花七美月(旧グリーンハート)高山紅二子です🌸     

 

 

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エステティシャンとして35年、自己犠牲

を手放し、自己受容により、ゆるやかに

自分を生きることを決め、今までの人生

を書いています。🌺

 

 

 第1章幼少期 です

 

 
 
 
 

 

前回のお話はこちらです→#58 看病する日々が始まったです。

 
 
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彼が病気で入院して、助からないと、言われ
ても実際は、まだこの時期は、実感は全然
ありません。
 
普通にしている時は、特に病気っぽく無い
のです。
でも彼にしてみれば、今まで普通に出来て
いた事が一つ一つ出来無いというか、体力
的に動けなくなっていたので、私に気を
使って無理をしていた事もあったと思う。
 
病気や怪我などで、今まで出来ていた事が
出来なくなっている自分を受け入れる事は
その人にとって本当に勇気と努力のいる事
だと思いました。
 
自分が今の状態でいられる事
は、本当に有難い事で、いつ
動けなくなる事になるかなん
て誰にも分からない。って
思うようになりました。
 
 
彼がこの状態になった時は、一緒に暮らして
いましたが、籍は入っていませんでした。
会社の上の方からは、私が若いのだから、
別れた方がいいとしばらく言われ続けました。
でも、多分私も彼もお互いが別れる
という想いが一切双方に無か
ったのです。
そして、発病が夏でしたが、この年の冬
私と彼は籍を入れました。
元々歳が離れていたので、歳をとっていった
ら、いずれは、彼がという考えは始めから
ありましたが、まさかこんなに早く
死を伝えられるとは。完全に
予想外の出来事でした。
 
25歳で彼と暮らしていましたが、なかなか
籍を入れるきっかけもなく過ごしていまし
たが、彼の病気がわかって私は、30歳で
彼と籍をいれました。
 
式を挙げる事も無く、写真もなく、私の仕事
上、結婚指輪もなく、二人でお揃いの腕時計
を持って指輪の変わりにしました。
 
彼は、私の為にせめて写真くらいは、いつか
撮ろうと言ってくれていましたが、結局それ
も無く彼は、逝ってしまいましたね〜。
彼は前妻さんとも、式も写真も無い人でした。
私には、形として残そうとしてくれていた
のは、今想いだすと嬉しい事でした。
 
 
今日もお付き合い頂きありがとうございます😊