娘が不登校になってから、毎朝の欠席連絡がとても苦痛でそれだけで朝が辛かったです。
ネットでの連絡とは言え、その作業ですら苦痛で辛かったので、それを当時の担任に伝えたら
では毎日でなくて良いので、せめて毎週月曜日の朝「今週休みます」と備考欄に記載してください。
と言われました。
でもホッとしたのも僅かな期間で、今度は毎週月曜日の朝を迎えるのが怖くなりました。
でも学校側は
それだけはお願いしたい。
と譲らなかったので、ならば日曜日の夜24時を過ぎたら実質月曜なので、日にちが変わってからすぐに欠席連絡を入れることにして、月曜日の朝の苦痛から逃れるようにしました。
でもこの欠席連絡は私がモンスターになったあの日からなくなりました。
というか止めさせてもらいました。
不登校の生徒の親は子どもが学校に行けないという事だけで精神的に参っているのに、なぜその辛さに塩を擦り込むような作業を強いるのかわかりません。
欠席連絡はフォームを使いたった1分にも満たない作業ですが、それがとても辛い朝の作業だと言わなくてもわかって欲しかったです。
そんなに不登校生の欠席連絡って大切なのでしょうか?
だって不登校なんですよ??
行けるようになったらもちろん連絡します。
それはもう大喜びで連絡させていただきます!!
きっと何か重要なことに繋がるから欠席連絡が必要なんだと思いますが、しつこいですが、だって不登校なんですよ。そんなの学校側が一番良く知ってるはずなのに…
でもモンスターになったとき、その事も伝えて今はやっていないので、それだけでも辛さから開放されました。
モンスターになる前にそんな事くらい理解して欲しかったな…
そんな学校から、日々保護者宛の一斉配信が届きます。
クラス単体のもの、学年のもの、中学全体のもの、中高全体のもの…
本当に色々配信があります。
それもまた苦痛ではあるものの、一斉配信に関しては自分の都合で確認ができるので、とりあえずはセーフです。
でも
やっぱり所定の場所にアクセスして中を見て、普通に学校生活を営む生徒への内容を見ては落ち込み、我が子が不登校であることへの辛さに繋がってしまいます。
見なきゃ良いのに…
ちなみに今日の配信は学年宛の配信で、中止となった研修旅行の振り替えで●●に行くことでの案内でした。
しかもそこそこ充実した内容でした。
タイトルを見て落胆したのに、結果詳細までしっかり読み込んで更に落胆…
あ〜やっぱり見なきゃ良かった。
辛い…
以前にも書きましたが、私は親にもお友だちにもまだ娘が不登校であることを話せていません。
唯一職場の人に話しましたが、人に話すことの怖さはまだあります。
夫の両親と私の父は既に他界しており、今生きているのは私の母だけです。
母は地方の田舎町に住んでいます。
近所を知らない人が歩いているだけで、ザワザワするような本当の田舎町です。
きっと母に話せば、母も辛い思いをするだろうと思います。
母のタイプからして「あら〜元気ならそれで良いじゃない」というような人ではありません。
姉もきっと同じです。
私がまだ完全に娘が不登校である事実を受け入れられていないので、母や姉にも言えずにいるのかも知れませんが、もし母や姉に話すとしたら、私は説明しながら泣いてしまいそうだし、そんな私を見て母も姉も一緒に泣いてしまうと思います。
それがわかっているから余計に言えません。
娘の身を案じて、たぶん 可哀想だと言うでしょう。
今の世の中、不登校の生徒はたくさんいるとテレビでも報道されていますが、きっと母は他人事としてテレビを観ていると思いますが、
いざ、孫が不登校になっている事実を知れば他人事ではなくなり、私と同じような悲しみや苦しみを母もするのではないかと思うと中々言えません。
こんなにも躊躇して、親にも話せていないなんて私だけが特別なのでしょうか?
皆さんはどのタイミングで自分の大切な人に事実を伝えているのでしょう…
中学3年の夏休みが明けて、そろそろ娘の進路について本格的に考えるようになりました。
このまま今の学校で内部進学するか?
公立高校を受験するか?
私立高校のオープン入試にチャレンジするか?
今は高校進学を諦め中卒の学歴で生きていくか?
定時制高校に行くか?
通信制高校に行くか?
専修高等学校に行くか?
