群馬県高崎市 高崎城 攻城223(2022年11月21日訪問)
<城郭概要>
高崎城は、群馬県高崎市高松町にある、輪郭梯郭複合式平城所で、1957年に、秀吉の小田原征伐後、江戸に移封された徳川家康の命で箕輪城に移封された、徳川四天王の井伊直政が、この地に箕輪城より移封されて築城しました。天守は非現存で、独立式層塔型3重3階の御三階櫓があったようです。井伊直政は関ケ原合戦後、近江の佐和山城、彦根城に移封されてますね。江戸時代には高崎藩の藩庁となりましたが、1871年に廃城となりました。
二代将軍秀忠の次男、徳川忠長が、実兄の三代将軍家光により幽閉され、自裁したようです。
遺構として、乾櫓・東門(移築)、土塁、水堀が現存しています。

高崎城城郭図
<攻城>
高崎城は、JR高崎線高崎駅の西1km弱に位置し、城郭南西のお濠端通り沿いの高崎公園の駐車場に駐車して攻城開始です。お濠端通りを3の丸の囲い堀を左手に見ながら東に行くと、巨大な土塁が見えてきました。結構大きいです。土塁を跨いで、二の丸跡に建つ高崎市役所を左手に見ながら、三の丸内の高崎城址公園内を北上すると、移築された、東門、乾櫓がありました。そこから、西に進むと二の丸跡、本丸跡がありますが、開発されていて、遺構はありません。残念ですが、平城なんで、仕方がないですね。

高崎公園駐車場

三の丸南囲い掘


三の丸土塁




三の丸土塁、石垣、東囲い堀



移築東門、乾櫓

二の丸跡、本丸跡方面
徳川四天王、井伊直政の城、高崎城は、ほとんどが市街化されていましたが、堀、土塁等が現存していて、当時をしのばせる城でした、高崎市には仕事で数えきれないほど訪れていましたが、城の存在を知ったのは最近でした。