日本の食糧自給率は、先進国中でも最低の39%。

食料自給率は低いが、世界で最も残飯を出している国。

金額に換算すると11兆1000億円。

世界の人口63億人中、きちんと毎日の食事ができるのは8%。

世界で8億人が栄養失調状態で、

年間900万人が餓死している。

―「いのちの食べ方」より


これ見てみたい。でも見たらご飯が食べられなくなりそう。。

でもそういうことじゃなく、これを見て考えなくてはいけないのは、

自分たちが毎日摂取している食料はみんな尊い命であり、

そういう自覚を持って生きていくことがたいせつなんだっていうことだよね。

ショックなことだけど、それを見ないようにして生きているのは

なんかルール違反な気がするんだ。

動物が食料として殺されている姿を見ると可哀想と思ってしまう。

でも生きるために他のいのちを犠牲にするのは、自然の約束で、

他の動物たちはみんな分かっている気がする。

そういう現場を眼にすることなく、温室で育ってきた私は

ついつい動物みんな友達ー

みたいな甘い考え方をしがちだけど、

友達になれるのはお互いに食べないよって約束したときだけ。

こっちが食料としてみている間はどんなに長い時間一緒に過ごしたって、

なついてこないもんなんだ。

だから、ただ可哀想だと思うんじゃなくて、

人間が生きていくためにどんなことをしているのか、

そして自分はその一人なんだってことを自覚して、

ご飯を大切に食べよう。

今練習している歌→珍島物語(爆)

歌詞がすごいけど、ストレス発散にはいい歌だー。。。


他には、、、世界中の誰よりきっと・スイトピー・時の流れに身をまかせ・北国の春・卒業写真・・・


これから、年齢層上の方々とも接する機会が多いだろうし、

どうせ最新ポップチャートについていけないんなら、

長く歌えそうな昔の曲を覚えようと思って。。


でももちろんCDとかまで買うほどの情熱は注げないので、

カラオケでまあ歌える程度になりたいな。。


北国の春とか日本人の私は知らないのに、中国人で

日本に興味がある同年代の女の子ワンちゃんは知ってたので、

私も練習しとこうかな・・と。


日本は新しい歌がたくさん出て、日々進化しているのは良いけど、

幅広い世代の人が一緒に歌えて盛り上がれるって歌がないから、

もっと昔のいい歌を掘り返して親しんでおくといいかもだよね。


でも今日は一気にやりすぎた。。。

このペースだと、すぐ燃え尽きそうだな・・・。

でもこれも一芸だと思って長く続けたいな。

8)表現力を身につける。

→よく自分のリアクションを誤解されるので。

 あと叱ってても迫力がないところが無念なので。

を考えよう。


今度聞かれたら意味不明な感じでボカさず格好良く語りたい!

←今年の目標 7)語れる奴になる。(去年に引き続き)


簡単に

→『急がば回れ

 ・・・不器用なくせに、イラッチなので、結構自分に言い聞かせていることが多い。


格好付けバージョン

→『選んだところに道がある

 ・・・たまに同じ様なことを言ってる人がいるので注意。

   結構自分の人生そのものだと思う。

   頑固なので自分の信じた方向に突き進むタイプ(人の話は聞いているようで聞いてない)

   でも最初から自分の歩むべき人生なんて決まってないと思う。

   何でも最初は間違ってるかな。。とか、ヘタこいたな。。とか思うもんで、

   でも、ある程度進んでから振り向いてみるとそれなりの道になっている。。。んじゃないかな。


なんかで聞いた、好きな言葉

→『体験しただけでは意味がない。それを消化吸収して生かしたとき初めて経験と呼べるものになる

 ・・・みたいなこと。

   うろ覚えでまとまらないけど、この言葉は自分の人生を変えたと思う。

   体験するだけなら誰でも出来るんだ!


高校の先生が誰かの受け売りで話した言葉の受け売り

→『置かれたところで咲いてください

 ・・・好き。

   周りの環境や条件は自分の思い通りにならないことのほうが多いけど、

   そんなかでも、折れることなく、自分らしく何かを成し遂げたい。


座右の銘って言うより好きな言葉

映画Blood Diamondより

→『人間は生まれながらに善なのか悪なのか。人間は人間だ。

  善悪はその人の行動により決まる。

  悪人でもほんの一瞬愛情が湧き起こり、良い行動をすれば

  その命には意味がある

 ・・・長!

思いついた順に。。。


1)果物や野菜の皮剥き名人になる。―速く、キレイに、長く!

2)3月またベトナム行くぞ

3)体力つける。―ムキムキになって使える奴になる。

4)一芸を身につける。

5)寝すぎない―働け!

6)日々学んだことを消化していく―ボーっと過ごさない!


