ここがヘンだよTBS -35ページ目

結果は同じでも報道姿勢によって全く変わってしまう選手への評価(修正版)

トリノ五輪の報道では、どこの局も原田選手に対する厳しい批判をしており、特にみのさんは「もう若手に譲れ」だの、「選手として失格」だの手厳しいですが、まだ彼は出場する可能性があるのに、「ここでモチベーションを下げさせていいのか?」「批判は全て終わってからすればいいのに・・・」と個人的には思います。まあ、この後彼がメダル取ったらマスコミがどう報道するのか楽しみです。


まあ一連の各局の報道を見ていて、つくづく感じるのはテレビが選手を実力以上に過大評価して、視聴者に期待と注目を持たせながら、ダメだった場合にガッカリさせるといういつものパターンだなと感じますし、視聴率を取るために選手を持ち上げてダメならバッシングするというマスコミの態度には辟易します。


だいたい、「○○選手にもメダルの可能性があります」ってマスコミは言いますけど、それなら出場選手全員がそうなのであって、実力的に上の方ではない選手までそういうことを言って過大な期待を煽るからガッカリするのです。


これは、解説者の発言も同様で、日本人選手を応援したくなる気持ちはわかりますけど、外国の選手には「ミスしました」だの「ちょっと失敗しました」などと言うのに、日本人選手には「いいですよー」だの「決まりましたー」と言って褒め称えるから視聴者はあたかも日本人選手の方が成績が上に来るように思ってしまうのに、実際の結果は違うので「なんだよー」ってことになってしまうのです。


例えば、実力的に15位くらいの選手がいたとします。その選手をマスコミが過大評価して、あたかもメダルが取れるくらいの実力があるかのように喧伝します。すると、見ている方はもの凄く期待しますが、結果的に10位だとすると「なーんだ」とガッカリするわけです。しかし、最初から15位くらいの選手だと実力どおりの評価をしておいて、10位になれば「よくやった」となるわけです。


この人間の感じ方、評価の違いは結果は同じでも、報道の仕方によって全く変わってくるものです。日本のマスコミは最初に過大評価するから失望とバッシングになるのです。このマスコミのやっている過大評価して選手の実力を偽って高く見せようとしていることは、まさに「粉飾」であり、「風説の流布」では

ないでしょうか?


そもそも、選手の実力をちゃんと把握して実力に見合った評価をするためには、きちんとした取材とその競技に対する勉強が必要です。だからこれはマスコミの報道機関としての力量が問われているのです。ところが、テレビ各局を見ている限り、とてもちゃんと取材しているとは思えません。現地に行ってるクルーは試合会場に見に行くか、会見に行ってるだけで、映像も試合か会見の映像、そして選手を呼んでのインタビューしか流れません。試合前の練習風景や体調、そして、ここ最近の試合の様子やライバルの動向などちゃんと自分の目で見ているのか大変疑わしいですね。ですから日本の放送では、過去のテープ素材を繰り返し流すばかりで、取材した映像がほとんどなく、それに家族やその周辺とスタジオのコメントを繰り返すばかり。

TBSは1月に入ってからやっと小倉・藤森・高畑・久保田のトリノ派遣アナウンサーによる勉強会を開いたのですが、もともと2月に五輪があるのはわかっていたのだから、せめて半年前くらいから分担して各競技の取材を進めておくべきだったと思うのです。そうすれば、もうちょっと選手の実力を客観的に評価できたはずで、そうすれば、みのさんも「18個メダルが取れる」だなんてバカげたことは言わなかっただろうし、過去の映像を繰り返し流すだけの陳腐な番組構成を避けることはできたのではないでしょうか。その点、アメリカのスポーツ紙は日本のメダルは2個と評価していましたが、こういう客観的な評価ができるアメリカはバランスの取れた国だな思いますね。


と、まあいろいろ批判しましたけど、まだ、五輪は始まったばかりで、まだ取り返すことは十分可能なのですから、現地のクルーが頑張って、きちんと取材をして実力を客観的に評価できる放送をしてもらいたいものです。くれぐれもSMAPの中居くんが選手に会いに行って盛り上がってる映像でお茶を濁さないことを祈っております。

結果は同じでも報道姿勢によって全く変わってしまう選手への評価

時間がないので簡潔に・・・後で書き直します。


トリノ五輪の報道では、どこの局も原田選手に対する厳しい批判をしており、特にみのさんは「もう若手に譲れ」だの、「選手として失格」だの手厳しいですが、まだ彼は出場する可能性があるのに、「ここでモチベーションを下げさせていいのか?」「批判は全て終わってからすればいいのに」と個人的には思います。まあ、

