「この恩は一生、決して忘れない!ありがとう!本当にありがとう!」

部長の上野が課長の有野に頭を深々と下げた。

一昨日の会社帰り、有野が自宅の最寄り駅で電車を降りたのは午前1時を回っていた。

(佳代子はもう寝てんだろうな。)

働く妻を持つ有野は、『今日も遅くなっちゃうから、先に寝ててくれ。飯は買って帰るから、のんびりな。』と、やさしい夫をアピールしたのを少し後悔しながら、コンビニに寄り、有野は、弁当をひとつ持ちながら、

発泡酒の選択に時間を費やしていた。

「ん?」

レジの前にフルフェイスのヘルメットを被った男がいる。

『おいおい、まいったな。』

有野は陳列棚の影にしゃがみ、そっと様子を見ると、案の定、ナイフを突きつけている。

『ちくしょう。俺はこんな遅くまで残業して働いてんのに、あんな悪どい方法で金を得るとは。許せんなぁ。』

決して勇敢ではない、どちらかというと謙虚な性格の有野であったが、この時ばかりは仕事のストレスと相俟って、無性に腹が立った。

有野は、武器になりそうな商品をコソコソと集め、陳列棚越しに後ろから近づいた。

「おい!何してる!」

有野はヘルメットの男に十分近付いたところで大きな声で怒鳴った。

ヘルメットの男が振り向いた瞬間、有野は陳列棚で入手したウィスキーのビンを、ナイフを持っているほうの手首に思い切り叩きつけた。

ナイフが地面に落ちるのと同時に、有野は、格闘技番組の見よう見まねでヘルメットの男の両足を抱え、タックルを仕掛けた。

有野はレジの前でヘルメットの男を押し倒し、揉み合いながらフルフェイスのバイザーを上げると、スーツのポケットから、これまた陳列棚から拝借し、予め蓋を開けてあった一味唐辛子と胡椒の瓶を男の顔にここぞとばかりに振りかけ、ヘルメットのバイザーを閉じた。

悶絶する男。

有野は鰹のたたきの要領で、男の手足をウィスキーの瓶で何度も力強く叩いた。

「警察っ!!」

有野がそう叫ぶと、レジの女の子は、「はっ」と我に返り、レジ台の裏の緊急ボタンを押した。

有野は、唸りながらぐったりと倒れこんでいる男の背中側に添い寝するように横になると、自分の手足でがっしり男の手足を抱え込んだ。

パトカーのサイレンがなる。

「ご協力感謝します!夜分遅く申し訳ありませんが、署で状況をお聞かせ下さい。」

『やれやれ、ほんとに何時だと思ってんのかね。』と心の中で愚痴をこぼしながら、義務的に、「はい、わかりました。」と答えた。

開放されたのは、午前4時。

「あの、私、上野って言います!助けてくれてありがとうございます!本当にありがとうございます!」

「僕、有野って言います。怪我とか無くてよかったです。夜中のシフトはなるべく入れないようにしましょうね。あはは。」

すっかり疲労しきった有野はレジの女の子と警察署を出ようとすると、玄関に、よく見る中年の男が待っていた。上野部長だ。

「有野君?!有野君じゃないか!おぉ、君が娘を・・・。」

部長は涙ぐんで有野に指示を出した。

「よし、今日は休め!」