今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -413ページ目

今日という日【6月4日】

■第94代内閣総理大臣誕生


2010年6月4日。


2010年6月2日に突然辞任を表明した「鳩山由紀夫首相」の後任を選出するため、この日両院議員総会において民主党代表選挙が実施された。この結果、「菅直人」が新代表として選出された。


2009年9月に発足した「鳩山由紀夫内閣」は直後には高い支持率を記録したものの、鳩山自身や「小沢一郎幹事長」らに「政治とカネ」の問題が降りかかったほか、普天間基地代替施設移設問題で沖縄県外への移設を目指したが、結局自公政権時代の合意であった辺野古崎地区への基地移転で日米合意がなされ、これに反対する社会民主党の連立政権離脱を招いた。これらの騒動によって各種世論調査で党勢にかげりがみられ、2010年7月に予定されている第22回参議院議員通常選挙で相当な苦戦が予想されたことから党内で「鳩山おろし」が鮮明化。鳩山は6月2日に退陣を表明し、これにともない代表選がおこなわれることとなった。

6月3日に副総理兼財務大臣の「菅直人」、衆議院環境委員長の「樽床伸二」が立候補を表明し、この2名によって選挙戦はおこなわれた。菅の推薦人には「岡田克也外務大臣」、「前原誠司国土交通大臣」など「小沢一郎」から距離を置いているメンバーが集まり、逆に、樽床の推薦人には小沢に近いメンバーが集まるなど対照的な顔ぶれとなった。


得票数

菅直人:291票

樽床伸二:129票

欠席:1 無効票:2

長野県での出会い

『長野トリップ』


ども!TK89です。

最近、出張へ行く機会が多く、その中でハマってることと言えばやっぱり「」。ってことで今回もいっぱい食べて来ちゃった。

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まず諏訪湖サービスエリアにてランチ。これは「ローメン」。

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牛串」。

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ダチョウ串」。

ローメン」は所謂B級グルメの走りと言われてて、炒肉麺(チャーローメン)とも呼ばれ、マトンなどの肉と野菜を炒め(炒肉)、蒸した太めの中華麺を加えた長野県伊那地方の特有の麺料理。ラーメン用のスープを加えるものと、加えないものがあるが、ラーメンとも焼きそばとも異なる独特の風味の料理。

初日の昼は移動が多くサービスエリアで食べることしかできなかったけど、その土地の「食」に触れることができた。


そして夜は地元でも行列ができる店とのフレコミで長野県駒ケ根市にある「明治亭 」というお店へ。

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信州御膳」。2,400円也。ちょっと豪勢に行き過ぎた。ソースかつ丼と蕎麦と馬刺しと蜂の子。ちょっと蜂の子は全部食べられなかった。だって見た目がすでに蜂の幼虫だもん。ただそれ以外はホントに美味しく頂きました。ソースかつ丼のソースが美味かったし、馬刺しも蕎麦も普通に美味かった。


2日目は人生初の「馬肉ステーキ」。

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馬刺しは食べたことあったけどステーキはなかった。お客さんにご馳走してもらっちゃいました。脂っこいかなぁって思ったけど案外さっぱりしてて、焼き方も中まで火を通さず柔らか。こちらもソースが美味かった。


今回は長野県肉づくしだった。また「猪」や「鹿」の肉も食べに行ってみたい。なんかこう書いてると全く仕事してないような感じですね。


チャオ!

今日という日【6月3日】

■雲仙普賢岳祈りの日


1998年6月3日。


1991年6月3日に雲仙普賢岳で大火砕流が発生し、43人が犠牲となった。この犠牲者を追悼するため、1998年6月3日より、大火砕流が発生した4時8分にサイレンが鳴らされ、市民に黙祷を呼び掛けている。


雲仙岳は、長崎県島原半島中央部にある火山で千々石カルデラの外輪に位置する。広義では普賢岳、国見岳、妙見岳の三峰、野岳、九千部岳、矢岳、高岩山、絹笠山の五岳からなる山体の総称。「三峰五岳の雲仙岳」と呼ばれる。


特に大規模な人的被害をもたらしたのは1991(平成3年)6月3日午後4時8分に発生した火砕流であり、取材に当たっていた報道関係者16人(アルバイト学生含む)、火山学者ら4人(クラフト夫妻と案内役、アメリカ地質調査所ハリー・グリッケン)、警戒に当たっていた消防団員12人、報道関係者に同行したタクシー運転手4人、警察官2人、選挙ポスター掲示板撤去作業中の職員2人、農作業中の住民4人の合わせて死者行方不明者43人と9人の負傷者を出す大惨事となった。この火砕流以降、島原市など地元自治体は強制力を伴う警戒区域を設定し最大11,000人が避難生活を余儀なくされたが、以降の犠牲者は1人に抑えられている。被災地域では噴火活動の終息に伴い堤防や地面のかさ上げ工事を実施し一部地域を除いて住民が再び住める環境が整えられた。

なお、火砕流で殉職した日本テレビのカメラマンが使用していた業務用ビデオカメラが、2005(平成17年)6月になって発見された。カメラは火砕流による高熱で溶解し高度に破損していたが、内部のテープを取り出し修復することに成功した。ビデオには、避難を警告する警官らや、それを無視し火砕流が襲来する直前まで取材を続ける記者らの姿や音声が記録されていた。この映像は、同年10月16日に「NNNドキュメント’05解かれた封印 雲仙大火砕流378秒の遺言」として放送され、現在では熔けたカメラとともに雲仙岳災害記念館に展示されている。