人はどうして老いるのか ー遺伝子のたくらみ ー
人はどうして老いるのか 遺伝子のたくらみ
日高敏隆
姜尚中さんが帯を書いていたので、思わず購入して読んでいる。姜尚中さんは、夏目漱石から現代の生きる知恵を抽出した『悩む力』で知って以来ファンである。夏目漱石の作品を読んでみるキッカケになったのも、姜尚中さんのおかげであった。スタイルも良いし、声も知的で、博識で、しかも熊本出身という身近さもある。
さて、この本。人はどうして老いるのか、というより、
人の行動や感情は遺伝子の支配を受けている
というのが、優しい言葉と、分かりやすい論理展開で述べられている点が印象に残った。生物学を知らないぼくでも、スルリスルリと読める。
感銘を受けた箇所を引用してみよう。一部強調しているのはぼくである。
『ドーキンスにいわせれば、個体は遺伝子のヴィークル(乗り物)であって、体内で遺伝子を生かし、子孫という形で送りだすのがしごとである。(中略)そして、その個体が子どもをつくってくれないと、遺伝子は殖えることができないから、遺伝子はその個体が子どもをつくるために努力させる。(中略)性行為の快感という「ご褒美」も遺伝子はちゃんと準備している。』p46
『遺伝的プログラムはわれわれの幸せを願って組まれたものではないということだ。』p114
その感情は、あなたが思っているのか?それとも、遺伝子にそう思わされているのか?その視点は、ぼくらが人間として生まれ、幸せに生きるために必要不可欠な視点なんではないか。
その自問自答ができるのか否かは、短い人の一生をより濃いものにするとぼくは信じている。
今を生きるばっかり
今を生きる、今が楽しければ、今が今が…
確かにそれも大切だろう。でも、そういう人間は少し味気ない気がする。なんというか、薄い?
本人が良ければ良いのだけど…本当に本人はそれで良いと思っているのか?
単に、その生き方しか知らないから、その生き方をして、さらに半ば楽しいもんだから、自分を都合のよい言葉で納得させているだけかもしれない。
少し先を見越した上での今。
と、
今しか見てない上での今。
同じ、今でも大違いだと思う。
鶏頭牛後
中学三年。どっちの高校に行こう…。ぼくは悩んでいた。
J高校とT高校から、サッカーの推薦の話をもらっていたからだ。J高校の方が、偏差値が高く、好きな監督もいた。ぼくは、どちらかというとJ高校に行きたいと思っていた。
当時、推薦で高校に入り、みんなに馬鹿にされるのは嫌だから、塾に通わせてもらっていた。一人ですべての教科を教えるような小さな小さな私塾だった。
そこの先生に、J高校に行こうかなと考えていると言ってみた。すると、これまでの模試の結果を見ながら…
君は、10回受けても3回しか通らないよ。
合格率30%?耳を疑った。もう少しやれる脳みそを持っていると思っていた。その瞬間に決まった。J高校は辞めた。T高校だ!
そのときの判断の決め手は、表題にもあることわざだった。
鶏頭牛後。
牛の群れの後ろにつくより、鶏の集団のトップたれ。J高校で自分よりできるやつが周りにウヨウヨいるなかで、勉強のやる気はもたないだろう。そう思った。そうして、T高校にした。T高校は自分のレベルより少し高い、あるいは同じくらいだった。
あれから、10年余り。
ぼくは今でも、鶏頭牛後作戦を取り続けている。いきなり高いところを狙うのではなく、自分のレベルより少し高いところでトップを狙う。そして、実力がついたところで、次の高いところを目指す。
性格に合った色んな戦略がある。牛の後ろから、嫉妬をバネに伸びるやつもいる。そこまで自分の性格を見越して、選択することも必要だ。
え、なんの話?
今日ペンの持ち方が変な人を二人見た。
なんか、肘を張って、手首を回しこむようにして持っているのだ。
そして、その二人が偶然にも左利きだった。
ひょっとすると、左手で、ひらがなやカタカナ、漢字を書くと、ああいう持ち方が書きやすくなるのだろうか。
今度、左利きの人に聞いてみようと思う。
青臭さ
プライドを持って仕事をするとか、今のご時世に言うと笑われるんだろうな。それは、文句なしに笑われる。理屈なしに笑われる。条件反射のように笑われる。
ただ昭和生まれのぼくは、未だにそういうことが大事だと思っている。自分がそういう誇りを持ってやれてるとは言え ないけれど、そういうことが大事だと思っているのか、思っていないのかでは差はでるだろう。
刹那主義でくだらないことを言ったり、やったり場合じゃねぇぞ。
