悪い方への思い込み
最近個別塾のアルバイトをしていて思うことがある。
個別塾に来るということは、全体の授業のスピードについていけないということを心配している、という面がある。
相対的に、勉強を苦手としている子が多い。
点数も良くないし、理解も遅いのだろうと思っていた。
しかし、実際は全然違った。
みんな理解力がバリバリある。例外なく、記憶力もいい。
3,4週間前にやったことも、ちゃんと覚えている。
そう、彼らは頭が悪いんではなかった。
じゃあ、どうして?
そう思っていたら、ふと気づいたことがあった。
ぼくがほめたりすると、彼らはよく、
「全然頭なんか良くない」
とかすぐ言う。自分ができるということを信じていない。
逆にいうと、自分はできない、と信じている。
どうせできないと思っている人は、挑戦すらしない。
理解してみよう、という挑戦をしなくなる。
それが大きな原因なんじゃない??
と思う。
ぼくが勉強を始めたきっかけは、なんとかぼくに勉強させようとしていたある人が、
お前は天才だ
と会うたびに言ってくれたことだった。ぼくは勘違いに勘違いを重ね、
え、まさか、おれ…天才…?
と思うようになり勉強をはじめた。
もともと頭の悪い人なんてのはいない。
いるのは、
自分は頭悪いし、とても勉強なんてできない
と思い込んでいる人だけだ。
ぼくはもちろん分かりやすく勉強を教える。分かりやすさで勝負したいと思っている。
でも、それ以上に、ぼくに
天才だ!
と何度も言ってくれた人のようになりたい。彼らに自分の才能をもう一度信じてもらえるよう努力したい。
めがね
又八にメガネを作ってもらいました。
とてもかっこいいめがねです。
ぼくは遠視です。
なので、目自体はとてもいいです。
でも、疲れる目をしています。見え過ぎてしまうのです。
だから、少し見え過ぎを抑えてもらうようなめがねを作ってもらいました。
目が良い人にも、めがねが必要。
まるでエスキモーに冷蔵庫を売るような話だなと思いました。
最近ずっとかけています。
実は以前にも作ったことがありました。
でもそのときのめがねは、度が強すぎて、うっとおしかったです。
だから、すぐに使わなくなりました。
でも、又八はそれを見越し、度を調整し、弱めに作ってくれました。
彼はしきりに、
めがねは、かけなくては意味がない
と言っていました。
お客にとっては、度が強い方がインパクトがあります。
だから、その場で驚きます。そして、これがいいと思います。
でも、そんなめがねはかけなくなってしまうかもしれない。
度を弱くする、というのはお客の立場に立った意見だったのです。
商売というのは、松下幸之助も書いていますが、相手の立場に立たなくてはなりませんね。
なかなかむずかしいですが、時には自分の意見をお客さんに直に伝える、ということも大切なのかもしれません。
仕事も速くて正確でした、ありがとう。
ちなみに。帰りに警察がいましたね。
あれはひき逃げだったようです。はは。
怖いですね。明日はわが身ですね。はは
では
敵 とは
その戦う相手は、本当に敵なんだろうか?
敵ではないものと戦ってはいないだろうか?
ひょっとすると、敵どころか、いっしょに戦う仲間かもしれない。
なんてことがある。
敵と思ってるうちは、勝てない。
たとえ勝ったとしても、負ける時が必ず来る。
それは相手を、敵と定義した時点で、宿命づけられている。
常勝するためにはどうすればいいか?
相手を敵としない、仲間にする。
戦わないことが、常勝するには必要となるのではないだろうか。
上司を敵とするのは、もう敗戦濃厚、なんのメリットもない。
上司はむかつく。敵意を抱くだろう。でも、上司に勝つことはあなたの人生の目的ではない。
よって上司は敵ではない。むかつくけど、仲間なのだ。
上司と共通の敵がいるだろう。それが真の敵であって倒すべきもの。
あいつまじぅぜ~
仕事できんわ~あの上司
ぼくの職場でもよく耳にする。
彼らは上司という見せかけの中ボスにやられてしまい、世界を救うことなんてできないだろう。
今日の一人反省会
いかんなぁ。
今日もよくなかったな(バイト)。
テンションが低かったな。
テンションも一つのサービスだから、それにブレがあるのはダメだな。
原因は寝過ぎだろう。
寝過ぎには気をつけよう。
で、楽しくもなかったな。
これは問題だ。
飽き性で、もうこのバイトから新鮮味は感じない。
それも一つの原因だろう。
もうちょっと中身にこだわろう。
つまり、教え方。
どうすればもっとわかりやすく伝わるか。
その研究をしよう。
ちょっと小手先のテクに走りすぎてたから。
よく褒め、しっかり教えよう。
決心の決め方
心を決めると書いて、決心。
決心するのはむずかしい。前も書いたけれど、やっぱり忘れてしまう。
忘れないためにコツがいると思う。
最近発見した。
それは、決心は否定形で考えよ、ということです。
今年は人に優しくする!なんて決心は、即、忘れる。
その理由を考えてみると、人に優しくするのが具体的にどうすることなのかがわからないからだと思った。
そこで、否定形に変える。
否定形は具体的だ。
優しくするということを、たとえば
人に対して怒らない
と否定形に変える。
この方が自分の行動を制限しやすい。
怒った、という事実は観察可能だからです。
仏教には五戒がある。
酒を飲むな
性行為するな
嘘をつくな
盗むな
生き物を殺すな
すべて戒め、すなわち、
これをするな!
ってことが書かれている。世界的な宗教である仏教でも用いられている手法をマネしようではありませんか、ということです。
