先週末から春の嵐が吹き荒れ、今週は大荒れの海で始まった。 
 波は高く、うねりもあり、海に近づくことすらできず、憂悶の日々を送っていた。
 

 木曜日。
 ようやく波も落ち着き、澄み切った大気の中、四方を鮮やかなオレンジ色に染めながら海面から神々しい荘重な日が昇り、悠然とした輝きを放つ。


 その隣、東の空に有明の月が神秘的な表情を漂わせながら、うっすらと残る。

 
 夜が白み始め、水墨画の光景がみるみる油彩画の世界へと移行してゆく、夜明けのこの煌びやかな輝き。

 その大気を浴びて、自然を全身に感じながらひたすら孤独に海と対峙する、それも愉悦のひとときだ。
 釣れればそれが興奮の渦を呼び、至福のひとときに変わるのだが、この日も何もなく終わった。
  
 
 ところが今朝、土曜日。
 まるで真冬のように底冷えする中、太陽が姿を見せ始める寸前の荘厳な景色を楽しんでいると、いきなり竿を引ったくられた。
 慌てて合わせる。ずっしりとした重量感でリールが思うように巻けない。

 暴れ狂う生命体の躍動が竿を通して全身に伝わり、アドレナリンが急上昇し体内を一気に駆け巡る。

 思わず竿尻を下腹に当て、腰を落とし慎重にリールを巻き続ける。波打ち際まで寄せてきたが魚の最後の抵抗と、波の力で竿がのされそうになる。
 そのまま綱引きのような拮抗状態が続き、リールを巻かずに竿を立ててじっと耐えていると、ふっと軽くなり、生体反応が消えてしまった。頭が真っ白に・・・針が外れた。


 隣を見ると、2人が掛けている。1人は切られたのか、勢いよく尻餅をついた。もう1人もラインブレイク。
 その様子を横目で見ながら、すぐ投げると遠くでゴツゴツとした当たり、思いっきり合わせを入れるが、掛からない・・残念。

 私の見る限り、結局この日は10分程度の時合いの中、浜全体で5人が掛け、3人がバラし、2人が大きなブリを釣り上げていた。

 やっとこの海にも春の息吹が訪れた始めたらしい。それにしてもバラすとは下手くそ過ぎる。せっかく食らい付いてくれたのに。
 運が良いのか悪いのか、ただ単に腕が悪いだけなのか・・・悔しさだけが残る、悲哀に満ちた春の海の始まりだった。


 朝獲れ地元産の、石鯛の刺身。


 まがりなりにも石鯛釣り師としては、スーパーで切り身を買うというのは、そのプライドが傷つくような何とも情けない気がして、強く後ろ髪を引かれたが、あまりにも美味そうな脂の乗ったその切り身の姿に魅せられ、何度も悩みつつもついに買ってしまった。

 多分今頃が旬なのだろう、脂がすごく甘くて旨い。ひとりで食べるにはこれくらいの量で丁度くらい。
 
 ホタルイカも買って目、嘴、軟骨を下処理し、定番の沖漬けに。お酒が進む。


 またまた、鰹の刺身。にんにく生姜醤油とマヨネーズで頂く。
 毎日食べても飽きない。美味すぎる。

 鰹の皮は塩して炙って、カリカリに。
 口に入れ、噛み締めて、ビールを一気に煽る。
 至福のひととき。

 キュウリとワカメの酢の物をひとつまみ、箸休めとして添える。



 ある朝、釣りの番組を見ていると、かんたろうが興味津々状態に。
 テレビの前に釘付け。

 釣り上げられたアジに反応。
 左手で捕まえようとする。


 右手でパンチ。
 しばらく遊んでいたが・・・



 疲れたのか、呆然とした表情で倒れ込んだ。


 春は一日中眠たい。



 しかし、真夜中が来るとキリッとして、私を起こす。

 おやすみ、かんたろう。
 そろそろ、乗っ込みの石鯛釣りだ。


 夜明けの薄明に、見事な朧月が仄白く浮かんでいる。



 春霞も最盛期を迎え、相変わらず生命力溢れかえる圧倒的なこの春の息吹に、私の生気は吸い取られていくばかりだ。

 おぼろげに霞む妖しい月影に、魂が抜き取られるような不安な気配を感じ、孤独な私の心は怯えて震える。



 河畔に咲き乱れている散り際の美しい桜花が、水面に淡く煌びやかに滲むように映る。
 狂おしいその妖艶な彩りと、芬々と香る淡い匂いが私の心を惑わせて、益々憂鬱にさせる。

 爽やかな新緑の季節が待ち遠しい。



 今週は荒れた時化の日が多く、波もうねりを伴って高く、早朝のサーフからのジギングに行けなかった。
 そこで、この日は曇天強風で少し肌寒い中、湾内の岸壁からゴカイをつけてのちょい投げを楽しむ。