つづく

今日知った。

枝豆は成熟すると大豆になる。


大豆を日陰で育てるともやし、未成熟で収穫すると枝豆。

黒豆は大豆の仲間。

黒い枝豆は黒豆の子供。


豆は思いがけないところでつながってる。。


この前釜飯屋さんでついてきたお漬物で、紅白のひょうたんみたいな形で、カブみたいなやつは

チョロギ(漢字はイロイロあるけど長老木が好き)。しそ科。

この前の記事を書いてから、もっと早く続きを

書こうと思ってたっけど、

わたしの人生での一つの大きな大きな

問題が動き出してしまったので、

とっても、つづきを書く気になれなくて

ここまで伸ばしてしまった。。。


でもそのことで、これから書くことが

一週間前に書こうとしていた事と、

微妙に変わっていると思う。


それがいいことなのかは

わかんないけど、

より私の中での

完成型であるのだと思う。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


この本で印象的なのは

やっぱり、主人公が行う

大胆で革新的な不妊治療技術や

移植手術、非倫理的とおもえるほど新しい

発想に基づく研究。。。。


読んでいると、主人公がとても非人間的

人物に見えてきて、嫌悪感を覚える。

これらを取り締まるための法的拘束力が

何もないことにあせりを感じる。


しかし、実際にそのことで悩んでいる患者のことを考えたらどちらが非人間的なのかは、はっきり言い切れない。

患者にとっては彼が神様を超える存在であることは容易に想像できる。


この点でこれまで先端医療に対する倫理的な考えというのは新しい進展なく、いまだ皆が尊守すべき

指針も立っていない。そしてわたしのような人間も考えることを放棄してしまう。


そして、いつの間にか当初感じた嫌悪感は薄れ、

患者の切実な苦悩は薄れることなくつづき、ついでに研究者たちの欲も加わり、

なんとなく。。なんとなく世間に受け入れられるようになってきて

それが当たり前のこととなっていく。


文中で主人公は体外受精についての世間の認識がだんだんと寛容になってきていることをあげているが、

これは臓器移植でも同じことで、それ以前の医療行為ということについても同じことだ。


わたしが今回この本についての感想を書こうと思ったのは、その臓器移植の問題が絡んでいる。


今では臓器移植は広く認められ、その背景に切実な患者の願いがあるからと考えられるが

急速な進歩がみられている。


当たり前になってきてしまって、少し前までは人間の臓器を移植するということに対して

多くの人が衝撃を受け、危機感を持っていたことは、すっかり忘れられてしまったように思う。


というかわたしは忘れてた。


ただ、それは危機感をもう感じないというわけではなく、もうそのことについて考えていないということなのだ。


去年の今頃ある人がこんなことを言っていた。


「皆さんドナカード持っていますか?」

(わたしを含め持ってない人が多い。。。)


「ドナーカードは臓器を移植するというひとだけがもつものではない。

 ドナーカードには臓器を移植しないという項目もあり、

 ドナーカードを持つことは意思表示なのだ。」


と。。。


それを聞いてわたしたちはドナーカードを手にはしたが、

結局書き込まないまま、一年経ってもドナーカード保持率は低いままだった。


ドナーカードを持つべきであることは皆が知ってる。

そして病気で苦しんでいる人を助けるために、臓器移植に賛成したいと多くの人が思っている。


実際、臓器移植

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挫折。

お正月休みの間に

帚木蓬生さんのエンブリオを読んだ。。。ぶーぶー


胎児を人と認めず、臓器と割り切って、治療・研究を進めていく主人公がかかれており、


今年四月に初姪が誕生した私にとっては読むのもつらい場面も多く、

ブック・オフで買ったことを後悔していた。。。(w_-;


それでも、ケチ根性で読み進めると、酷いという感想に加え、

生命倫理について、きちんと考えていく重要性を感じるようになった。。。


生命倫理を考える重要性なんてこれまで耳が痛くなるほど聞いてきたつもりだし、

それなりに考えてきたことだと思っていた。


だけど、結局生命倫理なんて、漠然とした印象しか持ってないし、

そりゃ、クローン人間なんて造られたら、

私のアイデンチチーはどうなるの?? 人間とか命ってものが

特別なものではなくなって、、、、なんかわかんないけどすごい危機感感じるわwww


くらいのことしか意見なんてない。

どっかで、

自分が考えたってそれは個人個人の問題だし。。。

ってか、私ってもともと倫理的人間ジャン!?

やばくなったら本能で回避っっできんじゃないの。。。??


なんて思ってたと思う。。。。(;°皿°w)

というか書いててびっくりした。

その通り。そのまま思ってた気がする!!



この本で、主人公をすごい非人間的で、倫理観の欠如した人物

と捉え、嫌悪感のようなものを感じながら読んでいて、

どうしてこのままじゃヤバいのかおぼろげながら感じた。

主人公がこんな風に書いてあったからこそ

反面教師みたいな形で、今までより具体的に感じるようになった。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。<つづく>


今、今度の春休みに向けて、旅行の計画を立ててる。



去年の夏から、今回は絶対アジアに行くと決めていた。


だって、アジアで現地の人の生活を垣間見てみたいと


思ったら、やっぱり学生の今しかない!。。。から



ってことで、最初はタイに行こうと思ってたんだけど、


去年の暮れから正月にかけて、またしてもクーデターが。。。。


実際、今タイに行くのがどのくらい危険なのかが、わからないぞ。。。


コレって、本当、情けない話だけど、やっぱり私も例に漏れず、


クーデターとか聞いてもまったく実感がわかない。


そんな大袈裟に言っても、まさか自分が??


