明け方の梅雨空。
 曙光が束の間の輝きを取り戻す。


 鬱陶しい雨模様の日が続き、梅雨前線の停滞で海もずっと荒れ模様。
 一日中蒸し蒸しと暑く息苦しく、釣りにも行けず私の心は憂鬱に押し潰される。夜は寝苦しく、身体も鈍って今にもカビが生えそう。

降る音や 耳も酸うなる 梅の雨 」芭蕉



 退屈なので、何種類かの古いリールを分解して丁寧に磨いてみる。
 案外単純な作り。
 見違えるように回転が滑らかになった。


 今や体の一部となった古いギターも酷い湿気で朽ちそうなので、磨いて乾燥剤入りのケースにとりあえず仕舞う。

 1970年製 マーチンD28 。今メインで弾いているギター。


 1979年製 ギブソン・レスポール・スタンダード。とても綺麗で手にも良く馴染むけど、とにかく重い。


 1980年製 オベーション カスタム・レジェンド。アンプを通さずそのまま弾いても硬いカッコいい音。


 グレコ製 ベース。ポールマッカトニーモデル。ポールになりきって歌える?




 蒸し暑い夜は何故か無性に鰻が食べたくなり、関東風蒸しの鰻をネットで注文。
 さすが蒸し焼き、柔らかくて美味い、美味い。


 今回は白焼きも同時に注文。これは熱燗のお供。


 近所のスーパーに養殖だが美味そうな新鮮な鮎があったので塩焼きに。


 普通に捌いて、内臓も取って普通に醤油で食べる。
 養殖でも甘いスイカの香りが口の中に広がる。皮もネチネチと脂が乗って旨い。すだちかレモンが欲しかった。



 まだまだ安価が続く、夏の鰹の美味しい食べ方を。



 ニンニクがよく効いた、ガーリックフランスを買ってくる。
 


 その上に、大葉を挟み、生姜醤油に漬け込んだ鰹の刺身を乗せる。



 仕上げは、マヨネーズを少々。

 息をとめ、大きな口を開けてそのまま一気に押し込む。
 そして、ひたすら噛む。すると口の中に生姜醤油の香りが広がり、遅れて鰹の旨味がもちもちと刺激し始める。
 噛めば噛むほどニンニクの風味が漂い、フランスパンのしっかりした食感と風味が、暑さで溶け出しそうになっている脳みそを陶酔させてゆく・・・。



 この日はあまりにも蒸し暑く、料理を作るのがめんどくさかったのでスーパーの握り寿司。


 ついでに鰻巻きと、


 またまた、鰹の刺身も。
 食べすぎ。



 最近のかんたろうは、ご飯も私と一緒に食べるようになった。
 しかも何やらぶつぶつ、小声で喋ったり呟くようになった。そのうち突然、日本語で話しかけてきそうな気がする。



 食事の後は、新しいおもちゃに夢中。





 二年前、公園でのかんたろう。
 顔の傷が痛々しい。

 帰ろうとしても、ストーカーのようにいつまでもついてきた。



 玄関で転がる今朝のかんたろう。
 あぁ〜暑くて背中が痒い、と口をへの字にして呟く。


 恥ずかしい。 


 今や、全く自由な「かんたろう」。
 そして、一杯の冷たいビールと、かんたろうを見ている私の大切な自由の時間!  

 おやすみ、かんたろう。寝苦しい夜はまだまだ続く。


 夏至の日。
 夏の短夜が静かに明けてゆく。
 曇っているのに四時過ぎでこの明るさだ。


 四方の光景が、凛として輝く旭光をいっぱいに浴びて太古の地球を思わせる毒々しいオレンジ色に染まる。
 輝く曙光を全身に浴び、思わず我を失い時を忘れる、至福のひととき。


 すると、いきなり竿がひったくられ、僅かな重みと生命感が手元に伝わる。その軽めの抵抗感からダツだとすぐにわかった。
 非常に危険な硬い嘴で刺さりにくいのに、たまたまリアのトリプルフックを咥えてしまったので外れなかったのだろう。この日もこの後何度かダツらしき当たりはあったがフッキングしなかった。
 まだまだこの海岸には生命感が希薄で、ダツとボラくらいしか姿が見えない。


 散歩の途中で見かけた道路一面に散らばる山桃の死骸。すぐに車に轢かれて血の海と化してゆく。
 毎年のことながら何かやりきれない、悲愁に満ちた儚い風情が一面に漂っている。



