人の力に優劣はないということを思っています。

 

「人間」ということで言えば、個人差というものは

 

非常に小さな差であって、基本的な部分は

 

みんな一緒です。

 

 

色々なところで差が出てくるのは、個人差では

 

なく「出力」なのです。

 

持っているもの(潜在能力)は同じだけど、

 

出せる力が異なるということです。

 

 

そこに結びつくのが、以前紹介した「呼吸」や

 

「体軸」です。

 

これらが人の人生に大きく影響する、根幹を

 

なすものであると言ったのは、出力部分に

 

直接かかわっているからです。

 

自身の能力の出力をアップさせるものを

 

日々整えて、できるだけ明るく楽しい人生を

 

送っていきましょう!

 

 

今日もあなたに「ぴーす」を。

貧乏ひまなし、という言葉がありますが、実は

 

「人生ひまなし」だと思っています。

 

これを心にとめておけば、人生がより素晴らしいものに

 

なります。

 

 

人生ひまなし、なんて言われるとずっと走り回ってないと

 

いけないような、手だけでも動かしてないといけないような

 

慌ただしい様子が浮かぶかもしれません。

 

しかし、そういうことではありません。

 

 

時間は流れているよ、というだけのことです。

 

流れ続けているよ、の方がより正しいでしょうか。

 

 

そんな時間の流れの中で人は「悩み」ます。

 

「悩み」というのは“自分にとって都合の悪い事を

 

考える行為”だと思うのですがどうでしょうか。

 

それはとても無駄な時間です。

 

どうせだったら良いことを考えた方がいいですよね。

 

 

だから時間を止めて「ちょっと悩んでみるわ」とできるなら

 

全然OKだと思うんです。

 

時間は無駄にならないので。

 

でも実際は悩んでいるときも

 

時間は流れ続けてしまします。

 

人生という時間の流れの中で、

 

悪い事を考える時間(=悩み)」は

 

本当にもったいないと思います。

 

人生にそんなことに費やす時間はないんです。

 

 

悩んでいることに気が付いたら、こう思いましょう。

 

「この瞬間にも時間は流れ続けている、もったいない」

 

1分生きることは1分死に近づいたということです。

 

5分悩んで苦しむ間にも5分死に近づいています。

 

楽しい想像をして、幸せな気分を味わうことに

 

時間を使いましょう!

 

 

今日もあなたに「ぴーす」を。

地位や権力を得たいと思うことはあると思います。

 

そして、しくみが分かれば得ることは可能です。

 

しくみが分かったうえで、それでも高い地位が

 

欲しかった場合は、ですが。

 

 

人と人の関係の中で人間としての差というのは

 

非常に小さいものです。

 

いいや、あの人は英語が出来るとか

 

こっちの人はプログラムが書けるとか

 

経験による差はあるように思います。

 

が、経験すれば誰でも出来るようになります。

 

だから潜在的な能力に差はないのです。

 

 

そんな中で「高い地位」つまり、人の上に立つという

 

ことはどういうことでしょうか。

 

それは文字通り人の上に立つということなのです。

 

文字通り、というのは組体操のピラミッドみたいな

 

物を思い浮かべてもらえると分かりやすいでしょうか。

 

あれは背中に乗ったりしますが、それか騎馬戦のように

 

何人かの手や肩の支えに乗る感じです。

 

それがそのまま高いところが見える状態、高い位置に

 

なります。

 

「高い地位」じゃなくて「高い位置」じゃないか、という

 

指摘も受けそうですが、そういうものなのです。

 

上に行くほど、それが何段にも積み重なっているという

 

ことです。

 

組織図がそのまま物理的な人の力で支えられていると

 

考えるのが早いです。

 

 

それだけの人に支えてもらわないと、高い位置に居続ける

 

ことは出来ないのです。

 

下層の人ほど力を使っています。

 

「ごくろうさま」「すみません」「いつもありがとう」

 

