ムスカと又八のブログ(仮) -35ページ目

バンシィ

昔ブログでクリスマスプレゼントにガンダムをもらったと書いた。


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去年にはできていたけれど、アップが遅れてしまった。


え?待ってない?



一応責任を果たしたことを公に報告っ。








主導権

良くない。

全然だめだ。

何がだめなのか。わからない。

でも、だめなのはわかっている。

主導権。

そうか、主導権だ。

主導権がこっちにない。

なんだか、怯えている。

相手の出方がわからないと。

いや、相手のせいか?

ちがう、相手が原因じゃない。

こっちに弱みがある。

後ろめたいところがある。

つけいってほしくないところがある。

それを隠したい。

その隠し隠し、怯え怯えな態度が、結局は相手に主導権を渡すことになっている。



良く見せようとしすぎだ。

言葉で丸め込もうとしすぎだ。

主導権を握るのに、言葉は要らない。

佇まいだけでいい。



大切なことを思い出した。

テレビの販売員をしていたころ。

売ろう売ろうとしたら、逃げられていた。

どっちでもいいよ、買おうが買うまいが私には関係ない。あなたが決めることだ。好きにしてください。

離れれば、追ってきた。

どっちでもいいよの姿勢。

それが、余裕を生み、肩の力を抜き、冷静さを与えてくれ、後の先がとれるような状況へと導いてくれる。



勝つために、攻めない。

そういう大人の戦略を身につけたい。


忘れないように、システム化

決心とかはすぐに忘れる。

今年はこれをやるぞ、とか即忘れる。

どうかしたら、2分後には忘れている。


当たり前だけど、決めたことを忘れない、というのが実現には重要となる。

だがこれが難しい。脳は覚えることより、忘れることの方が得意なのだから。


では、忘れないためにどうしたらいいのか?

逆説的だが、忘れないためには、忘れてもいい状態を作るしかないと思っている。


これを、『システム化』と呼ぼう。


やろうと思っていることを、システムに落とし込む。



例えば、今年はもっと一瞬一瞬の時間を大切にしよう、とか思ったとする。

もう25だし、なんだか時間が大切だな~とか思ったりする。

でも、時間を大切にする、なんて毎日意識することはできない。

そこで、壁にめちゃめちゃでっかいカレンダーを貼る。そうすれば否応無く、目に『時間』が飛び込んでくる。

そうして、


今日はもう6日か~、今月まだなんもしてねぇな~


とか勝手に自分が考えるように、仕組む。こういうのをシステム化と呼んでいる。

厳密な定義はない。強いて言えば、思いを具体的な形にする、ということか。



昨日の夜、本田圭佑のちょっとした特集を見た。ミランに加入し、今や時の人である。時の人から学ぶことは多い。

本田圭佑は、得点力を上げたいと思った。
こんな言葉は、よく、頻繁に、しばしば、聞く。
『もっと貪欲にゴールを意識する』なんて、大抵の選手が言っているし、思っている。
しかし練習中も試合中も、常にゴールを意識し続けることは難しい。

そこで、仕組みを作った。具体的には、右足のシュート練習の時間を設けたのだ。

本田圭佑は左利きだから、左足でシュートを打つことがほとんど。そこで右足でもシュートが打てれば、シュートの回数が増える。回数が増えれば、ゴールの数も当然増えるだろう。

思いをシステムに落とし込んでいる好例だと思う。



もう一つ例を挙げる。

受験生がもっと勉強しなければ、とか思ったとしよう。

繰り返し言っているように、思うだけでは無意味だ。忘れる。

そこで、仕組みを作る。

例えば、毎日の勉強時間をカレンダーに書き込み、一週間の合計を出していくという仕組みを作ったとしよう。

それだけで、勉強時間の管理ができ、一日に何分増やそうとか、この日は勉強時間が少ないとか、具体的に考えることができるようになる。




あとは、仕組み化することを忘れないようにすることだなぁ…




準備

今日は、朝6時から、今の今まで論文提出の準備に追われた。

やっどおわっだ。

やや爽快。

仕事は遅い。

速くやることも実はできる。

でも、速くやると、一時間でエネルギーが切れる。

そうなると、亀のように、体力温存で歩き続けたほうが最後に勝てる。

亀型なのだ。うさぎ型はかっこいい。

でもマネして、勝負に負けたんじゃ、最終的にかっこわるい。





話は変わって、準備というのは非常に重要だ。

準備していないことは、本番にできない。

いや、できることもある。

それはまぐれ。まぐれは一過性で、意味はない。



うちのおやじは昔、 「段取り8割」という名言を残してくれた(死んでない)。

段取りをしっかり組んでいれば、あとはなにもしなくてもオートマティックに物事が進んでいくらしい。

その境地はまだ見えない。が、見たい。




相手や環境の変化を読めるとこまで、読み切る。

それも準備だ。

もちろん、読み切れるわけがない。

それが甘さだ。未熟なところだ。

物事なんてどうせ何が起こるかわからんし、と言い訳しないようにしたい。




さて、すべては思い通りの人生を生きるために

戦う とは?

戦いをするにあたって、まず、しなければならないことがある。


それは、


この戦いの『勝利』とは、どうなることなのか?



ということを定義することだと思う。その勝利のために、どのような道筋を描けばよいか?それが戦略である。わたしの友達が良く使う言葉を借りるなら、着地点を決めるということになる。









次に、どういう方法で勝つかということについて。


自分が(相対的に)得意なことで勝負する必要がある。いわば、戦いのコンセプトである。




そして、『常に新たな手を打ち続ける』ということも重要だ。
現状維持は明らかな退化である。これは経営でもよく言われる。自分が現状維持と思っていても時間は流れる。周囲は変わる。それに合わせて、矢継ぎ早に手を打たなければならない。


また、この打つ一手は、奇襲である必要がある。
奇襲とは、相手が気づいていない、感知していない、また、意外に思われるという性質がある。
戦いにはいつも相手がいる。相手のいない戦いはない。相手を制するには、奇襲しかないと思う。
もちろん、奇襲ばかりだと、それは奇襲ではなくなる。だから、そんなときは王道の一手が奇襲となる。


このように相手との攻防で自分がやることは決まる。

そのときに必要な心構えが、肩の力を抜くことだと思う。

肩の力が入っていると相手が見えず、独り相撲になる。自己満戦法で勝ったという話を聞いたことがない。

柔は剛を制し、剛は柔を制する。

これは相手のことがわかって初めて、勝つ方法が見出せることを意味している。

また、

彼を知り己を知れば百戦殆うからず



という孫子の言葉もある。相手を知り、自分を知っていれば、何度戦おうが勝てる。



しかしでも、最も大切なのは、覚悟だったりするのかもしれない。覚悟というのは、捨てることと同じだと思う。
つまり、その戦いの勝利のために、どんな大切なものを捨てられるかということ。
それは、時間だったり、一時のプライドだったり、人だったりするんだろう。




今後少しずつ戦いについて考えたことをアップしていきたい。