久々の更新で
この時期の建設コンサルタントはやはり忙しい。
3月は1日しか休みをとっていない。
なぜ、僕が急に更新を思い立ったか。
なぜか誰かにしゃべりたかったから。
昨日の滋賀県出張からの帰りに見た、何でもないシーン。
いや、ほんと、かなり何でもないシーンなのだが。
新大阪駅のホームの立ち食いうどん屋さんに入った。
中は割と混んでいたが、たくさんの客の中に上品な老夫婦を発見した。
ひときわ目立つ感じ。
立ち食いうどんの客と言えばサラリーマンが相場。
珍しい老夫婦の客は寄り添ってうどんを食べていた。
僕は肉うどんを頼んでその老夫婦の横に。
老夫婦のうどんを横目でチラチラと僕。
きつねうどんと月見うどんを食べている様子。
「そっち食べさせて」「うん、こっちもおいしいわ」
そんな会話の中、老夫婦はどんぶりを何度も交換しながらうどんを食べていた。
なぜか僕は感動した。なぜか少し泣きそうになった。
「小さな幸せ」とかそういうことではなく。
なんというか。うれしかった。
立ち食いうどん屋さんに似つかわしくない上品な老夫婦が。
付き合いたてのカップルのように何度もどんぶりを交換する老夫婦が。
何より、仲の良い老夫婦が。
なんというか。うれしかった。
仕事が忙しくて、時間に余裕がない時期だからこそ。
「おいしい」とか、「仲が良い」とか。
そういうことを大切にしたいと思う。
クリスマスの日
クリスマスにはサンタがやってくる。
そう信じて疑わなかった幼い日。
自分の家に煙突がないことに気付き、そのことを母親に相談した日。
煙突がないので、少しでもサンタが入りやすいようにと、
窓のカギを開けて寝た日。
念には念をと、枕元に靴下を置いて寝た日。
サンタの正体とか、クリスマスの由来とか、
細かいコトはさておき、クリスマスは心躍る日だ。
純粋にクリスマスを楽しみたい。
僕は今でもサンタが家にくると信じている。
雪が降るころには
雪が降るころには。
雪が降るころには、僕はなにを考え、なにをしているだろうか。
夏場に思う。毎年の決まりごとのように。
熱い炎天下、フライパンのように焼けた地面の上を歩きながら思う。
半年後の雪の降るころには、僕は今とは違う僕だろうか。
そして、雪が降るころになった。
大きく変わっていない僕がいる。
少しの焦りと少しの安心感が混ざり合う。
そして、毎年確認する。僕は僕だと。
変わることが求められる世の中で。
僕くらいは変わらないでいてやろうと思う。
。。。来年の雪の降るころには。。。。
染み入る音楽
音楽がココロに染み入るように感じるときがある。
何となく寂しく感じる帰り道。
最終電車に乗って、ふと窓の外を見上げたとき。
深夜ぽつりと一人で残業をしているとき。
そんなとき、優しい音楽を聴くと僕は泣きそうになる。
意味もなく泣きそうになる。
薄皮を剥いた桃のように柔らかいココロに、
音楽が直接接触するような感じ。
癒してくれる感じでもなく、慰めてくれる感じとも違う。
ひたすら音楽がココロに擦れるような感じ。
今日は、クラプトンのメロディがココロに染み入る。
あいまいにしか理解できない英語の歌詞を聴いて、
僕はまた泣きそうになる。
後悔
後悔したくない。
いや。後悔しないようにしたい。
僕は日々これを意識して過ごしている。
後悔とリスクはウラハラだ。
後悔をしないように思い切って行動すれば、リスクが大きく。
リスクを小さく無難に行動すれば、後悔をするケースが多い。
もしも、散歩の途中でドクロマークの描かれた箱が落ちていたら、
箱を開けて中身を見るだろうか、中身を見ずに通り過ぎるだろうか。
通り過ぎてから、
一瞬でも「中身はなんだったんだろう?」
そう思うくらいであれば、僕は迷わずその箱を開けたい。
箱の中には、
ヘビがいるかもしれないし、熱湯が入っているかもしれないし、
はたまた、珍しい宝物が入っているかもしれない。
でも。
通り過ぎてから、
一回でも「中身は宝物だったのかな?」と振り返るならば。
振り返るくらいであれば、
ヘビに噛まれても、熱湯でヤケドをしてもイイ。
僕は迷わず、その箱を開けたい。
