会話の質
会話の質は、『なんで?』と『なぜならば』の回数に比例するんではなかろうか。
それ以外の会話は、単に互いが持っていることの情報交換に過ぎず、情報それ自体に意味はない。
なんで?と聞き、なぜだろう?と考え、自分だけの『情報』を作り、相手に『なぜならば』と言って情報を提供する。とっても、生産してる。その時間が意味を持つ。
ぼくはそう思う。
逆に、『なんで?』って聞くと、『なんでかな~、ん~、むずかしいね~』と言って、考えるのを放棄する人もいる。
そんな人とは会話が続かない。いや、続ける意志が消えてしまう。申し訳ない、そこは大人にならなければ笑
ぼくも、よく『むずかしいな~』と会話の途中で言ってしまう。でも、良い癖ではないので、言わないように、しっかり脳みそを使うようにしようと思っている。まぁ、昨日も言ってしまいましたので、一年がかりで癖の除去をしたい。
優しさと売り上げ
いい本屋がある。その本屋には、二回行った。二回とも買った。そこには本を見に行くのではない。買いに行くのだ。
中は極めて小さい。しかし、通路は広めに取ってある。古い感じなのに、最新刊はさりげなく揃えている。
それになんといっても、流れている音楽が、クラシック音楽なのだ。それも、やや大きめの音量で、ちょうど自分の世界に浸かることができるほどのボリュームである。こういうところはなかなかない。大きすぎたり、小さすぎたり、選曲が間違っていたりする。うちの近くの大手書店では、アホみたいな金切り声で若者が歌う、最近のJ-POPが爆音で流されている。
『カバーされますか?』とも聞かれない。問答無用で、カバーをする。使ってもいい、取ってもいい、好きにされてください。そういう気持ちで、サービスがなされる。
そもそも、『カバーされますか?』という質問は不要なのだ。つけてくれればそれでいい。それをデフォルトにすればいいじゃないか。
ぼくは、
『鳥料理か牛料理か、どちらにされますか?』
という、欧米式の質問の仕方が嫌いだ。日本人だから、決断するのに慣れていないからである。慣れていないことを、外にいてまで、他人に強いられたくない。
だから、カバーが必要か否かもいちいち問われたくない。好きにしてくれ、ここはあなたの店だろう?と思う。嫌と思ったらもう来ないから、だから、こちらの様子を上目遣いで伺うのはやめて、自分のしたいことを貫いてくれと思う。
その店で本が売れるか。それは、結局、相手の立場に立って考えることができる優しさの度合いに依るんではないだろうか。テクニックとかそんな小手先のものではなく。
物を買う、という行為は、店側のそういう心遣いを受け取り、それに対する『ありがとう』という気持ちの発露なんだと思う。
悩むと考える
悩むことと、考えることは明確にちがう。
悩むことは同じところをグルグルで、行動を伴わない。
考えることは、前向きの矢印で、行動が大前提。
この二つはなんかいっしょっぽく習う。『考える人』の像、なんてあれは、考えてない。同じところをグルグルしてる感じがする。悲壮感がある。きっと彼は、悩んでいる。考えてる人は、あんなポーズしない。常に動いてるから。
悩むっていうのは、無意味。無意味って、誇張表現ではなく、本当に、意味が無い。解決する方向に、考えること。悩むは、高尚なことじゃない。
悩んでる自分大好き♪を生み出す悪の元凶。
今を生きる…的な?
今を生きる。未来とか過去じゃない、今を生きる。今していること、必死にしてください。今を今を今を…
流行ってなんな~、『今を生きる!』『楽しいことをしよう!』思想。
最近、ツムツムにはまってるから、今を生きるってことで、ツムツムしまくって、500万点達成(少し盛った…)!!
楽しい、どんどんスタンプも集まって~、レベルもアップ!!今を生きる!!!
…幸せになれね~(´▽`) '`,、'`,、
ツムツムしまくって、それが誰かのためになって、お金になれば『生き甲斐』とかになるだろう。そこまでしないとダメだ、やり込みが足りない!とか今度は言われるんだろう。
ツムツムの攻略法をマニュアル化したり、スタンプの出る確率を計算したり、スタンプのスキルが強い順にリスト化して公開してみたり、高得点稼げる方法を動画にアップしたり…。や、めんどいや。
さ、今したいことしよう。お昼寝しよう。