今日は春分の日、彼岸の中日。

 いつの間にか、夜明けがすっかり早くなった。



 今週は穏やかな晴天の日が続いた。
 おかげで竿を片手に、水平線から静かに昇って行く曙光に輝く太陽を、日々拝むことができた。 

 しかし、投げても投げても全く生体反応は得られない。
 そして、本日から天気は荒れ模様の予報。



 火曜日は左隣の人がまだ暗いうちにメジロを釣り上げていた。木曜日は右隣の人がライトなタックルでサワラを釣っていた。私はただ指を咥えて見ているだけ。



 自然が作り出す本物の美には本当に感動させられる。圧倒的なその美しさの前には、どんな芸術も唯の模倣に思えてしまう。

 鮮やかな橙色の曙光に染まる、荘重な美しい朝日。



 この日は気分を変えて朝の4時から弁当を作って、車で30分程の地磯へ出かけてみた。




 様々なルアーで試してみるが、釣れそうな気配だけ。当たりもない。
 しかし潮風を浴びながら、誰ひとりいない大自然の風景にひたすら溶け込み、自分で作った弁当を食べる気分はとても爽快だった。




 岩に当たってジグがボロボロに。仕方なく、脱皮する。



 マジックで塗り直し、再度ウレタンコートのどぶ漬け。




 先日作ったホタルイカの沖漬けが余っていたので、ボンゴレビアンコに。




 近くの漁港では連日ぶりが大漁。安いのでつい買ってしまう。
 切り身を捌いて刺身に。3日かけて食べ尽くす。



 初鰹も出回る。こちらはあっさりとニンニク、生姜醤油で。 





 すぐ近くの空き家の近くに住み着いている子猫。左耳が切られている、雌のさくらねこ。

 先日初めてこの猫と目が会ったとき、ニャーニャーと言って足元にじゃれ付いてきた。
 なんと2年程前、離婚する少し前、死んでしまった「ショーラ」という雌猫に姿形も毛色も瓜二つなのだ。
 三男が生まれた時に飼い始め、17年間生きた猫に・・・。




 それから毎日、近くを通るたびにどこからか姿を見せ、傍に寄ってきてはゴロゴロと喉を鳴らし甘えて転がる。
 そして私はこの子のために、チュールを持ち歩くようになった。

 最近「友だち家に連れてきてもいいか」と、かんたろうに尋ねる日々が続いている。


 「嫌だ」と舌を出す。

 高校生になった時、初めて飼った猫に生写しのかんたろう。名前の由来もその時飼っていた猫の名前「かんたろう」を受け継いだ。



 次は「ショーラ」か。
 しかし、一緒に暮らし始めてまだ一年。まだまだかんたろうは甘え足りないようだ。
 それに私もかんたろうと同じように他の猫にも愛情を注げるか不安だ。

 もう少しこのままふたりで一緒に暮らそう。



 おやすみ、かんたろう。
 春は近い。そろそろ石鯛釣りだ。
 


 晴天なれど、波高し。そして東の空には有明の月が残る。
 まさしく春は曙、いとあはれなり。


 この日、まだ海辺は仄暗く人影も見えない時間帯、久しぶりに当たりがあった。
 割と近くで喰ったので波に揉まれて嫌な予感がした。波の勢いが強くて重く、思うように合わせが入れられなかったのだ。フッキングが甘いかも。
 暴れ回る魚を慎重に寄せてくると波打ちぎわでカンパチらしき魚影が見えた。ところが最後の打ち寄せて引いていく大波にもまれ、糸がたるんだと感じた瞬間、あっと思った途端、外れてしまった。
 悔しさでわなわなと興奮し身体が震えたが、見渡す限り誰も釣れていないので、自ら気持ちを沈め、どうにか正気を取り直した。


 それにしても3月に入ってからは平日でも人が多い。しかし釣れている気配は全くない。

 日が昇り、しばらくすると飛び立つ鳥と共に人もまた去ってしまった。
 

 

