この日は一日中雨予報。
 しかしいつもの時間に目覚め、窓の外を眺めると昨夜から降り続いていた小雨が上がっていた。
 慌てて竿を積み込んで車を走らせる。
 梅雨空の厚い雲の間から神々しい曙光が滝のように海面を照らし始める。
 しばらくジグを投げ続けるとぽつりぽつりと雨が落ちてくる。
 気づくとこの広い海岸には私ひとりで誰もいなかった。雨足が早まる。海に漂う深い寂寥感に背を向け早々に家路についた。



 まだ午前四時前。
 早くも水平線上の空は橙色に染まり、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。この日もいつもの海岸に私は一人でぽつねんと佇み、夜明けの海と対峙する。
 手前の波打ち際で一度ダツがジグに当たってきたがすぐ外れた。


 この日は快晴。
 手前の方で何度かひったくられるような当たりがあった。多分ダツが体当たりしているのだろう、フッキングする気配さえない。この日も釣り人の姿がなかったが、五時過ぎに帰ろうとしたとき遠くの方で釣り人が三人やってくるのが見えた。



 天気が良いので、朝日を浴びながら少しゴカイを買って湾内の岸壁からちょい投げ。

 いきなりの大きな魚信で竿先を小気味よく引ったくって行ったのはなんと23㎝の大きなシロギス。


 ぶるぶると気持ち良い引きを楽しみながら引き揚げたのは少し小さめのシロギス16㎝。 


 続いて小刻みに頭を振りながら上がってきたのは、 アオハタの幼魚か?


 木の葉かと思ったら、ヒラメの赤ちゃんだった。


 岸壁の真下、岩の間を狙うとゴツゴツとした当たりで定番のカサゴ。


 これだけ持って帰って、丁寧に捌いて、天ぷらに。


 晴れたが、日中は酷く蒸し暑かった。
 汗をかいた後は天ぷらをつまみに、よく冷えたビールが美味い。



 梅雨も盛りを極め、様々な種類の紫陽花がその美しさを競い合っているように咲き誇っている。


 この景色を眺めただけで、じめじめとした湿気が纏わりついてくる気がする。


 
 二年前の梅雨時の公園での痩せた孤独なかんたろう。帰ろうとしても、いつまでもトボトボ歩いてついてくる姿が愛しかった。可愛くて仕方なかった。
 大雨の日も、屋根のあるベンチの下でひたすら私を待ち続けていた姿を思い出す。
 その愛くるしい一挙一動が、何もかも失くしたばかりの索漠とした私の心を締め付けていた。辛かった。早く連れて帰りたかった。


 かんたろうと一緒に暮らすようになって一年と三ヶ月が経った。
 気づくと、何もかも失ってから私の胸の中に長いこと蟠っていた、得体のしれない孤独な翳りがいつの間にか消滅していた。
 私は私になっていた。

 最近ハマっているのが朝の紐遊び、猫じゃらし。
 獲物を狙う目が真剣だ。


 机の下に隠れて、紐を待つ。
 弱い相手には強い。


 こんなとき、体を撫でようとすると、まんまるい目をキラキラに輝かせて甘噛みしてくる。
 痛い、と叫ぶとすぐに離すが、それでも痛い。


 叱ると、大きなあくびで誤魔化す。


 薄目が開いているが、幸せそうな寝顔で何よりだ。思わず微笑んでしまう。


 おやすみ、おにぎり顔のかんたろう。 

 まだまだ鬱陶しい梅雨は続く。 



 
 週初めは梅雨の中休み、束の間の晴れ間。
 深い暗闇から濃い藍色に変わろうとしている緊迫した夜明け前の空。
 星はまだ姿を隠さず、数だけが少なくなっていた。すぐに濃紺の空が柔らかい青みを帯びてくる。


 明け方の風物の変化は非常に早い。
 リールを巻きながらふと空を見上げると、島と島の間の水平線上から湧き上がるように橙色の曙光が昇ってきた。


 それが見る見る濃くなり、やがて色褪せ始めると、辺りは急に明るくなってくる。
 いつ見ても感動的な夜明けの情景だ。
 相変わらず虚しくジグを投げ続けるだけの朝が続いているが、私にとっては至福のひとときでもある。


 しかし、晴れ間は続かず水曜日から再び梅雨空に戻ってしまう。
 黒潮に近いこの海辺の町はひとたび前線が通ると大雨が続く。降水の量が膨大なのだ。

 暗い鬱蒼とした梅雨に映える鮮やかな紫陽花も今、最盛期を迎えようとしている。


 
 この日、ダイエットも兼ねて昼食は缶詰のパイナップルとフルーツトマトだけ。


 ところが、缶詰のパイナップルを食べすぎた。半分残せばよかったのに無理して全部食べてしまった。食べ終えた直後から酸っぱい胃液が上がってきていた。
 その夜、気持ち悪くなり何も食べられず、腹痛を伴う下痢を起こし何度もトイレに走った。 


 それを見たかんたろうは心配のあまりか、体を小刻みに痙攣させながら、ゲボゲボと音をたて空嘔吐を繰り返していた。
 そして、布団に入り横になると、一晩中私の頭もと、顔の横で朝までずっと添い寝をしてくれていた。
 ありがとう、かんたろう。 


