知的障害と発達障害の子どもたち | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

本田 秀夫:著  SB新書  定価:900円+税 (2024.3)

 

         私のお薦め度:★★★★☆

これまでこのコーナーでも紹介してきた、「学校の中の発達障害」、「子どもの発達障害」、「発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち」などの、本田秀夫先生によるSB新書発達障害シリーズの新著です。今著では、発達障害と知的障害の関連性について、わかりやすく説明いただいています。
「おわりに」の中で、本田先生も触れられていますが、近年は自閉スペクトラム症のなかでも、知的障害を伴わない子どもたちや、大人になって初めて診断される高機能な方に焦点があたっているように思えますね。

私が精神科の研修を始めた1988年当時、子どもの発達の異常といえば知的障害というのがほとんどの精神科医の認識でした。私が1991年から勤務していた横浜市総合リハビリテーションセンターは、当時、センター内にある知的障害児通園施設に通う子を中心に知的障害の子どもたちの診療をするために、常勤医として精神科医を配置していました。1990年代から2000年代前半にかけて、私が担当していた子どもたちの過半数は知的障害がありました。
一方、私たちは横浜市の臨床の現場で、当時は注目されていなかった知的障害を伴わない発達障害の子どもたちが、実は決して珍しくないことに気づきました。そのことを強調して発信しているうちに、いまでは発達障害の人の数のほうが圧倒的に多いことが広く知られるようになりました。逆に、発達障害ばかりが注目され、近年では知的障害が見逃されることも日につくようになりました。また、境界知能の子どもたちの生きづらさにも、もっと関心が寄せられる必要があると思われます。


確かに、息子(まさに本田先生が研修を始められたという、1988年生まれです)が自閉症の診断を受けた三十数年前には、自閉症児のほとんどは知的障害を伴っているとされており(2000年に発行した、育てる会の「自閉症のしおり」の初版でも80%ぐらいとしていました)、平成17年に「赤磐ぐんぐん」をつくった際にも、通ってくるお子さんの多くが知的障害を併存していたように記憶しています。

もちろん、その頃のような知的障害を伴う自閉症児がいなくなったわけではなく、ここで書かれているように、本田先生らによる知的障害を伴わない発達障害児について「強調して発信」していただいたおかげで、それまでよりはるかに多くの発達障害をもつ子どもたちが見つけられるようになったためでしょう。いまでは「赤磐ぐんぐん」や「ぐんぐんキッズ」に通っている子どもたちでは、知的障害を伴わない子が大半になってきたように感じています。

そこでもう一度、あの頃に戻って、知的障害と発達障害について、その関係性や違い、一緒に対応した方がいいこと、分けて考えた方がいいことなど、改めて整理したいと本書をお薦めすることにいたしました。

まず、知的障害と発達障害に共通して大切なこと、「早期発見と早期支援」、これについては異論のある方は、まずいないのではないでしょうか。

最初に結論を言ってしまいます。知的障害や発達障害の子の将来を考えたとき、最も重要なのは「早期発見・早期支援」です。「早く」支援するということです。
どうして早く支援するのか。それは一言で言えば、早期支援によって知的障害や発達障害の特徴が早く理解できるからです。まわりの人たちが医師や支援者とさまざまなやりとりをすることによっ
て、知的障害や発達障害への理解を深めていけます。特徴がわかれば、それに合わせて対応していくこともできます。
それの何がいいのかというと、まわりの人が子どもの特徴を理解し、対応できるようになると、その子は幼児期から安心して過ごせるようになります。周囲の人がその子に合ったコミュニケーションを行い、その子に合った生活環境を整えることによって、子どもの心配ごとが減っていくのです。毎日、安心して過ごせること。これは子どもの成長にとって、何よりも大切なことです。


また知的障害・発達障害の特性は自然経過では悪化はしないが、環境により二次障害が引き起こされることがあるので、それを防ぐためにも早期支援がなにより重要と述べられています。
ただ、その際の支援においては、知的障害と発達障害でキーワードが違ってくるそうです。