 やはりまだ水温が低いのか活性は非常に渋く、何とか食いつくのはフグにキタマクラ、ミニカサゴのみ。  



 少しましな引きを見せてくれたのは、磯ベラ。
 しかし、持って帰れない魚ばかり。


 

 近くのスーパーの大創業祭で、地元の漁協が活伊勢海老の出張販売に来ていた。
 一匹千二百円。大きいのを選んで二匹買う。



 一匹は捌いて、身を刺身にしての踊り食い。
 濃厚な甘味がいつまでも口の中に留まり、旨味が次々と脳天を貫く。



 もう一匹は、そのまま蒸し器で酒蒸しに。
 ミソの部分をたっぷりと付けながら、ぷりぷりの肉厚な身を豪快に頬張る。
 口の中で涎が充満して溢れ出ようとする。それをそのまま熱燗で流し込む。



 刺身の残りはぶつ切りにし、定番の味噌汁に。
 熱い濃厚なお汁が口の中から喉元にかけて、ねっとりとした旨みの塊で満たしていく。
 喉越しの爽快感があとを引く。
 



 魚が釣れないので、地元産の朝獲れのぶりを買って刺身に。大漁なのか何と100gあたり140円にまで値下がりしていた。
 初日は身が薄いピンク色で少しコリコリとした食感。しかし脂の乗ったブリらしい甘味を感じて美味い。



 一日寝かした二日目の身は、ほとんど真っ白で白身の魚のよう。
 これは口の中に入れると大トロのようにジワーと甘い脂がとろけだす。絶品だ。



 別の日、地元では珍しくヒラマサが獲れていた。ぶりと比べてやはり値段は高めで100gあたり350円。




 早速刺身に。
 やはりヒラマサの方が数倍旨味が強い。カンパチにも近い濃厚な味がする。
 ぶりが熱々のご飯なら、ヒラマサは寿司飯に合う気がする。美味いけど、たくさんは食べられないか。




 かんたろうのためにAmazonで猫用の電動おもちゃを買った。

 強制的なダイエットのためだ。


 しかし、すぐに飽きる。
 体が重たすぎるのか。あまり動かない。



 窓から春に霞んだ外の景色を眺め、静かに黄昏れるかんたろう。
 公園での辛かった日々を思い出すのか。


 そんなこともないか。
 すぐ、甘えてくる。



 おやすみ、かんたろう。
 ダイエット、一緒に続けよう。



 ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ。
        ー『古今和歌集』紀智則

 今週もうららかな、春爛漫の日々が続いている。
 


 いつの間にか桜がすっかり満開になっていた。

 夜露に濡れる朝桜。


 桜の樹の下には屍体が埋まっている!
            梶井基次郎


 秋と同じく、春もまた私にとっては嫌いな苦手な季節だ。
 限りない索漠さを秘めた哀しい秋。
 それに対し、自然の圧倒的な生命力に打ち負かされ、私を憂鬱な気分にさせる、春の息吹の力。
 
 
 そして、春の気配を、力強い生命力を一面に漂わせながら、今日も日はまた昇る。



 
 そろそろ早朝の海岸にも春の息吹の訪れか、生命反応の兆しが戻りつつある。私が見た限りだが、この浜で今週に入ってメジロが3本上がっていた。
 しかし何故か私には何の当たりもなく、唯一波打ち際で掛かったのは、不気味に青白く光るダツのみ。



 この日の午後、ぽかぽか陽気に誘われて湾内の波止でワームを付けてのちょい投げ。
 



 20センチ弱のキスが一匹釣れた。
 春の陽を浴びて全身がパールピンクに輝く、気品に溢れる白鱚はとても美しい。 



 三枚におろして、塩をあて氷水で締め、酒水で洗って軽く昆布締めに。


 しっかりと脂が乗っていて美味い。白鱚は12月ごろか、3月から5月にかけてが最も旨い。


 近所のスーパーでは地物の真鯛が上がっていたので腹身の切り身を買う。
 これまた、丁寧に捌き、一晩昆布締めにして、ごく少量の酒と塩だけで味付け、薄く細く造る糸作りに。


 真鯛はこの脇腹の薄肉というところが特に美味い。
 何も付けずに、このまま頂き、熱々のご飯をかき込むか、熱燗を流し込む。


 先日の鰤の刺身の残りを一晩醤油と酒、味醂に漬込み、これも熱々のご飯で頂く。
 この辺りでは正に今が鰤漁の最盛期、値段も安く、旬を迎え最高に脂が乗っている。
 

 

 かんたろうも春が来て物哀しいのか、夜中に何度も起き出す。
 私を起こそうと枕元に来て、顔に息を吹きかけたり、濡れた鼻先を顔につけたりする。
 それでも無視していると、布団の上に飛びかかってくる。仕方なく起き上がると、寝かさないよう布団の真ん中に陣取る。



 しかし、こんな顔をされると思わず微笑んでしまう。



 朝方やっと寝入った、かんたろう。
 春眠暁を覚えずだ。

 おやすみ、かんたろう。