまで休むの? 


いつになったら勉強を再開するの?


このままではダメな大人になってしまうんじゃないの?


そもそも何で中学受験させたの?

地元の中学校に行けばこんな事にならなかったんじゃないの?



その言葉がますます私を苦しめます。

夫を納得させる適切な言葉が見つかりません。


でも中学受験は家族で何度も話をして、納得してスタートした事なのに…


でも夫がそう言いたいのも分かります。


確かに地元の中学校に行けばこんな事にはならなかったかも…



すべてやり直せるものならやり直したい。

また元気に登校する娘の後ろ姿を見送りたい。

そんなの夫より100倍私の方が強く思ってる!!

でも私がどうにかできるレベルではないってことくらいわかってよーーーー!!!


心の中だけで叫びました。



でも唯一の救いは、夫はある程度は私との約束を守り、娘への叱責や必要以上の声掛けをせず、今までと同じパパでいてくれた事です。



とは言え、どうにもならない孤独感が私を苦しめていた事に変わりはありませんでした。


でも私よりも娘の方が強い孤独感にもがき苦しんでいたと思うと、私はその孤独感にただひたすら耐えるしかないなと感じていました。


娘が中学2年の1月前後、この頃はもうスクールカウンセラーには相談をしていません。


私の話に同調してもらうだけの存在は今は不要だと判断したからです。


相談してもきっと「心が回復すれば自ら動き出します。それまで見守ってください」と言われるとわかっていましたから。



強い孤独感。誰かに相談したい。

でも誰に話せばこの気持ちが救われるんだろう。


でも私の孤独感なんてどうでも良くて、どうすれば娘が学校に行けるようになるんだろうか…


いつ娘のエネルギーが満タンになるんだろう…


でもこの孤独感、いつまで続くんだろう。





私の書いているブログの内容は、不登校生に関わる関係者の方がお読みになると不快になる言動も含まれているかも知れません。


【いいね】の数は少ないですが、日々このブログへのアクセスが増えてきており、不登校というキーワードの重みを痛感しています。


でもありのままの不登校生の姿を書き記しておきたいと思い、身バレは防ぎつつ我が家の過去と現状を書き留めたいと思っています。


どうかご理解いただければ幸いです。



ーーー


娘が「教室に入りたくない」と強く宣言をして暫く経ってから、さすがに毎日何もせず家族だけで過ごすのはいかがなものかな?と思い始めた私は、少しでも社会との関わりが必要だと思い、自宅以外の居場所や話せる場所を娘に提案してみました。


箇条書きにしていますが、一度に提案した訳ではなく、様子を見ながら小出しに提案しました。


●海外留学

コロナ禍でも受け入れを行っている所があったので、


南の島でのんびりしながら癒されてみる?

向こうで勉強なんてしなくても良いけど、日常会話の英語だけ先に学べば行けるみたいだよ。と言いましたが、まったく興味がないと言いました。


でもこの私の提案は浅はかでした。

この提案をした日、数年振りに私と寝たいと言ってきました。

多分とっても不安に思ったのだと思います。

普段の娘からしたら、一緒に寝るという事は考えられません。恐らく親から突き放されると思ってしまったのかもしれません。



●学校のスクールカウンセラーとの面談

学校の大人とは話したくない、どうせ学校においでという流れになる!とすぐに拒否されました。

そんな事はないと伝えても拒否されました。



●学校の別室登校

これも強く拒否されました。きっと娘のプライドだと思います。


自分は不登校の生徒が集まるような教室には入りたくない、あんな教室に入る姿を知っている人に見られたくない!と言いました。(すみません。娘のありのままの表現です)


時間を調整すれば誰にも会わずに行けるみたいだよ、と言いましたが絶対に嫌だと言いました。



●フリースクール

そんな所には行きたくない。人に気を使うことに疲れたって言ったよね?

もう友だちなんて作りたくもないし、友だちなんて必要じゃない!

ママはやっぱり人の言う事をきちんと聞いてくれていない!! 



そもそも今はまだ心の休養が必要で、エネルギーが満たされていないうちは、黙って子どもの様子を見守るだけに徹した方が良いって何かに書いてあったな…と我にかえるのです。


浅はかな私は、娘に何かを伝える度に、刺激し過ぎてしまったと反省しました。



でも本当に何が正解なんだろうか…

ネットやスクールカウンセラーの人が言っていること、何を調べても正解が分からない。見守るっていつまで見守っていれば良いんだろう。


私が焦れば焦るほど娘に悪影響を与えるであろうことも分かっていました。


自分の感情が抑えられなくなり、娘が嫌がることを言ってしまって娘を傷つけてしまい、その言葉で娘が大泣きしてしまうこともありました。


自己嫌悪で涙が止まりません。

今まで何度泣いたんだろう…



私が居ない方が娘にとっては楽な生き方ができるんじゃないだろうか…


そう言えば、娘から毒親って言われたっけ…

私は死んでしまった方が娘が楽になれるのかな。



私の精神状態は崩壊しかかっていました。




娘が学校に行かなくなってから、少しずつ娘が親に心を開くようになりました。


段々と自ら思いを口にするようにもなりました。




別にこの人が嫌っていうことはないんだけどね…



みんなに気を使いすぎて疲れちゃった…



◯◯ちゃんが別の子と一緒にいると、そこに私は入って行きにくいんだよね…



誰も何とも思っていないかも知れないけど、相手が嫌悪感を抱いていたらと思うと怖い…



だからといって、教室でひとりで居ると目立つんだよね…



別にいじめられているとか、無視されているとか、そんなのは全くないんだけど、でも教室にいると寂しくて…



そんな感じの事をちょこちょこ口にするようになりました。


でも私は何とかまた学校に行って欲しい思いが強く、行かないとどんどんみんなとの間に溝ができちゃうから頑張って行ってみようよ、と声を掛けましたが、結局娘は首を縦に振りませんでした。



