朝日新聞取材班 朝日新聞出版 定価:810円+税 (2023.11)
私のお薦め度:★★★☆☆
本書は、2022年4月から2023年6月まで「朝日新聞デジタル」で連載されていた発達障害についての特集記事に加筆修正されて書籍化されたものです。
最初の「まえがき」の中で、本書が出版された意図について書かれています。
発達障害には、大きく分けて、注意欠如・多動症(ADHD)と、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD、または限局性学習症SLD)の3つがあります。詳しくは本編にゆずりますが、いずれも生まれつき脳の機能に偏りがあることで、さまざまな症状が出ます。
ただ、アメリカの精神医学会による精神疾患の診断基準「DSM-5」をあらためて読むと、診断基準には、症状があることに加えて「症状によって、日常生活などに明らかな障害を引き起こしていること」という条件が明記されています。
つまり、特性があるだけでは疾患にはならず、周囲との関係性のなかではじめて、発達障害は「障害」になる――のです。
それならば、どうしたら発達障害の特性が、生きる上で「障害」にならずにすむのだろうか。
この本ではその答えを、読者のみなさんと一緒に探したいと思っています。
これについては、先日の講演会の中で吉田友子先生が、自閉スペクトラム(AS)が脳のタイプであるのに対し、Disorder(障害)がついた自閉スペクトラム症(ASD)は「明確な困難があり支援を要する場合に診断される」と定義されておられました。
したがって、ASDと診断された場合には、支援が必要ということなので、安易にグレーゾーンという言葉は使うべきではないとおっしゃられたのが印象的でした。(2024.4.21 育てる会セミナー)
また、“「障害」にならずにすむ”というところでは、日本でPECSをひろめていただいている門眞一郎先生のたとえを思い出しました。
ASD児の、目に見える“問題行動”の下には氷山のように、障害による特性や環境など水面下に隠された部分の方がはるかに大きいという「氷山モデル」については聞かれたことがあると思います。
従来は、だからこそ水面下の部分を理解して、そこに働きかけようという考えでしたが、門先生の「新氷山モデル」は、氷山の置かれた環境に着目されています。
つまり、海水の中にあるから氷山は浮力で水面上に現れ、そこに無益な言葉がけなどがあって塩分が濃くなれば、ますます上昇し問題行動が目立ってくる。
それに対して、周りの環境を真水に近づければ、氷山も次第に沈んで行き、子どもも周りの大人も暮らしやすくなる・・・そのためには本人が表出コミュニケーションの手段を持つことが欠かせない、というような話だったと思います。
話が少しそれましたが、本書に戻ると連載されたテーマに沿って、第1章ではADHDの女性の問題(2022年4月:特集)、第2章ではパートナーが発達障害だったというカサンドラ症候群の話(2022年11月)、第3章では発達障害の特性のある人の周りの環境についての話(2023年4月)、そして最後の第4章では職場での合理的配慮の話(2023年6月)と続いていきます・
元が一般読者向けの新聞記事のため、わかりやすく・・・ということで、テーマの掘り下げはあまり深くはないですが、その分、専門家や関係者へのインタビュー記事とか、資料の提示とか広く参考になる箇所も多いです。
興味深いデータもある。ADHDと診断された女性の方が、男性に比べるとうつ病になりやすく、離婚経験や非正規雇用で働く割合も高い――。そんな論文が2019年に発表された。
昭和大学附属烏山病院の精神科医・林若穂さんたちのチームは、ADHDと診断された男女計
335人について分析した。その結果、女性のおよそ4分の1がうつ病や双極性障害などの精神疾患を併発していて、割合は男性の約2倍。離婚している割合も女性は7.7%で、男性の4.5倍だった。非正規雇用で働いている人の割合も、女性が28.8%と、男性の2倍以上だつた。