高い位置に上げてもらい、居続けるつもりなら

 

それだけ感謝して、労い、常にエネルギーも供給する

 

必要があるということです。

 

それを怠るとどうなるか。

 

下の人が一人崩れれば全部一瞬で崩れます。

 

 

高い地位を目指すなら「人に支えてもらい押し上げてもらう」

 

これを忘れてはいけません。

 

 

今日も組織に「ぴーす」を。

悩みはほとんど「比較」から出てきます。

 

他人の方が、家が広いとか、給料がいいとか、

 

いいものを持っているとかそういうことです。

 

 

そこから「なんで自分は持っていないんだろう」や

 

「自分にはその価値が無いのだろうか」という

 

悩みへと深まっていきます。

 

 

こういう煩わしさを持たなくていいわけなので

 

「比較」というのはとにかくしない事です。

 

ここは損得で考えて「自分の特にならない考えは

 

しない」と決めた方がいいでしょう。

 

 

「比較」が元になっている悩みは考えてみると本当に

 

多いと思います。

 

・自分ばかり注意される(同僚との比較)

 ⇒同僚も注意されているかもしれないし、

  そもそもそれは関係の無い事。

  自分の仕事をしっかりこなせばいい。

 

・あの人はいつも楽しそう(近しい人との比較)

 ⇒「あの人」が楽しいのはいいことです。

   でも、自分がどうかとは関係の無い事

   「あの人」がどうであっても自分は楽しんで

   かまいません。

 

・みんな持ってる(みんなとの比較)

 ⇒みんな持っていてもいいんです。

   自分が必要なければいりません。

   欲しければ手に入れましょう。

   「みんな」が手に入れているなら

   自分が手に入れられないことは

   ないはずです

 

悩みに関して「比較していないか」、「本当に

 

比較する必要があるのか」考えてみてください。

 

 

そう考えるだけで抜け出せることも多いのです。

 

ちょっとした考え違いだけで深刻に苦しんでいる

 

人がいると思うと、非常に悔しい思いです。

 

元気事典が少しでも役に立つことを願っています。

 

 

今日もこころに「ぴーす」を。

「呼吸」は生きていくうえで欠かせないものです。

 

人間の自然現象でありながら、自分でコントロールも可能という

 

ハイブリッドな要素を持っているのが一番の特徴です。

 

 

だから自動運転にまかせた「意識しない呼吸」と

 

自分で「意識した呼吸」で違いが出てくるわけです。

 

 

といってもとくに難しいことはありません。

 

僕の場合は「鼻で呼吸して、なるべく長く吐く」ということを

 

ポイントとしています。

 

吸う・吐くが1:3くらいの割合でしょうか

 

4秒吸って8~12秒吐いて、のような感じで。(秒数なんでもOKです)

 

とりあえず吸ったら、その2倍、3倍の時間吐くイメージです。

 

吐くときは時間をかける分、細く吐くことになります。

 

 

この「意識した呼吸」影響力は計り知れません。

 

なにしろ呼吸ですから、年中休まずやっていることです。

 

それが変化したら、なにもかも変わると言ってもいいくらい

 

じゃないでしょうか。

 

 

呼吸 ⇒ 体 ⇒ 思考 ⇒ 意識・・・全体が整って、

 

自分の行動すべてが変化していきます。

 

 

呼吸と体の軸を整えれば、人生に大きくプラスになります。

「体と心は驚くほど繋がっている」も参考にしてください。

 

 

それでは今日もこころに「ぴーす」を。

世の中には成功法則という類のものがあふれています。

 

僕自身がそういうものが好きだからかもしれませんが、

 

本屋さん、図書館でもよくみかけます(笑)

 

 

思うのは、細かいものから大きなものまでいろいろ存在

 

しますが、やはり大きな視点のモノからやっていくのが

 

一番近道だということです。当たり前のことですが。

 

 

