徹夜明けの昼下がり
昨日は家に帰っていない。
一睡もせずに仕事に没頭していた。
そして今。徹夜明けの昼下がり。
緩やかで心地の良い睡魔が襲ってきている。
少しでも油断すれば、すぐに目をつぶって夢の世界へ。
僕はこの仕事を始めてから何度も徹夜を経験した。
楽しい徹夜。苦しい徹夜。
その徹夜の内容がどうであれ。
明くる日の昼下がりには、長年の約束のように、
決まって心地の良い睡魔が迎えにきてくれる。
「ようこそ夢の世界へ」と。
今この文章を書きながらも,
夢の世界なのか。現実の世界なのか。
それとも入り交じった世界なのか。
僕ははっきりとわからない。
そしてそんな世界も悪くない。
風邪をひいた
風邪をひいた。
夏から秋へ。そして冬へと。
だんだんと冷たくなる空気にいたずらをされた。
ボーっとする頭を抱えて仕事机に向かう。
頭の中では、いつもより強く脈が打っているよう。
血液が流れている。生物が生きているという感じ。
徐々に痛くなるノド。徐々にボーっとしてくる頭。
少しでもシャキッとしようとミント系のガムをかんでみる。
風邪があざ笑うかのように、余計に頭が痛い。
少しでも熱を下げようと水分を大量に摂ってみる。
風邪があざ笑うかのように、余計に悪寒が強くなる。
毎回毎回、同じコトを風邪から教わる。
「風邪をひいた時には、
大人しく寝て、早く治すことが一番なんだよ」と。
毎回、風邪自身から教わる。
でも。
この教えを忘れた頃に、また次の風邪をひく。
ふと思う
深夜残業の合間に、
コンビニに向かうため、
雨上がりでしめったアスファルトの上を歩く。
そんな時、僕はふと思う。
世の中に道がなかったらどうなるだろう。
深夜残業の合間に、
深呼吸と共に、職場の天井を見上げる。
そんな時、僕はふと思う。
世の中に明かりがなかったらどうなるだろう。
深夜残業の合間に、
腕時計に目を落とす。
そんな時、僕はふと思う。
世の中に時計がなかったらどうなるだろう。
ケガをして、病気をして、
初めて気付く「普通に生活ができる」大切さのように。
「当たり前」のありがたさを
忘れないようにしたいと思う今日この頃。
深夜残業から帰宅し、
フトンに潜り込む。
そんな時、僕がふと思う、枕の存在のような。
そんな存在を大切にしたいと思う。
例えば万年筆
例えば、PELIKAN社の万年筆。
インクはブルーブラック。
無地のノートにさらさらと滑るように文字を書く。
万年筆の先端が紙と擦れる独特の感触が心地よい。
万年筆に限らず、僕は、文房具が大好きだ。
例えば、STAEDTLER社の芯ホルダー。
だんだんと太くたくましくなる線。
大きめのノートに僕の頭の中のイメージを
スマートにまとめてくれる。
例えば、PILOT社の4色ボールペン。
複雑な説明図の
クライアントへの説明も
完璧にこなしてくれる。
例えば、赤のラッションペン。
煩雑なノートの内容を力強く的確にまとめてくれる。
僕は文房具が大好きだ。
そのデザインも存在感も大好きだ。
「紙」という発明が生まれた大昔。
その発見は、今のPCよりも遙かに
感動的な発明だったろう。
「紙と鉛筆」。
僕はこの原点を
常に大切にしたいと思っている。
「午後の紅茶」のミルクティーを飲みながら思う
僕がはっきりと
ミルクティーの味を知ったのは、
恥ずかしながら中学生の時。
「はっきりと」と書いたのは、
正確に言うと、
小学校に入ってすぐの頃、
3時のおやつの時間に、
母親が入れてくれたミルクティーを飲んだから。
そのときは、コーヒーほど自己主張をしない
やさしくてコックリとした甘みに引き込まれた。
そのときは、当然、
それが「ミルクティー」であるとはわからなかった。
それ以来、ミルクティーは、
僕の中では、「謎の飲み物」となり、
舌がその上品な甘みを覚えているだけとなった。
それから、数年が過ぎ、
ある日、3時のおやつの時間に
母親がミルクティーを入れてくれた。
「あ、これ」。
今でも覚えている。
舌が思い出した上品な甘みの感触。
僕は、家族に、
小学校に入ってすぐにこの飲み物を飲んで、
それから、そのときに至るまで、ずっと、
「あの飲み物はなんだったんだろう?」と
思っていたことを興奮しながら伝えた。
家族は「そうか、そうか」と
半分あきれながら、僕の話を聞いた。
なぜ、そのときまで
ミルクティーを入れてくれなかったのか。
僕は母親にあきれた。
おかげで、僕はミルクティーが大好きになった。
きちんとした紅茶の店で頂くミルクティーも、
ドカンとペットボトルに入ったミルクティーも、
大好きだ。
「ミルクティー」。
コトバの響きと、
その味が持つ、
独特の柔らかさが、
僕は大好きだ。
ゆっくりすればいいさー
「ゆっくりすればいいさー」。
今年の夏休みには、
石垣島とその周辺の離島に訪れた。
島の人達も、島自体も言う。