知的障害は『ゆっくり』、発達障害は『アンバランス』です。
トイレトレーニングを例にあげて説明されています。

・知的障害の場合
知的障害の子は、おしっこやうんちの仕方、そのときの衣服の脱ぎ方、おまるの使い方などを習得するのが全体的に「ゆっくり」です。その子のペースで少しずつ学んでいきます。大人が他の子と比べないようにして、じっくり取り組めば、その子はストレスなく練習していけます。
知的障害の子育てでは焦らないで、のんびり構えることが大事なのです。

・発達障害の場合
発達障害の子は、得意と苦手がはっきりしている場合が多いです。例えば、絵や写真などを見て理解するのは得意だけど、口頭で説明を受けて理解するのは苦手という子がいます。
その場合、トイレの仕方を話して間かせるよりも、写真で手順を見せたほうが、習得が早くなります。
発達障害の子育てではその子に合ったやり方・環境を考えることが大事です。


他にも本書では、知的障害・発達障害の基本の話から、子育ておいて配慮しておくこと、受けられる支援機関の話、進路選択において学校や仕事を選ぶ際の話などなど、豊富なアドバイスが詰まっています。


『大人になったときの状態から「逆算」する』、『「勉強が苦手」ということを相談してもいい』、『「時間をかければできる」は幻想』、『「一人で生きていく」を目標にしなくていい』などなど、これらは目次の一部ですが、興味を持たれた方はぜひ一度手に取ってお読みください。

新書版ですので、いわゆる専門書より値段もお手頃で、内容も読みやすい1冊となっています。

それでは最後に、育てる会でもよく話題にのぼる「自立」についての本田先生の考えを紹介して、今月のコーナーを終わらせたいと思います。「進路を自分で決める」という章の中の話です。

私はよく「自立ってなんだろうか」と考えるのですが、自立というのは「できることを自分で判断して実践し、できないと思って困ったときには誰かに援助を求めること」なのではないかと思っています。
この話は知的障害や発達障害がある子にも、障害がない子どもにも共通して言えることです。知的障害の程度が重い子どもでも、この2つは身につきます。反対に知的機能がとても高い場合でも、この2つを身につけ損ねたまま年を重ねて、社会参加がうまくできなくなってしまうこともあります。
私は「できることを自分で判断して実践する力」を「自己決定力」、「困つたときに誰かに援助を求める力」を「相談力」と呼んでいます。以前には同じような意味合いで「自律スキル」と「ソーシャルスキル」という言葉も使っていましたが、最近はもっと整理して絞り込んで「自己決定力と相談力を身につけることが大事」という話をお伝えしています。自己決定力と相談力をどうやって育てるか。これが障害のある子にも障害のない子にも、あらゆる年齢帯で重要になります。
自己決定力と相談力を育てるためには、子どもが「自分で選べるんだ」「自由に決定できるんだ」そして「悩んだときは人に相談すればいいんだ」と感じられる環境を保障する必要があります。
進路選択はそのためのいい機会になります。進路選択というのは、複数の環境のなかから自分が行きたい場所を選ぶ機会です。それは迷いや悩みにもつながるものですが、自己決定や相談を経験するチャンスでもあるわけです。


育てる会でも、将来の社会の中での自立を目指して、グループホームの「ほっぷ」や「すてっぷ」で支援を続けていますが、まだまだ弱いのがこの「相談力」のように思えます。

考えてみると、小さい頃から人に相談する、助けを求めるという体験が少なかったのかもしれませんね。自戒をこめて、今後に生かしていきたいと思います。                                             
             (「育てる会 会報 313号」 2024.5 より)

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目次

  はじめに 知的障害の支援は「早く」そして「ゆっくり」

  【「何がゆっくりなのか?」 問題編】 

第1章 どうして「早く」支援するのか?

  【発達障害・知的障害の子の将来を考える】
    安定して過ごしていくために必要なもの
    最も重要なのは早期発見・早期支援
    早期支援によって、将来が変わる

  【事例で知る 子どもたちの育ち方】
    早期支援を受けるのは何歳頃から?
   [事例1] 3歳の健診で「発達が気になる」と言われたお子さん
   [事例2] 3歳よりももっと前に、支援を受け始めたお子さん
   [事例3] 子育て相談をきっかけに、1歳で支援につながったお子さん
   [事例4] 小学校中学年で、勉強についていけなくなったお子さん
   [事例5] 就学前に、軽度の知的障害がわかったお子さん
   [事例6] 小学校時代に支援を受けられなかったお子さん