トーナメント表のようなものを思い浮かべてみてください

 

トーナメントは下から上に上がっていきますが、

 

物事は上から降りてきます。

 

大きい出来事があってそれが2,3の区分に分かれて

 

さらにそれぞれの区分で複数のジャンルがあって・・・

 

と続いてどんどん細かいものになっていきます。

 

この上か下かという階層が色々あってそれぞれに関する

 

情報があふれているのが今の世の中だと思うんです。

 

 

で、情報や本も階層がバラバラですが、やはり上の階層の

 

ものに触れた方が得るものが大きいんですよね。

 

上に行くほど他のモノとのつながりが広いから影響力も

 

大きいというわけです。

 

 

個人的に生きていくうえでのトップ2は

 

「体の軸に関する事」と「呼吸」だと思っています。

 

下記も参考にしてください。

「体と心は驚くほど繋がっている」

「呼吸を「意識して」すると、すべてが良くなる」

 

この2つでほとんどの悩みは解消され、人生は生きやすく

 

楽しく希望に満ちたものになります。

 

それでは今日もこころに「ぴーす」を。

人はなりたいものにはなれません。

 

というと、身もふたもない感じがしてしまいますが大丈夫です。

 

 

なにが大丈夫かというと・・・

 

まず「なりたいもの」だったり「ほしいもの」だったり

 

目的がありますよね。

 

その目的がそこにあるだけだとエネルギー不足になるんです。

 

目的が最終地点、ゴールになっていることが原因でブレーキが

 

かかってしまいます。

 

 

どういうことか。

 

達成したらもちろんうれしいと思います。

 

でも「もう終了」「後が無い」ということが無意識に意識されます。

 

それはむなしい、ということで達成できないように、終わらないように

 

自分でブレーキをかけてしまう(かかってしまう)わけです。

 

目標まで「もう少しなんだけどな」ということってよくありますよね。

 

80点まで来てるんだけど、みたいな。

 

それはその辺でブレーキが強くなってくるのが原因なわけですね。

 

終わっちゃうのはやだよ~、スピード落としてゴールを遠ざけよう

 

という心の叫びです。

 

港の岸壁へ向かってバイクや車で向かっていき、海に落ちずに

 

ギリギリまで行けた方が勝ち、というチキンレースを思い浮かべて

 

もらえればわかると思います。

 

近づくほどブレーキ踏みたくなりますよね?

 

 

さて、そこまでわかるとどうすればいいかは自ずと見えてきます。

 

「もっと目的があればいい」ということです。

 

こうなりたいという目的(A)の後に「Aができたら、これをしたい(B)」というように

 

“その先”を付け加えるわけですね。

 

そうすると、最初の目的(A)は壁や岸壁ではなくなります。

 

道の小枝か水たまりくらいになるイメージです。

 

そうしたらそんなに減速せず(B)に向かっていけるでしょう。

 

Bの先にCでもDでもあれば、見通しの良い道路のようなものなので

 

小枝(目的A)、水たまり(目的B)は軽くかわして快適なドライブを

 

楽しめるようになるかと思います。

 

 

ぜひ、ゴール達成した後の世界をたくさん想像してみてください。

 

今日もこころに「ぴーす」を。

他人(ひと)のせいにしちゃいけません。

 

小さいころからよく言われるセリフです。

 

何度言われたのか、数えきれないくらいです。

 

 

本を読んでいてもよく出てきます。

 

「すべては自己責任なのです」

 

でも、なんか重くないですか? 自己責任だなんて。

 

責任とは何かが起きた時、それに対して応答する義務の事です。

 

義務感というものが出てくると思いというか、不自由さを感じますね。

 

 

どう考えたら楽になるでしょうか。

 

すべてに対して自分の責任が生じるということ、それはつまり

 

「自分がすべて決めている(決めていい)」ということではないでしょうか。

 

責任が「何かが起きた」時に対するものであるなら

 

