梅雨に入ってずっと雨の日が続いている。
 この日の早朝はどうにかやんでいたが、どんよりとした暑い雲に空全体が覆われ、海との境が曖昧になっていた。



 河口には連日の雨による泥水が溢れ、急流となって海からの波とぶつかり合う。



 梅雨入りしてからは釣りに行けない日々が続き、外出もままならず、ブログのネタもなく、悶々とした日々を過ごしている。



 こんな梅雨の真っ只中の鬱陶しい日々は、家で美味しいものを食べて過ごすしかない。


 すき焼き用黒毛和牛がスーパーで三割引だったので買ってきた。



 あとはこれだけ。

 白ネギ、ほうれん草、えのき。



 南部鉄器のすき焼き鍋で。



 魯山人風にまず牛肉を酒と味醂と少量の醤油だけで味付け、生卵か大根おろしにつけて食べる。 ご飯と熱燗で。 

 その後、少量の出汁を加え野菜を食べ、また牛肉・・・。

 美味いに決まっている、贅沢極まりない。




 別の日。

 いつものように主食の初鰹の刺身。美味しそうな色をしていたのに、切ってみると柳刃の滑りが硬い・・。不味い。

 見かけがいいので後味の悪い「ゲジ」と言われているモノだろう。ちなみに硬くて不味いのを「ゴリ」という。どちらもハズレの鰹だが捌いてみないとわからないから困る。



 とても刺身では食べられなかったので生姜醤油に漬け込んで炒めた。当分鰹を買うのはやめておこう。



 魚がないので先日の冷凍していたモンゴウイカと買ってきたブラックタイガーをメインに天ぷらを作ってみた。



 ジャガイモ、ちくわ、玉ねぎと人参のかき揚げ。



 エビとイカ。

 太白胡麻油だけで揚げたのでさっぱりとして、サクサクに仕上がった。

 昆布と鰹節の一番出汁で作った薄めの天つゆで。




 いい厚揚げが手に入ったので、フライパンでじっくりと焼く。

 あっさりと大根おろしをかけてポン酢で頂く。

 「雪虎」という。ちなみに大根おろしの代わりに青葱を振りかけると「竹虎」。

 江戸の粋な肴。




 一番出汁を取ったついでに、和三盆と薄口醤油で切り干し大根を作った。

 これもまた、肴に。



 嵐のような大雨が続き、なるべく買い物も行きたくないので冷蔵庫のありあわせのもので炒め物を作る。豚肉、キャベツ、ジャガイモ。

 塩胡椒だけで味付ける。ジャガイモが非常に美味かった。



 きゅうりも余っていたので、定番のわかめと酢の物に、ちりめんと干しエビを少々。





 この梅雨空でも、相変わらずかんたろうは元気で遊びまわっている。



 そのくせ夜中は、雨風が窓を揺らしたり、大きな雨音が聞こえてくると不安そうな表情をして、何度も起こしにくる。



 遊び疲れた。



 昼間は眠たい。




 おやすみ、かんたろう。

 男前の、大きな顔だ。 




 まさに今、夜明け前の緊迫したひととき・・。

 たちまち、見はるかす四方の光景は柔らかい青色に染まってゆく。



 濃紺の空がほんのり白み始め、水平線に鮮やかな橙色が広がり始めると、爽やかな薫風が海面を軽快に滑ってゆき、海一面に無数の小さなさざ波が走る。


 そして春の終わりを告げる熱気を伴った曙光が、ギラギラと眩いばかりに輝き始める。


 太陽は煌々と大島の真ん中から昇り、初夏の訪れを告げる。
 相変わらず、朝日に向かってただ虚しくジグを投げ続けるだけの日々が続いている。

 しかし、目まぐるしく変わる夜明けの情景を眺め、自然を全身に感じながらのジギングは退屈な日々を送る私にとって、かけがえのない至福のひとときだ。


 この日久しぶりに天気が良かったので近くの漁港を彷徨する。
 いつの間にか季節は変わり、突然の陽気に見舞われた私は半袖なのに全身が汗ばんでいる。
 
 海上に浮かべる大きな浮子かそれとも網や仕掛けの目印なのか、鮮やかな赤色の旗が目を引いた。


 潮風と磯の香りに包まれた人気のない、寂寥感漂う午后の漁師町。


 しばらくすると分厚い雲に覆われてきた。
 天気予報ではこれからもずっと雨模様が続くらしい。
 このまま梅雨入りしてしまいそうな雰囲気だ。
 (何と本日土曜日、統計史上最も早く梅雨入りしたとみられると発表があった。なかなか石鯛釣りに行けない・・)
 



 生協で冷凍うなぎの蒲焼を買った。
 こちらでは味わえない、蒸してからふっくらと焼き上げた関東風の逸品。


 山椒を多めにかけて、熱々ご飯の上に。


 大葉も少し散らして、付属のタレをたっぷりとかける。
 久々に柔らかくてとろけるような、美味しい鰻を堪能した。


 翌日は、一晩ニンニク生姜醤油に漬け込んだ地鶏・神山鶏の唐揚げ。二度揚してサクサクに。
 ビールもご飯も進む。


 別の日。
 スーパーの黒毛和牛の切り落としが安かったので、塩胡椒醤油だけの薄味で玉ねぎ、キャベツと炒める。
 暑くなってきたので、ビールに合う。


 つまみは以前特売りで買っていた蟹缶を開ける。



 少し水っぽいので残りは米酢と和三盆で和えた、キュウリとワカメの酢の物に入れる。
 干しエビとちりめんも少し足して。


 蟹缶の汁も入れたので旨味が増し、マイルドで食べやすい酢の物になった。


 別の日、珍しく朝獲れ地元産の巨大なモンゴウイカがあったので思わず買ってみた。


 大きいので捌いたあと、部位に分け、冷凍して寝かす。
 ほんの少し、身のところを冷凍せず取っておき、刺身にして少量の醤油漬けで食べる。
 アオリイカと違って柔らかく、分厚く、旨味も濃い。熱燗で。