娘の中ではまだ内部進学したいという思いも残っていましたが、娘の夏休み明け頃の状況を考えたとき、このまま内部進学しても高校中退という結果が見えるような気もして、高校中退に対する世の中の偏見も娘には伝えました。
専門家の方から見れば、今ネガティブな表現で将来の位置付けを伝えるのはマイナスだと言われるかも知れません。
でも今の日本で生きていくとき【高校中退】というレッテルは娘にとってハンディになるのではないかという思いもあり、入学した学校を卒業させたいと思い、まずは娘にどうしたいかを改めて考えてもらうことにしました。
私立中学に在籍していると当然外に出る生徒に手厚いアドバイスなど無理だろうと思い、自治体の窓口にも相談しながら、色々調べまくりました。
娘にとって楽に生きて行く方法はどういう道なのか。
娘は娘で色々なものと葛藤することになりますが、ここは避けては通らない道なので、しっかり時間をかけて考えてもらうことにしました。
何かある度に書いていますが、何が正解かわかりません。
夫は内部進学を強く娘に進めていました。
私も可能なら内部進学という思いはありましたが、完全中高一貫校で高校からの新入生がいないので、内部はないだろうなと思っていました。
しつこいですが、誰かここが正解だよと教えて欲しい…
※この内容はあくまでも私の勝手な思いです。
関係者の方が見たら不快に思うかも知れません。
単に私のひとりごと程度でご理解ください。
ーーー
私立中学って勝手に平和で安心な場所だと思っていました。
多感な時期の子どもが集まる場所なので、もちろん多少のイジメやトラブルはあると思っていましたが、先生達はみんな面倒見が良くて親切で公立と比べたら良い環境だと勝手に思っていました。
でも実際は
自主退学者がそれなりに居るということ。
→娘の学校は学年が上がる度に生徒数が減りました。理由はわかりません。中学3年までにトータル二桁は学校を去っています。
我が家のように内部進学を辞退する人もいると思うので、中学の入口と出口の人数差はそれなりにあると思います。
現時点で娘のクラスには不登校の生徒は5名位いるそうです。たった30人程度のクラスなのに…
学校説明会はあくまでもパフォーマンスに過ぎないということ。
→学校説明会でこの学校の素晴らしさを熱く語ってくれた学校関係者が実際に我が子に関わるとは限りません。
教員もかなり在籍していますし、広報としての役割を担う先生はごく僅かです。
クラスも複数ある場合、その学校の看板的な先生には出会える確率はグッと減ります。
中高一貫校の場合、中学の説明会に高校の教員が説明する場合もあります。
そして熱く語ってくれた関係者の熱い思いが、すべての教員の思いとは異なります。
あーあ、説明会のときの先生はどこにいるんだろうと何度思ったことか…
当然のことですが、不登校でも高額な学費の支払いがあるということ。
→ 門が開かれているのに、その門をくぐらない生徒にも当然必要な学費は求められます。
私立という環境は学費以外に施設使用料というような項目もあります。その他諸々…
不登校で学校に行っていないので何の施設も使っていませんが費用の請求は行われます。
きっと返金して欲しいとごねても返金はされないと思います。だって門が開いているのに、その門をくぐらないのは我が子なので…
悔しいですが、年間100万円前後の学費は娘の心を守るための必要なお金だったと諦めるしかないと思っています。
不登校の生徒への扱いは、担任次第で変わるということ。
→ 不登校にも色々な理由があると思うので、対応には個人差が求めれるというのはわかります。
でも不登校に関してまったく素人の私からしたら、不登校の生徒をそれなりに対応している学校からの提案やアドバイスは当然だと思っていました。
これは担任や関わる関係者の優しさや対応力によっても差が出るとは思いますが、中学2年の担任は娘との交流は保ちつつ復学向けて関係性は保ちたいという熱い思いを口に出してくれていました。
娘は嫌がったり拒否することもありましたが、それだけで親としては救われた思いでした。
もちろん娘が拒否した場合は、速やかに対応を変えてくれましたし、この時は担任との連携は取れていたなという実感がありました。
中学3年の担任は20代の若くて経験はそんなに豊富ではない方でした。娘への扱いも雑で去年との差に腹が立つくらいでした。
何度かもう少し娘に寄り添って欲しいと電話で伝え、こんな感じで…と具体的に伝えてみたものの実践してもらえませんでした。
でもそれを担任に伝えるとやってますけど…という態度。もう話をする気もありません。
そんな状態でも高額な学費を払い続け在籍し続けるのは、単に卒業証書が欲しいだけです。
娘には夏休みが明けて少ししてから、地元の公立への転校、越境して公立への転校、引越しなど色々と提案しましたが、娘は今の中学の在籍と卒業証書を選びました。
最後に…
闇というワードはとても悪い表現だと思います。
でも私からしたら闇でしかないので、あえて闇と書かせていただきました。
でも不登校という事実がなければ書いたような闇など何も感じなかったと思います。
だから本当は私立中学には闇はないのかも知れません。 色々書いた後にすみません。
そして最後にもうひと言。
中学受験という貴重な体験は娘を大きく成長させたのは事実です。もちろん後悔がないかと聞かれたら後悔する気持ちもあります。でも公立中学に行っても娘は不登校になっていたかも知れません。最近はそう思うようにしました。そうじゃないとあまりにも悲し過ぎるので。
実は4月になったら娘の新しい人生がスタートします。今私たち家族はその新しい方向に向かって動きはじめています。