  【知的障害・発達障害の早期支援とは】
    早期支援は乳幼児期からの支援
    支援を受けると、子どもの苦労が減る
    「早く」気づいて支援を受けることで、安心できる

第2章 知的障害・発達障害の基本を知る

  【支援の話の前に、まずは「基本」から】
    「ゆっくり」を考えるヒント
    知的障害・発達障害の基本を知っておこう
    知的障害と発達障害が両方ある子もいる?
    知的障害と発達障害には同時に対応する

  【知的障害と発達障害の関係】
    知的障害と発達障害の関係(医学の視点)
    知的障害と発達障害の関係(法制度の視点)
    知的障害と発達障害の関係 ― これからの視点
 
  【発達障害の基本】
    そもそも「発達障害」とは?
    「神経発達症」の定儀
    神経発達症と発達障害の違い
    今後は神経発達症と呼ばれるようになる?

  【知的障害の基本】
    「知的発達症」の定義
    「知的機能」とは何か?
    「適応機能」とは?
    「概念」「社会性」「実用」とは?
    知的発達症の重症度の目安
    知的障害の診察・検査・診断
    最新の診断基準の特徴
    「知的障害はIQで決まる」という誤解
    「強度行動障害」は行政用語
    知的障害の原因
    知的障害と「境界知能」はどう違う?
    境界知能は問題になり得るハイリスク群
    境界知能でも、生活上の支障があれば支援を受ける

  【知的障害・発達障害の対応の基本】
    知的障害や発達障害は、自然経過で悪化しない
    特性は悪化しないが、情緒が乱れることはある
    情緒が乱れるのは、基本的には「二次障害」
    対応の基本は、二次障害を予防すること
    基本がわかれば、必要な支援もみえてくる

第3章 知的障害は「ゆっくり」

  【知的障害をさらに深く考えていく】

  【キーワードは「ゆっくり」】
    知的障害は「ゆっくり」
    発達障害は「アンバランス」
    「ゆっくり」と「アンバランス」
    焦らず「ゆっくり」育てていこう

  【何が「ゆっくり」なのか】
    動作が「ゆっくり」なわけではない
    「何がゆっくりなのか?」 解答編
    その子の「ゆっくり」を丁寧に理解していく
    例えば、分数を学ぶのも「ゆっくり」
    子どもによって発達の仕方やスピードは違う

  【大人になっても「ゆっくり」?】
    大人は「ゆっくり」というよりは「低い」
    あらためて「知的機能」を考える
    「精神年齢」でlQを測る方法がある
    年齢と知的機能の関連を考える
    小4教室には小1から中1相当の子がいる?
    大人になったときの知的機能を考える
    成人期の見通しを持つと、支援がしやすくなる

  【知的障害の子育ては「逆算」】
    大人になったときの状態から「逆算」する
    ピアジェの「認知発達理論」を参考に
    将来から逆算して、いまやることを考える
    認知発達理論は算数・数学にも当てはまる
    逆算しないと「過剰訓練」になる場合も
    「放任」につながってしまう場合もある
    「ゆっくり」の見極めが大事

第4章 「ゆっくり」にみえない子どもたち

  【ゆっくりにみえない子をどう支援するか】
    幼児期にある程度しゃべれている子
    困難があっても気づかれにくい

  【軽度知的障害と境界知能】
    小学校に入って、勉強面で苦労する
    苦労しているけど、支援につながらない
    「勉強が苦手なだけでは相談できない」という誤解
    「勉強が苦手」ということを相談してもいい
    医療関係者も、誤解していることがある

  【そもそも「勉強が苦手」とは】
    「勉強が苦手」の4つの要因
    努力を強いると、メンタルの問題が生じる
    「逆説的高望み」が出てくる場合もある
    勉強にこだわらないほうがいい
    自分のペースで学習した子の場合
    厳しいペースで学習した子の場合
    物心つく前から、自分のペースで学べるように
    「自己肯定感」が育つ条件とは?
    子どもには教育を受ける権利がある

  【勉強が苦手な子にどう教えるか】
    「その子に合った教え方」とは?
    小4で小1相当の勉強をすることもある
    無理やり学んでも、定着しにくい
    「一夜漬けの試験勉強」と同じ
    「時間をかければできる」は幻想
    「定着しやすい学習」を目指す
    「1~2回教えたら定着する」を目安に