この後彼がメダル取ったらマスコミがどう報道するのか楽しみです。


まあ一連の各局の報道を見ていて、つくづく感じるのはテレビが選手を実力以上に過大評価して、視聴者に期待と注目を持たせながら、ダメだった場合にガッカリさせるといういつものパターンだなと感じますし、視聴率を取るために選手を持ち上げてダメならバッシングするというマスコミの態度には辟易します。


だいたい、「○○選手はメダルの可能性があります」って言いますけど、それなら出場選手全員がそうなのであって、実力的に上の方ではない選手までそういうことを言って課題な期待を煽るからガッカリするのです。


逆に実力どおりの評価をしていれば、メダルは無理だと思われていた選手が意外と活躍して上の方に行ったら「すごいじゃないか」となるわけです。


この人間の感じ方、評価の違いは結果は同じでも、報道の仕方によって全く変わってくるものです。日本のマスコミは最初に課題評価するからバッシングになるのです。この過大評価するという手法はライブドアに対する報道と同じじゃないでしょうか?

言論の自由を守ろうと戦わない人間がマスコミにいるのは変

水曜日のアクセスにおける言論の自由の限界に対する山本モナさん×宮崎哲弥さんとの激論は非常に面白かったです。ぜひ放送終了後にも続いたであろう続きをインターネットで公開してもらいたいものです。


私は、個人的には山本さんの考え方には賛同できないけれども、宮崎哲弥さんという百戦錬磨の論客が机を叩きながら捲くし立てても怯まずに反論した度胸は非常に高く評価します。こういう場合、私が好きな竹内アナをはじめ、たいていの女子アナは黙ってしまうか、相槌を打つだけになってしまいがちですが、そこで自分の意見をちゃんと言えるのは素晴らしいことです。 まあ、極度にインドを過小評価する考え方など「???」と思うところは多々ありますけど、えてして報道番組では、アシスタントとして自分の意見は言わずに進行だけ淡々とやればいいという既存の女子アナのあり方を彼女は変える可能性を持っているのではないでしょうか?今後に大いに期待したいと思います。


ちなみに、私の考え方は「郷に入れば郷に従え」で「デンマークという非イスラム圏で言論の自由が保障されている国の中でイスラム教の価値観を押し付けてくるのは間違いだ」と思っているので、概ね宮崎さんの意見に賛成であり、「イスラム教徒が嫌がるようなことをしてはいけない、それは言論の自由ではない」という山本さんおよびたいていのリスナーの意見には賛成できません。言論機関が今回のような反発を恐れて自己規制をするというのは、言論機関として自殺行為だと思います。


意見を聞いていると、デンマークを批判しているたいていの人が「言論の自由よりも、相手の宗教(イスラム教)を尊重するべきだ」と言います。それならば、なぜ今回暴れているイスラム教徒がデンマークの法律を尊重しないことを批判しないのか不思議でなりません。それならば、イスラム教徒も言論の自由が保障されているデンマークの法律を尊重するべきです。それが相互主義というものじゃないのでしょうか?文句があるなら、反論するなり、平和的にデモをするなり、訴えるなり、いろいろ対抗手段はあるのであって、なぜ冒涜したと言って暴動が正当化されるのか全く理解できません。言論の自由という中にはイスラム教を批判する自由も含まれており、批判されたからと言って暴動を起こす方がおかしいと考えます。ですから、デンマーク側が謝罪すべきではないし、その必要もないし、むしろ大使館や領事館を破壊したレバノンなどの政府に対して謝罪と補償を要求すべきです。


私は、前にも述べたように、言論機関を含む表現者が、批判や報復、抗議を恐れて自ら言論の自由や表現の自由を制限していることに不満を持っています。そういう意味で今回の問題は非常に興味深い出来事であり、デンマークおよび西欧諸国がイスラム教を敵に回してでも問題提起した勇気を評価したいと思います。これがもし、日本のマスコミであったら、抗議を恐れて絶対こんなことはしなかったでしょう。以前、イスラム教を冒涜していると非難されている「悪魔の詩」を翻訳した筑波大の五十嵐教授が殺された時に、日本の警察は犯人を逮捕せずにうやむやにしました。マスコミもイスラム教徒の反発を恐れてあまり報道しなかったのを覚えています。警察やマスコミがビビって事実をちゃんと調べて逮捕するなり、報道しないというのは、それこそ殺された被害者、また、法治国家・言論の自由を冒涜しているのではないでしょうか?


