長い夏休みが明けました。

夏休み明けはコロナの影響で分散登校からのスタートでした。



私から見た娘は夏休みでリセットされたようにいつも通りの登校でしたが、ある程度日数が経過した頃から、また「疲れた…」と言い出しました。


この頃はコロナワクチンの接種をしたのですが、副反応が強く出て数日学校を休みました。


学校に登校できるようになっても



疲れた…


学校が楽しくない…


仲良しの子が学校を休むみたいだから自分も行きたくない…



そう言われても、学校をお休みすることは極力避けたかったので、遅刻をしてでも登校を促しました。

もちろん車での送迎をした日もありました。



でもそのうちに通学の乗り換えの駅でそこから足が止まってしまったり、自宅の最寄駅で止まってしまったり、ついには玄関から出られなくなったりもしました。


一体この子に何が起きてしまったんだろう??という焦りから娘に色々と聞き出そうとしてしまいました。

当然のことながら娘は



ママには何も話したくない!


ママには私の気持ちなんて分からないでしょ!


毒親って調べてみてよ!




娘は泣きわめきながら激しく抵抗してきました。



どうしたら良いんだろう…

私は朝が来る度に胸が締め付けられる思いで息苦しくなりながらも娘と話し合いを続けました。


もちろん担任の先生にも状況を伝えましたが、解決の糸口は見つかりません。


スクールカウンセリングのおすすめもありましたが、



誰かに聞いて欲しいなんて思っていない!


放っておいて!


何も聞いてこないで!!


疲れてるって言ってるのに!!




まさか娘がこんな事になるなんて、本当に一体何があってんだろう。

でもあまりにも変わってしまった娘を見ていると本当に辛く、自分自身が情けなく、誰にも言えない不安と恐怖で涙しか出てきませんでした。


もちろん夫には「娘を叱らないで欲しい」「今は何も言わないで欲しい」と伝えましたが特別協力的に何かをしてもらうことはありませんでした。

とにかく今は娘を刺激して欲しくないという一心だったと思います。



そんな日々が続いた後、担任の先生からの提案で一定期間学校を休む事にしました。



一度ゆっくり休んで学校から頭を切り離して、自分がやりたいことをやって過ごしてみましょう。

勉強の遅れはいずれ取り戻せます!!



その先生からの提案を娘は快く受け入れ一定期間のお休みに入りました。



その一定期間のお休みは中学2年の11月上旬からでしたが、その後2年生の間は一度も登校せずに終わってしまうのです。


ここからが長い長い不登校のはじまりです。


でもこの時は一定期間休んだら、また登校できるだろうと思っていました。というか、また登校できると信じていました。



肝心の娘は…

学校という呪縛から開放されて笑顔の毎日でした。

ネイルをやったり、YouTube三昧だったり、それはもう好きな事だけやって生活していましたので、いつもの娘が戻ってきたようで私も安堵の日々でした。






我が家の不登校娘はおしゃれが大好きラブ

そんな我が子が愛用しているカラコンです。

もちろん普段は家に居るのでお友だちとの外出限定アイテムです。


長い夏休みに入りました。

娘も早起きから開放されてのびのびとした毎日を過ごしていました。


夏休み中は学校のお友だちとも遊んだり、お泊まり会の予定などもありましたが、また緊急事態宣言が出たりして色々と我慢することもありました。


でも娘は「面倒だから中止になって良かった」とか「心から楽しめる相手じゃない人と一緒に居ても疲れるだけだし」などとクラスメイトに対してネガティブな発言が聞こえるようになりました。


確かに娘は比較的おしゃれに興味があり、洋服も髪型も色々と気を使いたい子でしたが、学校のお友だちは地味目な子が多いらしくタイプが違うということは良く口にしていました。