「ゆっくりすればいいさー」。
海の中に漂う魚も、海自体も言う。
「ゆっくりすればいいさー」。
まだ新しく新鮮な記憶。
目をつぶれば、
青々しい海が、
綺麗な空が、
島のにおいが広がる。
「ゆっくりすればいいさー」。
大昔、珊瑚礁が隆起して
できあがった島々は雄大で力強く、そして美しい。
大きな布に包み込まれるような感覚。
「そりゃ、ゆっくりするさー」。
旅の醍醐味の半分くらいは、
旅から帰ってきてからの反芻にあるのかもしれない。
半袖Tシャツとマフラー
半袖のTシャツに
マフラーを巻いている女性を見かけた。
半袖Tシャツにマフラー。
長袖シャツではなく、半袖Tシャツにマフラー。
季節の変わり目ということか。
僕は、この既成概念を覆した服装をいたく気に入った。
「私が決めたのよ」。
そんなカッコイイ台詞を背中で語りながら、
地下街を歩く、その女性を僕は尊敬する。
ミスマッチ。
アンバランス。
そんなコトバが日常的になるような。
仕事でも研究でも日常的になるような。
そんな生活を送りたいと思う。
土曜日という中途半端な存在
「中途半端」と表現する。
そういう意味では、「土曜日」もその部類。
休みになったり、平日と同じになったり、
あるいは半日は休みになったり。
中途半端な曜日。
今でこそ、
週休2日制が定着しているが、
僕が、小学生の頃、土曜日は午前中だけの登校だった。
半日だけ学校に行かなければならないめんどくささと、
でも、半日は休みになる嬉しさと、
まさに「中途半端」な気持ちにさせられる曜日だった。
が、逆に、土曜日は特別な曜日に思えてワクワクしていた。
正確に言えば、そのヘンなワクワク感は大人になった今でも
消えていない。
次に控える日曜日がある安心感からか。
平日から休日への独特の遷移感からか。
平日が終わったという安堵感からか。
ココロの広い曜日。土曜日。
僕は、中途半端な土曜日が大好きだ。
「土曜日はキライさ」。
こんな人はおそらくいない。
僕は、土曜日のようなココロの広い人になりたい。
秋雨
「これでもか、これでもか」。
夏の雨は、チカラを振り絞って、大粒の雨を降らす。
夏の夕立の後は、
街が綺麗に掃除されたようにぴかぴかだ。
「どんなもんだい」と夏の雨。
秋の雨。アキサメ。
シトシトと女性らしく降り続ける。
「私たちはこれでいいのよ」と秋の雨。
僕は、夏のかんかん に晴れた日に、
ビックリするくらい突然に降る大粒の雨が好きだ。
焼けたアスファルトを一気に冷やした時のにおい。
秋にシトシトと森に降り続ける雨も
文学的な雰囲気が好きだ。
コケにじっくりと染みこむ大人しい雨。
外での遊びを阻む雨がイヤでしょうがなかった幼い頃。
今では、雨が降ると、ココロが落ち着くようになった。
僕は、雨が降るたびに、
四季のある日本に生まれてきたコトに感謝する。
中国へ
以前にブログで書いた
知り合いの留学生(モンゴル人で職場が中国)
が、
博士号を無事に取得し、
先週末に中国に帰っていった。
彼は本当に温厚な人で、
ありふれたフレーズを使うと、
今の日本人が忘れた
「ナニか」を常に胸の中に潜ませている。
ある学会の日、
僕は研究発表予定だったため、
少し緊張をしながら、その順番を待っていた。
「これどうぞ、ノド乾くでしょ」。
彼が差し出してくれたペットボトルのお茶が、
雨の中、わざわざ遠くのコンビニから
彼のスーツの濡れ具合で直ぐにわかった。
そのときのお茶の味は、今でも忘れられない。
発表が無事に終わり、
席に戻ると、「お疲れさま」と、
雨に濡れた上着を脱いで乾かしている彼。
お茶よりも彼の気遣いでココロが潤った。
先日、彼の博士号取得のお祝いと
送別会を兼ねて、
彼も僕も共通で大変お世話になっている
大学の先生宅に招待して頂いた。
僕は、彼がいつでも日本を思い出せるように、
日本製で和風デザインのボールペンを彼に贈った。
彼は少しとまどいながら、
「私ナニも用意していない。お返しできない」。
”イイよ。もう十分に貰ったから。”
僕は、ココロの中、小さな声で呟いた。
彼は内モンゴル出身である。
来年、季節のイイ初夏の頃に
故郷に招待したい、と言ってくれた。
「なにかお勧めスポットあるの?」
ヤボな質問をする僕に、
彼は拍子抜けするくらいに、
あっけらかんとこう言った。
「広い草原です」
そうか、草原か。そりゃ草原だな。
送別会の帰り。
彼と一緒に地下鉄に乗り込んだ。
電車を降りる際、彼と握手をした。
「色々、ありがとうございました」と彼。
僕は、お別れのコトバを言わなかった。
地下鉄のシートに座ったまま、
いつもどおり、大学の研究室から先に帰るときのように、
同時に、ココロの中でこう言った。
「本当に、本当に、本当に、楽しい時間をありがとう」
彼に会わせてくれた運命に、
彼の記憶の中に僕という存在が刻まれた運命に感謝した。