 やはり主食は鰹の刺身。まだ脂が乗っていないが、生姜醤油にマヨネーズを混ぜて頂くと旨味が増して戻り鰹風の絶品に。
 ご飯でも、熱燗にも、ビールも、何にでも合う。




 少し元気のない疲れ気味のかんたろう。
 最近荒れた天候が続き、雨や風の音や暗い日中が大嫌いなかんたろうは、少ししょぼくれている。


 それに最近スマホを向けると緊張して構えるようになった。笑顔がない。



 下手をすると逃げ出す有様だ。

 呼んでも目を逸らす。


 そのくせ、夜中目が覚めて布団の中でスマホをいじっていると近寄ってきて、画面を覗き込んでは、そんなの見てはいけないと邪魔をする。


 でも、ときどきこんな表情を撮らせてくれるから、可愛くて仕方ない。


 おやすみ、かんたろう。
 当分、嫌いな雨が続くそうだ。

 みどりの日。
 連休中は海に近づかないつもりだったが、ついに我慢できず、いつもの浜へ暗いうちから様子を見に行く。
 早暁の薄明のなか、燦爛たる紫雲の彼方に浮かび上がる荘厳な島々のシルエット。


 紫から白、そして橙色に景色を染め上げながら、遠く大島から日が昇る。
 ぼんやりと日の出を見つめながら、何の気配も感じないままひたすらリールを巻き続ける。

 何故か、そのとき、深く脳裏に印していた記憶が次から次へと甦ってきた。
 と同時に三十数年前の、長男が生まれた際の、人生全体が輝いていた頃の私へと意識が戻ってゆく。


 今、あの島陰の向こう側で、昇りゆく曙光を一面に浴び、海面から少し沈みぎみに漂っている小さな円錐ウキをワクワクしながら真剣に見つめているのは、まだ将来に夢を託していた頃の若き私だ。
 あの頃の、毎週のように通っていた大島の、様々な磯の上での情景がまじまじと目前に現れる。
 

 沖磯で至福の表情を浮かべ嬉々としてグレ釣りに興じている若い私の姿に向かって、老いぼれた今の私はその姿を追い払うかのように思いっきりジグを投げ続ける。

 次々と甦ってくる暖かい家庭の温もりや、充実感溢れる様々な仕事の場面や、仲間との喜悦に満ちた甘い記憶の数々を打ち消すように。

 そして、そのうち、視線の焦点がぼやけてきた。
 涙が溢れ、何も見えなくなった。



 今のひとりぼっちの私には、海と魚と、自然を相手に一対一で静かに対峙できる孤独な石鯛釣りがお似合いだ。


 五月中に一度は沖磯に行きたいので、丁寧に道具を手入れする。
 すると、竿やリールの古傷ひとつ一つが過去の石鯛釣行の思い出に重なり、記憶の喚起剤として様々な情景が甦り、愉悦に浸り、思わず時を忘れる。



 
 連休中のある日、隣の老夫婦から採れたての筍と、さやいんげんを頂いた。
 早速、利尻昆布とたっぷりの鰹節で丁寧に出汁を引く。
 それを味醂と酒と薄口醤油でじっくり煮詰めて高野豆腐に。
 筍も、さやいんげんも柔らかくて高野豆腐もほんのり甘く、美味しい。


 筍の根元の方は厚めに切って、同じ出汁を使って若竹煮に。
 こちらも薄味で。この季節ならではの、薫風漂う初夏の心地よい香りが口の中で広がり、爽やかな味に包まれる。
 お酒のつまみにも、おかずの一品にも万能で最適だ。
 どちらも二、三日かけてゆっくりと食べ尽くす。



 主食はやはり鰹の刺身。
 まだ脂の乗りは薄いが、さっぱりとして噛むほどに口の中に旨みが増し、凝縮されて脳天まで響き痺れる。




 コロナ関連のニュースで大阪の街がテレビに映っているのを見て、無性に551蓬莱の豚饅が食べたくなった。
 ネット上で探す。餃子とセットのものが送料無料であったのですぐに注文した。



 到着後すぐ、隣の老夫婦に豚饅5個を「ひとりではとても食べきれないので」と言って、先日のお返しをする。


 餃子も半分は冷凍に。
 期待を裏切らない老舗の本物の美味さを十分堪能した。




 かんたろうは土間に降りて、ブラシでひとり遊びに夢中。

 

 お米の袋を見つけて、スリスリ。



 「お米大好き」と抱きつく。 




 ちょうど3年ほど前の出会ったばかりの公園でのかんたろう。痩せていて小さい。
 私が帰ろうとしても、健気にいつまでもストーカーのようにずっとついて来ていた。



 今は横になって動こうとしない、ときもある。
 幸せか? かんたろう。


 おやすみ、かんたろう。

 ずっと、いつも一緒だ。