娘のクラスの子は真面目で勉強ができる子が多く集まっていたので、遊び呆けたい娘からしたら物足りないんだろうなと思っていました。


この頃はジャニーズのとあるグループに自分の自由な時間のすべてを注ぎたい!というくらいの時期だったので、気の合わない人と居るくらいなら、自分の好きなことをやっていたいという感じで夏休みを過ごしたと思います。


私としても気の合わない人と居なくても、気の合う友だちだけと会えばそれで良いよね〜と伝えていました。なので唯一仲の良かった子とコンサートに行ったりして楽しそうにしている娘を見て安堵していました。


でも、その仲の良かったお友だちからまさか衝撃的なひと言を言われていたなんて、その時は知りもしませんでした。


後々知ったのですが、この頃その子から「距離が近すぎる、もっと距離感が欲しい」と言われたらしいです。


きっとそのお友だちオンリーの娘が重かったのかも知れません。


前々から娘は人を選んで遊ぶタイプの子でオールマイティに幅広い人間関係を構築するタイプではなかったので、そのお友だちにそんな発言をさせてしまったのは、娘に非があったのだろうなと思います。


でもその後もこの子とは仲もが良くてそれなりに遊んでいました。不登校の今もこの子から時々連絡がきているようです。


でももう娘はあまり積極的に会いたいと思わないそうで、適当にはぐらかしているみたいです。


当時の私は平和な夏休みだとばかり思っていたので、まさか夏休み明けから本当に辛い日々が待っているとは思ってもいませんでした。夏休み明けから本当の意味での不登校が始まります。

夏休みを目前に控えたある日、娘は「学校まで遠くて疲れるし通学がめんどくさい」と言い出しました。


確かに地元の中学ではないため電車を乗り継いでの登校です。地元の中学ならば娘が家を出る頃に起きれば間に合う感じなので娘の気持ちは分からないでもないなと思っていました。


でも私立中学に通うことの意味もステイタスも娘は多少誇りにしていたはずだったので、その頃の私はおや?どうしたのかな?という程度で受け止めていました。


この頃から朝ごはんを食べ終え身支度をし、玄関を出るまでの時間も今までよりは遥かに時間が掛かるようになり「そろそろ動かないと遅刻しちゃうよ」と声がけする日が増えてきました。


なので、私の仕事が休みの日は往復1時間半かかるけれど車で送った日もありました。思えばこの頃すでに「疲れているから休みたい」と言っていた日もありました。だから車に乗せて学校に送り届けました。


そうなんです。夏休み前にはすでに娘からヘルプが出ていたんです。なのにバカな私はそんな娘に叱咤激励を送り続けていました。


この時「少し休もうか?」というひと言が言えたなら、もしかしたら不登校にならず今も笑顔あふれる学校生活が送れていたのでは?と思ってしまいます。


後悔しても遅いってわかっていますが、たったひとりしかいない娘の心の変化にも気付いてあげられないなんて本当に娘の何を見ていたのだろうか。


この頃、担任の先生とは「ちょうど夏休みになるから家でゆっくり休む時間があって良かったです。夏期講習があると言っても数日ですしね。」なんて呑気なことを言っていました。


本当に情けない…



2021年、娘は中学2年になりました。

クラス替えもほぼなかったので、ほとんど同じクラスメイトとの進級でした。


夏休みに入るちょっと前から、疲れたという言葉を吐くようになり朝も起きる時間が少し遅くなりました。

もしかしたら、この頃から少し笑顔が失われたかもしれません。


私はまだ娘の異変に対してさほど気にも留めず、単に怠けてるのかな?という程度しか思っていませんでした。


親からしたら思春期真っ只中の反抗期だと思っていましたし、コミニュケーションが上手く取れていないことも当たり前の事として気にしていませんでした。


みんな中学生なんてそんなもんよね〜って、パパと笑い飛ばしていたくらいです。


でも徐々に娘の行動に更なる異変を感じはじめました。 


三者面談のとき担任の先生から「1年生のときは◯◯のテストがほぼパーフェクトだったのに、今ほとんど点数が取れていません。もしかして手を抜きはじめてるのかな?」とか「各教科の提出物が期限内に出されていなかったり、再提出を促されても出してこないときがあります」と言われました。


