ムスカと又八のブログ(仮) -29ページ目

「まね」 「時間をかける」

高校のとき九大に行こうと決めた。

身分不相応な目標なのは、一回目に落ちたときに思い知った。

そのときに感じたことは、自分が俗にいう「できるやつ」ではないんだなということだった。

できるやつは、一年目で結果を出していった。


そこで、できないやつができるやつに勝つための方策をいろいろ考えることになる。

その結果、ぼくなりに2つの答えにたどりついた。


・まねる

・時間をかける


自分のないやつだ、と言われようが、他のできる人のやり方をまねた。

本を読んだり、できる人に直接お願いして、勉強方法を教わった。

4年前くらいだろうか、ファッションの勉強をちょっとした。

といっても、ただどんな服がかっこいいのかとか、そんな程度を知りたかった。

だから、いつもかっこいい服を着てる友達と服を買いに行き、彼らが良いというものをかたっぱしから買った。

その結果別の友達からは「自分がないw」と笑われたが、それがぼくの勝つためのやり方なのだ。



あと、時間をかける。

時間は、いつか質に転化する。

とにかく、頭の中でごにょごにょ考える前に、ひたすら時間をかけた。

たとえば、今論文を書いている。

アイディアがなにも思いつかない。

そんなとき、効率的なアイディアを出す方法なんてないと思う。

風呂場でも、無理やり考える。

すること思いつかなくても、机に座る。

そうして時間をかける。すると、ポンポンと出てくるから不思議だ。













ちがうちがう、こうじゃない。ちがう。

前回のブログのつづき。

そうやって、進路もいっしょになって真剣に考えて、自分なりに提案し、がんばれ!と応援してるうちにある感情が芽生えた。




この子らに誇れるもんがあるんだろうか・・・



なんだか今の自分を決して誇れない。

がんばれ!って言ってるけど、逆に生徒に「先生はなにがんばってんの?」とか聞かれたら・・・。

答えられない。



そもそも先生とか呼ばれるのに値することなんてまだなんにもしていない。


このままだと、いけない。

前は、目標なんてなくてもいいと書いた。

でも、目標ないと、生活にハリが出ない。

それも、ちょっと達成が難しそうな目標立てないと、このままじゃ自己嫌悪に飲み込まれる。



今を大切にとかよく言う。

それを、隠れ蓑にしてないか。

少し無理をして、やりたいことをやる。

そのためには、今を犠牲にして、将来のために投資しなければいけない。




今日旧友にあった。

彼は、なんだか、最近ぼくが目指していた姿をしていた。

で、思った。

「あれ、目指している姿はこうじゃないな・・・」。


もっと生き方の部分。見た目ではなくて。

そこを精査しないと。修正しないと。

ずれてる。

本来の自分のあるべき姿というか、ありたい姿というか。

0ベースでそっちに方向を合わせないと。


はじめは誤差。

5年後には差。

10年後には大差。


修正。修正。


自分ひとりで勉強する

一対一形式で学習する塾の講師をしている。


そこで、生徒に勉強を教える。点数を上げるのがぼくの仕事だ。


彼らは勉強はできる。しかし、点数は取れない。

理由は、自分ひとりで勉強する力が不足しているからだ。


ぼくが隣にいてやるべきことを一から決めてあげれば、ちゃんとやる。

しかし、学校の授業や学校の宿題はできない。


つまり分からないから点が取れないのではなく、独りで勉強できないから点が取れないのだ。



ではどうすれば独りで勉強できるようになるのか?


それは、1.本人のやる気 か 2.勉強自体が好き かに依ってくる。


どちらかを満たすことに成功すれば、自動で勉強をし始め、点数は上がる。



どちらを満たすかは、年齢に応じて変えるようにしている。

まず、中学生には2の勉強が好きになれるような指導の方を行う。

恋や部活に忙しく、まだ子供ぶっている中学生のやる気を上げるのは難しい。

それに、中学生の授業進度くらいだったら、ゆっくり時間をかけて勉強が楽しいことを伝えることができると思っている。


次に、高校生には1のやる気を上げるような指導の方を行う。

高校生はもう大人で、自分がこれからどんな人生を歩むのか、真剣に考え、悩んでいる。

そこに、一大人として、進路指導をする。

学力ベースで語るのではなく、その生徒のやりたいことベースで語ることが重要だ。

彼らは、周りの大人が学力ベースで自分の行き先を決めることにうんざりしている。



やれることはまだあるはずだ。模索したい。



メンタル(フィギュアを見て)


スポーツをやっていた人なら誰でもわかると思うけれど、メンタルというのは重要だ。

メンタルはその人の独自の技術を作り上げ、また、本番で持っている技術をすべて出し尽くすのにも必要となる。


ところで、メンタル面が整っているかどうかは、目を見ればなんとなく推し量れる。

簡単に言えば、目の開き具合で分かる。

目が半開きの選手は、本番で失敗する。それはもう技術うんぬんの話ではない。

本番に至る過程で失敗している。

技術面の練習ばかりにフォーカスを当て、メンタル面の整理整頓をおろそかにしてしまうことが多い。


無意識に隠れている負の感情を一つ一つ洗い出し、意識の層まで持ち上げる。それだけでも冷静になれる。

余裕や楽しみというメンタル状況を作り出して、本番に臨まなければいつも以上の成果は出ないだろう。



アルバイトで一対一で教える塾講師をしている。仕事場までは車で10分ほどの距離。短いと言えば短い。

しかし、車で行くと、イライラすることや考えなければならないことが多い。


やれ、後ろにぴたっとつけてくる車。
方向指示器をあげない車。
ライトがやたらまぶしい車。
しょうもないところでクラクションを鳴らす車。
駐車場内にある一方通行の流れを逆走する車。
右のレーンが早いのか、左のレーンが早いのか問題。


こういう問題にいちいちイラついていたら、いざ教える段階でもその怒りを引きずっているから、余裕はなくなり集中もできない。

だから、かなり早めに家を出発し、車間距離をあけ、スピードを抑えて余裕のある運転を心がけて現場に向かうようにしている。




自分を追い詰めるのは外的要因ではなく、いつも自分。考え方を柔軟に変えていくことで対処できるようになりたい。








考えられない人ってなに?

先日テレビのコメンテーターが、



我々は、ものを考えられない大人が増えることを危惧している。教育を通して、考えることができる大人を育てていかなければならない




と言うのを聞いてぞぉっとしましたよ。


この人は、自分は考えることができる人間だと思ってる。で、おそらく分数のできない大人とか、指示待ち人間な大人を考えられない大人とか言ってるんです。


分数できなくてもいろんなこと考えて悩んでるやつを知ってます。指示待ち人間でも、すっごい優しい人も知ってます。

その人らを一括りに、


考えられない人


って言って、なおかつ、社会からこういう人を減らせと言う。


どんだけ自分大好きエリートちゃん的な発想なんだ。

ったく