  【「難しいことは後回し」でいいのか】
    「後回し」をためらわないほうがいい
    将来を心配する人が多いけれど
    「一人で生きていく」を目標にしなくていい
    例えば「お金の使い方」を教える場合
    難しいことは人に手伝ってもらう
    「人を頼るスキル」も練習していく
    将来から「逆算」して練習する
    大人になるまでに、支援の受け方を身につける

第5章 「ゆっくり」な子どもの育て方

  【子どもの発達が気になると思ったら】
    専門家に相談して、支援を受け始める

  【「ゆっくり」だと気づいたら】
    知的障害が早期発見されるきっかけ
    乳幼児健診で気づかれることが多い
    親はその段階ではピンときていない
    ピンとこなくても、支援を受け始める
    早期支援は子どもと親への支援
    園の先生が気づくこともある
    情報共有できれば、支援につながる

  【「ゆっくり」を受け止める】
    気づくタイミングはさまざま
    受け止めるのには時間がかかる
    一般的な子育てから、やり方を切り替える
    切り替えをサポートするのが専門家の仕事
    切り替えるのは「あきらめる」ことでもある
    すべての人がどこかであきらめている

  【「安心感」を大事にする】
    子育てのベースは「ァタッチメント」
    能力主義ではベースがうやむやに
    ベースに安心感がある子は成長していく
    学歴にこだわると能力主義に傾きやすい
    子どもの安心は、親の安心にもつながる

  【支援を受ける】
    どうやって支援を受けるのか
    乳幼児健康診査・フォローアップ・子育て相談
    医療機関・療育機関・児童発達支援
    障害者手帳(療育手帳・精神障害者保健福祉手帳)
    障害福祉サービス受給者証
    保育園・幼稚園・保育所等訪間支援
    就学時健康診断・学校・特別支援教育
    就学相談・教育相談
    放課後等デイサービス
    就労支援・障害者就労
    特別児童扶養手当・障害児福祉手当・障害年金・成年後見制度
    早期に支援を開始すれば、コース全体を利用できる

第6章 「ゆっくり」な子どもの進路選択

  【どんな学校・どんな仕事が合うのか】

  【学校生活をどう考えるか】
    通常学級か、それとも支援級か
    通常学級で国語や算数を学ばせたい場合
    通常学級での個別対応には限界がある
    通常学級で友達と一緒に過ごしたい場合
    学習環境も保障する必要がある
    通常学級は約7割の平均的な子ども向け
    知的障害や発達障害の子は苦労している
    文部科学省は子どもの学業不振に寛容で冷淡
    知的障害や境界知能の子はついていけなくなる
    先生一人の努力で対処できることではない
    「ユニバーサルデザイン」を考える
    「合理的配慮」を考える
    誰もが学びやすい環境をつくるには

  【進路を自分で決める】
    「自立」って、なんだろうか?
    大事なのは「自己決定力」と「相談力」
    進路選択が決定・相談のいい機会に
    何歳でも決定・相談は経験できる
    子どもは「理解」してくれる相手を信用する
    親子の「合意」形成も重要な経験に
    視覚情報を使うのは、合意形成のため
    合意が得られなければ、別の選択肢を相談する
    知的障害の子の自己決定・相談
    自己決定と相談は「表と裏」の関係にある
    2つの力が社会参加につながっていく

  【仕事をどう考えるか】
    仕事も学校・学級選びと基本的に同じ
    思春期以降は自己決定がより重要に
    本人が試行錯誤しているときは助言を控える
    中学卒業後の進路をどうするか
    支援を受けた人は落ち着いている(ことが多い)
    支援を受けるのを嫌がる人もいる
    「もう少し学校に通いたかった」と打ち明ける人も・・・・・

  【社会生活をどう考えるか】
    社会の差別や偏見をどう考えるか
    社会には「助け合い」がある
    社会には「競争」もある
    助け合いと競争のバランスをみる
    バランスのいいコミュニティを探す
    通常学級にも支援級にも競争はある
    自分がマジョリティとなる場所を選ぶ
    子どもが自分で選んで進んでいく
    大人は子どもの自立を支援していく

  おわりに