無駄に時間が過ぎてゆく。


テーブルの上には、花差し代わりに使ったサイダーの空き瓶。

百合の花が昨日の美しさを保って咲いている。


美雪はこの『土曜の昼下がり』という時間が一週間の間で一番のお気に入りだ。

一週間、毎週毎週なんとなくパターン化されたスケジュールを慌しくこなす美雪の時間は、一旦この『土曜の昼下がり』で区切りができる。

社会人2年目の一人暮らしの美雪の一週間のパターン・・・、仕事、付き合い、家事、この一連の流れが一旦切れる。


美雪は、この土曜の昼下がりは自分が『人間らしい考えができる』という意味で気に入っている。



 桜は明日も散らずに咲いてるかな?


 今日のお昼ごはんは美味しいもの食べよう。


 昨日の合コンはあんまりいい人いなかったな。


 来週は明子の結婚式か。


 ・・・



忙しい一週間で、何にも縛られず自分勝手に考ることができる数時間。変な娘と思われるかもしれないが、美雪はこの時間を作るために、時間を節約して、忙しい毎日も乗り切っているようなそんな感覚を自分で抱いていた。


美雪の生活リズム。リズムを崩され、ストレスを溜め込む日が訪れるのもそう遠くは無いだろう。


人生のリズム。


「ロックウェル総督!本艇はまもなく位相空間に突入いたします!セイフティシステムをご利用ください!」

「うむ・・・。」

「恐れ入ります!では、失礼いたします!」


伝令が去り、総督室の扉が閉まると、ロックウェルは深くため息をつき、室内をセイフティモードに切り替えた。

ジム=ロックウェルが、この巨大飛空艇ガルーンの総責任者に着任したのは、A.D.2407.のことだった。


A.D.2377 ― その頃からちょうど30年前、コールサック中心部から巨大なエネルギー反応が確認された。

エネルギー反応はその後、0.025 lyで膨張し、その結果、計算上3年後にはロックウェルの惑星に接触、崩壊に至るという政府の判断が成された。コールサック内部のエネルギーバランス崩壊は大分前から予想されていたことだったが、この頃初めてカウントダウンの実数値が算出され、惑星の皆に公開された。


当時、ノアプロジェクトの起案者であり、リーダーであったロックウェルは20年かけて育て上げたプロジェクトの集大成 『ガルーンエスケープ計画』を実行。この計画は、巨大な飛空挺でエネルギー反応から遠ざかり、0.120 lyまで30年かけて加速、多様体空間へ転移し、他宇宙への次元ワープを実現するものだった。


今日が、その計画完了の日。


艇内アナウンスが流れる。

『 ロックウェル総督より、皆様にメッセージです。』

『皆、30年間おつかれさん。今になって、何故私がこの計画を30年前に起案したかという本当の意味がわかったよ。私はちょっとは皆に希望を与える人間になれただろうか?私は、皆とこの計画の一部始終を共にすることが出来て良かったと心からそう思う。しかしながら、どうやらこの老いぼれは故郷から足を踏み出す前にお迎えが来そうだ。後は皆に任せたよ。皆の夢、新しい故郷は自分の手でどうか掴み取って欲しい。以上だ。』


総督室のセイフティモードはその後、解除されることは無かった。


皆が新たな故郷を見つけ、飛空挺ガルーンが役割を終えるまで。

「この恩は一生、決して忘れない!ありがとう!本当にありがとう!」

部長の上野が課長の有野に頭を深々と下げた。

一昨日の会社帰り、有野が自宅の最寄り駅で電車を降りたのは午前1時を回っていた。

(佳代子はもう寝てんだろうな。)

働く妻を持つ有野は、『今日も遅くなっちゃうから、先に寝ててくれ。飯は買って帰るから、のんびりな。』と、やさしい夫をアピールしたのを少し後悔しながら、コンビニに寄り、有野は、弁当をひとつ持ちながら、

発泡酒の選択に時間を費やしていた。

「ん?」

レジの前にフルフェイスのヘルメットを被った男がいる。

『おいおい、まいったな。』

有野は陳列棚の影にしゃがみ、そっと様子を見ると、案の定、ナイフを突きつけている。

『ちくしょう。俺はこんな遅くまで残業して働いてんのに、あんな悪どい方法で金を得るとは。許せんなぁ。』

決して勇敢ではない、どちらかというと謙虚な性格の有野であったが、この時ばかりは仕事のストレスと相俟って、無性に腹が立った。

有野は、武器になりそうな商品をコソコソと集め、陳列棚越しに後ろから近づいた。

「おい!何してる!」

有野はヘルメットの男に十分近付いたところで大きな声で怒鳴った。

ヘルメットの男が振り向いた瞬間、有野は陳列棚で入手したウィスキーのビンを、ナイフを持っているほうの手首に思い切り叩きつけた。

ナイフが地面に落ちるのと同時に、有野は、格闘技番組の見よう見まねでヘルメットの男の両足を抱え、タックルを仕掛けた。

有野はレジの前でヘルメットの男を押し倒し、揉み合いながらフルフェイスのバイザーを上げると、スーツのポケットから、これまた陳列棚から拝借し、予め蓋を開けてあった一味唐辛子と胡椒の瓶を男の顔にここぞとばかりに振りかけ、ヘルメットのバイザーを閉じた。

悶絶する男。

有野は鰹のたたきの要領で、男の手足をウィスキーの瓶で何度も力強く叩いた。

「警察っ!!」

有野がそう叫ぶと、レジの女の子は、「はっ」と我に返り、レジ台の裏の緊急ボタンを押した。

有野は、唸りながらぐったりと倒れこんでいる男の背中側に添い寝するように横になると、自分の手足でがっしり男の手足を抱え込んだ。

パトカーのサイレンがなる。

「ご協力感謝します!夜分遅く申し訳ありませんが、署で状況をお聞かせ下さい。」

『やれやれ、ほんとに何時だと思ってんのかね。』と心の中で愚痴をこぼしながら、義務的に、「はい、わかりました。」と答えた。

開放されたのは、午前4時。

「あの、私、上野って言います!助けてくれてありがとうございます!本当にありがとうございます!」

「僕、有野って言います。怪我とか無くてよかったです。夜中のシフトはなるべく入れないようにしましょうね。あはは。」

すっかり疲労しきった有野はレジの女の子と警察署を出ようとすると、玄関に、よく見る中年の男が待っていた。上野部長だ。

「有野君?!有野君じゃないか!おぉ、君が娘を・・・。」

部長は涙ぐんで有野に指示を出した。

「よし、今日は休め!」