ムスカと又八のブログ(仮) -23ページ目

誰かがほめられてるとムッとするね

ほめるときはみんなの前で!


とかよく聞くけど、ほんとかな。

ぼくなんかは、他のやつがほめられてるのを見ると、


「結局おれなんか見てないよね…」


と落ち込んで、モチベーション下がってたから。

ほめられて嬉しいのは、そのほめられた人のみ。

周りは、


「おれもがんばるぞ!」


なんか思わないんじゃないかな。そんな前向きなやついるのかな。






人を叱るとき、指摘するときは、一対一。これは、分かる。
これにならって、ほめるときも一対一でいいんじゃないかな。そう思うけどね。




ネットに関してつれづれ

1   としをとるごとに、ネットで検索しても、答えがでなくなってきた。

どんどん問題が個人的なものになってきた。

答えは、だれかの頭の引き出しのすみっこか、ぼくの頭の引き出しのすみっこかにしかない。

ネットにはない。






2   ネットサーフィンってだれが考えたのか。天才的ネーミングセンス。

つまり、ネットでぐだぐたとカチカチやりまくる行為を、『サーフィン』っていうプラスのイメージを持つ言葉で、正当化しているわけだ。

ちょいと前に、サーフィンがはやったな。

キムタクがサーフィンしてるとか、してないとかそういう話だったか。ん、ちょいと前でもないな…。


あ~、それにしても悲しい。なにが悲しいって、ネットサーフィンに変わる言葉を生み出そうとしても、結局なにも思いつかないこと。


だから、現状にケチをつけることしかできない。変えてやる力も、気力も、やる気もないのだ。


ふ~

神と化する

相手主導でたのしくなくなるくらいなら、意味がない。


こっちがたのしくないのに相手はたのしいわけない。


それなら、こっち主導で、こっちが楽しんで、相手も巻き込むほうが善でしょ。







じぶんで言い訳してるのに気づけ。だれも教えてなんかくれない。言い訳してる限りは、足踏み状態。

結局、悪いことが起こったときは、じぶんの責任だって思うしかない。

すべてじぶんの責任とする。


ある意味でしんどいように聞こえる。


でも、実際は、これは、


すべてじぶんがコントロールできる!


という有力感、全能感を取り戻すことができる、画期的な思考なんだ。


すべてに責任とってけ


我儘

道徳観をまとった、肌触りの良い言葉より、じぶんの人生のほうが大事だよ。


だれかのために生きるのはかっこいい。

いや、かっこよく見える。

世間がそう決めた。


でも、ほんとは?じぶんのための人生、じぶんのために生きたいんじゃないの?


ぼくは、道徳を疑いたい。

たのしく生きることは、すばらしいことだ。

それより、すばらしいことを今のところぼくは知らない。

だから、それを知るまでは、わたしのまま、つまり、我儘に生きる。


ゾワゾワ

ぼくはね、笑いをとるふりをしてね、自慢を入れ込む。

そういうある意味高等的な自己顕示がね、きらいなのです。

人間的で、嫌ですね~。ええ。