番組の中で、宮崎さんが述べていたように、オウム真理教の犯罪行為がなぜ長い間放置されてきたかというと、警察やマスコミが宗教に対して遠慮して、及び腰だったからに他なりません。その結果多くの人間が被害を受けて殺されてしまいました。相手が宗教だというだけで、ビビって自ら表現の自由を制限し、真実を報道せず、彼らの犯罪行為を野放しにしてしまったことについてマスコミはどう考えるのか?特にTBSはオウムの圧力に屈してVTRを見せて、それが坂本弁護士殺害事件に繋がってしまったことについてどう考えるのか?TBSおよび相手の宗教の気持ちを考えるべきだと言ってデンマークの新聞社を批判してる人たちに、ぜひ聴いてみたいものです。


私は、マスコミというのは、タブーなく、自由に批判ができる環境であるべきだと思うし、マスコミ人はそれを守るために戦うべきだと思っています。確かに言葉は相手を傷つけることがほとんどです。しかし、批判する時は相手を傷つけてでも批判しなければいけないのです。相手が傷つくからと言って批判してはいけないというのはおかしいと思うし、そんなことを言い出したら何も言えなくなってしまいます。それではあらゆる表現活動はできなくなります。


私が常々、日本のマスコミが卑怯でずるいと思うのは、本当は怖いから、保身のためなのに、「相手が傷つけてはいけない」という大義名分や本当はありもしない報道禁止用語を錦の御旗にして、自己検閲を正当化していることです。これはマスコミにとって自殺行為以外のなにものでもありません。


だから、私は、亀井静香議員の「乞食」発言を抑えようとしたみのさんと柴田アナを批判しているのです。


こうやって日本の"ヘタレ"マスコミは暴力団・右翼・創価学会・統一教会・部落解放同盟・朝鮮総連など数々の圧力団体に媚びへつらい、多くの問題を野放しにしてきました。その責任は極めて大きいのです。


マスコミが本気で言論活動のために活動するなら、本来は命がけでなければならない職業のはず。自分が書いた、言ったことに対して身体的危害が加えられるかもしれない、それでも書く、発言するのがマスコミ人じゃないのでしょうか?


サマワは危険だから記者を派遣しない日本のマスコミが防衛庁で受けた説明を元にニュースを報じてあたかもサマワで取材したみたいなことを言う、私は「これこそ偽装じゃないか!」と言いたいですね。


くしくも今朝のニュースでは横浜事件の裁判のニュースが報じられていました。彼らは戦前の治安維持法の中で特高から弾圧されてでも言論活動を貫いてきた人たちです。中国では多くのジャーナリストが共産党政府の言論弾圧と戦っています。そうやって戦って先人は言論の自由を勝ち取ってきたのです。それを怖いから、抗議を受けたくないから、出世に響くからという理由で簡単に放棄してあなたたちは恥ずかしくないのかとマスコミ関係者には言いたいですね。

雑感いろいろ

1.また露呈した組織内の連帯感のなさ


昨晩の「雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!」では、蛍原さんの念願であるラックスCM1日限りの街頭ビジョン出演の模様をOAしてましたが、その際にTBSラジオの番組であるにも関わらず、TBSテレビが取り上げてくれなかったことが発覚し、「なんでTBSラジオの番組なのに、『めざましテレビ』や『なるとも』が取り上げてくれたのに、TBSテレビが取り上げてくれないんだ!」と雨上がりの二人が文句を言っていましたが、スタッフによると、パイプが繋がっていなかったとのこと。以前、青木アナの不倫報道の件で現場と広報部の主張に食い違いが生じた時と同様、各部署ごとの意思疎通・連携がしっかり取れてないことが露呈されてしまいました。


ただでさえ労働組合の影響力が強く、OBからも年金の支払いを巡って訴訟が起こされていて、現役の社員は経営建て直しのための子会社大量出向で不満が溜まっているところに、楽天の買収攻勢を招いた井上社長に対する社員からの不信感・突き上げが強いこの組織なら仕方がないかもしれませんが、今は組織としてまとまりがまるでないのがわかってしまいます。


2.みのさん+TBSは皇室典範改正賛成派

今朝の朝ズバッでは皇室典範改正のニュースを報じていましたが、その中で、みのさんは番組冒頭で小泉首相が全会一致で改正が望ましいとの発言をしたことを受けて「私もそう思う」と口走っていましたが、これが本音なんでしょうね。昨日の「私も天皇になりたいと思ったことあるんですよ」発言に続き、今朝は「私なんか社長になりたいと思うんですけど、(愛子さまも)天皇になりたいって思わないんですかね?」などと社長になることとと天皇になることを同一視する発言を見ると、この人は改正に前向きなのがわかってしまいます。まあ、これがTBSが言わせた発言かどうかはわかりませんが、TBSも改正派なのは番組を見てるとよくわかります。今回の「全開一致で賛成して改正することが望ましい」という小泉首相の発言は蔦さんや原口議員の言うように、要するに今国会での改正を延期するという意味で、VTRでもそう言ってるのに、ニュース原稿では「しかし、一方で首相は改正を諦めていない、引き続き改正に意欲」という一文をわざわざ入れています。なぜ原稿を書いた人間はわざわざこの一文を入れたのでしょうか?こういうところにTBSの意図を感じるのです。