論文では、日本社会は依然として、穏やかで、礼儀正しく、控えめで、気配りができる、そんな「やまとなでしこ」のような姿を女性に期待している風潮があると指摘。その対極にあるADHDの女性は、社会生活を送る中でより困難を抱えている可能性があることを示唆している。
これはADHDについての論文でしたが、発達障害は社会の中で「障害」になる、ということを示していると思います。
また、一方で新聞記事ですから、センセーショナルな取り上げ方もあり、ハッピーなだけでなく、失敗した家族のエピソードも登場します。むしろその方が多いかもしれません。
それでも、みんな最後は前向きに生きていこうとしています。
カサンドラ症候群の章で、妻がADHD、ASD、適応障害と診断されたオサムさんの話です。
時間の観念がなく遅刻が毎日、段取りも考えられず、お金の管理や育児も苦手な奥さんとのトラブルが絶えず、それに加えて4歳の息子も発達障害の疑いを持ち始めたオサムさん・・・
少し長くなりますが紹介します。
また現実を受け止めきれなかった2018年の夏休み。家族で福井県の恐竜博物館を訪れた。
そこで、オサムさんは衝撃を受けた。
普段は聞き分けがなく、落ち着きもなく、手を焼いてばかりの息子なのに、まるで別人だった。夢中になってハンマーで石を砕き、化石の発掘体験をしている。
目ををキラキラさせて。そんな姿を見るのは初めてだった。
「あの子は、ずっと発掘をやっていればいいんだね」と妻と話した。 そのときに思った。
ああそうか、自分は環境に合わせることばかり考えてきたけれど、環境の方を合わせることができれば、こんなにも輝けるのか。変わるべきは、心を開くべきは、自分のほうなんだ。
うすうすとはわかっていた気持ちに、オサムさんはやっと、向き合えた気がした。
それから、考え方がかわった。
自宅の片付けは、プロのサービスを利用することにした。お金の管理には、用途別の袋に小分けに入れる方法を取り入れた。
アラームには、「ごはんのじかんだよ」「起きるじかんだよ」という家族の声を録音して鳴らすようにした。「妻の練習のために」とかたくなに妻に求めていた家事も、できるだけ分担するようにした。
・・・・・・・
最近は、生活が少しずつ整い、心の余裕も生まれてきた。
妻の「ぶっとんだ出来事」は今も日常茶飯事だ。冷蔵庫の野菜室に魚が入っていたり、洗面所の蛇口に水中眼鏡がかけてあったり、詰め替え終わったシャンプーの空袋が放置されていたり・・・・・・。
それでも今は「も~」と言いながら写真をとれば気持ちが収まるようになった。
「こちらの方に、ちょっと寄ってきてくれたかんじ」。妻は笑う。
妻も、遅刻をしないために通っていた作業所を卒業し就職に向けた階段をひとつずつ上がっている。
子どもの発達の問題など、悩みはつきない。でも家族の困難も、今は「チーム」として乗り越えていける気がする。
あるとき、オサムさんはふと、妻に伝えた。「あなたと結婚して、良かったと思っている」
ちょっと戸惑ったけど、妻も伝えた。「ありがとう」
「チームになれる」 いい言葉ですね。
子どもに発達の問題があったとしても、奥さんが発達障害で困っていたとしても、そしてオサムさん自身に少し細かすぎることがあったとしても・・・心に余裕さえあれば、いいチームになれる。
そんな一冊です。新書版で値段も手ごろですし、なによりプロの記者の方々が書かれているので、とても読みやすい仕上がりになっています。
心に余裕のある時の、家事の合間にお薦めの一冊です。
(「育てる会会報 312号」 2024.4 より)
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目次
まえがき
第1章 私は「できない」女?