自己責任は「自分が何かを起こした」と気に責任を負うことです。

 

「すべて自己責任」は「ぜんぶ私が創り出しました」ということに

 

なるしかないんですね。

 

 

これが「自己責任」の神髄ではないでしょうか。

 

自分の好きに世界を作っても、他の人のことは心配いりません。

 

他の人は他の人で独自の世界を創っています。

 

自分で人生を創っていきましょう。

 

「全部私が作っています、だからもちろん責任も持ちます。

 

いい世界を創ります。自分が穏やかでいられて、周りの人も優しく

 

みんな幸せそうに、楽しそうに暮らしている世界を。」

 

 

それでは今日も世界に大きな「ぴーす」を。

自分勝手はダメ、利他的な方がいい。

 

いや、利己的でもいいんだ。まずは自分から。

 

 

いろいろな意見をよく目にします。

 

言ったいどっちなんだい。と言いたくもなりますが、そういう

 

なかなかどっちつかずなことというのは、どちらにもメリットがあり

 

どちらにも至らない点があり、均衡しているから結論がでないんですね。

 

 

ということは、「どちらかが正解」と考えないのがたいてい正解です。

 

考えないといっても、そこで考えるのを止めるということではありません。

 

その視点で考えるのを止めるということです。

 

 

ざっくり整理すると・・・

 利己的:自己の利益を追求すること

 利他的:他者の利益を追求すること

 

となります。

 

どちらも「利益を追求する」ということが共通していますね。

 

これで正解が出ない(出しづらい)のですから、この共通部分が

 

不具合の元という可能性が高いです。

 

 

まぁ、なんにしていも「利益を追求する生き方」というのは窮屈な感じが

 

しますよね。

 

のんびりできないというか、ピリピリしている、前のめり、あせりの雰囲気が

 

バンバンでています。

 

 

そこを変えて「やさしさ」と「思いやり」と「親切心」これを追求したらどうですか。

 

他人に対してでも、自分に対してでもかまいません。

 

これだけで人生ハッピーになる気がします。

 

のんびりと、おおらかに、おだやかに生きられる気がしてきます。

 

どうでしょうか。

 

 

それでは今日もこころに「ぴーす」を。

 

過去にこんな記事を書きました。

(幸せへの道1)

 

「幸せになる」といっても、それは状態のことで、

 

その状態は常に変化していて、なってもすぐ幸せじゃなくなったり

 

また幸せだと思えたり、非常に不安定ですよ。という話でした。

 

 

そこで「幸せになる」ことをあきらめるということが必要になってきます。

 

「幸せになる」を追いかけても別にいいんですけど、

 

まあ、ツラいでしょうね。

 

常に変化するものを追いかける・・・

 

言ってみれば、「ゴールの無いマラソン」のようなものです。

 

考えただけでゾッとしますね。

 

 

では「幸せになる」をあきらめて「幸せを感じる」に

 

チェンジしてみましょう。

 

感じる事は自分でできます。

 

人の影響を受けないわけではありませんが、感じ方というのは

 

自分でコントロールできる範疇のものです。

 

しかも、感じたらそれはそれでおしまいです。

 

状態が変化しようが関係ありません。

 

感じた瞬間幸せならそれは確定で、次の瞬間はまた次の瞬間のことです。

 

A:今、幸せを感じました。 B:次の瞬間悔しさを感じました。

 

でも、Aの幸せは消えてはいません。

 

もう体験したことです。 

 

Bの悔しさを感じて多少はかすんだかもしれませんが、済んだことは

 

もうOKなんです。

 

そして、C:幸せを感じました がくればよりOKです。

 

 

「なる」のと比べると「幸せを感じる」ことはとても瞬間的な積み重ねの

 

ようなイメージです。

 

だから今からは「幸せを感じる心を持つ」というスタンスで

 

人生楽しみませんか?

 

 

今日もこころに「ぴーす」を。