3.言葉が軽いみのさんは言うことに説得力がなくなっていく

今朝の新聞一面の紹介の中で日経新聞がBRICSのニュースを取り上げていましたが、みのさんはこれらBRICS諸国が今後ますます経済発展するという蔦さんに解説を求めたあと、「それじゃあ、(儲かる)コンクリート会社の株を買いましょうかね」と言ってスタッフの笑いを取っていましたが、これが、数日前には「株というものは、いい会社を見極めて、その会社を応援し、配当をいただくのが正しい株のやり方でマネーゲームの手段にするなんてけしからん!」とライブドアを厳しく批判してた人の発言だとは思えません。言ってることに一貫性がないのです。これでは説得力がありません。まあ、この番組は大衆の不満を代弁してアジるのがコンセプトだからその場その場で適当なことを言っててもいいと思ってるのかもしれませんが、今は録画機器が発達して過去の発言が記録として残ってしまう時代なだけに、この言葉の軽さが命取りになるかもしれませんね。


4.堀江社長の二の舞になりかねない安藤美姫選手

トリノ五輪目前となって、各局ともトリノ五輪関連のニュース、中でも出場選手に対する報道が多くなったここ数日ですが、特に注目を浴びているフィギアスケート女子の選手たちに対するマスコミの過熱ぶりはかつての堀江社長に対する報道と似ているところがあります。冷静なスポーツジャーナリストの間では、特にずば抜けて実力を評価されているわけではない安藤選手をマスコミがこぞって持ち上げて、あたかも金メダルが取れるかのように報道していますが、これは会社の実力に見合わないライブドアと堀江社長を持ち上げていたかつての報道とどこが違うのでしょうか?コマーシャルに使っているために五輪に選出するように要請したスポンサーや視聴率アップに利用しようとしたマスコミ、特にお台場のテレビ局がさんざん期待を煽ってプレッシャーをかけ、その結果駄目だった場合にマスコミがどう手のひらを返すのか要注目です。まあ、素人のみのさんやSMAPの中居くんやTBSの女子アナが煽るならまだしも、専門家の伊藤みどりさんまでが悪乗りして「女子フィギアスケート隊」などと言って3人ともメダルが取れるなんて言うのはどうかと思いますがね。だったら専門家なんか要らないと思います。とにかく今は、安藤選手が堀江社長の二の舞にならないことを祈るばかりです。


5.二番煎じは成功するか?

今朝のスポーツ紙の報道によると、TBSが3月から2時ピタッというワイド番組を始める そうですが、このタイトルを見て「朝ズバッ」みたいだなと思っていたら、やっぱり「朝ズバッ」チームが担当するとのこと。朝ズバッの勢いのまま昼も・・・と行きたいと思っているのでしょうが、「朝ズバッ」の高視聴率はみのさんの個人的キャラクターによる部分が大きいため、同じコンセプトでやってもうまくいくかどうか?安東アナとみのさんではキャラクターが全然違いますからね。果たして結果はいかに・・・

大事なニュースがより大きなニュースで隠される危険性

今朝のニュースはどこのテレビ局も皇室の慶事で持ちきりでしたが、TBSも同じく皇室の慶事をトップニュースとして報道しました。しかし、その裏で道路公団改革が骨抜きになるという大ニュースがあったにも関わらず、みな扱いは非常に小さいものとなってしまいました。


国土交通省が皇室の慶事を狙って決定を下したとは思いませんが、非常にグッドタイミングでした。

しかし、マスコミは皇室の慶事に浮かれて大事なニュースをベタ記事扱いでいいのでしょうか?


今朝の朝ズバッでは朝刊紹介のところで軽く紹介しただけで、みのさんも「地方の人は道路作ってほしいからねえ」の一言。私は地方の人じゃなくて、地方自治体と地元建設会社が欲しがっているのだと思うんですがね。


あれだけ大騒ぎして、「無駄な高速道路は作らない」と決めたにもかかわらず、多額の税金を投入して道路を作ることが決定されたのに、なぜマスコミは追及しないのか不思議です。


特に、みのさんおよびTBSは議員年金・防衛施設庁の談合など、役人・政治家の税金の食いつぶし・無駄使いは徹底的に糾弾してきたはず。それなのに、なぜ高速道路の建設に反応しないのか不思議で仕方がありません。そこんところのバランス感覚というか基準はどうなっているのでしょうか?