開けずに通り過ぎてしまった箱は、
ココロの中でありもしない宝物を創りだし、
その宝物はドンドンと膨らんでいく。
時間と共にドンドン膨らむ宝物を思って、
「やはり箱の中身を確認すべきだったかな?」と
思い続けるのは、絶対にイヤだから。
僕が歩いた跡には、
ヘビに噛まれた際に使用した薬とヤケド薬、
そして空箱が転がりまくっているような。
大げさにいうのならば、そんな生き方をしたい。
年末のにおい
今日、会社に来る途中のこと。
デパートの横を歩いていると、
オルゴールのBGMが聞こえてきた。
ジングルベル。
クリスマスソングの王様が耳の中に流れ込む。
クリスマスソングは意地悪だ。
ココロだけ、あっという間に、12月に染めあげる。
クリスマス。大晦日。正月。
年末はジェットコースターにでも乗っているかのよう。
年末というコトバの響きだけで、浮き足だってしまう。
まだ、11月の初旬なのに、もう年末気分。
いかんいかんと、僕は、鼻をひとすすりして、地下鉄の駅に向う。
クリスマスソングは意地悪だ。
感謝そしてまた感謝
ありがとう。
支えてくれてありがとう。
毎日遅く帰る僕の体を気遣って。
あっさりと消化の良いものを作ってくれる妻へ。
僕に言いたい文句もたくさんあるだろうに。
黙って「頑張って」と励ましてくれる妻へ。
ありがとう。
毎朝、笑顔で挨拶をしてくれて。
朝一番から元気をくれる自転車置き場のおっちゃんへ。
ありがとう。
急に出てきたメンドくさい仕事をイヤな顔せず引き受けてくれた同僚へ。
ありがとう。
寒くなり始めたこの季節。
ぬくもりが恋しくなり始めるこの季節。
人の心が僕のココロに浸透しやすくなるこの季節。
僕は感謝の気持ちを再確認する。
今日もありがとう。
川にも個性があって
川にも個性がある。
例えば。
キリっと男らしい天竜川。
乱暴者でワイルドな黒部川。
優等生でおしとやかな四万十川。
マイペースな利根川。
無冠の帝王、十勝川。
川にも個性があって。
もっと言えば、それぞれの川にも性格がある。
僕の場合。
手のかかる子ほどかわいいように、
手のかかる川ほど思い入れが強く仕事ができたりする。
手のかかる川ほど、
課題が多い川ほど、
人間と共生できたとき、
その魅力も大きくなるに違いない。
大ゲンカした人と、結局は大の仲良しになるように。
仕事で大ゲンカした川と,、
いずれは大の親友になりたいと願う。
携帯電話と僕と待ち合わせと
最近話題の携帯電話。
僕は、通信速度とナビ機能を気に入ってauを愛用している。
内蔵カメラもキレイに撮影できる。
テレビのスイッチを入れ、チャンネルをまわすと文化人が。
携帯電話の急速な普及が、携帯依存症の人を急増させているだとか。
携帯電話でのメールのコミュニケーションは薄っぺらいものだとか。
かわいそうな携帯電話。
が、僕は携帯電話を応援したい。
携帯電話を持ってからの待ち合わせのヒトコマ。
「大阪駅に8時くらいに。着いたら携帯鳴らすから。」
僕はこ んな待ち合わせが出来る携帯電話を応援したい。
「大阪駅のどの改札?8時何分?」そんな愚問とは無関係に。
ハッキリとしない待ち合わせ時間と
ボンヤリとした待ち合わせ場所を
ゆるい思考回路で思い浮かべながら。
ふらっと本屋さんに立ち寄る。
ふらっと立ち食いソバを食べる。
そんなひとときを与えてくれる携帯電話を僕は応援する。
季節の境目
11月に入った。
今は秋?冬?
朝、自転車で駅に到着するまでに、
畑の野菜が、並木が尋ねてくる。
そんなとき、僕はこう答える。
「今は秋でもなく冬でもなく境目なんだよ」
混ざったような感じ。
晴れた夏の夕方。
東の方の暗いが、
西の空は綺麗なオレンジ色に染まっているような。
混ざったような感じ。
アイスコーヒーにミルクを入れたとき。
ミルクは焦げ茶色のコーヒーの上に綺麗なマーブル模様を描く。
そのマーブルを壊さないように。かき混ぜすぎないように。
コーヒーを頂く。
混ざったような感じ。
均一ではな い、混ざったような感じ。
そんな感覚のものに、なぜか僕は惹かれる。
