今日という日【6月3日】
■雲仙普賢岳祈りの日
1998年6月3日。
1991年6月3日に雲仙普賢岳で大火砕流が発生し、43人が犠牲となった。この犠牲者を追悼するため、1998年6月3日より、大火砕流が発生した4時8分にサイレンが鳴らされ、市民に黙祷を呼び掛けている。
雲仙岳は、長崎県の島原半島中央部にある火山で千々石カルデラの外輪に位置する。広義では普賢岳、国見岳、妙見岳の三峰、野岳、九千部岳、矢岳、高岩山、絹笠山の五岳からなる山体の総称。「三峰五岳の雲仙岳」と呼ばれる。
特に大規模な人的被害をもたらしたのは1991年(平成3年)6月3日午後4時8分に発生した火砕流であり、取材に当たっていた報道関係者16人(アルバイト学生含む)、火山学者ら4人(クラフト夫妻と案内役、アメリカ地質調査所のハリー・グリッケン)、警戒に当たっていた消防団員12人、報道関係者に同行したタクシー運転手4人、警察官2人、選挙ポスター掲示板撤去作業中の職員2人、農作業中の住民4人の合わせて死者行方不明者43人と9人の負傷者を出す大惨事となった。この火砕流以降、島原市など地元自治体は強制力を伴う警戒区域を設定し最大11,000人が避難生活を余儀なくされたが、以降の犠牲者は1人に抑えられている。被災地域では噴火活動の終息に伴い堤防や地面のかさ上げ工事を実施し一部地域を除いて住民が再び住める環境が整えられた。
なお、火砕流で殉職した日本テレビのカメラマンが使用していた業務用ビデオカメラが、2005年(平成17年)6月になって発見された。カメラは火砕流による高熱で溶解し高度に破損していたが、内部のテープを取り出し修復することに成功した。ビデオには、避難を警告する警官らや、それを無視し火砕流が襲来する直前まで取材を続ける記者らの姿や音声が記録されていた。この映像は、同年10月16日に「NNNドキュメント’05解かれた封印 雲仙大火砕流378秒の遺言」として放送され、現在では熔けたカメラとともに雲仙岳災害記念館に展示されている。