道路民営化推進委員会メンバーだった猪瀬直樹氏は「わずかでも道路建設が凍結されたから進歩だ」と言ってるんですよ。猪瀬氏および大宅映子氏、石原伸晃議員をゲストに招いて話を聞くくらいのことはするべきじゃないんですか?


もう一つ、皇室のニュースについて。


このニュースに関連して国民はなぜ、皇室典範改正の議論が沸き起こっているのか?また女性天皇と女系天皇の違いをみなわかっているのか?甚だ疑問があります。喜びの声を伝えるのもいいですが、そういうことをちゃんと伝えるのがマスコミの役目じゃないんですか?


とりわけ私は、

・有識者会議のメンバーの名前と経歴

・女性天皇と女系天皇の違い

・なぜ男系じゃなければならないのか?

・小泉首相が改正に意欲的な理由


こういう点について説明してもらいたいと思います。


それと、皇室報道を見るたびに思うのですが、テレビ局のアナウンサーが使っている敬語はあれで正しいのでしょうか?聞いてると不自然な感じがしてならないんですが。


主張は正しいが、踏み込みが足りないマスコミ

みのさんが議員年金の「エセ廃止法案」に怒るのはよくわかりますが、結局はハマコーさんが言うように、国会が決めることであり、国会議員を選ぶ国民の責任なのです。


だから、今回の法案に賛成した国会議員を次回の選挙で国民が選挙で落とせばいいのです。


しかし、国民は誰がどの法案に賛成したのか?政治家がどういう政治活動をしてきたのか?どういう主義思想を持つのかよくわかりません。それは、マスコミが報じてこなかったからです。


マスコミは今回の国会議員の議員年金廃止法案が通ったというニュースは伝えても、誰が賛成したのかについては伝えていないのに、国民はどうやって次回の選挙で判断しろと言うのでしょうか?マスコミは判断材料をちゃんと国民に伝えていないのです。


ですから、私は、今こそTBSは国会の活動について、こと細かく伝えるべきだと思います。


今回の議員年金廃止法案でいうならば、賛成した議員と反対した議員の一覧をそれこそボードを作って出して、みのさんにボードをバンバン叩きながらやればいいのです。それが無理ならば、画面の下に一覧をスクロールさせても構いません。ただし、その時には必ず、どこの県のどこの選挙区から出てるどこの政党の議員なのかを必ず表示させるべきです。そしてホームページに一覧を載せればなおいいです。そうすれば、いつでも○○県の○○選挙区から出た○○党の○○議員がどの法案に賛成したのか有権者は判断することができるのです。マスコミはそこまでやるべきです。


みのさんは法律を作る国会議員に盛んに訴えてますけど、その国会議員を選ぶ有権者に訴える方が遥かに効果があるのではないでしょうか?朝ズバッを含め、マスコミにはその視点が欠けているのです。


証人喚問にしても、一部だけ切り取ってニュースに流されても詳細はわかりません。全部をノーカットで流すことで、視聴者は表情や口調や行間を読むことによって証人のみならず質問者の意図や国会議員の考え方までわかるのです。


まあ、これは放映権の問題とかいろいろ問題があるでしょうけど、みのさんがあれほど熱く言うなら、それこそTBSのスタッフは頑張ってせめてBS-iやインターネットで流すくらいのことにチャレンジしたらどうでしょうか?番組コンテンツが足りないBS放送なら一石二鳥じゃないですか。TBSラジオには有名な国会担当記者がいるし、"ミス社保庁"の堀井アナや下村さんやみのさんを含め、人材はいるじゃないですか。


今こそマスコミは選挙での判断材料を詳細に国民に提示すべきです。

他人(政治家)のフリ見て我がフリ直せ

今朝の朝ズバッでは「日朝交渉再開を受けて長年続く日本政府の対応の問題」について厳しく糾弾していましたが、それはマスコミにも言えることです。


確かに一番最初に拉致事件を報じたのは産経新聞でしたが、他の新聞、メディアも知っていたのに報じてこなかったのです。当時の社会党が拉致事件自体でっちあげみたいなことを言っていましたが、マスコミ、特に朝日新聞も同様の記事を書いていましたし、他のマスコミも積極的には取り上げてきませんでした。


