中3年時の担任の先生
今日、中学三年生のときの担任の先生にばったり会った。
先生は、
あ。こいついたいた。名前わかんないけどいたわ~
的な感じだったけど、この歳になると、
ぅう、なまぇおぼぇられてなぃよぉ~
的なことは思わない。
そこから40-50分ほど立ち話に花を咲かせた。
当時は小馬鹿にしていた先生だったが、大人になってあってみると印象が変わった。
理科を心の底から愛しており、自分が今なにを研究していて、その研究がどこどこに認められた、これからはこういうことに取り組みたい、などなど目をランランに輝かせて話をしていただいた。
いち大人として見たときに、とても尊敬できる生き方をしていた。
先生が生徒の頑張りに奮起する、これはよくあるだろう。
でも、今回は生徒が先生を見て、
おれももっとがんばろう
と思った、という話。
おもちゃ屋の猿
誰か一人がしゃべる。
オチがくる。
全員で手をバシバシ叩き、笑う。
先日大学で珍しく一人で勉強していたときだ。
同じグループと思しき男5人組が隣に座っていた。
彼らも手をバシバシ叩き、笑う。
ぼくらは仲間といるときに、手を叩いて、必要以上に笑う。
それは、『仲間意識』を高めるための行動だろうと思う。
見て見て!!おれ笑ってるよ!!仲間だよ!!
ってな。
ぼくもやるけど、客観的に見ると気持ちいいもんじゃない。ってか、うるぜ~。
でも、彼らにとっては、
おれらってほら!!楽しい仲間なんだぜ!!てへへ!
ってのをアピールしたいわけだから、作戦成功なんだろう。
関係ないけど、勉強は一人で静かにやるに限る。複数で勉強するなんて、それは、ただ「おれたち勉強してるぜ!」という満足にしかならない。成果は出てない。
よく中学んとき、高校んとき、ファミレスで勉強した。あれはひたすら無駄だった…。受験生(もしいたら)気をつけるように。
だらだら…
夜中に書いたブログってほんとプチ黒歴史。
あっというまの一週間。
一年の計画は立たずとも、一週間の計画は立てよう。
無駄なことなどない。なんて言うけれど、無駄なことなんてしたくない。
言い訳がましくなってないか?
先のことを考えて、今の行動を規制してないか?
明日はちゃんと朝起きよう、ではおやすみ。
承認欲求をステップ3満たす
一個前のブログで、
認められてぇ~欲求を、開き直って満たそうと思う
と書いた。
ではどのように満たしていくか?その方法についてまじめに考えてみようと思う。
承認欲求の満たし方は二つで、
相手からの、すっご~いというほめ言葉
自分ってやるな~という有能感
である。
まず、ぼくは「ほめ言葉を強制的に要求してくる人」が好きではない。
そういう承認欲求の満たし方は、ちょっとダサいと思っている。
だから、まずstep1 努力することで有能感を積んでいきたい。
しかし、有能感だけでは、やはり物足りない。
上の二つが揃って『承認欲』は完璧な意味で満たされると思う。
そこで、step2 有能感と同時に、さらに努力することで結果を出していく。
step3 結果が出れば、ほめてくれる人も増えるだろう!
この流れがいいんじゃないかなと思う。しっかり承認欲求を満たしたい!!(変)
マズローの欲求段階
ご存知マズローさんの欲求段階説。
下が満たされたら、上に行く。
下が満たされたら、上に行く。
最後に自己実現の欲求へ。
自己実現してぇ~です。
今時のぼくは自分探しとかしちゃいます。ガンガン探します。
自己実現に向けて頑張ってるっぽい人はかっこええです。
ミランの本田とか、イチロー…うん、人気あります。
でも、ダメです。
ぼくはダメです。
だって、まだその下の認められてぇ~欲求に支配されているから。
時々は生理的欲求が満たされなくなりますけれど、基本は認められてぇ~と思っていますし、それが行動の源泉になってるようです。
認められてぇ~ってのはちょっとださいです。
でも、一年前ぐらいからは開き直ってます。早く結果出して認められたいって言ってます。
それと、この認められたいという欲を捨てる、なんて賢者•聖者•君子になるのも諦めました。とてもとても捨てきれない。
自己実現欲求の階段が見えてくるのは、10年後か20年後か…ははは

