身長143cmの小さめ母、Tinyです。

 

じんは特別支援学校6年生。

発語なし・自閉症・最重度知的障害があります。

 

言葉はないけれど、主張は強め。

今日もいろいろ起きています。

前回のつづきです。

 

 

 

 

風邪気味の息子を念のため学校を休ませた日。

 

病院へ行き、

 

家に帰り、

 

庭で水遊びはだめだよと言い、

 

お風呂ならいいよとなり、

 

服のままお風呂に入り、

 

洗濯機を回し、

 

着替え、

 

またお風呂に入り、

 

また洗濯機を回す。

 

 

 

そんな午前中を過ごしました。

 

 

 

母も風邪気味。

 

なんなら母の方がつらい。

それでも息子は、少し休んだら元気です。

 

今度は、庭で遊びたいと、

律儀に絵カードで教えてくれました。

 

 

 

 

庭では遊ばないよ。

 

 

 

 

もちろん、それで

 

「はい、わかりました」

 

となるわけがありません。

 

 

 

 

息子は、こういう時、なかなか頭が働きます。

 

すぐには行動に移さない。

 

私が少し他ごとをした、その隙に。

 

玄関からではなく、

リビングの窓から外へ出ていました。

 

 

 

 

チャイルドロックなんて、もう意味がありません。

 

 

きっと庭から外へは行かない。

 

一瞬、そう思いました。

 

 

でも、万が一がある。

 

 

こちらも体調不良で、もうそんなにキビキビ動けない。

 

 

それでも、もしものことを想像すると怖い。

 

 

 

 

重い腰をあげて、ドキドキしながら庭へ。

 

 

 

 

 

よかった。

 

いました。

 

庭にいました。

 

 

 

 

 

小さい頃は、毎日こうだったな。

 

 

ふと、そんなことを思いました。

 

 

いや。

 

 

今でも長期休みに入ると、こうだな。

 

 

家にいるだけなのに、ずっと気が抜けない。

 

 

体調が悪くても、

 

少し横になりたくても、

 

「今、何してる?」

「どこにいる?」

「窓は?」

「玄関は?」

「ベランダは?」

 

頭の中で、ずっと確認している。

 

 

息子は悪いことをしているつもりはないのだと思います。

 

ただ、やりたいことがあって、

行きたい場所があって、

思いついた方法で動いている。

 

 

でも、母の心臓には悪い。

 

本当に悪い。

 

そして、ふと思うのです。

 

 

高校を卒業したら、

これが毎日になるのだろうか。

 

 

長期休みだけではなく、

毎日。

 

 

朝から夕方まで、どこか安心して過ごせる場所があること。

 

 

息子が息子らしく過ごせる場所があること。

 

 

母も、ちゃんと息ができる時間があること。

 

 

それは贅沢ではなく、

暮らしていくために必要なことなのだと思います。

 

 

どこか。

 

どこか、ありますように。

 

息子が安心して過ごせる場所が。

 

そして母も、少し安心して息ができる場所が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。