 
 下痢も治り、この日はヒラマサの刺身。
 旨味が濃いので、これくらいの量で丁度いい。


 そして主食の鰹の刺身。
 痛風が怖いのでなるべく減らそうとしているが、ついつい安くて美味いので買ってしまう。


 私も元気になると、かんたろうも元気になった。
 暖かくなったので、最近はまた遊びに夢中。


 大きな蜘蛛とかは見つけても見なかったふりをして逃げるくせに、相手が動かない紐にはすごい強気で攻撃する。


 ドヤ顔で掴む。
 

 掴んだまま、噛み切ろうとする。


 夜になると寝よう、と二階から誘う。


 ふと気づくと、わざととしか思えない可愛いポーズでずっと静止して見つめている。



 おやすみ、かんたろう。
 長生きしろよ。
 鬱陶しい梅雨はまだまだ続くみたいだ。


 水曜日。久々の石鯛釣り。
 渡船屋まで家から車で10分で到着する。梅雨の晴れ間とあって、平日なのに釣り人は思ったより多くて15名程いた。


 五時半、すっかり明るくなってから出船。



 いつもの磯に上がる。

 隣の磯にも底物師、二本竿を出している。一本はこちら向きに、この磯のすぐ前に向かって仕掛けを投げ入れている。

 まぁ、私は足元の真下を狙っているので関係ないが。



 渡船屋にウニがなかったので、餌は全てストックしていた冷凍物。家から釣り場までは近くていいけれど、残念ながら生き餌を売っている釣具屋、餌屋が遠すぎる。

 水温が高いのか餌取りが多く、柔らかい餌では底まで持たない。なんの前触れもなく、サザエの餌をいきなり引ったくっていったのは、50㎝近いサンノジ(ニザダイ)。



 冷凍のバフンウニをつけても、竿先を叩くだけではっきりとした当たりが出ない。サザエをつけると餌取りの猛攻にあう。竿先が絶えず踊りながらも一向に舞い込む気配はなく、すぐになくなる。

 隣の底物師は活きのガンカセで30㎝ほどのイシガキダイを二匹ほど釣り上げリリースしていた。

 やはり、ウニがないと話にならないのか。

 この日は皆既月食・スーパームーンの大潮だ。夜明けごろが満潮で、昼に向かってみるみる潮が引いてゆく。

 




 冷凍ヤドカリの餌で、竿先を徐々に押さえ込み一度食い上げた後、一気に舞い込んだのは、45㎝ほどの雌の石鯛。竿先が海面に突き刺さるのを待って思いっきり合わせる。久々の心地よい引きを落ち着いてゆっくりと堪能する。

 餌もなくなり、干潮で底も見えだしたので昼の13時に帰った。

 一匹釣れたら上等だ。三枚に卸して二日ぐらい冷蔵庫で寝かす。



 

 梅雨の晴れ間の、まさしく五月晴れ。

 熱を持った曙光が、全ての景色を朱色がかった鮮やかな橙色に染め上げてゆく。

 夜明けの海岸は、カラッとしてまだまだ肌寒い。 



 ジギングは相変わらず何も起こらない。魚の気配が全くない。

 昇りゆく朝日に向かってジグを投げ続けていると、詩美豊かな薫風が海面を滑って颯爽と私の体を通り抜けてゆく。何と気持ちのいい朝だろうか。今日も至福のひとときを過ごしている。

 今や老いて疲れ、家庭も仕事も何もかも失くしてしまった孤独な私だが、海と対峙し自然を全身で感じているこの自由の時間は何という楽しさだろう。

 海を見ながら私は今、自分の求めているものを知った。

 自然とともに生きている自由の時間! 

 昔の日から今日の日まで、私の求めたものはそれだけだった。


 遠く、島々が神々しい光の中で、天空に浮び上がったように見えていた。 



 


 こんな田舎にも3日間移動販売のピザーラがやってきた。

 ニューヨーカーを一つ注文する。



 タバスコをかけ熱々を頬張る。久々のピザなのですごく美味しく感じた。




 二日寝かした石鯛の刺身。

 ちょうどいい硬さと濃厚な旨み。しかし脂が醤油を弾く。

 そこで熱々のご飯に何枚か乗せる。すると刺身から油が溶けて染み出す。そこに醤油とすだちを垂らして、息をとめ一気に大口を開けて頬張る。

 甘い滋味が、磯の香りが、口いっぱいにひろがる。



 この日はスーパーで寿司フェアをしていたので思わず買ってしまった。

 うなぎ巻きが特に美味かった。



 明石産の美味しそうなタコがあったので薄くスライスして、寿司飯に乗せて食べる。

 さすが、濃い旨味が効いた最高のタコ。



 握り寿司もサヨリが新鮮でマグロもあっさりとした上品な味だった。




 新鮮な獲れたての小鯛が六匹入ってなんと179円。春子にもってこいの大きさ。



 早速三枚に卸して塩を20分間当てる。

 湯霜にして、氷水に取り、酢につけて冷蔵庫で一晩寝かす。 



 翌日、寿司飯を炊く。

 鰹を買ってきて、生姜醤油に漬け込む。



 少し見た目が悪いが、春子と漬け鰹とカニカマの握り寿司の完成。

 春子の食感が少し緩い。今度はもう少し塩と酢を効かしてキリッと仕上げたい。




 暖かくなってきて、かんたろうは窓際で陽に当たりながらの昼寝に夢中。




 私は長い間かんたろうを眺めていても飽きない。

 転がるかんたろうに「長生きしてね」と話しかけ、そっと鼻を寄せると太陽に当てた布団のような清潔でいい匂いがした。



 美味しそうな、おにぎりのような顔。

 眺めているだけで幸福感に包まれる。これもまた何という楽しさだろうか。


 猫を見ている自由の時間!


 
 見つめていると、ゴロゴロと咽喉を鳴らしながら舌を出した。
 おやすみ、かんたろう。いつも、一緒だ。