―ADHD女性の生きづらさ
1 私は「人間失格?」
母のようになりたくなかった
入社1年目、うつ状態に
ワンオペ育児と宇宙人、部屋は荒れていき・・・・・・
飛び散るゴキブリ「私、変わらなきゃ」
助けがなければ・・・・・・「それなら私が」
「誰かに助けを求めることは、悪いことじゃない」
発達障害とは
2 「お前はくず」 結婚は地獄の一丁目
「ノロマ。くず。変な人」・・・・・・小さい頃からいつも言われてきた
「おれの人生を邪魔するな」と夫に言われ・・・・・・
40代で決意、診断はADHD
働いても働いても、ミスばかり・・・・・・
いつか「夫の暴言語録100」で文学賞を取りたい
ADHD女性を追い詰めるものは何か
3 モラハラ夫と別れて・・・・・・
「役立たず」夫から言葉の暴力
「モラハラ夫のいる場所には戻れない」
「料理は俺が」 再婚相手は最大の理解者だったが・・・・・・
育児と介護でパンク 「何もしたくない!」
診断で開けた世界 そしてひとりに
娘を見守っていくことが今の生きがい
4 自分の「トリセツ」
「男の3倍働かないと、女は認められない」
自分にイライラ そして「まさか息子が」
「うちの家系じゃない」と言われ
自分の障害は墓場まで持って行く
レンチンを駆使、家事の時間を半減
Interview
ADHD女性の強みを発信していくことも大切
― 林 若穂さん(昭和大学附属烏山病院精神科医)
大人になってからADHDに気づく女性が多い
就職、結婚・・・・・・人生の転機は要注意
早めに特性に気づけば、失敗も減る
治療を受けるかは本人次第
第2章 「ツレ」が発達障害
― ふりまわされる、でも愛している
1 義母のメールで知った妻の発達障害
時間の感覚がない妻
誰にも言えずに一人で悩んだ
「理由があるなら知りたい」と妻
変わらない日常に、心はすり切れた
「遅刻をしない」練習を
「私を改変したいの?」激怒した妻
4歳の息子の姿に衝撃
そしてチームになる
2 雑談できない夫と家族の再生
新婚旅行での夫の不可解な行動
買い物から手ぶらで戻った夫
何げない雑談、したかったのに
カウンセラーに指摘された本当の気持ち
最善の道を探してもがく日々
Interview
パートナーと生き延びる方法は
― 真行結子さん(発達障害者の家族の支援団体「フルリール」代表)
誰にもわかってもらえなかった
精神的にも肉体的にも疲弊
家族の孤立、強めないためには
「自分が幸せになる人生」選んで
第3章 発達「障害」でなくなる日
1 変わるべきは親?
息子の異変
学校に行けなくなった息子
児童精神科クリニックを受診
「ペアレント・トレーニング」を受ける
変わった母、息子は・・・・・・
ペアレント・トレーニングとは
2 配慮しない学校、動いた母
「自分はバカだ」と暴れる娘
「カクカクした声に」娘の音読ストレス
「自分はバカじゃなかった」ホッとした娘
「環境が変われば娘も変わる」そう思った矢先に・・・・・・
「ここに通いたい」娘の選択
3 大学中退 ― 「おれ、どうする?」からの逆転
課題を提出できず、「大学7年生」に
中3の春、親から告げられた
大学中退、進む先がわからない
学歴としては「失敗」だけど
グレーゾーンの大学生を支援する仕組みがほとんどない現状
4 得意分野を生かして「再構築」
「学校に行けない」大学院での苦悩
雑談できずひとりぼっち、つまずいた就活
「自閉スペクトラム症の可能性が高い」
バイト失い、就職を考えたが・・・・・・
得意の「英語」がつないだ未来
特例子会社とは
Interview
発達障害は「キーボードの不具合』
― 岡嶋裕史さん(中央大学国際情報学部教授)
家では気づかなかった
コンピューターに例えると入出力装置にちょっと不具合
自身も「溶け込みにくかった」少年時代
人との対話、苦手なら動物でもいい
「メタバース」は発達障害の子にとって福音に
親はどんどんかかわって
ある程度「合理的な区別」は必要
第4章 合理的配慮とは ― 企業の現状と課題
1 合理的配慮とは何か
過重な負担にならない範囲で、各自の希望に応じた配慮を提供
背景に「発達障害」そのものの難しさも
Interview
マイノリティーが社会を変える ― 川島聡さん(放送大学教授)
合理的配慮は、機会平等を保障する
合理的配慮には条件もある
闘うことで、社会が変わる
法律をつくっただけではダメ
「何が本質か」を見極める力を
2 会社はどうすればよいか
Interview
企業成長のチャンスに ― 大野順平さん(Kaien 法人担当デイレクター)
困りごとは非常に多様
困りごとを伝えるのが苦手な人も
採用後にわかるのは「後出し」?
「できない」と責めず、一緒に考える
Column
発達障害の特性に対する合理的配慮の対応事例
Special Interview
発達障害が強み ニトリ会長の「お、ねだん以上。」な話
― 似鳥昭雄さん(ニトリホールディングス会長)
カバンを紛失、財布も忘れて・・・・・・
人と違う・・・・・・不安だった子ども時代
仕事を転々「自分でやるしかない」
人生の目標に出会った27歳
好きなことは集中できた
長所があれば、短所は隠れる
苦手があっても「3年は我慢を」
苦しくても、前へ進もう
あとがき