 スーパで見かけた地元朝獲れの本よこ(本マグロ幼魚)ブロック。あまりに綺麗で美味しそうだったので思わず買ってしまった。


 皮を剥ぎ、血合いを取り、テンパと呼ぶ上部の赤身部分をハネ、下部の座布団と呼ばれるトロの部分にある少量の血管を外科用の繊細なハサミで丁寧に抜き取る。


 まずは赤身、中トロの部分を少しずつ刺身で。少しコリコリして硬いが脂が乗って美味い。
 残りは冷蔵庫で一日寝かせて、また明日の楽しみに。


 赤身の部分をサイコロ状に切り、わさび醤油に漬け、出汁をかけた山芋で和える。
 熱々のご飯にかけて、息を止め一気にかき込む。


 一日寝かすと、柔らかくなり旨みが増す。ご飯にもお酒にも、何にでも合う。


 昼はさっぱりと冷やし中華。
 面倒臭いので具はハムときゅうりだけ。ご飯が欲しい。


 マグロの次はやっぱりカツオ。まだまだ安価を保っているのでついつい買ってしまう。


 この日、スーパーではすき焼き用の黒毛和牛が安かったので買ってしまう。


 昆布と鰹で出汁を取り、醤油と酒だけで薄く味付けしただけの、あっさりすき焼きを作る。
 具は牛肉と白菜とエノキと豆腐のみ。卵を付けていただきます。



 かんたろうは最近テレビに夢中。この日は野鳥にハマっていた。


 どこにいるのか。テレビの後ろ側を覗いて懸命に探す。


 どこにもいないのでイライラして爪研ぎを相手に憂さ晴らし。



 この日食べすぎて胃がキリキリと酷く痛み、薬を飲んで寝ていると、心配そうな顔をしてかんたろうがやってくる。
 そして腕に寄りかかってきて大丈夫か、とそのまま添い寝をしてくる。愛おしくてたまらない。


 ありがとう、かんたろう。
 おやすみ、長生きしろよ。


 相変わらず鬱陶しい雨が降り続き、釣りに行けない悶々とした日々が続いている。
 しかし、この日の太陽は厚い雲の合間から鮮やかに輝き、見はるかす四方の光景を、凛として輝く曙光をいっぱいに浴びて朱みを帯びた橙色に染めてゆく。


 ところがすぐに太陽は分厚く広がる巨大な雲の中に消え、分厚い広大な白い雲を外側から毒々しいオレンジ色に滲ませてゆく。
 妖艶で淋しく哀愁に満ちた秋の夕焼けのような空模様に早朝から圧倒される。
 遠くの方でトビウオが水面を滑るように跳ねながら飛び、波打ち際ではダツが獲物を追い回す。
 時折、そのダツがジグに体当たりし竿先をひったくってゆくが針にはかからない。
 静かな梅雨の明け方の海。



 先日の余ったゴカイを冷蔵庫で活かしていたのを思い出し、近くの湾内の岸壁でちょい投げ。
 さすがに海水を毎日変えていたとはいえ、5日も経っているので、ゴカイは息絶え絶えでふやけていた。


 引き釣りをしてもネズミゴチばかりなので、置き竿にしていると珍しい魚が釣れた。
 死んだようにほとんど動かずに上がってきたのは、ヨコスジイシモチ。


 少しは引いたが、何かわからない魚。多分ハゼの仲間だろう。



 チャリコ(真鯛の幼魚)は小さくても小気味いい当たりと引きを見せてくれた。


 定番のオオモンハタ。


 安定のガシラ(カサゴ)


 いきなり強烈に竿を引ったくって行ったのは何と30㎝越えの綺麗な真鯛。
 500円の柔らかい安物のグラスロッドを満月のようにしならせて頭を振りながら水面に現れた美しい姿に、しばし呆然と見惚れていた。


 早速捌いて、塩焼きに。
 お頭付きで、昼飯にご飯と一緒にいただいた。
 めでたい。


 近所を散策しながら、梅雨のひとときの晴れ間を楽しむ。
 雨水に洗われた川辺の草花が嬉々とした姿で踊り、詩美豊かな薫風が川面を軽快に滑ってゆく。



 スーパーの「父の日フェア」で年に一度の自分のためと言い聞かせて、まぐろづくし寿司セットを買う。


 ついでに大好物のうなぎの太巻きも。


 おまけに安くて美味しそうだったので、またまた鰹の刺身を買ってしまう。
 お腹いっぱいで動けない。
 うなぎ寿司が半分余ったので冷蔵庫へ。翌日の昼、食べよう。



 最近、かんたろうは朝食時、私と一緒にテレビを見るようになった。



 私が食べ終わると、顔を見て大声で「にゃん」と合図し、玄関の床に行ってブラシをしてくれとせがむ。


 ブラシをしていると、遊ぼうと全身で誘ってくる。


 早く連れていってくれ、と目を三角にして訴える二年前の公園でのかんたろう。


 今は、くりくりのまんまるい目だ。


 爪が生え変わるのか、よく噛んで引っ張っている。


 体もまんまるになった。


 おやすみ、かんたろう。
 梅雨バテ気味だけど、大丈夫か。