それはなぜかというと、前述したように、朝鮮総連と、彼らに加担する勢力からの圧力が怖かったからです。

ですから、マスコミは知っていながらあえて書きませんでした。それはTBSも例外ではありません。そういうマスコミが北朝鮮が地上の楽園であるかのような宣伝報道をして、多くの在日朝鮮人と日本人妻を北朝鮮に送ってしまいました。ですからマスコミにも相当の責任があると思います。つい最近までは北朝鮮と呼ぶなと言われて「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と言っていました。TBSは映像の使用料として朝鮮総連に金を払っていました。あるメディアは今でも北朝鮮に衛星中継車を置いて、電撃日朝国交回復や横田めぐみさんの電撃帰国を独占スクープしようと狙っていると言われています。当然、北朝鮮の許可を得てやっているわけです。金も払っているのでしょう。このように平壌に支局を持ちたいメディアが今でも北朝鮮に媚びへつらっているのが実態なのです。


私は、こういうマスコミが「政府の怠慢が許せない!!!」という資格があるのかどうか疑問があります。

特に、北朝鮮を地上の楽園だと宣伝報道して、送り出し、その結果、多くの人間を飢餓寸前まで苦しめていることに対して少なくとも道義的責任はないのか?と思いますね。


マスコミは報じるだけ報じて、あとは責任を取らなくていいのか?悪いのは全て政府なのか?そもそも自分たちは政府を非難する資格があるのか?


このことについては堀江社長への対応も含めてマスコミ関係者はよく考える必要があるのではないでしょうか?


堀江社長の件についてもうちょっと言うならば、逮捕されるまでは、数字が取れる堀江社長を持ち上げ、テレビに出していたのに、逮捕された瞬間から「番組で堀江さんと言わないでください」だなんて出演者に依頼する手の平の返し方はなんなんだと思いますよ。

それだけじゃなくて、堀江社長側からのアタックで頻繁に接触し、飲食を共にし、中にはライブドアの株で儲けようとしたり、接待を受けていたマスコミ関係者も多くいると聞いています。その時に、まさか現金を受け取ったり、インサイダー取引に関与してたりしてないでしょうね?

ライブドアの報道の中で、ある会社の買収発表前に株が異常に上がったりしたことがありましたが、その時の売買記録を見れば、誰が売ったかはすぐわかることです。噂で何人かの政治家の名前が挙がっていますけど、まさかマスコミ関係者はいないでしょうね?


<参考>

北朝鮮礼賛集

帰国船―北朝鮮 凍土への旅立ち 』鄭 箕海(文藝春秋社)

言葉が軽すぎるみのさんの論理矛盾

今、サタズバを見てたのですが、防衛施設庁の談合事件についてのみのさんの発言は言ってることに一貫性がありません。


最初は「談合がけしからん」、「そんな会社は潰れてしまえ」といつものようにボードを叩いて怒っていたのに、最後は「自分がもし総理になったらこういう談合システムは残すと思う。だって自分の会社を生き残らせなきゃいけないから・・・」とまったく逆のことを言っています。まったく発言が矛盾しています。


しかし、自ら経営する水道メーターの会社「ニッコク」が3度も談合疑惑で強制捜査を受けたみのさんが言うから説得力もあります。


みのさんにはぜひ防衛施設庁を糾弾する勢いで自らの談合疑惑もズバッと説明してもらいたいものです。



マスコミは分かりやすい「悪者」を叩けばそれでいいのか?

時間がないので、とりあえず簡潔に・・・あとで書き直しますので。


今晩の「イブニング5」では、東横インの社長をスタジオ・記者全員で非難していましたが、マスコミというのは、分かりやすい悪者を集団リンチするのが仕事なのでしょうか?


前にも言いましたが、「障害者用の施設(ハード)を作れば障害者に優しい社会なのか?」

それよりも障害者用の施設がなくても人が助けてあげる社会の方が障害者に優しい社会じゃないのかと思うのです。


月曜日の「アクセス」で田中長野県知事も同じことを言っていて、ハードを作るというのは、「公共工事である」と述べていました。まったく同感です。障害者に優しい社会というのは「ハードができる社会」なのでしょうか?


人が助け合う社会であれば、ハードを作る金も要らないわけですし、企業に無理な出費を迫る必要もない、まさに一石二鳥ではありませんか。だから田中知事は絶対に必要だとは限らない公共事業だと述べているのです。


普段は「無駄な公共事業はけしからん!」と言っているマスコミが弱者(障害者)のためとなると反射的になんでもOKしてしまうのは矛盾してないでしょうか?