私が何かを言えば言うほど、辛そうに涙を流す日もあれば、強い口調で反論してくる時もありました。



そして、冬休みも終わった頃だったと思います。




もう今の教室には入りたくない…

今は何も言わないで欲しい…



と、娘は涙ながらに私にそう言いました。



もう受け入れるしかないなと思い、今年度の中2の再登校は諦めようと2人で決めました。


どんどん学校が遠くなる怖さ、どんどん勉強が遅れる怖さ、そろそろ近所のお友だちにバレるのではないかという怖さ、娘の思いとは別の感情がふつふつと湧いてきて、寝ても覚めてもその事が頭から離れない日々でした。



私立中学に通う近所の子どもたちが、朝になると駅に向かいます。 


みんな色々な時間に駅に向かうし、娘もバラバラの時間の電車に乗っていたので、誰も娘が不登校になっているとは気付いていないと思います。


でも元気に登校する近所の子どもたちの姿の中に我が子だけが居ないと思うと、それもまたとても辛く親として途方に暮れてしまう瞬間でもありました。


どうしよう…

このままずっと登校できなかったらどうしよう…

いや、でもうちの子は大丈夫!

きっとまた登校できる日が来るはず!!


そう信じようと思う気持ちと、このまま行けなかったらどうしよう?という気持ちが入り混じり、大きな何かに押し潰されそうになりました。



教室に入りたくない


娘はどれだけ辛かったのかな。

私なんかより、ずっとずっと辛いのは娘であり、これからこの不登校を乗り越えるのも娘であり、その人生を背負って生きていくのも娘。


親として、この子に何ができるんだろう…



娘が担任の先生と約束した一定期間のお休みを終えたのに、学校に行けない日々が続いたある日、担任の先生から電話がありました。


今までは毅然とした母親を演じていましたが、辛い思いが込み上げ感情のコントロールが効かなくなり、ついに涙腺が崩壊…


道路に面した自宅のベランダで電話をしながら泣きながら先生と話をしました。


先生は私にスクールカウンセリングをすすめてきたので、その場で予約をさせていただき、生まれて初めてカウンセリングという世界に足を入れました。



数日後、学校に行きそのカウンセリングの先生と初めてお会いしました。


カウンセリング室の先生は私よりずっと若くて穏やかで、さらには美人。

まさに生徒に慕われていそうな雰囲気の方でした。


そして、終始私の話に同調しながら真剣に耳を傾けてくれ、私も心地よい空間の中で思っていることをスラスラと話すことができました。



実家の母親にも姉にも友だちにも、誰にも娘のことを言っていなかったので、当時の私は話を聞いてくれる人がいた喜びでその日はスッキリとした思いで帰宅しました。


でも帰宅してふと気付くのです。


あれ??


私、自分の話しは沢山聞いてもらったけど、娘の事は何も解決してない!


不登校の娘の相談で行ったはずなのに、娘の事として言われた事は…



休むって大事なことです。

娘さんは自分の身体の異変にいち早く気付き、自らの意志で立ち止まる事ができました。とても良い事です。


それに気づかずに無理をし続けて、心を壊してしまうこともあります。

今休むことができて本当に良かったです。



と、そんな感じの事を言われたと思います。


でも正直、これで良かったですよ。と言われても、まったく納得が出来ていない自分が居ました。



だってうちの子がまた学校に行くためのアドバイスが欲しかったのに、休んで良かったって言われても次はどうしたら良いの?


いつまで休めば良いの?


いつまで休めば娘の心は回復するの?


そもそも不登校って何??




バカな私はこの時もまだ自分の愚かさに気付かず、また悶々とした日々を過ごすのです。


娘はこの頃、学校の勉強をするのは嫌だと言っていたので、家での学習はほぼゼロでした。


コロナの影響でオンライン授業に切り替わったときは、とりあえずパソコンを起動してベッドの上で何となく授業を聞いていたっぽいですが、授業中の指名はしないで欲しいと伝えていたので、授業はまったく聞いていなかったと思います。


でも私はオンライン授業とは言え、また学校との繋がりを持てたことを嬉しく思っていましたし、まったく授業を聞いていなくても、とりあえず学校との繋がりが心の底から嬉しかったのです。


そんな有難いオンライン授業も2週間程度で終了し、また普通の登校スタイルに切り替わりました。




もちろん娘は登校しません。




誰か早く答えを教えて欲しいと強く願い、また新たにカウンセリングを受けても、やっぱりまだ心が回復していない時は待ってあげて欲しい。学校に行けなくても笑顔でいられる事って素晴らしい事です〜と、のほほんとにこやかに言われて終わりました。



おやおや、カウンセリングって何なんだろう…

私にはもしかしたらカウンセリングって合わないのかな?


そんな感じすらしていました。