 『地震だ』目の前のフロントのホテルマンが、厳しい顔をして小さく呟いた。
 10年前の3月11日午後2時46分、私は東京にいた。そして、それはちょうど帝国ホテルのチェックインの時間でもあった。
 有楽町駅で止まったままの新幹線。日比谷公園と向かうヘルメット姿のサラリーマンの列。余震で揺れ続けるホテルの部屋、ガタガタと音を立てて震えるコップ、揺れるテレビ、先の曲がった東京タワー・・あの日、東京での2泊3日は本当に長く感じられた。
 そしてTVに映し出される津波の映像、福島原発の水素爆発・・。もう日本も終わりかと、本気で思った。
 帰宅難民で溢れるホテルのロビー、毛布にくるまった人々。配られるホテルのパン、ガラガラの陳列棚のコンビニ。
 そしてテレビから繰り返し流れる「こだまでしょうか・・・」のあのフレーズ。
 巨大地震の、大津波の恐怖が今、ありありと目の前に再現される。
 絶対に忘れてはいけない。あの日のこと。





 昨日、そろそろシロギスがいないかと近くの湾内の岸壁にゴカイを少しだけ買って、ちょい投げに出かけた。
 一投目に何か当たりがあり、巻くと重いのでてっきり石が引っかかったと思ったが、何故か小さなタコがついていた。あと釣れたのはフグとキタマクラだけ。
 

 早速帰って、茹でる。


 まずは定番の酢の物に。残りは翌日唐揚げの予定。


 先日珍しく、特大のヒラメが上がっていたので背の片身を買う。


 薄作りにして、わさび醤油と和える。


 えんがわも細かくぶつ切りにして醤油で和え、酒のつまみに。


 残りは昆布締めにして、翌日ムニエルにして食べた。



 この日は初物のホタルイカ。目と口と小さな骨を取り除き、定番の酢味噌あえ。


 熱燗のおつまみに、沖漬け。




 ついでに、本鮪(本ヨコ)が安かったので買う。


 血合い等を叩いて、これまた、つまみに。



 刺身は、前日の残りの鰤と盛り合わせで頂く。






 相変わらず、かんたろうは元気だ。遊ぼうと誘われ、夜中に何回も起こされる。



 公園で、哀愁に漂う表情で、淋しく佇む2年前の哀れで小さな、かんたろう。




 悪戯好きの丸々とした体とまんまるな瞳の、嬉々とした、大きな今のかんたろう。



 ここにきて幸せか。
 地震が来たら一緒に逃げよう。

 おやすみ、かんたろう。


 3月5日、啓蟄。冬籠りの虫が這い出る。

 着々と春は近づいているようで日々、天気が定まらない。嵐のような雨や風、そして海はうねりを伴った時化の状態が続いている。

 日曜日は沖磯に渡れなかった大勢のグレ釣り師が強風と高波の中、私のいつもの散歩コースにある地磯で、酷く疲れた暗い表情のまま黙々とオキアミと集魚剤を撒き散らしていた。それを狙って沢山の鳥が彼らの頭上を舞い、周囲に漂う寂寥感を一層高めていた。


 海に近づけない日が一週間以上続き、悶々とした日々の中、どうにか散歩だけは続けている。
 この日、北寄りの強風の中、湾内では鴨の群れが楽しそうに泳いでいた。


 
 そろそろ、地元の定置網にブリが入りだした。



 丁寧に皮と血合いを取り除き、刺身に捌く。半分は冷蔵庫で一日寝かす。
 少し硬いが、天然ぶりの上品な何の嫌味もない香り豊かな脂が甘く口の中でとろける。
 醤油に熱々ご飯、おろし大根、熱燗。


 皮は塩して炙り、これもおろし大根で。ビールと熱燗を交互に。


 ひな祭りの日は、千葉県産の国産特大はまぐりを買う。高いので2個だけ。

 
 利尻昆布と塩だけで潮汁に。

 
 それと定番のカツオの刺身。





 あれからちょうど1年が経った。
 昨年の啓蟄の日の早朝、この公園でかんたろうを捕獲したのだ。  



 思い出すのか、今でも時々窓から外を眺める。



 離婚、そして家族と仕事を失ったことに端を発する私の中空の心をいくらかでも埋め戻してくれた、かんたろう。



 その愛くるしい仕草の数々が、一挙一動が、私の心に愉悦となって駆け巡る。



 孤独に押し潰されそうな夜も、涙を堪え酒に溺れそうな憂悶の日々も、常に傍に寄り添ってくれた。
 呼べば必ず嬉しそうに、弾みながら駆け寄ってくる。



 さよならだけが人生かと、ひたすら憂愁に身を任せていた私は、そのまんまるい澄み切った瞳の輝きに、どれだけ助けれらたことか。



 この一年間本当にありがとう。



 おやすみ、かんたろう。


 かわいい寝顔をありがとう。
 これからもずっと一緒だ。