それと、もう一つ。スタジオの解説の男性が「障害者の世話をするのは面倒くさい」と言ってしまって、抗議が来たため謝ってましたが、私にはなんで謝らなければいけないのかわかりませんでした。


だって、面倒くさいのは事実なのだから。面倒くさいけれども、自然と困ってる障害者を見たら協力してあげればいいのであって、なぜ彼が面倒くさいと思ってることまで否定するのかわかりません。

くしくも昨日、看護に疲れて痴呆症(認知症という言い換え表現は欺瞞です!)の妻を殺した夫が自殺したニュースをみのさんが涙ながらに伝えていましたが、この夫は面倒くさくて、辛い看護をずっとやってきたのです。

果たして、解説の男性は面倒くさい看護をしてきたこの夫をけしからんと批判するのでしょうか?なぜ彼は抗議されて心の中まで媚びへつらうのでしょうか?


そうやって、なんでもかんでも抗議がきたらすぐ謝るのはおかしいと思います。私には抗議が怖くて媚びへつらっているようにしか見えません。また、相手が弱者となると「ホームレスの方々」「朝鮮の方々」「障害者の方々」等「○○の方々」とへりくだるのもおかしいと思います。


マスコミのこういう表現は弱者に敬意を払い、最大限気を使っているように見せていながら、実は抗議が怖いからひたすら下手に出るという計算されたパフォーマンスなのです。実にイヤラシイではありませんか。

そのくせ、弱者に優しくない人間を集団リンチして、自分は正義の味方を気どる・・・こういう人たちは偽善者だと思うのですが、そういう言うとたいていこの手の人たちは激怒するんですね。しかし、じゃあこの人たちは普段から障害者のことを考えて生活してるかというと、そんなことは絶対にありません。駅の周りに平気で自転車を駐車させて点字ブロックを塞ぐ、シルバーシートに座る、点字ブロックの上に固まって談笑する・・・自分も含めて、障害者を意識して生活してる人なんてほとんどいないのです。それなのに、こういう時だけよってタカって東横インの社長を糾弾する・・・果たしてこの人たちは、彼を批判する資格があるのでしょうか?


相手が「弱者」だとひたすら平身低頭し、彼らを傷つけるものは徹底的に糾弾する…


そうやって、すぐ土下座するから、その関係をに目をつけて、障害者の周りにまとわりついてきて商売する人間が出てくるのです。そしていつしかそこが聖域・利権になるわけで・・・


そもそも抗議してくる人間は本当に「弱者」なのでしょうか?マスコミに同じ文言のFAXを大量に送りつけたり、脅迫・嫌がらせしてくる人間がほんとうに障害者の立場にたった人間なのでしょうか?マスコミは「弱者」という言葉だけで、ひたすら土下座し、「弱者」と名乗る人たちがいろんな要求をしていく。こういう人間は果たしてほんとうに「弱者」なのか?「弱者」というのは声も挙げられず、社会の片隅で細々と生きている人間じゃないのですか?


そうやってマスコミは脅され、行政は部落解放同盟や同和団体から多くの税金をかすめ取られてきたのです。


彼らも金目当てにやっているのです。しかも弱者を食い物にしています。ならば、東横インの社長同様、なぜ責められないのか不思議です。


抗議が怖い相手は黙認し、叩きやすい人間は徹底的に糾弾するというマスコミのダブルスタンダードが東横インの社長よりも悪い人たちをのさばらせているだけに、マスコミの罪は相当重いと言わざるをえません。


「税金の無駄使い・食い潰し」や「政官財の癒着」を徹底的に糾弾しているみのさんにはぜひ、この闇社会も徹底的に叩いてもらいたいと思います。


弱者とはだれか

抗議が怖くて自主的言葉狩りに走るTBSの事なかれ体質

今朝の朝ズバッでゲスト出演した亀井静香衆議院議員が大阪市によるホームレス強制退去のニュースの感想を問われて「乞食」と発言したことについてみのさんおよび柴田アナが使わせないようとした上に、それに反論する亀井議員を押し切って無理矢理次の秋葉原のおでん缶バカ売れのニュースに話をそらそうとしたことは、TBSの事なかれ体質を見事に象徴しています。まあこれはTBSに限らずマスコミ全体の体質でもあるんですが。


放送の中でみのさんは「その言葉は今は使っちゃいけない言葉なんですけど」と言っていますが、調べてみると、そんなことはないんですね。


実は、言葉一つ一つに対して明確な決まりはなく、放送法の「放送番組編集準則」(放送コード)第44条3項の1に「公安及び善良な風俗を害しないこと」と定めているのが唯一の決まりで、具体的な取締りに関しては各放送局の自主的な判断に任されているのです。

つまり、使っちゃいけないという決まりや法的拘束はなくて、TBSが使うのはマズいということで自主規制しているだけなのです。

そもそも、放送禁止用語なるものがなぜ生まれたかというと当初は、政治的だったり反社会的だったりする個々のメッセージだからという側面と、一般視聴者や圧力団体からクレームの嵐になってしまうからという理由で放送局側が自主的に作ったからなのです。