確かに1年生のときより明らかに勉強時間が減っていたので、それを指摘すると「大丈夫、ちゃんとやってる」と言っていました。でも全然大丈夫じゃなかったようです。


親としては、せめて最低限やるべき事はやって欲しかったので、テストの点数は仕方ないとしても、提出物を期限内に出さないとか、再提出をスルーするとかそれはあり得ない!と、そこは強く娘に伝えました。


中高一貫校の生徒は高校受験がないので中だるみが多いとは聞いていたものの、我が子への不安が学習面でも大きくのしかかってきました。


でも、この頃もまだ我が子が不登校になるとは想像もしていませんでしたが、夏休みを前に少し学校への登校が面倒だと言い始めました。



2020年、娘が中学に進学するとき既に世の中は新型コロナウイルスという見えないウイルスとの戦いで入学式もないまま中学校生活がスタートしました。


4月に緊急事態宣言が出されたことで、6月頃まではほとんど登校することなく学校から出された課題を取り組む日々でした。


やっと登校できるようになっても私立中学は知らない人だらけの学校でした。

当然毎日マスクをして、お弁当の時間も黙食を強いられ、人見知りの娘にはコミニュケーションを取るのは大変だったようです。


でも何とか勇気をもって行動し、やっと仲の良いお友だちができたみたいでしたし、中学1年の頃はそれなりに楽しい学校生活を送っているように見えました。


部活も自分が望んだ部活に入部し、部活内でのお友だちもできました。


毎日早起きして身支度して早朝の電車に乗り、ジャニーズ好きのお友だちに感化され、ジャニーズ推しとなりました! 


そんな我が子が後々不登校になってしまうなんて、この頃は想像もしていませんでした

我が家はひとり娘。

約1年の不妊治療を経て授かった子です。

20代のとき卵巣嚢腫になり、その後オペをした影響で卵巣機能は一般的な女性と比べてはるかに低下していたので、人工授精が2回ダメだったあとはすぐに体外受精に切り替えました。


そんな我が子は中学受験を経てやっと入学した中学校で不登校となりました。


あんなに元気で明るい子から笑顔が消え、今思い出しても涙が出て来るくらい辛い辛い日々を送ることとなりました。


不登校の本当の理由はわかりませんが、多分いじめとかではないと思います。

デリケートな話題なので追々丁寧に書いていきたいなと思います。


不登校から1年以上経過しましたが、先日内部進学辞退届を学校に提出し、高校からは外に出ることを決めました。


夫は50代で私より7才年上です。

一部上場企業に勤務し仕事はSEですが、毎日なぜか数学の勉強をし続けています。

本人曰く脳トレだそうです。


BOOKOFFでたくさん問題集を買い込み本当に毎日毎日勉強をしています。


そして大学の共通試験の問題も毎年その時期がくればやっています。


そんなに数学が好きならば会計士の資格でもとって定年後はそっちの道に進んでみたら??と言ってみましたが、そういうものには興味がないだそう…

何だかもったいないえーん


そんな我が家のパパは、子どもの頃から貧乏世帯で大学も奨学金をもらって卒業した言わば苦労人です。


節約が身に染みていて贅沢ができない人です。

でも車は新車しか乗りませんガーン  ん?充分贅沢な人か?

 

今日からスタート

はじめまして。

いつもは気まぐれにウロウロと皆さまのブログを読ませていただき楽しんでおります。


文才も語彙力もない私ですが、今日からブログを書いてみようと思います。


誤字脱字や意味不明なことが書いてあっても優しい気持ちでお読みいただければと思います照れ

 

プロフィールにも書かせていただきましたが、我が家の大切なひとり娘が不登校になりました。


そんな我が子のこと、夫のこと、仕事のことなど気持ちの整理のためにも書いてみようと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。