とか考えてしまう。。。


日本人って日々そんなに危険と隣り合わせになるってことがないせいかのぉ??


日本も平和になったもんじゃなぁ。。。




それで、まずは情報集めんと話にならんなぁ。


と思い、ネットで調べてみても、結局わかんない。。。


観光客減らさないために、タイでもあんまり危険!!とかいってないのでは!?



お正月にタイへ行っていた友達に聞いてみると、


そんな大変なことはなかったぞ。。


と、なんか呆気ない返事。


まぁ、それだけ危険な目にはあわずに済んだってことで


良かった×2(*゜▽゜ノノ゛☆



って、、、結局よくわかんないぞwww


デパートでの持ち物検査とかは厳しくなったりしてたみたい


だけど、、、その程度・・・という。


ひと3人死んだんだよね!?


その程度でいいのか?? 


これは日本的なちょっとボケた考えなんですか!?



と今すぐタイへ行って、タイ人に問い詰めたい気持ちでいっぱいだが、


それでクーデターに巻き込まれたら無念すぎてあの世へいけなくなるので、


ここはひとまず落ち着くことにしよう。。。



っで、旅行会社の人に話を聞いてみてた、


観光客は今回もそんな巻き込まれてないし。。。


とか楽観的な見方の模様。。。



本当かっ( ̄Д ̄;;!?


外国人負傷者も出てるみたいだったし、むしろ


観光客とか集まりそうなところを狙ってるのではともかいてあったぞ??



やっぱりわかんないぞwww


でも。。。


こんな身元の知れないお姉さんに命を託すのも不安なので、



目的地はベトナムということで考えていこうと思ってますっっ星

今日、思った。。。

私って、話題少ない。。!!


午後友達と3人で話してたんだけど、

一人は関西(くくり大きいか!?)、一人は福岡出身のコで、

話してて途中で気づいた。。。


私のしゃべる分量少なくない!?


結局、二時間くらい立ち話してたんだけど、

ふたりはズーっとテンション高いまましゃべり続ける。

私も合いの手いれつつ、少しは自分の意見いれつつ話してたけど、

話の流れは、気づいたら後の二人が握っていた。。。


二人ともポンポン自分のしゃべりたい方へ話をかえつつ、

テンション保ったまま、熱く語っていた。


この二人は私の友達の中でも特によくしゃべる二人とはいえ、

よくもこんなに話し続けられるなぁと内心密かに感心した。。


そこで浮かんだ今年の目標


“熱く語れる人になる!!”



コレが周りの人々にとって、望まれていることなのかは正直わからない。

むしろ、こんな暑苦しい人とは、話してられない

もしくは、年頃の若い女子として口泡飛ばしてしゃべるなんて、はしたないわっ!!


という批判もあるだろう。。。


ぇえ、ええ予想していますよ。。。

でも、熱く語るというのは、見た目がちょっとダサい

というマイナスポイントを上回る魅力があると思う。


それに、実はこの思いは今に始まったことではない。

去年の暮れぐらいにはすでに憧れを持って、“熱い人”を眺めていたもんだ。。。


ある“熱い人”は音楽について、自分がいかに音楽を愛しているか、

どういう理由で指揮者への道をあきらめたのか。。。


を語っており、興奮しながら


『俺にはカリスマ性がないんだーっっ!!!』


とうめいた。。。


その瞬間私は。。。


コレこそが青春じゃっっ!!


と同調して熱くなったものだった。。。


ぃや、お酒の席だったものでね。。。

冷静に考えてみれば、その人には失礼だが、

指揮者、それも名のある指揮者になろうと思えば、

それは、どれほど困難な道であることか。。。

この人に仮にカリスマ性が神から与えられていたとしても、

いいトコ、高校合唱団でタクトを振るっているくらいではないか。。。??

幼いころからの訓練が必要で、そう片手間にできるものであるはずがない。



つまり、熱く語ることには、多少の無理や矛盾は許されるものなのだ。


話を元に戻して、二人の会話を振り返ってみる。。。


なるほど確かに、それぞれよく考えているなぁ。。。

と、素直に思う。 さすが話題も興味深いもので、聞いていて面白い。。。


んだけど、完成度がそれほど高いわけではないし、

まとまりがあるわけではない。。。


ただ、そのとき自分はこう思ったんだーーー!!!

っていうことを、ストレートに、情熱を持って話している。。。


私にだって、日々細々とした物事に対して感じることはある。

それを、そのときの感情をいかに忘れず、情熱を持って、語れるかが問題なのだ。




結局熱く語るというのは、特別なことを語らなければいけないということではない。


自分がどんな特別なことを感じているか、体験しているかということよりも、

いかに情熱を持って語るかという技術が重要なのだ。



こう考えると、私にも何か発信できることがあるかもしれない。


いつか誰かをハッとさせるような話ができるようになるかもしれない。


最近何かを誰かに伝えるということの重要性を感じるようになった。



大事なのは、日々自分が感じたことを、どんなに細かいことであっても、

大切にしながら生活していくことなのだ。