要するに、政治権力や一般視聴者や圧力団体から抗議を受けるのが嫌だ、面倒くさいというテレビ局の事なかれ体質が差別禁止用語なる自主規制を勝手に作ったのです。


その中でも最もテレビ局が恐れるのが圧力団体で、右翼や朝鮮総連・部落開放同盟・同和団体をはじめ、暴力団・障害者団体や少数民族などからの激烈な抗議が怖いテレビ局が自主規制をかけて予防線を張っているのが実態なのです。


そういうマスコミの事なかれヘタレ体質がタブーを生み出し、そしてそれに捉われて自ら表現の自由を縛ってきたのです。


番組の中で、柴田アナは「その言葉を使うと傷つく人がいますから、今は使わないようにしています」と言っていましたが、表現の受け取り方は様々で、絶対に誰も傷つかない表現などありえません。ですから、誰も傷つかない放送なんかできっこないのです。もし柴田アナが本気でそんなことを言っているのであれば、即刻彼はマスコミ世界から去るべきでしょう。なぜならTBSが抗議がくる度に言葉狩りをしていって、放送禁止用語だらけになった時にいったいどうやって放送するつもりなのでしょうか?表現の自由を守ることを自ら放棄する柴田アナの発言はマスコミ人として自殺行為だと思います。


亀井静香議員は反論の中で、乞食という言葉が使えなければ、文学作品は成り立たなくなると言いましたが、そのとおりです。このマスコミによる自主規制は表現の自由に対する冒涜であるとも言えます。そして、実際にそういうことが今も行われているのです。例えば、井筒監督の「パッチギ」で使われた「イムジン河」は朝鮮総連の抗議で長い間放送禁止にされてましたし、童話の「ちびくろさんぼ」も黒人差別だという理由で一時書店から撤去されました。


ですから、テレビ局が自主規制をかけて、言葉狩りをすることは、作家や映画監督、芸能人などあらゆる表現者・団体に対する冒涜でもあります。


こうやって自主的に表現の自由を縛ってきたテレビ局が人権擁護法案が提出される時に「表現の自由を侵すものだ!」と抗議している姿は実に滑稽ですね。


「北朝鮮」を「朝鮮民主主義人民共和国」と言わせたり、「痴呆症」を「認知症」と言い換えたりするのは欺瞞でしかありません。またそういう造語が物事の本質を見誤らせる原因になっているのではないでしょうか?


今朝も「朝スバッ」はライブドア問題・耐震偽造問題・牛肉輸入問題を中心にあらゆるニュースにメスを入れています。みのさんは「うちの優秀なスタッフの取材が・・・」と言いますけど、私には激烈な抗議が怖くて自主規制をかけてる事なかれ体質のTBSが、ライブドアの投資組合に流れている金の出所や沖縄で死亡したエイチエス証券の副社長の死亡した真相を本当に暴けるのか実に怪しいと言わざるを得ません。そういう闇の部分・アンダーグラウンドな世界が実は日本を牛耳っているとベンジャミンフルフォードさんという外国人ジャーナリストだけが、勇気ある告発をしていますが、日本の臆病なジャーナリズム、特にテレビ局、その中でも、オウム真理教の圧力にさえ平気で屈するTBSが果たしてその真相を暴くことができるのか?週刊誌や夕刊紙が書いたことを後乗りするだけでそれが取材と言えるのか?また記者クラブ制度の下で政治家・官僚と癒着・談合しているマスコミ、その中でも数多く入社させた政治家・財界の子弟のパイプに頼ろうとするTBSがしがらみを取り払って取材できるのか?実に怪しいと言わざるをえません。


みのさんはエイチエス証券の副社長の死亡を自殺だと言い切ったり、ライブドアの投資組合に政治家の名が挙がっているけれども、その裏に暴力団の影があるという疑惑についてまではスバッっと踏み込みませんけれども、そういうところに臆病さ・事なかれ主義、悪く言えばヘタレ体質を感じてしまうのです。


このように、マスコミが抗議を恐れて自主規制・言葉狩りをすることで、多くの表現者の自由な表現活動を妨害したり、多くの事件の真相が闇に葬られたまま、特に裏社会の繁栄に手を貸し、また媚びへつらうことで圧力団体との間に従属関係を作り、彼らの利権構造を見逃してきたのです。


ですから、このようなマスコミによる法的根拠のない自主規制・言葉狩りの罪は相当重いのです。


<参考>

放送禁止用語一覧

NONFIX 放送禁止歌 ~唄ってるのは誰?規制するのは誰?

放送禁止用語というのは誰が定義しているのでしょうか?

放送禁止歌